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中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

紅楼夢 第一回 (その4)

2009年11月01日 | 紅楼夢

さて、前回、街できちがい坊主に出会った士隠でしたが、目の中に入れても痛くない娘の英蓮が不幸を運んでくると言われ、また僧侶の口から、今後の不幸を暗示することばが念じられます。

 士隠聴得明白,心下猶豫,意欲問他們来歴.只聴道人説道:“你我不必同行,就此分手,各干営生去罷.三劫后,我在北邙山等你,会斉了同往太虚幻境銷号。”那僧道:“最妙,最妙!”説畢,二人一去,再不見個踪影了.士隠心中此時自忖:這両個人必有来歴,該試一問,如今悔却晩也.

[訳]士隠は聞いてその内容は理解したが、心ではためらいがあり、彼らの来歴を聞きたいと思った。ただ道士のこう言うのだけが聞こえた。「我々はいっしょに行く必要はない。ここで分かれて、それぞれ仕事をしに行こう。三劫の後、私は北邙山であなたを待つので、会えたらいっしょに太虚幻境に行って登録を取り消そう。」僧侶は言った。「妙なるかな、妙なるかな。」言い終わると、ふたりは立ち去り、再びその姿を見ることはなかった。士隠は心の中でこの時思った。このふたりにはいわれがあるに違いなく、聞いてみないといけなかったのだが、今となっては残念ながら手遅れだ。

● 猶豫 you2yu4 ためらう
● 営生 ying2sheng1 仕事
● 銷号 xiao1hao4 登録を取り消す
● 踪影 zong1ying3 跡形。捜索の対象を指す。否定の形で使うことが多い
● 自忖 zi4cun3 推し量る。思う

 這士隠正痴想,忽見隔壁葫芦廟内寄居的一个窮儒-姓賈名化,表字時飛,別号雨村者走了出来.這賈雨村原系湖州人氏,也是詩書仕宦之族,因他生于末世,父母祖宗根基已尽,人口衰喪,只剩得他一身一口,在家郷無益,因進京求取功名,再整基業.自前歳来此,又淹蹇住了,暫寄廟中安身,毎日売字作文為生,故士隠常与他交接.当下雨村見了士隠,忙施礼陪笑道:“老先生倚門佇望,敢是街市上有甚新聞否?”士隠笑道:“非也.適因小女啼哭,引他出来作耍,正是无聊之甚,兄来得正妙,請入小斎一談,彼此皆可消此永昼。”説着,便令人送女儿進去,自与雨村携手来至書房中.小童献茶.方談得三五句話,忽家人飛報:“厳老爺来拜。”士隠慌的忙起身謝罪道:“恕誑駕之罪,略坐,弟即来陪。”雨村忙起身亦譲道:“老先生請便.晚生乃常造之客,稍候何妨。”説着,士隠已出前庁去了.
 
 [訳]士隠がちょうど妄想にふけっていると、ふと隣のひょうたん廟に寄宿している貧しい儒者、姓は賈、名は化、字は時飛、号を雨村という者が出てくるのが見えた。この賈雨村というのは元々湖州の人で、読書人で役人の家柄であったが、末世に生まれたので、父母の祖先の財産は尽き果て、家族は衰え無くなり、ただ彼一人が残り、故郷にいても意味がなく、都に出て官職を得ようと、家屋敷を処分して、前年にここにやって来たものの、うまくいかず、しばらくは廟の中に身を寄せ、普段は揮毫や代筆をして暮らしていたが、士隠とはいつも付き合いがあった。雨村は士隠を見かけると、急いでお辞儀をして愛想笑いをして言った。「先生は門にもたれてしばらく街の方を見ておられましたが、おそらく街で何かあったのでございましょう?」士隠は笑って答えた。「そうではなく、ちょうど娘がぐずりましたので、連れてきて遊ばせておりまして、退屈をしていたところです。貴兄が来られてちょうどよい、中に入ってお話をし、お互いにこの昼をやり過ごしませんか。」そう言うと、人に娘を連れて行かせ、自分は雨村といっしょに書斎に入って行った。小僧が茶を淹れた。ちょうど二言三言話をしたところで、急に家の者が駆けつけて言うには、「厳の旦那様がお越しでございます。」士隠はあわてて体を起こし、謝った。「わざわざお越しいただいたのをだますことになったのをお許しください。しばらく座っていてください。しばらくしたら戻ってお相手しますので。」雨村は急いで体を起こし譲って言った。「先生、どうぞご随意に。私はいつも来ていますから、しばらくお待ちするのはなんでもありませんから。」そう言うと、士隠は入口の間の方に行った。

● 仕宦 shi4huan4 官職につく
● 根基 gen1ji1 家の財産
● 功名 gong1ming2 科挙に及第して得た資格や官職
● 基業 ji1ye4 事業発展の基礎。ここでは家屋敷などの家財
● 淹蹇 yan1jian3 うまくいかない
● 交接 jiao1jie1 付き合う
● 倚門 yi3men2 門にもたれる
● 佇望 zhu4wang4 しばらくたたずんで見る
● 談得三五句話 tan2desan1wu3ju4hua4 二言三言話をする
● 誑kuang2 だます
● 駕 jia4 〔敬〕相手の出向くことを指す
● 請便 qing3bian4 どうぞご随意に
● 晚生 wan3sheng1 (先輩、または1世代上の人に対し)私
● 常造 chang2zao4 いつも来る

 這里雨村且翻弄書籍解悶.忽聴得窓外有女子嗽声,雨村遂起身往窓外一看,原来是一个丫鬟,在那里擷花,生得儀容不俗,眉目清明,雖無十分姿色,却亦有動人之処.雨村不覚看的呆了.那甄家丫鬟擷了花,方欲走時,猛抬頭見窓内有人,敝巾旧服,雖是貧窘,然生得腰圓背厚,面闊口方,更兼劍眉星眼,直鼻権腮.這丫鬟忙転身回避,心下乃想:“這人生的這様雄壮,却又這様襤褸,想他定是我家主人常説的什麼賈雨村了,毎有意帮助周済,只是没甚机会.我家并無這様貧窘親友,想定是此人無疑了.怪道又説他必非久困之人。”如此想来,不免又回頭両次.雨村見他回了頭,便自為這女子心中有意于他,便狂喜不尽,自為此女子必是个巨眼英雄,風塵中之知己也.一時小童進来,雨村打聴得前面留飯,不可久待,遂従夾道中自便出門去了.士隠待客既散,知雨村自便,也不去再邀

[訳]ここで雨村は書籍の頁をめくって退屈しのぎをしていた。ふと窓の外から女性の咳をする声が聞こえた。雨村が身を起して窓の外を見てみると、一人の女中がそこで花を摘んでいたが、容貌が常ならず、目もとがくっきりして、びっくりするほどの美人ではないが、人を惹きつけるところがあった。雨村は思わず見とれてしまった。その甄家の女中は花を摘んで、行こうとした時に、急いで頭を上げると窓の中に人がいて、破れたぼろの古着を着ており、貧しく困窮しているが、腰に丸みがあり背中に厚みがあり、顔が広く口が四角く、更にりりしい眉、星のような眼、まっすぐ通った鼻、突き出た頬骨をしていた。この女中は背中を向けて逃げて行ったが、心の中で思った。「この方はこんなに逞しいのに、身なりはこんなにみすぼらしい。この方はきっとうちのご主人様がいつも言われている賈雨村とかいわれる方に違いない。いつも援助をしようと思うのだが、機会がないとか。当家にはこんな貧しく困っておられるお友達はおられないから、この方に間違いない。この方はいつまでも困窮されているお方ではないと言われるのも当然だわ。」このように考えると、我慢できず二度振り返って見た。雨村は彼女が振り返って見るのを見て、この子は私に気があると思い、狂わんばかりに喜び、この女は英雄を見分ける鑑識眼を持っている、浮世の知己だと思った。しばらくして小僧が入って来て、雨村は表で食事を用意すると聞いたので、これ以上待ってもと思い、通路を通って勝手口から出て行った。士隠は客が帰った後、雨村が先に帰ったことを知ったが、もう一度呼びに行くようなことはしなかった。

