夢在西安…? 大陸的☆☆生活

中国に留学してみました

中国で授業を受けよう・まさかのラスいち天国…☆

2016年05月31日 | 西安留学生活
昨日はクラスのみんなとそれぞれの論文指導の先生で食事会。
生徒側がお礼の意味で先生たちにご馳走する形だった。
なにせクラスの半分がムスリム(イスラム教徒)だから、食事会は必ずハラル指定の店になる。
先生が学校から車に乗せてくれて、大雁塔周辺にある、かの習近平も訪れたと言うレストラン「明輝楼」へ。

式場かと思わせるような内装。



個室が予約されていた。



料理も上品。



これまでのことを振り返ったり、これからのことを報告したりと、宴は和やかに進行。
ふと担任の先生が、びっくりすることを言った。
「みんな、明日の授業、ちゃんと出るんだよ!」
あれ?
「明日授業あるの!?」
「あるよ」
えーっ、今週テストだから、てっきり先週のが最終授業だと思ってたよー。そうなのかー。

馬先生の旦那さんは日本人。昨日は娘さんを連れて来ていて、初めてその子と会った。
あたしが日本語で話しかけると、ちゃんと聞き取っているけれど、返答はすべて中国語。
当初の進修生だった時にお世話になった楊先生の子。何度か家に遊びに行って、何度も会っているのに人見知りされた。難しい年頃なんだろうな。

西安の中でも高給レストランに数えられる店だろうけど、十数人で600元。日本円で1万ちょいくらい。先生の分をご馳走して1人85元。安いもんだ。

そして今日、まさかの最終授業があった。9人中8人やってきた。
テスト範囲をもう一度確認して1時間で終わり。
終わりがけに先生が、またひっくりすることを言う。
「明日のテストは……」
えっ?明日?
「テスト、あさってじゃないの?」
「変更になったよ」
やっべ、今日中に復習しなけりゃ。

重要な知らせはたいてい「微信」の中で通知されるのだけど、「微信」グループのメッセージはくだらないおしゃべりばかりで、その中にこういう重要な事がしばしば紛れ込んでいる。今さらだけど、おしゃべり用と重要通知用とで分けるべきだ。

今日は昨日の続きでトルコのお調子者の話を書こうと思っていたけれど、それどころじゃない。

さて、最終授業が終わり、お昼はそのまま先生のおごりで食べに行った。先生、ご馳走様。

西安で友達作ろう・トルコのバカ地獄…★

2016年05月30日 | 西安留学生活
ヤツとの付き合いも、2年半になる。
当初からトルコ人のニヤがあたしにやたらと絡んでくる。気に入られたのかどうかは知らないけど、問題は絡み方で、その悪質ゆえにあたしを幾度と泣く激怒させた。

二年生の冬休み前、先生があたしに「帰国するの?」と聞いた。あたしが「帰るよー」と言うと、あのトルコのバカはこう言った。「飛行機落ちるよ」
信じられない!これが大学生の言葉か?
あたしより先に先生が「縁起の悪いこと言うんじゃないわよ!」と叱ってくれたので場は収まったけど、それが却っていけなかった。あたしは怒りを発散できずに何日も思い出してはイライラした。あー、ムカつく。

同じような事が何度もある。
二年後学期の授業中、先生が「死ぬ」の言い回しをいろいろ教えてくれていた。
「走了(行った)も亡くなったという意味を表すことがあるのよ」
ここでトルコのアホは得意顔で例文を作る。「順子走了」
小学生か!いいや、小学生でももっと良識あるぞ!そんなことを言って何が楽しい?誰が笑う?面白いと思って言ってんのか?このアホが!

休み時間まで待ってあたしはトルコのボケに怒りをぶつけた。
したらヤツは、苦し紛れの言い訳をする。
「我々にとって、死とは幸福なんだ」
はあー?おまえはイスラム教を巻き込んであたしに不快な思いをさせるのか。とんかつ食わせたろか?

あれは三年前学期だったと思う。
授業でクラスの子がちょっとした発表をしていた。一生懸命話している真横で、同じくらいの声量でトルコのクズが同じトルコ人とおしゃべりをしている。
「ニヤ、クラスメイトが発言してるんだから、しゃべってないで聞け!」あたしは言った。
ヤツは逆ギレした。「俺のことはかまうな。自分のことをやってろ!」
授業の邪魔をしてその態度はなんだ!

