001:風
よくのびた四月の腕にまきとられ風があまさを増してゆきます
002:指
じきに泣き出す少年のためゆうぐれの指をあつめてしずかに待った
003:手紙
春楡にながい手紙を託されてあなたはふゆのとりに似てくる
004:キッチン
キッチンにそそのかされて繁茂するみどりさみどり くるしくはないか
005:並
じゅんばんに並んでかぶる金魚鉢 ときにいいひとにもなりましょう
006:自転車
倒されてよりよいかたち見せているわたしの青いよわい自転車
007:揺
いまちょうど揺れているからだいじょうぶ泣いているけれどだいじょうぶ
008:親
のぞまれてのぞむさみしさ 啼きながら雲雀は空と親密になる
009:椅子
野に置けば野の椅子として待つでしょう わたしにどうぞおすわりなさい
010:桜
樹木にはついになれずにぼくたちは桜にしろい喉をさらして
011:からっぽ
そしてようやくからっぽはやってくるだろう つぎつぎ孵るものの背後に
012:噛
よく噛んでもどす椿のまっとうなあかいいろだけ差し上げますね
013:クリーム
ややあってゆるく崩れるクリームののちのこころの白を羨しむ
014:刻
夜になればいよいよ黙るいきものに刻まれている春の消しゴム
015:秘密
雨ばかり降る町へゆき軒下に秘密そだてて暮らしましょうか
016:せせらぎ
おたがいの指に結んだせせらぎに魚を放てばひるがえる闇
017:医
峠ふたつ越えし町より群青の影つれてくる馬医とその妻
018:スカート
くりかえし君にしたしむ スカートをれんげの上にわんとかぶせて
019:雨
こいびとを雨にあずけておわかれのれんしゅうをする らなうよさはで
020:信号
信号の点滅に息をととのえてコンバースには一対の星
021:美
山は美(は)し山は美し女(くわしめ)ろくろくと土食むものをうちに育てて
022:レントゲン
うすやみに胸ひらきつつヴィルヘルム・レントゲン氏の晩年を思(も)う
023:結
謹んであなたを結ぶ わざわいの花たんぽぽにまみれたゆびで
024:牛乳
牛乳にこうふくな膜きっときっと死んでゆく日の朝もあかるい
025:とんぼ
わたくしの水にとんぼの尾が触れて離れてやがて夏の暗転
026:垂
高みにて何を惜しむや 飛びながらわずかに垂れている鶴の脚
027:嘘
おおかみは来ないよ)嘘だ)ほんとうにゴドーは来ない(嘘だ(ぜんぶね
028:おたく
いざやいざや見にゆかん なおたくらみの外にこぼれるさくらはなびら
029:草
だれのこともにくみたくないひつじ草ねむるわたしのたてる音 ざざ
030:政治
あからさまにあかるいあそびあの人をあくまで政治的においつめる
031:寂
一日のおわりに凝る静寂をわかちあう鳥と樹木のように
032:上海
十文字にいましめられて上海の蟹はどんなにかさびしかろ
033:鍵
あなたまでゆくのか春の鍵盤に淡い指紋を残したままで
034:シャンプー
かみさまのことを知らない僕たちのシャンプーハットを溶かす閃光
035:株
切り株の、そこだけがとてもあかるくて待ってなさいと言われて待った
036:組
ひよこ組の大きな襟にせがまれて夏草を漕いでゆくいっしんに
037:花びら
あれはマナ(ふるるふるると花びらは棺の上に)あれはマナです
038:灯
絞られたひかりの先にいちまいの瀑布ひろげている幻灯会(え)
039:乙女
ていねいに夜をほころぶ乙女座のひかる麦の穂見上げています
040:道
道なりにつづくカンナにほめられて明らかになってゆく夏の空
041:こだま
あなたの すこしくずれたところからふるいこだまを取り出している
042:豆
うちがわはおそろしいね 浸されてどの豆もみなつよく漲る
043:曲線
