
ケント・ナガノ (指揮) モントリオール交響楽団 ベートーヴェン~交響曲第5番「運命」、「エグモント」&「ザ・ジェネラル (司令官)」。 カラヤンの60年代全集ボックス・ジャケット。
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ナガノのは2008年録音だから、音は明快で分離よく、ティンパニが特にはっきり聞こえる好録音です。 どちらかというと 早い演奏の部類に入るでしょう。 よく締まっているいい演奏だと思います。 ただ 幾つかの小節と小節の間の “一瞬の間 (ま)” が殆どなく、それが結果的に早い演奏になっていると感じました。
聴き終わって、感じたことは「ベートーヴェンの第五番を、こんなに明るく演奏するのか?」という素朴な疑問です。 コントラバスの低音でさえ明るい音に聴こえます。 ベートーヴェンの交響曲で明るく演奏してもいいだろうと思うのは、第4、6、8番です。 それ以外は基本的に明るい演奏は似つかわしくない。
ある日本のオーケストラの楽員がいっていたことを思い出します __「ベートーヴェンの交響曲では指揮者は笑顔で指揮しないでくれよな」(どの記事だったか もう忘れましたが)
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このモントリオール交響楽団というのは、カナダ ケベック州最大の都市にある楽団で、州民の圧倒的多数がフランス系です。 だからなのか、フランスの楽団といってもいいでしょう __ 1977年にシャルル・デュトワが音楽監督に就任し、磨き抜かれた美しい響きと確かな技術を獲得して、「フランスのオーケストラよりフランス的なオーケストラ」と呼ばれ、世界的な名声を獲得した (ウィキペディアから) __ というから、その黄金期のフランス色が幾分か残っているのでしょう。
デュトワは2002年に辞任するまで25年にわたって監督を務めました。 2006年からケント・ナガノが音楽監督を務めて、ナガノ色を出そうとしているのでしょうが、四半世紀もの間 指揮していたデュトワのフランス音楽の影響はまだまだ残っているでしょう。 だからといっては何ですが 重々しいドイツもの、例えば ブラームスとかワーグナーの「トリスタン」の深遠な響きなどは出ないのではないか と思いました。
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これに対して ドイツの楽団の印象はというと、まず こんなに明るく演奏しません。 そうはいっても暗い (落ち込むような) 演奏という意味ではありません。 暗い 明るいとは別次元の響きで、なおかつベートーヴェンの不屈の精神性を表現するような、率直にというか大真面目に曲そのものに向き合い 闘争・苦悩から勝利へと局面を切り開くような感動的な展開があるように思います。
代表格は、もちろん ベルリン・フィルの演奏です。 恐らく あの雰囲気は暖かい陽光がたっぷりとある南国のフランスではなく、アルプスの北にある厳しい風土 気候に通じるものから来るのでしょう (ボックス・ジャケットのカラヤンの表情も そんなベートーヴェンの曲にぴったりです)。
「ザ・ジェネラル (司令官)」はベートーヴェンの曲 エグモント/レオノーレ・プロハスカ/シュテファン王/奉献歌 などからピックアップしてナレーションやソプラノの歌を加えたもの。 それなりの雰囲気が楽しめます。 このような ベートーヴェンへの色んなアプローチがあってもいいでしょう。
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リンデンホフから__ケント・ナガノ指揮 モントリオール交響楽団による第五__ナガノの RCA レッド・レーベル録音第1弾。 ソニーにもレコーディングを行っている当コンビですが、両社は同じ BMG 傘下になっているので契約に繋がりがあるのかもしれません。 当盤はカナダのアナレクタというレーベルの音源でもあり、カナダ国内ではそちらから発売されています。 日本盤は2枚組 3150円 という良心的な価格設定で、《エグモント》を始めとするベートーヴェンの劇音楽をナレーション入りで再構成した、《ザ・ジェネラル》というオリジナル作品をカップリング。 構成の是非はともかく、これらの音楽はなぜもっと演奏されないのかと思うほど魅力的なので、一聴の価値ありです。
演奏は、ピリオド奏法&対向配置という今風のスタイル (これをモダンと呼ぶのはまるで反語ですね)。 冒頭から速めのイン・テンポで勢いがありますが、トゥッティでリズムを刻む箇所ではややブレーキが掛かる印象です。 もっとも ナガノは決して管楽器を突出させて骨張った響きを作ったり、刺激的なアクセントを多用したりしないので、音が荒れず、心地よく聴けるのが美点。 トーンはやや乾いた感じですが、ホルンなど管楽器の奥行き感が深いので、美しさは保たれています。
第2楽章も相当に速いイン・テンポ。 コーダではさらに早足になります。 編成があまり大きくない上、音量も8割程にセーヴしているので、スケール感はあまりありません。 主題は、一拍目をスタッカートで切り、二拍目と三拍目をスラーで繋いだ独特のアーティキュレーション。 それぞれリピートを実行した後半二楽章も、軽妙軽快を絵に書いたようなスポーティーな表現で、胸のすくような鮮やかさがある代わり、雄渾で壮大という この作曲家のイメージは完全に払拭されています。 フレージングがしなやかなので無味乾燥ではなく、爽やかな後味。 サロネンのポストモダン風アプローチに近いかもしれません。
ソニーも使用しているサル・ウィルフリード・ペルティエはコンサート・ホールのようですが、残響がややデッドで、教会で録音していたデッカの頃とはオケのキャラクター・イメージがかなり異なります。 むしろ マックギル大学の MMR スタジオで収録された《ザ・ジェネラル》の方が、響きの柔らかさや潤い、ティンパニの生々しい質感など、デッカのサウンド傾向に近く、音響的魅力が上だと思いました。
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今日はここまでです。