*『世界が見た福島原発災害』著者:大沼安史
「第2章 飯舘村」を複数回に分け紹介します。9回目の紹介
福島原発災害は、東電、原子力安全・保安院など政府機関、テレビ・新聞による大本営発表、御用学者の楽観論評で、真実を隠され、国民は欺かれている。事実 上の報道管制がしかれているのだ。「いま直ちに影響はない」を信じていたら、自らのいのちと子供たちのいのち、そして未来のいのちまで危険に曝されること になってしまう。
本書は、福島原発災害を伝える海外メディアを追い、政府・マスコミの情報操作を暴き、事故と被曝の全貌と真実に迫る。
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**『世界が見た福島原発災害』著書 「第2章 飯舘村」の紹介
前回の話:『世界が見た福島原発災害』第2章 飯舘村 ※8回目の紹介 <国民を欺くNHKの飯舘報道>
IAEAという原子力の専門機関がいったん正式にプレス発表した(だからロイターなど外国のメディアもウィーン発で世界に報じた)ものが、こう簡単にひっくり返るものであれば、IAEAの名が泣くというもの。IAEAの事務局長をしている、日本の外交官出身の天野之弥氏の管理者責任も問われかねないものだ。
さて、このIAEAの1日の「発表」について、ウィーン発の共同通信は、こう伝えている。
国際原子力機関(IAEA)当局者は1日、福島第一原発の北西約40キロにある福島県飯舘村の土壌から検出された放射性ヨウ素131の値がIAEA独自の避難基準を上回ったと指摘したことについて、複数の測定値を分析した結果、平均値は避難基準を下回ったと明らかにした。・・・
共同通信によれば、IAEAの当局者は、「複数の測定値を分析した結果、平均値は避難基準を下回っていた」と言っていただけのこと。つまり、「避難基準」を超える地点はなかった、とは言っていないのだ。避難基準を超える地点はあったかも知れないのだ。
ウィーン発の共同電でますますハッキリしたのは、「避難基準を下回ったのは、あくまでも平均値」であることだ。このようなトリックめいた「発表」を、「IAEAの当局者」はどうしてこの時点で行ったのか? その当局者とは一体、何者なのか? 外国のメディアがこの「発表」を報じていないのに、NHKなど日本のメディアだけがなぜ、こうした情報操作まがいの「報道」に踏み切ったのか?ー
これは報道のモラルの問題として、果たして許されることだろうか?
NHKの報道を視聴した人は、あのIAEAの「避難基準超え」の発表はウソだったんだ、基準を下回っていたんだーと思い込んだに違いない。
「避難が必要なレベルではない」が「避難基準超え」に変わり、すぐさま一点して「基準を下回る」に変わり、そしてその次に、11日のあの最終的な日本政府による「計画避難区域」設定のお達し。これは責任ある政府がとるべき態度ではないだろう。
ドイツの作家、グードルン・パウゼヴァングの作品に『みえない雲』という小説がある。この「みえない雲」は邦訳(小学館文庫、高田ゆみ子訳)の題で、原題は、ただのDie Wolke(ドイツ語で「雲」の意)だが、「フクシマ」から放出されている「放射能雲」の表現としては、「みえない雲」の方が適切である。
放射性のヨウ素もセシウムも見えないし、臭いもしないのだ。それが透明な気団として、襲い掛かり、降り積もる。「みえない死の灰」を運んで来て降らせる。「透明な放射能雲」・・・。
グードルン・パウゼヴァングのこの小説は、2006年に映画化され、日本でも『みえない雲』の題で公開された。
バイエルンでの原発事故を想定したこの映画の主人公は、「ヤンナ」(ハンナ)という女子高生である。その「ヤンナ」役を演じた、女優のパウラ・カレンベルクさんは、「チェルノブイリ」原発の事故の時、胎児だった。生まれてから、心臓に穴が開いていること、片方の肺がないことが分かった。
「みえない雲」は、それほどまでに恐ろしいものなのだ。被曝の瞬間から、まさに「いま直ちに」未来に向かって、世代を超えて続いて行く恐ろしさなのだ。
※続き「第2章 飯舘村」<「いま直ちに危険はない」と言われたら>は、8/19(水)22:00に投稿予定です。
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