できるだけ曲線でいる(ひかりさす場所へ)ようやくいきものになる
044:飛
飛ぶものの背骨にふれたゆびさきを真夏の胸にあずけてねむる
045:コピー
夕凪のようにしずまるコピー機の 悔恨はつねにつねに遅れて
046:凍
永訣ののちの時間をふるわせる風ならばわが凍土の上に
047:辞書
胸に置く辞書のくらやみやさしくていつかあなたも泣くのでしょうね
048:アイドル
あかねさすアイドルたちの清潔なとてもうかつな膝小僧です
049:戦争
頭上には雨を吐く雲 にんげんはいつも戦争ばかりしている
050:萌
どれくらい流れただろうあえかなるものを萌してやまぬ地上に
051:しずく
(にくたいはいつなくなるの)樹木から今こんなにもしたたるしずく
052:舞
いまちょうど思っていたよありがとう暑中見舞いのぴとぴと金魚
053:ブログ
きっとしょうがい会うことのないひとたちのウェブログを読みにゆくじゅんぐりに
054:虫
そして午後 虫の時間にまじわってひかりをうんと浴びるくるぶし
055:頬
なんだろうとてもおろかな頬のまま先に逝こうと思うげんきに
056:とおせんぼ
とおせんぼしてるつもりの刺草を膝であいする夏のこどもよ
057:鏡
拝復のむすびに置けばゆっくりと水のにおいになる鏡文字
058:抵抗
抵抗ののちにしだれる火の花に照らされながら残んの夏は
059:くちびる
ふさわしく臆病でしたくちびるとくちびるむすぶことばの前で
060:韓
やくそくのためにゆるめておく傷の ありがとうきれいな韓紅(クリムゾン)
061:注射
もうどんなみらいでもいい注射器でなまえを書けばひかるオムレツ
062:竹
竹串でたしかめている満月のうちがわの少しかたいところを
063:オペラ
泣く人と泣かない人が寄り添ってゆうぐれはソープ・オペラのように
064:百合
暮れたがるふるいからだに百合ばかり咲いているのでもう逢えません
065:鳴
つぎつぎとあかるい色をうしなって秋の野原は片鳴きをする
066:ふたり
川底をくすぐる水のおさなさによく似て、とめどなくふたりきり
067:事務
あしひきの山根会計事務所までうすぐらき月餅提げてゆく
068:報
雲、何に報いるか このはげしさを雨とよぶにはうつくしすぎて
069:カフェ
うつしみにわずか加えるカフェインのにがき重さを父は好みて
070:章
ながきながき終章の末夕刻をふみぬくように逝ってしまえり
071:老人
地上みなあまねく古りて冬空の低きところに座す老人星(カノープス)
072:箱
重箱のまったき黒をかなしみて描かれし三つ追いの沢瀉
073:トランプ
トランプのただ一枚を抜き取ればそれだけでもうみだれるかたち
074:水晶
水晶をくちにふくんで砂浜をあの世のように歩きましたね
075:打
打ち寄せるもののつよさをこわがってたくさんわらう(そして忘れる)
076:あくび
月の下あくびをうつしあいながら長いお散歩などいたしましょ
077:針
つくづくとひかる縫い針うけとめて木綿豆腐の生真面目な白
078:予想
予想したとおりの雨をよろこんで新しいみどりの傘がゆく
079:芽
おみなごにさみしさ凝る真夜中の白湯にひとさじ溶く麦芽糖
080:響
ゆっくりと秋をつないで吊り橋はひとりひとりを響かせている
081:硝子
ひかりなす螺旋の溝につかのまの青をこらえて硝子のペンは
082:整
北辰はふかぶかと冷え天空に整えられる冬のきわまり
083:拝
遠ざかるための手紙はぎこちなく末尾にゆがむ頓首再拝
084:世紀
世紀から世紀へつづく中庭を僕らはひかりごとふみしだく
085:富
糠床にしのばせておく富籤のすこししめった枕噺は
086:メイド
