地福寺ブログ

地福寺は、宮崎県延岡市の山あいにある曹洞宗のお寺です。
永代供養のご相談も承ります。

”走る”ということ

2010-03-12 08:48:54 | 日常のヒトコマ
娘が通う小学校は、お寺から少し離れたところにあります。
…というより、お寺が少し離れたところにあるのか(笑)。

途中までは車で送りますが、ある場所からは歩くように学校が推奨しています。
あまり人がいない道でもあり、ひとりで歩かせるわけにもいきませんから、
他の友達と会えるまで、一緒に歩くこともしばしばです。

…まあ、間に合えば歩きますが、遅くなるとマラソンが始まります♪

坂道を登って登って、遅刻するぅ~。


一緒に走りながらの撮影ですので、手ブレがひどいのはご容赦を。


坂を上ると、長い直線。あと一息だ、がんばれ!


あ、お友達を発見!間に合いそうだね。よかった!


走りながら考えました。

「走る」ということは、タイムマシンである。

早い速度で移動する内部の時間の流れは、外の時間よりもゆっくり流れる。

たとえば、動かない部屋で床にボールを落とすのと、
走っている電車の車内で同じようにボールを落とすのをくらべても、
手を離してから床に落ちるまでにかかる時間は同じですよね。
それを、全く同じ1秒だとします。
なのに電車のほうは、落ちるまでに少し移動して、ナナメに落ちているわけだから、
列車の外からそのボールを見たら、より長い距離を同じ時間で動いたことになります。
つまり、外の1秒より、中の1秒のほうが長いわけですね。
しかも、より速く動くもののほうが、よりナナメに落ちるわけだから、
たとえば新幹線や飛行機の中の時間は、もっとゆっくり流れる。

うまく説明できませんが、昔、物理の時間に習ったなかに、そんなのがあったなあ。

歩いていると間に合うはずがないものに間に合ったりするわけだから、
走れば少しだけ過去にさかのぼる。
正確には、自分が周りよりもゆっくりと未来へ向かうんだ、というように考えると、
走るのがおもしろくなる気がします。

また、もっともっと早く走って、光よりも早くなって、
今いる場所からものすごく遠くまで離れた後に、クルリと振り返って、
ものすごく良く出来た望遠鏡で元いた場所を見たら、
過去の自分が見えるはず。
楽しいこと、悲しいこと、面白かったこと、つらかったこと、
手は届かないくらい離れるけど、それらを見ることが出来る。

だから「走る」ということは、タイムマシンなんだろうなあ。

普段の運動不足を呪いながらも、
そんなことを考えて、今日は走っていました。



いってらっしゃい!