● 嗽声 sou4sheng1 せきをする声
● 擷花 xie2hua1 花を摘む
● 儀容 yi2rong2 容貌
● 敝巾 bi4jin1 破れた布きれ
● 貧窘 pin2jiong3 貧しく困窮している
● 腰圓背厚 yao1yuan2bei4hou4 腰に丸みがあり背中に厚みがある
● 面闊口方 mian4kuo4kou3fang1 顔が広く口が四角い
● 劍眉星眼 jian4mei2xing1yan3 りりしい眉、星のような眼
● 直鼻権腮 zhi2bi2quan2sai1 まっすぐ通った鼻、突き出た頬骨
● 襤褸 lan2lv3 衣服がぼろぼろである
● 周済 zhou1ji4 救済する。物質的な援助をする
● 巨眼 ju4yan3 すぐれた鑑識眼。大した目利き

 一日,早又中秋佳節.士隠家宴已畢,乃又另具一席于書房,却自己歩月至廟中来邀雨村.原来雨村自那日見了甄家之婢曾回顧他両次,自為是個知己,便時刻放在心上.今又正値中秋,不免対月有懐,因而口占五言一律云:
 
 [訳]ある日、早くも中秋の佳節であった。士隠の家の宴は終わり、別に一席を書斎に準備すると、自分で月明かりの下を歩いて廟に雨村を呼びに行った。実は雨村はあの日甄家の女中に出会い、彼女が二度振り返り、あれは自分の知己だと思ってから、いつも気になっていて、今日はまたちょうど中秋に当たっているので、月への想い免れず、それゆえ五言の律詩を口ずさんで言うには:

  未卜三生願,頻添一段愁.
  悶来時斂額,行去几回頭.
  自顧風前影,誰堪月下俦?
  蟾光如有意,先上玉人楼.

 [訳]まだ三世の契を占っていないが、頻りに愁いが増す。
   悩ましい時、額に皺寄せ、行っては何度も振り返る。
   自分は浮世に一人でいるけれども、誰が私の伴侶にふさわしいのだろう?
   月光よ、もしその気があるなら、先に美人の家に上がってその姿を照らしておくれ。

● 三生 san1sheng1 三世。“卜三生願”:結婚を占う
● 斂額 lian3e2 眉の皺を寄せる
● 俦 chou2 仲間。伴侶
● 蟾 chan2 ヒキガエル。“蟾光”:月の光。月にはヒキガエルがいるという伝説から。
● 玉人 yu4ren2 美人。玉のようにあでやかな女性

 雨村吟罷,因又思及平生抱負,苦未逢時,乃又搔首対天長嘆,復高吟一聯曰:
 
 [訳]雨村は吟じ終わると、これまでの抱負に思い及んだので、苦しみがこみ上げて来ぬうちに、首を掻きながら天に向け長歎し、また一つの聯を吟じて言うには:

  玉在匵中求善価,釵于奩内待時飛.

  [訳]玉は箱の中に在りて善価を求め、釵は奩の内にて飛ぶ時を待つ。
   (私も早く役人となり、羽ばたきたいものだ)
● 匵 kui4 =櫃 gui4 箱
● 釵 chai1 かんざし
● 奩 lian2 古代の女性の鏡箱

 恰値士隠走来聴見,笑道:“雨村兄真抱負不浅也!”雨村忙笑道:“不過偶吟前人之句,何敢狂誕至此。”因問:“老先生何興至此?”士隠笑道:“今夜中秋,俗謂‘団円之節’,想尊兄旅寄僧房,不无寂寥之感,故特具小酌,邀兄到敝斎一飲,不知可納芹意否?"雨村聴了,并不推辞,便笑道:“既蒙厚愛,何敢拂此盛情。”説着,便同士隠復過這辺書院中来.須臾茶畢,早已設下杯盤,那美酒佳肴自不必説.二人帰坐,先是款斟漫飲,次漸談至興濃,不覚飛觥献斝起来.当時街坊上家家簫管,戸戸弦歌,当頭一輪明月,飛彩凝輝,二人愈添豪興,酒到杯干.雨村此時已有七八分酒意,狂興不禁,乃対月寓懐,口号一絶云:
 
 [訳]ちょうど士隠が入って来てそれを聞いて、笑って言った。「雨村兄は本当に大きな抱負をお持ちですね。」雨村は慌てて笑って言った。「偶々昔の人の句を吟じたに過ぎず、どうしてこんなでたらめな考えを今まで持っているものですか。」それゆえ「老先生はこれまでどういうことに興味をお持ちですか。」と問うた。士隠は笑って言った。「今晩は中秋、俗に言う「団欒の節句」であり、お兄様は僧坊に寄宿されており、さびしくされているにちがいないので、特に粗宴を用意し、私の書斎にご招待し一献さしあげたいのですが、ご招待をお受けいただけますでしょうか。」雨村はそう聞くと、辞退もせず、笑って言った。「ご厚情を受けた限りは、どうしてそれに背くことができましょう。」そう言うと、士隠と共にまたこちらの書院の中に入って来て、しばらくしてお茶が終わると、早くも杯の盆が置かれ、かの美酒や肴は言うまでもない。二人は再び座ると、先ずは懇ろに酒を注ぎ、ゆっくりと飲みはじめ、次第に話に興が乗ってきて、知らず知らずに差しつ差されつになり、その頃には隣近所の家々の簫や楽器の演奏、一軒一軒、琴の演奏が流れ、頭上には一輪の名月が輝き、二人は益々興に乗って、酒を注がれればすぐ干し、雨村はこの時には七八割方でき上がり、楽しくてたまらず、すなわち月に対する思いを、一絶にして口ずさんで言うには:

● 誕 dan4 でたらめ
● 小酌 xiao3zhuo2 粗宴
● 芹意 qin2yi4 ちょっとした贈り物をする。ご招待
● 拂 fu2 逆らう。背く
● 盛情 sheng4qing2 厚意。厚情
● 須臾 xu1yu2 ちょっとの間。しばし
● 款 kuan3 ねんごろに。いんぎんに
● 斟 zhen1 酒や茶をつぐ、注ぐ
● 觥 gong1 獣の角で作った酒器 
● 斝 jia3 古代の3本足の酒器
● 街坊 jie1fang 隣近所
● 簫管 xiao1guan3 簫や楽器の演奏
● 弦歌 xian2ge1 琴を弾き歌を歌う
● 豪興 hao2xing1 益々興に乗り

  時逢三五便団円,満把晴光護玉欄.
  天上一輪才捧出,人間万姓仰頭看.

 [訳]いつも十五夜になると月はまん丸になる、清々しい月の光が欄干を照らす。
    天上に一輪の満月の月がようやく出て来た、人々は皆それを仰ぎ見る
 

 今回は士隠と雨村のやりとり、また雨村の望みが語られていましたが、次回では、これら登場人物が運命の糸に操られ、舞台が動き出します。それでは続きは次回で。

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紅楼夢 第一回を読む (その3)

2009年10月25日 | 紅楼夢

さて、お話は一気に地上の現実の世界に移り、最初の登場人物として甄士隠が出てきて、いよいよこの長い物語の幕開けとなります。そして、物語のことばの端々に、今後の物語の展開の暗示がちりばめられています。


