東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

南町奉行所

2015-12-29 | 散歩
  思い出と共に知りたかった場所、南町奉行所跡を
  訪ねるのも今回の散歩の目的。
  江戸時代の捕り物帳ファンの私には”聖地”ですわ、
  心勇んで行ってはみたけれど・・・。


  

     JR有楽町駅中央口から地下への階段入口の丸い屋根、
     背後から撮っているけど中央下部に小さな黄色い銘板
     この小さな銘板が南町奉行所の跡を示す銘板。

     私としては映画にドラマに小説にあれだけ有名な南町奉行所、
     もうちょっとそれらしく目立つように作れなかったのかなと”切歯扼腕!”・・・。(^^♪




  

     銘板に寄ってみましょう、大岡越前守の屋敷跡みたいですね。

     奉行は奉行所の中に役宅を持っていました。
     奉行とは
     ”江戸府内の武家・寺社地を除く、市民の行政・司法・警察の事務を行い、
     民政一般から町人の訴訟・犯罪者の裁決をした。
     さらに、大火災の消防の指揮、貧民施療院である養生所・道路・橋梁・上水のことまで支配した。”

     私たちの目に触れる名奉行(南町奉行)としては、
     14代 大岡越前守忠相
     26代 根岸肥前守鎮衛
     33代 遠山左衛門尉景元
     などが有名ですね。




  

     中央通りを京橋から八丁堀の与力・同心組屋敷跡へ向かいます。     
     京橋交差点に残る京橋の橋柱、日本橋の隣の橋で京橋川に架かっていた、
     ここを右折して鍛冶橋通りに入ります。




  

     鍛冶橋通り八丁堀交差点を右折すぐに同心屋敷跡を示す銘板が、
     奉行の手足となって江戸の治安を守る同心たちの組屋敷跡です。

     三十俵二人扶持の報酬は現在では年収420万円くらい、
     仲間から八丁堀と呼ばれている中村主水サンは
     これで生活していたので楽ではなかった。

     ムコどのは裏稼業をやっていたけど
     あれだって決して実入りのいいことばかりではなく
     ご苦労お察し申し上げます・・・。

     さて残り時間もあと僅か、大急ぎでお上りさんに変身
     街並を見物しながら帰途を急ぎましょう。
                                                                      12月17日
        


                   ふるさとの 山にむかいて言うことなし  ふるさとの山は ありがたきかな

  

     この時期よく晴れた日には東京でも山を望むことができます、
     風があって地表にモヤが無いとき限定ですが、、、。
     富士山の北側に当たるので丹沢の山々でしょうか
     こういう光景に出合うとホッとしますね。

     水平線が見える大海原もゆったり流れる大きな川もいいけど
     遠くに連なる霞んだ山々はまた格別。
     この光景を損なうことなく子々孫々に残したいものです。
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