ふりしきるスノードームに揺れながら冬のマーメイドは泣き通し
よくのびた四月の腕にまきとられ風があまさを増してゆきます
002:指
じきに泣き出す少年のためゆうぐれの指をあつめてしずかに待った
003:手紙
春楡にながい手紙を託されてあなたはふゆのとりに似てくる
004:キッチン
キッチンにそそのかされて繁茂するみどりさみどり くるしくはないか
005:並
じゅんばんに並んでかぶる金魚鉢 ときにいいひとにもなりましょう
006:自転車
倒されてよりよいかたち見せているわたしの青いよわい自転車
007:揺
いまちょうど揺れているからだいじょうぶ泣いているけれどだいじょうぶ
008:親
のぞまれてのぞむさみしさ 啼きながら雲雀は空と親密になる
009:椅子
野に置けば野の椅子として待つでしょう わたしにどうぞおすわりなさい
010:桜
樹木にはついになれずにぼくたちは桜にしろい喉をさらして
011:からっぽ
そしてようやくからっぽはやってくるだろう つぎつぎ孵るものの背後に
012:噛
よく噛んでもどす椿のまっとうなあかいいろだけ差し上げますね
013:クリーム
ややあってゆるく崩れるクリームののちのこころの白を羨しむ
014:刻
夜になればいよいよ黙るいきものに刻まれている春の消しゴム
015:秘密
雨ばかり降る町へゆき軒下に秘密そだてて暮らしましょうか
016:せせらぎ
おたがいの指に結んだせせらぎに魚を放てばひるがえる闇
017:医
峠ふたつ越えし町より群青の影つれてくる馬医とその妻
018:スカート
くりかえし君にしたしむ スカートをれんげの上にわんとかぶせて
019:雨
こいびとを雨にあずけておわかれのれんしゅうをする らなうよさはで
020:信号
信号の点滅に息をととのえてコンバースには一対の星
021:美
山は美(は)し山は美し女(くわしめ)ろくろくと土食むものをうちに育てて
022:レントゲン
うすやみに胸ひらきつつヴィルヘルム・レントゲン氏の晩年を思(も)う
023:結
謹んであなたを結ぶ わざわいの花たんぽぽにまみれたゆびで
024:牛乳
牛乳にこうふくな膜きっときっと死んでゆく日の朝もあかるい
025:とんぼ
わたくしの水にとんぼの尾が触れて離れてやがて夏の暗転
026:垂
高みにて何を惜しむや 飛びながらわずかに垂れている鶴の脚
027:嘘
おおかみは来ないよ)嘘だ)ほんとうにゴドーは来ない(嘘だ(ぜんぶね
028:おたく
いざやいざや見にゆかん なおたくらみの外にこぼれるさくらはなびら
029:草
だれのこともにくみたくないひつじ草ねむるわたしのたてる音 ざざ
030:政治
あからさまにあかるいあそびあの人をあくまで政治的においつめる
031:寂
一日のおわりに凝る静寂をわかちあう鳥と樹木のように
032:上海
十文字にいましめられて上海の蟹はどんなにかさびしかろ
033:鍵
あなたまでゆくのか春の鍵盤に淡い指紋を残したままで
034:シャンプー
かみさまのことを知らない僕たちのシャンプーハットを溶かす閃光
035:株
切り株の、そこだけがとてもあかるくて待ってなさいと言われて待った
036:組
ひよこ組の大きな襟にせがまれて夏草を漕いでゆくいっしんに
037:花びら
あれはマナ(ふるるふるると花びらは棺の上に)あれはマナです
038:灯
絞られたひかりの先にいちまいの瀑布ひろげている幻灯会(え)
039:乙女
ていねいに夜をほころぶ乙女座のひかる麦の穂見上げています
040:道
道なりにつづくカンナにほめられて明らかになってゆく夏の空
041:こだま
あなたの すこしくずれたところからふるいこだまを取り出している
042:豆
うちがわはおそろしいね 浸されてどの豆もみなつよく漲る