当日地陷東南,這東南一隅有処曰姑蘇,有城曰閶門者,最是紅塵中一二等富貴風流之地.這閶門外有個十里街,街内有個仁清巷,巷内有個古廟,因地方窄狭,人皆呼作葫芦廟.廟旁住着一家郷宦,姓甄,名費,字士隠.嫡妻封氏,情性賢淑,深明礼義.家中雖不甚富貴,然本地便也推他為望族了.因這甄士隠禀性恬淡,不以功名為念,毎日只以観花修竹,酌酒吟詩為楽,倒是神仙一流人品.只是一件不足:如今年已半百,膝下無儿,只有一女,乳名喚作英蓮,年方三歳.
[訳]そのころ、地は東南に窪み、この東南の片隅に姑蘇と呼ばれるところがあり、閶門と呼ばれる城門があり、浮世でも一二の富貴風流の地であった。この閶門外に十里街という通りがあり、通りに仁清巷という路地があり、路地には古い廟宇があり、狭い場所なので、人は皆ひょうたん廟と呼んでいた。廟の傍に田舎役人が住んでいて、姓は甄、名は費、字(あざな)は士隠と言った。正妻は封氏と言い、善良でやさしく、礼儀をわきまえていた。家はさして富貴ではないが、当地では彼を名望ある家柄と見做していた。この甄士隠は生まれつきあっさりしていて無欲で、功名を上げようという気もなく、毎日ただ花を眺め竹の手入れをし、酒を汲んでは詩を吟じることを楽しみとし、あくせくせず悠々自適な人物であった。ただひとつ物足りないのは、今年既に五十になるのに、男の子がおらず、娘が一人だけおり、乳名を英蓮と言い、年はやっと三歳であった。
● 郷宦 xiang1huan4 田舎の役人
● 嫡妻 di2qi1 正妻
● 賢淑 xian2shu1 =賢惠:善良でやさしい婦人
● 望族 wang4zu2 名望ある家柄
● 禀性 bing3xing4 生まれつき
● 恬淡 tian2dan4 あっさりしていて無欲である
● 酌酒 zhuo2jiu3 酒を注ぐ
● 吟詩 yin2shi1 詩を吟じる
● 神仙 shen2xian (仙人の意から)→〔喩〕なんの苦労も気がかりもなく、悠々自適の生活をする人
● 一流 yi1liu2 同類。同じ仲間


一日,炎夏永昼,士隠于書房閑坐,至手倦抛書,伏几少憩,不覚朦朧睡去.夢至一処,不辨是何地方.忽見那廂来了一僧一道,且行且談.只聴道人問道:“你携了這蠢物,意欲何往?”那僧笑道:“你放心,如今現有一段風流公案正該了結,這一干風流冤家,尚未投胎入世.趁此机会,就将此蠢物夾帯于中,使他去経歴経歴。”那道人道:“原来近日風流冤孽又将造劫歴世去不成?但不知落于何方何処?”
 [訳]ある日のこと、夏の暑い盛りの昼下がり、士隠が書斎でぼんやり座っていたが、書きものに飽き書を放り出し、床几に伏してしばし休息したが、思わず朦朧と眠りに落ちた。夢の中であるところに行ったが、それがどこだか分からなかった。ふと、あちらから僧侶と道士がやって来て、歩きながら話をしていたが、道士がこう問うのだけが聞こえた。「あなたが持ってきたこのやくざものを、どこにやろうとお思いか。」その僧侶は笑って言った。「安心しなさい。今とある色ごとのもめごとを解決しようとしているが、この色ごとの仇役は、まだ生を受けて浮世で暮らしたことがない。この機会に、このやくざものをその中に挟み込んで、きゃつに浮世の経験をさせてみようと思うのじゃが。」その道士は言った。「確か最近色ごとの仇役が劫(ごう)を一回経験してきたのではありませんでしたか。どの方面のどこに降りたのか知りませんが。」
● 了結 liao3jie2 解決する
● 一干 yi1gan1 ある事件に関係のある(すべての人を指す)
● 投胎 tou2tai1 生まれる。生を受ける
● 冤孽 yuan1nie4 前世の因業(いんごう)
● 造劫歴世 zao4jie2li4shi4 劫(ごう)を一回経験した

那僧笑道:“此事説来好笑,竟是千古未聞的罕事.只因西方霊河岸上三生石畔,有絳珠草一株,時有赤瑕宮神瑛侍者,日以甘露灌漑,這絳珠草始得久延歳月.后来既受天地精華,復得雨露滋養,遂得脱却草胎木質,得換人形,僅修成个女体,終日游于離恨天外,飢則食蜜青果為膳,渇則飲灌愁海水為湯.只因尚未酬報灌漑之,故其五内便郁結着一段纏綿不尽之意.恰近日這神瑛侍者凡心偶熾,乗此昌明太平朝世,意欲下凡造歴幻縁,已在警幻仙子案前挂了号.警幻亦曾問及,灌漑之情未償,趁此倒可了結的.那絳珠仙子道:‘他是甘露之惠,我并无此水可還.他既下世為人,我也去下世為人,但把我一生所有的眼涙還他,也償還得過他了.’因此一事,就勾出多少風流冤家来,陪他們去了結此案。”
[訳]その僧侶は笑って言った。「このことは話すとおかしいことだが、長い年月聞いたことのない珍事であった。西方の霊河の岸の三生石の畔に、絳珠草がひと株あり、赤瑕宮の神瑛の従者が、毎日甘露をかけてやっていたが、この絳珠草は寿命が延び、やがて天地の精華を受け、また雨露の滋養を得て、ついには草胎木質から脱却し、人の形に変わるを得、ただ女体を修成し、一日中、離恨天の外に遊び、餓えれば蜜青果を食して膳とし、渇けば灌愁海の水を飲んで湯とした。ただ未だ灌漑のに報いていなかったので、体中気がふさぎ、悶々としていた。ちょうどこの神瑛の従者が下界への思いが俄かに激しくなり、この昌明太平の世に下界に降りて、幻の縁(えにし)を経験したいと思い、警幻仙子の所に行って届け出をした。警幻が質問をしていくと、灌漑の情がまだ償われておらず、この機会にそれを精算することにした。かの絳珠仙子が言うには、「あの方に甘露の恵をいただいたが、私はこの水をお返しすることはできません。あの方が下界に降りて人間になられるなら、私も下界に行って人となり、私の一生の涙でもってお返しすれば、あの方に償ったことになりましょう。」このことで、多くの色ごとの仇役が呼び出され、彼らといっしょにこの事件を解決に行くことになったのである。」
● 五内 wu3nei4 五臓
● 郁結 yu4jie2 気がふさぎ、晴れ晴れしない
● 纏綿 chan2mian2 まとわりつく
● 昌明 chang1ming2 政治や文化が盛んである。繁栄している
● 下凡 xia4fan2 神仙が下界に下りる
● 造歴幻縁 zao4li4huan4yuan2 幻の縁(えにし)を経験する

那道人道:“果是罕聞.実未聞有還涙之説.想来這一段故事,比歴来風月事故更加瑣砕細膩了。”那僧道:“歴来几个風流人物,不過伝其大概以及詩詞篇章而已,至家庭閨閣中一飲一食,総未述記.再者,大半風月故事,不過偸香窃玉,暗約私奔而已,并不曾将儿女之真情発泄一二.想這一干人入世,其情痴色鬼,賢愚不肖者,悉与前人伝述不同矣。”
[訳]その道士が言うには、「確かに聞いたことのない話だ。涙で償うというのは聞いたことがない。思うにこのお話は、これまでの色ごとの事件に比べこまごまとしてわずらわしいようだが。」その僧侶は言った。「これまでの何人かの色恋沙汰になった人物は、そのことの大筋と詩や文章が伝わっているだけで、家庭の閨房での一飲一食のことは、述べられていない。また、大半の色ごとの話は、香や玉を盗んだとか、示し合わせて駆け落ちしたとかいうことばかりで、若い男女の本当の気持ちは少しも表わされていない。思うに今回一群の人が下界に降り、その情痴色鬼、賢愚不肖なるは、悉く前人の伝述とは異なりましょう。」

那道人道:“趁此何不你我也去下世度脱几個,豈不是一場功?”那僧道:“正合吾意,你且同我到警幻仙子宮中,将蠢物交割清楚,待這一干風流孽鬼下世已完,你我再去.如今雖已有一半落塵,然猶未全集。”道人道:“既如此,便随你去来。”
[訳]その道士が言うには、「この機会に我々もいっしょに下界に降り、済度し解脱するというのも、功徳になるのではありますまいか。」僧侶が言うには、「私もそう思う。いっしょに警幻仙子の宮中に行き、やくざものをきっちり受け渡したら、これらの色恋沙汰の亡霊たちが皆下界に降りてしまってから、私たちも行くとしよう。今はもう半分くらいが浮世に下ったが、まだ全員がそろっていないので。」道士は言った。「そういうことなら、あなたといっしょに行くことにしよう。」
● 度脱 du4tuo1 済度し解脱する
● 交割 jiao1ge1 受け渡し。決済
● 孽鬼 nie4gui3 よこしまな亡霊
● 落塵 luo4chen2 浮世に下りる