その授業が終わったあと、先生から個人的にメッセージが届いた。
「順子、気にしないで。あの子はみんなの前で叱られて、プライドが傷ついてあんな事を言ったのよ。そんなに悪い子じゃないわ。」
「わかってるよ先生。あいつは子供なんだ。」

翌日、トルコのすかぽんたんはワザと明るい口調で声をかけてきた。あたしは無視してやった。
休み時間、やつはニヤニヤしながら、廊下に出ようとするあたしの行く手を阻んだ。
「なんで無視する?」
「アンタが昨日かまうなって言ったんでしょ。だからその通りにしてるの」
いいところで担任の、弥勒菩薩のようなありがたい顔をした先生が「仲いいわねー」と言いながら通りかかった。
「先生、あたしたち今、喧嘩してるの」
「あら、弟なんだから、殴っちゃえばいいのよー」

場が和んで、ヤツは謝らないまでも反省はしているようなので許してやった。
ヤツにもかわいいトコがあって、あたしを怒らせた翌日にはたいていスティックコーヒーや甘いお菓子を持ってくる。
これがヤツなりの反省らしい。

こんなことを書いてる間にも、ヤツから電話が入った。
今夜みんなでご飯を食べに行くので、そのことだった。
「今ちょうど、アンタの悪口書いてたんだよ」とは言わない。

ああ、いろいろ思い出すと血管が切れそうになる。
あたしがこんなにムカついていても、ヤツは先生や他の友達に「俺たちはいい関係なんだ。」とか言って友情をちらつかせてくる。

ヤツについてはまだ書くことがある。
明日にしよう。

西安で踊ろう、西安を踊ろう・中国バレエ天国…☆

2016年05月29日 | 西安留学生活
昨日論文の事をグダグダ書いたら、おかげですっきりした。
ありがとう、セオリーセンテンス!

そして昨日写真を載せた宮保鶏丁、日本語で「鶏肉のカシューナッツ炒め」と言う。
中国でカシューナッツが入った宮保鶏丁を食べた記憶がない。たいてい落花生が入っている。
あと、ひとつ訂正。「クミンの牛肉炒め」ではなく「牛肉のクミン炒め」でした。

今日はバレエの話。
こっちでは成人バレエはあまりウケない様子。
西安に来てすぐ教室を探したけど、ネットで見つけた住所を訪れるとすでに廃墟だったり、生徒が集まらなくて個人レッスンだけだったり、遠かったりで、みんなやめた。
学校のすぐ横の建物の中にひとつ見つけたけど、逆に生徒が多くてスタジオも狭く、値段も割高だったのでやめた。

ラテンダンスなら中国で探すのに苦労しない。
バレエは骨格矯正できて健康にも良いのに、中国人はわかってないなあ。

西安に来て1年4ヶ月、いつものダンススタジオにようやくバレエが開講された!
小中学生と一緒に?ええ、バレエが習えるなら構いませんよ。
え?白タイツ?……白じゃなきゃダメ?……いたしかたない。
あー、やっぱり恥ずかしいわー。「誰も見てないから大丈夫」って、保証できるの?

スタジオには6歳くらいの女の子から中学生の子までが数人、とあたし。
年齢差は恥ずかしくない。ただ、白タイツが。
レッスンが始まればそんなことはどうでも良かった。ああ、ステキなレッスン内容。
本格的に教えてくれる。理想通り。夢のよう。
レッスン後はくたびれ果てて、帰ってベッドに横になるともう動けない。

先生は木村佳乃似のきれいな女性。そのきれいさを打ち消すような気さくなしゃべり方をする。
水曜の午前にも1コマ開講されたと聞いたけど、授業があってずっと出られなかった。
夏休みに入ってから行ってみた。わあ、奥様方だらけ。
もともとその先生に民族舞踊を教わっていたおばちゃんたちが、開講されたバレエの方にも出てきていた。
あれー、誰も白タイツ履いてないじゃん。いつに増して恥ずかしいわ。

