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シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

"独断と偏見" で世相・経済からコミックまで 読んで楽しい 面白い内容を目指します。 

遺族のいかりはどこに (1)

2006年09月26日 | 事件事故の多い世
昨日のニュースで、「26年前に小学校の警備員が29歳の女性教師を校内で殺害、遺体を自宅地下に埋めて 26年間その上で暮らしていた。 女性教師はその間 行方不明とされていた。 2年前 その自宅を含む地域で区画整理が予定されたことから発覚をさけられないとして、警察に自首した。 

しかし殺人事件として時効が成立、罪は問われなかった。 遺族は民事事件として損害賠償を請求しようとしたが、これも時効が成立 裁判も起こせない。 テレビ局が犯人に接触 取材を試みたが、犯人は取材を拒否、連れていた犬を威嚇させ、杖を振り上げて記者を追い払った。 遺族の取材でもやるせなさが出ていた」という3分ほどのニュースでした。
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以上を見ただけでしたが、時効が成立しているとしても、この犯人は道義上 人道上の謝罪をどう考えているのでしょうか? 殺人を犯すぐらいだから、まず「悪人」です。 

悪人ならば、謝罪など最初から意識にあるはずがありません。 だが、遺族にとっては「はい そうですか」ではすまないでしょう。 突然 人生を奪われた人の親族の気持ちは、怒りと悔しさがある筈です。 その怒りをどこにぶつければいいのでしょうか? 殺された女性教師の墓に何と報告すればいいのでしょうか?

一方、これからも犯人は拘束されることもなく、堂々と自由に暮らしていくのでしょう。 良心の呵責 (かしゃく) を感じているかどうかは不明です … 取材を拒否しているのですから。

遺体を掘り返して、葬式をしたかなどについてはニュースでは言及しませんでした。 恐らく 遺族は遺体を引き取り、葬式・埋葬したのでしょう。 その時に犯人はどういう対応をしたのでしょう。 悪人だから立ち会うことなどしなかったと私は推測します。
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立ち会うくらいなら 謝罪するでしょうし、謝罪するくらいなら 取材を受けるでしょう。 この犯人は、一生「この罪」を背負って生きていかなければなりません。 最後に死ぬ時に、自分の人生を何と振り返るのでしょう … 悔いは思い浮かばないのでしょうか? 人間の業 (ごう) の深さに肌寒さを感じます。     以上


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