却説甄士隠俱聴得明白,但不知所云“蠢物”系何東西.遂不禁上前施礼,笑問道:“二仙師請了。”那僧道也忙答礼相問.士隠因説道:“適聞仙師所談因果,実人世罕聞者.但弟子愚濁,不能洞悉明白,若蒙大開痴頑,備細一聞,弟子則洗耳諦聴,稍能警省,亦可免沈倫之苦。”二仙笑道:“此乃玄机不可預泄者.到那時不要忘我二人,便可跳出火坑矣。”士隠聴了,不便再問.因笑道:“玄机不可預泄,但適云‘蠢物’,不知為何,或可一見否?”那僧道:“若問此物,倒有一面之縁。”説着,取出逓与士隠.士隠接了看時,原来是塊鮮明美玉,上面字迹分明,鐫着“通霊宝玉”四字,后面還有几行小字.正欲細看時,那僧便説已到幻境,便強従手中奪了去,与道人竟過一大石牌坊,上書四个大字,乃是“太虚幻境”.両辺又有一幅対聯,道是:
[訳]はてさて甄士隠はすっかり聞いて理解したが、言われている「やくざもの」が何のことかわからない。思わず前に出て拝礼し、にっこり笑って聞いた。「おふたりの仙師に伺いたい。」かの僧侶、道士も急いで返礼して挨拶をした。士隠はそこで説明した。「ちょうど仙師が因果について話されているのを聞き、実に人の世ではめったに聞けないことでした。しかし私は愚鈍なので、はっきりとはわかりません。愚かさをさらけ出すようですが、一部始終をお聞かせいただけるなら、私は耳を洗って詳しく伺い、多少用心すれば、罪悪の泥沼にはまり込む苦しみから免れることもできるでしょう。」二人の仙人は笑って言った。「これすなわち玄妙の道理で、予め漏らすことはできぬ。その時に我々二人を忘れなければ、泥沼の状態から抜け出すことができましょう。」士隠は聞くと、これ以上問うことができず、笑って言った。「玄妙の道理は予め漏らせぬとのことですが、先ほど言われた「やくざもの」とはどういう物ですか。ひと目見せていただけませんか。」僧侶は言った。「この物のことを聞くのであれば、多少の縁(えにし)があるのであろう。」そう言うと、取りだして士隠に手渡した。士隠が受け取って見ると、それは美しい玉であり、その上には字迹も鮮やかに「通霊宝玉」の四文字が刻まれており、その後ろにも何行かの小さな文字があった。よく見ようとした時、僧侶は既に幻境に着いたと言うや、強引に手の中から奪い取り、道士と共に大きな石の牌楼を通り過ぎた。その牌楼には、上に「太虚幻境」の四文字が書かれ、両側には一幅の対聯があった。それには。次のように書かれていた:
● 洞悉 dong4xi1 はっきりわかる
● 大開痴頑 da4kai1chi1wan2 愚かさをさらけ出す
● 備細 bei4xi4 一部始終。詳細
● 諦聴 di4ting1 詳しく聞く
● 警省 jing3xing3 用心深い
● 沈倫之苦 chen2lun2zhi1ku3 罪悪の泥沼にはまりこむ苦しみ
● 玄机 xuan2ji1 (道教)玄妙な道理
● 預泄 yu4xie4 あらかじめ漏らす
● 火坑 huo3keng1 泥沼の生活

假作真時真亦假,無為有処有還無.
[訳]うそが真の時は真もまたうそであり、無が有になるところでは有は無に還る

士隠意欲也跟了過去,方挙歩時,忽聴一声霹靂,有若山崩地陷.士隠大叫一声,定睛一看,只見烈日炎炎,芭蕉冉冉,所夢之事便忘了大半.又見奶母正抱了英蓮走来.士隠見女儿越発生得粉粧玉琢,乖覚可喜,便伸手接来,抱在懐内,斗他頑耍一回,又帯至街前,看那過会的熱鬧.方欲進来時,只見従那辺来了一僧一道:那僧則癩頭跣脚,那道則跛足蓬頭,瘋瘋癲癲,揮霍談笑而至.及至到了他門前,看見士隠抱着英蓮,那僧便大哭起来,又向士隠道:“施主,你把這有命無運,累及爹娘之物,抱在懐内作甚?”士隠聴了,知是瘋話,也不去睬他.那僧還説:“舍我罷,舍我罷!”士隠不耐煩,便抱女儿撤身要進去,那僧乃指着他大笑,口内念了四句言詞道:
[訳]士隠はついて行こうと思い、足を上げた時、突然雷鳴が聞こえ、山が崩れ地面が陥没したようで、士隠が大声をあげたところ、ふと目覚めて、見てみると、太陽がかんかん照りつけており、芭蕉はしなやかに垂れ、夢で見たことは大半を忘れてしまった。乳母が英蓮を抱いてやって来るのが見えた。士隠は娘が白粉を塗り玉を磨いたように真っ白な肌に育っているのを見ると、おりこうさんで好ましく、手を伸ばして英蓮を乳母から受け取ると、胸の中に抱きかかえ、ひとしきり遊ばせると、彼女を連れて通りの方へ行ったところ、そちらはたいへんにぎやかであった。ちょうど通りに出ようとしたところ、あちらから僧侶と道士が歩いて来た。僧侶はかさぶた頭で髪は抜け、はだしで、道士はびっこをひいて髪はぼうぼう、きちがいじめた様子で、盛んにぺちゃくちゃしゃべりながらやって来た。彼らの前までやって来て、士隠が英蓮を抱いているのを見ると、僧侶は大声で泣き出し、士隠に言った。「旦那さま、あなたはこの不幸な星の下に生まれた、災いが父母に及ぶ物を、胸に抱いてどうするのですか。」士隠はそれを聞くと、でたらめな話と思い、相手にしなかった。僧侶はまた言った。「捨てておしまいなさい、捨てておしまいなさい。」士隠はがまんできず、娘を抱いてうしろを向いて立ち去ろうとすると、僧侶は彼を指さして大笑いすると、口の中で四句のことばを念じて言った:
● 霹靂 pi1li4 雷
● 定睛 ding4jing1 ひとみを凝らす。じっと見る
● 炎炎 yan2yan2 太陽がかんかん照りつける様
● 冉冉 ran3ran3 しなやかに垂れる
● 粉粧玉琢 fen3zhuang1yu4zhuo2 おしろいを塗り玉を磨いた(ように真白)
● 乖覚可喜 guai1jue2ke3xi3 賢く喜ばしい
● 斗 dou4 手合わせをする
● 頑耍 wan2shua3 遊ぶ
● 過会 guo4hui4 たいへん
● 癩頭跣脚 lai4tou2xian3zu2 かさぶた頭で髪の毛も抜け、はだしで
● 跛足蓬頭 bo3zu2peng2tou2 びっこで髪はぼうぼう
● 瘋瘋癲癲 feng1fengdian1dian きちがいじみている
● 揮霍 hui1huo4 金銭を湯水のように使う。動作が敏捷である
● 施主 shi1zhu3 施主。檀家。僧侶が在家の人に対し用いる呼び方
● 有命無運 you3ming4wu2yun4 不幸な星の下に生まれた
● 爹娘 die1niang2 父母。両親
● 睬 cai3 相手にする