043:曲線
できるだけ曲線でいる(ひかりさす場所へ)ようやくいきものになる
044:飛
飛ぶものの背骨にふれたゆびさきを真夏の胸にあずけてねむる
045:コピー
夕凪のようにしずまるコピー機の 悔恨はつねにつねに遅れて
046:凍
永訣ののちの時間をふるわせる風ならばわが凍土の上に
047:辞書
胸に置く辞書のくらやみやさしくていつかあなたも泣くのでしょうね
048:アイドル
あかねさすアイドルたちの清潔なとてもうかつな膝小僧です
049:戦争
頭上には雨を吐く雲 にんげんはいつも戦争ばかりしている
050:萌
どれくらい流れただろうあえかなるものを萌してやまぬ地上に
051:しずく
(にくたいはいつなくなるの)樹木から今こんなにもしたたるしずく
052:舞
いまちょうど思っていたよありがとう暑中見舞いのぴとぴと金魚
053:ブログ
きっとしょうがい会うことのないひとたちのウェブログを読みにゆくじゅんぐりに
054:虫
そして午後 虫の時間にまじわってひかりをうんと浴びるくるぶし
055:頬
なんだろうとてもおろかな頬のまま先に逝こうと思うげんきに
056:とおせんぼ
とおせんぼしてるつもりの刺草を膝であいする夏のこどもよ
057:鏡
拝復のむすびに置けばゆっくりと水のにおいになる鏡文字
058:抵抗
抵抗ののちにしだれる火の花に照らされながら残んの夏は
059:くちびる
ふさわしく臆病でしたくちびるとくちびるむすぶことばの前で
060:韓
やくそくのためにゆるめておく傷の ありがとうきれいな韓紅(クリムゾン)
061:注射
もうどんなみらいでもいい注射器でなまえを書けばひかるオムレツ
062:竹
竹串でたしかめている満月のうちがわの少しかたいところを
063:オペラ
泣く人と泣かない人が寄り添ってゆうぐれはソープ・オペラのように
064:百合
暮れたがるふるいからだに百合ばかり咲いているのでもう逢えません
065:鳴
つぎつぎとあかるい色をうしなって秋の野原は片鳴きをする
066:ふたり
川底をくすぐる水のおさなさによく似て、とめどなくふたりきり
067:事務
あしひきの山根会計事務所までうすぐらき月餅提げてゆく
068:報
雲、何に報いるか このはげしさを雨とよぶにはうつくしすぎて
069:カフェ
うつしみにわずか加えるカフェインのにがき重さを父は好みて
070:章
ながきながき終章の末夕刻をふみぬくように逝ってしまえり
071:老人
地上みなあまねく古りて冬空の低きところに座す老人星(カノープス)
072:箱
重箱のまったき黒をかなしみて描かれし三つ追いの沢瀉
073:トランプ
トランプのただ一枚を抜き取ればそれだけでもうみだれるかたち
074:水晶
075:打
打ち寄せるもののつよさをこわがってたくさんわらう(そして忘れる)
076:あくび
月の下あくびをうつしあいながら長いお散歩などいたしましょ
077:針
つくづくとひかる縫い針うけとめて木綿豆腐の生真面目な白
078:予想
予想したとおりの雨をよろこんで新しいみどりの傘がゆく
079:芽
おみなごにさみしさ凝る真夜中の白湯にひとさじ溶く麦芽糖
080:響
ゆっくりと秋をつないで吊り橋はひとりひとりを響かせている
081:硝子
ひかりなす螺旋の溝につかのまの青をこらえて硝子のペンは
082:整
北辰はふかぶかと冷え天空に整えられる冬のきわまり
083:拝
遠ざかるための手紙はぎこちなく末尾にゆがむ頓首再拝
084:世紀
世紀から世紀へつづく中庭を僕らはひかりごとふみしだく
085:富
糠床にしのばせておく富籤のすこししめった枕噺は
086:メイド
ふりしきるスノードームに揺れながら冬のマーメイドは泣き通し