不思議。
奥様方が集まってガヤガヤしている光景は、日本で通っていたスポーツクラブとまったく変わらない。「よく聞いたら中国語」という違いだけ。

バレエレッスンが始まって一ヶ月、あたしは一時帰国して、戻ってきたらバレエのレッスンはなくなっていた。

それからまた半年くらい待ったかしら。
まだ大学生だという先生がやってきて、バレエが開講された。
生徒はいつもだいたい3人程度。あたし一人の日もあった。
先生の学校のテストがあるからという理由で休講された日もあった。
生徒がもっと増えれば、安定した先生が来て、安定してレッスンが行われるんだけど。
そしていつの間にか、先生の都合かなんかでバレエがなくなった。

去年の夏前、また新しい先生が。
それが今習っている先生。生徒が2人以上いればレッスンが行えるので、今は割と安定している。
でもあたしは最初の先生が良かった。今の先生は動きを矯正してくれない。

日本に帰ったら、ステキな先生がそろうダンス教室の近くに住みたいわあ。

中国の大学を卒業しよう・論文やっぱ後悔地獄…★

2016年05月28日 | 西安留学生活
論文の答弁会が終わり、かなり解放された気分になって、お昼はちょっといいものを。
四川料理店でおかずを3つ注文してお持ち帰り。あたしのご飯4~5食分になる。部屋でゆっくり油を落としてから食べる。



左はあたしが最近はまっている、クミンの牛肉焼き。クセになるうまさ。
真ん中はホイコーローの、肉がちょっと違うやつ。中国のホイコーローは日本でよく食べるやつと味付けが全然違う。そして日本みたいに野菜がキャベツと決まっていない。この店のはジャガイモ。うまい。
右は知る人ぞ知る宮保鶏丁。甘め。

解放された、解放された。
西安駅の近くにある解放ロードをのし歩きに行こうか。
でも、心はまだ解放されていない。

自分で満足する内容に仕上がって、答弁会で通ればいい、そう思って、実際そうなって、もう終わりでいいはずなのに、今までずっとクラスで1番を取ってきたプライドがあたしを「解放」させない。

昨日は「終わった、満足だ」と書いたけど、やっぱちょっと待って。一等取れなくて、後になって悔しくなった。
「最後の最後であの子に負けた」という敗北感と、先生やクラスメイトが「成績はいいけど実力ないんじゃん」と思ったろうなという、ある種の劣等感。
昨日から「もう少しだけ頑張っておけばよかった」と後悔の念がまとわり付く。

なにしろ資料を集めたり、調べたりするのがめんどくさかった。
「参考文献は少なくとも10件、30くらいあると望ましい」だの、「前人の研究を探して参考にしろ」だの言われたけど、論文とはすでにある研究結果を集めて、テーマにあわせて必要な部分を抽出してまとめるという作業なのか。

自分の考えを物理的なり科学的也にまとめて、実証できれば、参考文献なんてそんなにいらないじゃん。
そもそもあたしは「論文」というのがよくわかっていないのかなあ。

答弁会も先生たちが予め論文を読んできていろいろ言うのかと思ったら、なに?発表のその場で読んで意見を述べる?
またこの先生たち、痛いとこを突くのがうまいんだ。
表面的なアラばかり探さないで、内容を評価してよー、すっごくいいよー?

答弁会の途中、モニターの接触不良で画面が表示されなくなり、せっかく作ってきたパワポを見せることができない子もいた。、
かなり経ってから業者が直しに来た。



2番目に早々と自分の発表の番が来て、いろいろ言われたもんだから、終わった後他の子の発表の時に「こけろ!こけろ!」と思ってしまう自分がイヤだったわあ。あと「実は今回あんまりがんばってなかったんだ」と宣伝する自分。

一曲書いて歌いながら解放ロードを歩こう。曲名は「あたしを認めてよ」


中国の大学を卒業しよう・卒論答弁天国・・・☆

2016年05月27日 | 西安留学生活
やれやれ、答弁会が終わった。
今まで頑張ってきたから、最後の論文はラクしちゃおうと、ちょっと手を抜いたらいろいろ言われた。資料をあまり捜さずにネットでばかり集めてたとこをつつかれたり、問題を提起して解決策を省略していると指摘されたり。それでも価値のある内容だったはず。最後の評価は1位は取れなかったものの、良い出来だと褒められた。

今回の論文は何より自分の収穫が大きかった。
それで満足。
卒業できるぞー。