慣養嬌生笑你痴,菱花空対雪澌澌.好防佳節元宵后,便是煙消火滅時.
[訳] 甘やかされて大きくなり、おまえの愚かさを笑う。菱の花は空しく対し、雪はしんしんと降る。なんぞ防げよう、佳節元宵の後、煙消火滅の時を。
● 慣養嬌生 guan4yang3jiao1sheng1 =嬌生慣養:甘やかされて大きくなる
● 菱花 ling2hua1 “菱”は英蓮の後の名“香菱”を指す
● 雪澌澌 xue3si1si1 “雪”は“薜”と諧音(音が同じ、もしくは似ている)で、英蓮の薜家での悲惨な運命を暗示する。“澌澌”雪がしんしんと降る
● 好防 hao3fang2 なんぞ防げようか

 さて、お話は甄士隠の家族に巻き起こる不幸、娘の英蓮の将来の暗い宿命を暗示しつつ展開しますが、続きは次回とさせていただきます。
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紅楼夢 第一回を読む (その2)

2009年10月24日 | 紅楼夢
紅楼夢 第一回 (その二)

前回、浮世に降りて様々な人生模様を経験した石は、また元の青梗峰のふもとに戻ります。今回は、その続きを読んでいきます。

后来,又不知過了几世几劫,因有个空空道人訪道求仙,忽従這大荒山無稽崖青梗峰下経過,忽見一大塊石上字迹分明,編述歴歴.空空道人乃従頭一看,原来就是無材補天,幻形入世,蒙茫茫大士,渺渺真人携入紅塵,歴尽離合悲歓炎凉世態的一段故事.后面又有一首偈云:
[訳]その後、何世何劫(ごう)過ぎたか知らないが、空空道人という人が道を求め仙人になる修業のため、偶然にこの大荒山無稽崖青梗峰の下を通り過ぎ、ふと大きな石の上の文字がはっきりと書かれており、お話がひとつひとつ述べられているのを見た。空空道人はそこで最初から一読したところ、才がなく天を繕うことができなかったが、形を変え人間社会に入り、茫茫大士、渺渺真人に連れられ浮世に入り、離合集散、悲しみや歓び、移ろいやすい人情を経験し尽くした物語であり、後に一首の偈(げ)が書かれ、それが言うには;
● 字迹 zi4ji4 筆跡。文字
● 茫茫 mang2mang2 広々として、果てしがない
● 渺茫 miao3mang2 渺茫(びょうぼう)とする。ぼんやりして、はっきりしないこと。
● 炎凉 yan2liang2 暑さと涼しさ→人情の移り変わりの激しさのたとえ。相手の地位などが変わるとすぐに態度を変えること
[例]人情冷暖,世態炎凉:人情は変わりやすく、世間は薄情なものだ
● 偈 ji4 偈(げ)。仏の教えを詩の形で述べたもの

(以下、偈の内容)
無材可去補蒼天,枉入紅塵若許年.
[訳]才無く蒼天を繕いにゆくことなく、いたずらに浮世に入ること若干年。
● 枉 wang3 むだに。いたずらに

此系身前身后事,倩誰記去作奇伝?詩后便是此石墜落之郷,投胎之処,親自経歴的一段陳迹故事.其中家庭閨閣瑣事,以及閑情詩詞倒還全備,或可適趣解悶,然朝代年紀,地與邦国,却反失落無考.
[訳]これは我が身の前世のことを後に記したものだが、はて誰に頼んでこのような伝奇小説としたものだろう。詩の後が、この石が降り立った町、生まれ変わった所のことや、自ら経験した事跡の物語である。その中には家の閨房での些細な事や、なぐさみの詩が全て揃っており、或いは暇つぶしに適しているかもしれないが、いつの王朝のことか、年代や、場所、どこの国(地方)でのことか、その考察が抜け落ちていた。
● 倩 qian4 人に頼み。代わりに
● 投胎 tou2tai1 生まれる(人間が死後、その霊魂が母胎に入り、もう一度生まれる)
● 陳迹 chen2ji4 昔の事柄。過ぎ去った事柄。古い記憶
● 瑣事 suo3shi4 こまごまとした事

空空道人遂向石頭説道:“石兄,你這一段故事,据你自己説有些趣味,故編写在此,意欲問世伝奇.据我看来,第一件,無朝代年紀可考,第二件,并無大賢大忠理朝廷治風俗的善政,其中只不過几个異様女子,或情或痴,或小才微善,亦無班姑,蔡女之能.我縦抄去,恐世人不愛看呢。”
[訳] 空空道人はそこで石に言うには、「石さん、この物語は、あなたが言うにはおもしろいので、ここに書き記し、伝奇小説として世に問いたいとのことですが、私が見たところ、第一に、いつの王朝のことか年代が考察できません。第二に、大賢大忠が朝廷を管理し風俗を治める善政をしたことが書かれておらず、ただ何人かの変わった女性の痴情のこと、或いは小才微善のことしか書かれておらず、班姑、蔡女のような徳のある人のことも書かれていません。私はよしんばこのまま書き写して世に問うても、世間の人々が読んでくれないのではないかと思いますが。」
● 班姑、蔡女 二人の歴史上の才女。班姑:班昭のこと。後漢の人で、兄、班固は歴史書《漢書》を著した。班姑は後漢の宮中に出入りし、皇后や女官達に書を教え、女性に対する教育書、《女戒》を著した。 蔡女:蔡文姫。後漢末~三国時代の人。本名は蔡琰。琴の名手。父親の蔡邕は曹操の親友である。23歳の時、匈奴に拉致され、左賢王・納の王妃にされ、南匈奴に居ること12年。このことを知った曹操が建安十三年(208年)に使者を派遣し、黄金千両、白壁一双で以て魏に連れ戻した。その後、董祀の妻となり、娘は晋の司馬懿の息子の司馬師の妻となった。

石頭笑答道:“我師何太痴耶!若云無朝代可考,今我師竟假借漢唐等年紀添綴,又有何難?但我想,歴来野史,皆蹈一轍,莫如我這不借此套者,反倒新奇別致,不過只取其事体情理罷了,又何必拘拘于朝代年紀哉!
[訳]石は笑って言った・「わが師はなんとばかなことをおっしゃるのか。もしいつの時代のことかわからないとおっしゃるなら、先生が仮に漢や唐の年代をつけて文を綴ることは、別に難しくもござりますまい。けれど私が思いますに、これまで野史(私撰の歴史書)は皆同じ過ちを犯しており、私は同じ轍を踏まないよう、また却って変わっていて気が利いており、事の事情と情理を言っているだけなので、どうして王朝や年代にこだわる必要があるだろう。
● 蹈一轍 [類]重蹈覆轍 chong2dao3fu4zhe2 覆轍(ふくてつ)を踏む。同じ過ちを繰り返す
● 別致 bie2zhi4 奇抜である。ちょっと気が利いていて趣がある

再者,市井俗人喜看理治之書者甚少,愛適趣閑文者特多.歴来野史,或訕謗君相,或貶人妻女,奸淫凶悪,不可勝数.更有一種風月筆墨,其淫穢汚臭,屠毒筆墨,壊人子弟,又不可勝数.至若佳人才子等書,則又千部共出一套,且其中終不能不渉于淫濫,以致満紙潘安,子建,西子,文君,不過作者要写出自己的那両首情詩艶賦来,故假擬出男女二人名姓,又必旁出一小人其間撥乱,亦如劇中之小丑然.
[訳]また、市井の俗人で理治の書を読むのが好きな者はごく少なく、手慰みの文章を好む者は多く、これまでの野史は君主の悪口を言ったり、人妻をけなしたり、みだらで凶悪なものは、数えきれないほど多い。さらにある種の色ごとの文章は、みだらで汚らわしく、有害な文章で、若者に悪い影響を与えるものも、数えきれない程多い。佳人才子等の書は、皆同じような調子であり、その中で遂にはみだらな行いにかかわらざるを得ず、紙面中が潘安、子建、西子、文君といったお決まりの人物の話となり、作者は自分の情詩艶賦を書いては、仮に男女二人の名前になぞらえ、また傍からは小人が間に入って来て、劇中の道化のような役回りをすることになるのである。
● 訕謗 shan4bang4 皮肉を言い、悪口を言う
● 奸淫 jian1yin2 みだらな
● 不可勝数 bu4ke3sheng4shu4 数えきれない
● 淫穢 yin2hui4 淫猥である。みだらである
● 千部共出一套 qian1bu4gong4chu1yi1tao4 =千部一腔 qian1bu4yi4qiang1 皆同じ調子である
● 淫濫yin2lan4 みだらな行いであふれる
● 潘安 潘岳。西晋時代の文学家。一般に中国第一の美男子として知られ、,「貌若潘安」というのは、中国人の男性の容姿への最高の褒め言葉。
● 子建 曹植。三国時代の魏の人で、曹操の妻・卞氏が生んだ第三子。詩才があったが、兄・曹丕に疎まれ、罪に落され殺害された。
● 西子 西施のこと。西施、王昭君、貂蝉、楊玉環は中国古代の四大美人と呼ばれ、西施はその第一で、美人の代名詞。
● 文君 卓文君。前漢時代の才女。富豪・卓王孫の娘で、文人・司馬相如と駆け落ちをした。後、相如の心変わりを怒って《白頭吟》を作った。
● 艶賦 yan4fu4 なまめかしい賦(詩)
● 抜 bo1 こじ入れる
● 小丑 xiao3chou3 道化

