一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(153) ―『千本桜―花のない神話』

2007-06-05 17:45:18 | Book Review
言うまでもないかもしれませんが、『千本桜』とは、人形浄瑠璃や歌舞伎の三大名作の一つと称せられている『義経千本桜』のこと。

その『義経千本桜』の台本には、桜が一切現れてこない、というのが、話の発端。舞台は、京と吉野、大物浦(現在の尼崎市)、季節は旧暦1月(遅くとも月末)ですから、桜は表には登場しない。
「文楽の舞台あるいは歌舞伎の舞台の吉野山の道行にしても、四の切の御殿にしても、舞台は桜の満開ではないかといわれるかも知れないが、すでにふれたように実は浄瑠璃の本文では、花は一輪も咲いていない。現在の舞台の桜は、文楽でも歌舞伎でも初演の舞台にはなかったものなのである。」
それが、満開の絵面を連想するようになったのはなぜか、ということをフックとして、著者は、6つの謎を解明していきます。
その謎とは、
 (1)判官贔屓(義経)
 (2)天皇制
 (3)鮓
 (4)桜
 (5)狐
 (6)吉野
の6つ。

お分かりのように、これらのテーマを見ただけで、人形浄瑠璃や歌舞伎だけの世界で解明できるものではありません。
そこには、歴史学あり、民俗学あり、文化人類学あり、動植物学あり、などなど、多様なアプローチが必要になってきます。

そして、著者が述べているように、
「おそらくこの六つの謎について考えることは、『千本桜』について考えるというよりも、日本について、日本人について考えるということなのである。それも、あまり意識されない日本の民衆の嗜好について考えるということだろう。」
となります。

ですから、著者の他の作品と同様な「歌舞伎評論」を期待する方には、ちょっと記述の方向が違っているかもしれません。
逆に、歌舞伎に関しては、さほどの知識や興味・関心がなくとも、このような「日本の民衆の嗜好」について考察を深めたい、という人には向いているのでしょう。

さて、本書で、どのような地平が、アナタの前に開けるでしょうか。

渡辺保(わたなべ・たもつ)
『千本桜―花のない神話』
東京書籍
定価:2,039 円 (税込)
ISBN4-487-75236-1