一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(162) ―『ユダヤ陰謀説の正体』

2007-06-25 15:31:58 | Book Review
この国ほど、ユダヤ人が少ないにもかかわらず、ユダヤ陰謀本が多量に作られている国は珍しいようです。
それはどのような原因によるものかを明らかにしたい、というのが本書での著者のねらいです。
「本書の目的は、ユダヤ人が数えるほどしかいない日本で奇妙に猖獗(しょうけつ)する反ユダヤ主義の消息を戦前から跡づけ、欧米の反ユダヤ主義の影響と日本人のユダヤ人に対する意識をあらためて問いなおすことである」

戦前はともかく、ここ近年の反ユダヤ主義とでもいうべき動きは、ことごとく欧米からの影響だある、というのが著者のまず指摘するところ。

旧聞に属しますが、雑誌「マルコポーロ」に「ナチ ガス室はなかった。」という記事が載り、ついには雑誌そのものの廃刊にまで追い込まれた、という事件がありました。

この記事そのものが、記事を書いた西岡某の独自な取材によるものではなく、その根拠自体が、ことごとく「欧米のサブカルチャーで猖獗している反ユダヤ主義の逐語的な受け売り」である、というのが著者の指摘。
いわゆる「リヴィジョナリスト(歴史修正主義者)」のホロコースト否定論が、輸入されたわけですな。

これに、「ファンダメンタリスト(聖書原理主義者)」系の反ユダヤ主義を合わせれば、ほぼ欧米の反ユダヤ主義の潮流が明らかになるようです。

そではなぜ、反ユダヤ主義(かつてナショナリズムの一つの現れでもあった。「ドレフュス事件」や、ロシアにおける「ポグロム」など)が、ここに至って、その勢力を強めてきたのか。

著者の意見によれば、
「情報・経済や文化のグローバル化が進行するなかで、これまで当然視されてきた国内の習慣にさまざまな変更が余儀なくされ、その結果人々の間に新たなストレスが生じ、ナショナリズムを養う腐葉土が堆積している。そして、ユダヤ人のコスモポリタン的性格にまつわる古典的な比喩が欧米でも日本でも新たな装いを凝らして動員されているというわけである。」
となります。
つまり、反ユダヤ主義が、ナショナリズムの一つの現れであることは、かつても現在も変わりないというのです。

ただ、ここに問題があります。
というのは、著者は「ドレフュス事件以降の文学と思想を現代ヨーロッパ社会の諸問題とのかかわりにおいて研究」しているそうなので、日本のナショナリズムとの関連については、本書でも少ないという傾向があります。
むしろ、欧米における資料的な紹介の部分(かなり詳細)を減らしても、その方面の記述を増やすことはできなかったのでしょうか。

松浦寛(まつうら・ひろし)
『ユダヤ陰謀説の正体』
ちくま新書
定価:693円 (税込)
ISBN978-4480058232