且鬟婢開口即者也之乎,非文即理.故逐一看去,悉皆自相矛盾,大不近情理之話,竟不如我半世親睹親聞的這几个女子,雖不敢説強似前代書中所有之人,但事迹原委,亦可以消愁破悶,也有几首歪詩熟話,可以噴飯供酒.
[訳]かつ女が口を開いてぶつぶつ言うのは、文でなければ理であり、ひとつひとつ見ていくと、皆相矛盾しており、たかだか情理の話に過ぎず、私がこの半生で自ら見聞きした数人の女性にも及ばない。前の時代の書物の中の人物よりましだとはよう言わないが、事跡や事の顛末は、憂いを消しうさを晴らすことができ、またたわむれに書いた詩やよく知られた話もあり、おかしくて吹き出したり酒の肴にすることができるのである。
● 鬟 huan2 婦人の結い髪
● 婢 bi4 はしため。下女
● 大不近 da4bu4jin4 =大不了
● 半世 ban4shi4 半生
● 強似 qiang2si4 ~よりましである
● 原委 yuan2wei3 事の顛末
● 歪詩 wai1shi1 たわむれに書いた詩
● 噴飯 pen4fan4 (むせて口の中のご飯を吹き出す)吹き出す。失笑する

至若離合悲歓,興衰際遇,則又追踪躡迹,不敢稍加穿鑿,徒為供人之目而反失其真伝者.今之人,貧者日為衣食所累,富者又懐不足之心,縦然一時稍閑,又有貪淫恋色,好貨尋愁之事,那里去有工夫看那理治之書?所以我這一段故事,也不愿世人称奇道妙,也不定要世人喜悦検読,只願他們当那醉淫飽卧之時,或避世去愁之際,把此一玩,豈不省了些寿命筋力?
[訳]離合集散、悲喜こもごも、興隆衰退のめぐりあわせの如きは、事跡を追求し、敢えて多少のこじつけをするようなことはせず、ただ人の目に供すると、却ってその真意を伝えることができない。今の人は、貧しきは日々衣食の蓄積を思い、富める者も懐の不足を思い、たとえ一時のちょっとした暇にも、淫らなことや色恋沙汰を追い求め、良い品物の事を心配しており、どこに時間があってどのような理治の書を読むというのだろうか。したがって私のこの物語では、世人に珍しいことや不思議なことを説こうとは思わず、必ずしも世人に喜んで読んでもらおうとは思わず、ただ人々が酒を過ごし満腹で横になった時に、或いは世間を避けて憂いを晴らす際に、これをご覧いただけば、寿命を延ばし緊張を緩めないことがありましょうか。
● 際遇 ji4yu4 (主としてよい)めぐりあわせ
● 追踪躡迹 zhui1zong1nie4ji4 =按迹循踪 事跡に基づく
● 穿鑿 chuan1zao2 こじつける
● 縦然 zong4ran2 たとえ~としても

就比那謀虚逐妄,却也省了口舌是非之害,腿脚奔忙之苦.再者,亦令世人換新眼目,不比那些胡牽乱扯,忽離忽遇,満紙才人淑女,子建文君紅娘小玉等通共熟套之旧稿.我師意為何如?”
[訳]かのうそ偽りの追及に比べれば、ことばから起こるいざこざや、それにより忙しく走り回る苦しみを省くことができます。また、世人の目先を換えることは、あのでたらめにこじつけ、離合集散し、どの頁も才人淑女、子建、文君、紅娘、小玉といった誰でも知っている陳腐な話とは比べものにならないでしょう。我が師のご意見は如何でありましょう。
● 謀虚逐妄 mou3xu1zhu2wang4 うそ偽りを求める
● 口舌是非 kou3she2shi4fei1 おしゃべりから起こるいざこざ
● 腿脚奔忙 tui3jiao3ben1mane2 忙しく走り回る。東奔西走する
● 紅娘 《西廂記》に登場する主要人物の一人で、聡明な侍女

空空道人聴如此説,思忖半晌,将《石頭記》再検閲一遍,因見上面雖有些指奸責佞貶悪誅邪之語,亦非傷時罵世之旨,及至君仁臣良父慈子孝,凡倫常所関之処,皆是称功頌,眷眷无窮,実非別書之可比.雖其中大旨談情,亦不過実録其事,又非假擬妄称,一味淫邀艶約,私訂偸盟之可比.因毫不干渉時世,方従頭至尾抄録回来,問世伝奇.従此空空道人因空見色,由色生情,伝情入色,自色悟空,遂易名為情僧,改《石頭記》為《情僧録》.東魯孔梅溪則題曰《風月宝鑑》.后因曹雪芹于悼紅軒中披閲十載,増刪五次,纂成目録,分出章回,則題曰《金陵十二釵》.并題一絶云:
[訳]空空道人はこれを聞くと、しばらく思案していたが、《石頭記》をもう一度検討しつつ読み進めた。内容には悪賢い立ち回りのうまい者を責め、悪を貶め邪を懲らしめる言葉があるが、時世を批判するような趣旨ではないし、君子の仁、家臣の良、父の慈しみ、子の孝に至っては、凡そ人倫の道の関わる処であり、皆功や徳を誉め称え、深い思いやりの気持ちは、他の書の比ではない。その中には大いに愛情を語っているところがあるが、その事実を記録しているに過ぎず、想像をたくましくして、ひたすら淫らなことを追い求め、色ごとを誘い、人目を盗んで契を結ぶものとは比べられない。少しも時世を干渉するものでないので、最初から終わりまで書き写し、世にこの伝奇を問うことにした。これより空空道人は空により色を見、色により情を生じ、情を伝って色に入り、色より空を悟り、遂に名を改め情僧とし、《石頭記》を改め《情僧録》とした。東魯の孔梅溪は《風月宝鑑》と題した。後に曹雪芹が悼紅軒に於いて書をひも解くこと十年、添削すること五度、目録を編纂し、章回に分け、《金陵十二釵》と題した。さらに一絶を題して云うには:
● 思忖 si1cun4 思案する
● 半晌 ban4shang3 やや久しく
● 検閲 jian3yue4 検討しつつ読む
● 奸佞 jian1ning4 卑屈でごますりをする(人)
● 倫常 lun2chang2 人倫の道
● 眷眷 juan4juan4 懇ろに思う。深く思いやる
● 一味 yi1wei4 ひたする。一途に
● 披閲 pi1yue4 =披覧:書籍を開けてみる
● 増刪 zeng1shan1 添削する
● 纂 zuan3 編纂する

満紙荒唐言,一把辛酸涙! 都云作者痴,誰解其中味?
[訳]満紙 荒唐の言、一把 辛酸の涙。皆云う作者は痴なりと、誰か知るその中味を。
(文章全体、荒唐無稽の言葉で満ちている。辛酸の涙が溢れる。皆が作者は気が狂っていると言うが、この文の真の意味を理解している者は誰もいない)

出則既明,且看石上是何故事.按那石上書云:
[訳]文の出処は明らかになった。はてさて石の上にはどのような物語が書かれていたのか。石の上の書によれば……

これより話の舞台は下界に降り、様々な登場人物が出てくることになります。ここから先は、次回に見ていきましょう。
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紅楼夢を読む

2009年10月18日 | 紅楼夢
 紅楼夢を読んでみましょう。紅楼夢は中国の清代に書かれた小説で、栄国府の貴公子、賈宝玉と林黛玉ら十二人の美女との関わり、栄国府と寧国府というふたつの名家の盛衰を描いたもの、というと、日本の源氏物語のようですが、そういう男女の掛け合いの要素意外に、中国の貴族文化華やかなりし時代の風俗習慣が反映されており、歴史や文化の研究の参考にもなります。
 現代中国語ではあまり使わないことばが出てきたり、詩やかけことばが使われたりするので、読むのはたいへんですが、すこしずつ、いっしょに読んでいきましょう。

第一回  甄士隠夢幻識通霊 賈雨村風塵懐閨秀
[訳]甄士隠は夢に通霊に通じ、賈雨村は風塵に閨秀を懐う
● 甄士隠 zhen1shi4yin3 は、「真事隠」(真実を隠す)と音が同じ。
● 通霊 tong1ling2 消息によく通じている
● 賈雨村 jia3yu3cun1は「假語村」と音が同じで、「假語村言」(うそや野卑なことば)に通じる
● 風塵 feng1chen2 乱世。浮世
● 閨秀 gui1xiu4 名家の娘

 此開卷第一回也.作者自云:因曾歴過一番夢幻之后,故将真事隠去,而借"通霊"之説,撰此《石頭記》一書也.故曰"甄士隠"云云.
[訳]これは開巻第一回である。作者自ら曰く:嘗て夢、幻のような世の中を経験したので、真実を隠していたが、消息に通じていることを頼みに、この《石頭記》なる一書を撰した。ゆえに「甄士隠」云々と言うのである。

 但書中所記何事何人?自又云:"今風塵碌碌,一事無成,忽念及当日所有之女子,一一細考較去,覚其行止見識,皆出于我之上.
[訳]しかし書中に書いたのは誰のどういう事跡であろうか?自らまた言う。今、浮世であくせく働くも、何事も成し遂げられない。ふと嘗て会った女性達のことに思い廻り、ひとりひとり思い出して比較してみると、その品行や見識は皆、私などよりずっとりっぱであった。
● 碌碌 lu4lu4 あくせく働く
● 一事無成 yi1shi4wu2cheng2 何事も成し遂げられない
● 行止見識 xing2zhi3jian4shi2 品行や見識

 何我堂堂須眉,誠不若彼裙釵哉?実愧則有余,悔又無益之大無可如何之日也!
[訳]私はこのようにりっぱな髭と眉を蓄えた偉丈夫であるのに、誠にかの女性達にも及ばないとは。実に恥ずかしくてたまらず、悔やんでも如何ともし難い。
● 堂堂 tang2tang2 堂々とした
● 須眉 xu1mei2 ひげとまゆ。堂堂須眉でりっぱな男子の意味。
● 裙釵 qun2chai1 スカートとかんざし。女性のこと。
● 無可如何 wu2ke3ru2he2 =無可奈何 どうしようもない

 当此,則自欲将已往所頼天恩祖,錦衣紈絝之時,飫甘饜肥之日,背父兄教育之恩,負師友規談之,以至今日一技無成,半生潦倒之罪,編述一集,以告天下人:我之罪固不免,然閨閣中本自歴歴有人,万不可因我之不肖,自護己短,一并使其泯滅也.
[訳]ここに、自ら嘗て天の恩、祖先の徳を頼みに、華美な服装をし、美食三昧の日々、父母兄弟の教育の恩に背き、師や友人の忠告に背き、今日に至るも一技も成せず、やがて落ちぶれた罪を、一冊の本にまとめ、天下の人々に告げるものである。私の罪は固より免れないが、閨房には一人一人りっぱな女性がいたのであり、私が愚かで、自分の落ち度をかばったとしても、それといっしょに彼女たちの功績を消し去ってはならない。
● 紈絝 wan3ku4 絹のズボン。華美な服装のこと
● 飫 yu4 満腹になる
● 饜 yan4 満腹する
● 潦倒 liao2dao3 落ちぶれる
● 閨閣 gui1ge2 =閨房。女性の寝室
● 歴歴 li4li4 一つ一つはっきりと
● 不肖 bu4xiao4 不肖。愚か
● 泯滅 min3mie4 消えてなくなる

 雖今日之茅椽蓬牖,瓦灶縄床,其晨夕風露,階柳庭花,亦未有妨我之襟懐筆墨者.雖我未学,下筆無文,又何妨用假語村言,敷演出一段故事来,亦可使閨閣昭伝,復可悦世之目,破人愁悶,不亦宜乎?"故曰"賈雨村"云云.
[訳]今日のあばらや、侘び住まいも、朝夕は涼しい風も吹き露の潤いもあり、庭には草花が茂っているが、かといって私の胸中の思いを書きだすのを妨げるものではない。私は学問も無く、筆を取っても何も書けないが、野卑なことばで、物語を語るのを妨げはしない。閨房のことをあからさまに伝え、世間の目を悦ばせ、人の憂いを慰めるのも、良いではないか。それゆえ「賈雨村」云々と言うのである。
● 茅椽蓬牖 mao2chuan2peng2you3 カヤの垂木とヨモギの窓。あばらやを表す
● 瓦灶縄床 wa3zao4sheng2chuang2 素焼きの竈に縄のベッド(ハンモック)。貧しい住まいを表す
● 襟懐 jin1huai2 胸中
● 假語村言 jia3yu3cun1yan2 うそや野卑なことば
● 敷演 fu1yan3 敷衍する。わかりやすく説明する
● 昭 zhao1 あからさまに

 此回中凡用“夢”用“幻”等字,是提醒閲者眼目,亦是此書立意本旨. 列位看官:你道此書従何而来?説起根由雖近荒唐,細按則深有趣味.待在下将此来歴注明,方使閲者了然不惑.
[訳]今回、よく「夢」や「幻」の字を用いるのは、読者に注意を促しており、これもこの本の着想の本旨である。お聴きの皆さん、この本はどこから来たとお考えか。根本を説けば荒唐無稽に近いが、細かく見れば深く味わいがある。以下にこの来歴に注釈を加えれば、読者の皆さんにもよくわかり、戸惑うことがないだろう。
● 看官 kan4guan1 お聴きの皆さん

 原来女媧氏煉石補天之時,于大荒山無稽崖煉成高十二丈,見方二十四丈頑石三万六千五百零一塊.媧皇氏只用了三万六千五百塊,只単単剩了一塊未用,便棄在此山青梗峰下.誰知此石自経鍛錬之后,霊性已通,因見衆石俱得補天,独自己無材不堪入選,遂自怨自嘆,日夜悲号慚愧.
[訳]もともと女媧氏が石を鍛練し天を繕った時、大荒山無稽崖で高さ十二丈、四方が二十四丈の石ころ三万六千五百と一個を鍛練した。媧皇氏は三万六千五百個だけ用い、ただ一個だけ使わずに残し、この山の青梗峰の下に棄て置いたが、誰知ろう、この石は自ら鍛練し、霊性已に通じ、多くの石が皆天を繕うのに用いられ、ただ自分だけが才能が無く選ばれなかったことから、自分を恨み嘆き悲しみ、日夜号泣し恥じていた。
● 女媧 nv3wa1 女媧。中国の伝説上の皇帝で、伏義の妹。人面蛇身
● 煉 lian4 鍛錬する
● 見方 jian4fang1 四方
● 頑石 wan2shi2 石ころ

 一日,正当嗟悼之際,俄見一僧一道遠遠而来,生得骨骼不凡,豊神迥異,説説笑笑来至峰下,坐于石辺高談快論.
[訳]ある日、正に嘆き悲しんでいると、俄かに(仏教の)坊さんと道師(道教の坊さん)が遠くからやって来た。体つきが普通でなく、風采も他と異なり、談笑しながら峰の下まで来て、石の横に座ると大いに弁舌を振るった。
● 嗟悼 jie1dao4 嘆き悲しむ
● 俄 e2 にわかに
● 骨骼 gu3ge2 骨格
● 豊神 feng1shen2 =豊采、豊姿: 風采。容姿
● 迥異 jiong3yi4 =迥別 大いに異なる
● 高談快論 gao1tan2kuai4lun4 =高談闊論: 大いに弁舌を振るう。大いに議論をする

 先是説些雲山霧海神仙玄幻之事,后便説到紅塵中栄華富貴.
[訳]先ずは雲山霧海神仙玄幻の仙界の事を言い、その後は俗世間の栄華富貴の事に話が及んだ。
● 紅塵 hong2chen2 浮世。俗世間

 此石聴了,不覚打動凡心,也想要到人間去享一享這栄華富貴,但自恨粗蠢,不得已,便口吐人言,向那僧道説道:“大師,弟子蠢物,不能見礼了.
[訳]この石は聞いていたが、思わず俗念を動かし、人の世に行ってこの栄華富貴を味わいたいと思ったが、自分ががさつ者であるので、如何ともし難く、口から人のことばを吐き、その坊さんと道師に言った。「師匠、拙者はがさつ者ゆえ、お辞儀もできません。
● 凡心 fan2xin1 俗念
● 蠢物 chun3wu4 がさつ者

 適聞二位談那人世間栄耀繁華,心切慕之.弟子質雖粗蠢,性却稍通,况見二師仙形道体,定非凡品,必有補天済世之材,利物済人之.
[訳]ちょうどお二人が人の世の栄耀繁華をお話になるのを聞き、羨ましくてならなかったのです。拙者はがさつ者ですが、多少は霊に通じており、ましてやお二人は仙形道体で、普通の方ではないとお見受けしました。必ずや補天済世の人材であり、利物済人の徳をお持ちのはず。

 如蒙発一点慈心,携帯弟子得入紅塵,在那富貴場中,温柔郷里受享几年,自当永佩洪恩,万劫不忘也。”
[訳]もし多少のお慈悲を以て、拙者を浮世にお連れいただき、かの富貴の場で、ぬくぬくと何年か楽しむことができましたら、その大恩に永遠に敬服し、決して忘れるものではございません。
● 万劫不忘 wan4jie2bu4wang4 永遠に忘れない。
 *仏教では、世界の生成から壊滅までの過程を「一劫」(ごう)という

 二仙師聴听畢,斉憨笑道:“善哉,善哉!那紅塵中有却有些楽事,但不能永遠依恃,况又有‘美中不足,好事多魔’八个字緊相連属,瞬息間則又楽極悲生,人非物換,究竟是到頭一夢,万境帰空,倒不如不去的好。”
[訳]二人の仙師はそれを聞くと、けたけた笑って言った。「善哉,善哉!かの浮世には確かに楽しい事があるが、それを永遠に頼みとすることはできない。ましてや「美中不足、好事多魔」(玉に瑕なり、好事魔多し)の八文字と密接に繋がっていて、あっという間に楽が極まり悲が生まれる。人は物のように取り換えることができないので、結局のところ、夢の世界に達するか、万事空(くう)に帰するか。まあ行かぬ方がよいじゃろう。
● 憨笑 han1xiao4 ばか笑いをする。
● 依恃 yi1shi4 頼みとする
● 物換 wu4huan4 [参考]物換星移 事物が変化し星が移る→月日が移り変わり、世の中の様相が変化する
● 到頭 dao4tou2 ぎりぎりのところまでいく。極限に達する

 這石凡心已熾,那里聴得進這話去,乃復苦求再四.二仙知不可強制,乃嘆道:“此亦静極慫級,無中生有之数也.既如此,我們便携你去受享受享,只是到不得意時,切莫后悔。“
[訳]この石の俗念は既に激しく、こう言っても言うことを聞かず、また頼むことしきり。二人の仙人はこれ以上強制できず、嘆いて言った。「これもまた静極まり慫となり、無に生ができる定めであろう。かくなる上は、おまえを連れて行って楽しむこととしよう。ただ、思うようにならなくとも、後悔するでないぞ。」
● 熾 chi4 盛んである。激しい
● 慫 song3 驚き恐れる
● 数 shu4 =天数:天の定め。運命

 石道:“自然,自然。”那僧又道:“若説你性霊,却又如此質蠢,并更無貴之処.如此也只好跕脚而已.也罷,我如今大施佛法助你助,待劫終之日,復還本質,以了此案.你道好否?”
[訳]石は言った。「当然ですとも。」その僧はまた言った。「もしおまえが霊に通じていると言っても、こんながさつ者で、それ以上優れたところが無いなら、こうして、びっこをひいているしかない。まあよかろう、私は今大いに仏法を施しおまえを助けたのだから、劫が終わるのを待って、根本に戻ったら、この件は終わりにしよう。それでよろしいかな。」
● 跕脚 dian3jiao3 びっこ(をひく)
● 也罷 ye3ba4 仕方がない。まあよかろう

 石頭聴了,感謝不尽.那僧便念咒書符,大展幻術,将一塊石登時変成一塊鮮明瑩潔的美玉,且又縮成扇墜大小的可佩可拿.
[訳]石はそれを聞くと、感謝に絶えなかった。その僧は念仏を唱え、幻術を施し、一個の石をたちまち透き通ってきれいな美玉に変え、大きさも扇子の柄に下げる飾りの大きさにまで小さくした。
● 登時 deng1shi2 たちどころに。たちまち
● 鮮明瑩潔 xian1ming2ying2jie2 透き通ってきれいな
● 扇墜 shan4zhui4 扇子の柄に下げる飾り
● 佩 pei4 ぶら下げる

 那僧托于掌上,笑道:“形体倒也是个宝物了!還只没有,実在的好処,須得再鐫上数字,使人一見便知是奇物方妙.然后携你到那昌明隆盛之邦,詩礼簪纓之族,花柳繁華地,温柔富貴郷去安身楽業。”
[訳]その僧は石を手のひらに載せ、笑って言った。「形は確かに宝物になった。しかしまだ何もない。本当の良いところは、まだ数や字を彫りこまなければならない。ひと眼で珍しいものとわかってこそ妙である。それからおまえを連れてあの繁栄栄華を誇る都へ行き、教養のある美しく着飾った人々や、色街や繁華な場所、やさしく富貴を誇る人々の所に身を落ちつかせ、楽しませることとしよう。」
● 托于掌上 tuo1yu2zhang3shang4 手のひらに載せる
● 鐫 juan1 彫る
● 昌明 chang1ming2 政治や文化が盛んである。繁栄している
● 隆盛 long2sheng4 勢いが盛んである。繁盛する
● 簪 zan1 かんざし
● 纓 ying1 冠のひも。装飾した房がついている
● 花柳 hua1liu3 色街。歓楽街

 石頭聴了,喜不能禁,乃問:“不知賜了弟子那几件奇処,又不知携了弟子到何地方?望乞明示,使弟子不惑。”
[訳]石はそれを聞くと、嬉しくてたまらず、質問した。「私にどのような珍しいことを授けていただけるのですか。どこに連れて行ってくれるのですか。どうか明かして、私が戸惑わないようにしてくれませんか。」

 那僧笑道:“你且莫問,日后自然明白的。”説着,便袖了這石,同那道人飄然而去,竟不知投棄何方何舍.
[訳]その僧は笑って言った。「聞くでない。そのうちわかることじゃ。」そう言うと、この石を袖の中にしまうと、道師といっしょに飄然と立ち去り、何処へ行ったか、遂にわからなかった。
● 袖 xiu4 袖の中に隠す

 このあと、また果てしもない年月が経ってから、青梗峰の下を空空道人という人が通りかかり、石の上に何やら字が書いてあるのを見つけ、その内容にいたく感心するのであるが、それはまた次回に読んでいきたい。
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