001:春
いきている壜をえらんで汲みにゆく春の水ならこぼさぬように
002:暇
晩年の日記に揺れるおおどかな「暇日・無聊」の文字慕わしき
003:公園
青葉公園三角山を駆け下りてそれきり消える妹だった
004:疑
うながせばあふれるものを疑ってあなたがたどり着く汽水域
005:乗
十代はさびしき悍馬 くりかえし乗り静められまたほとばしる
006:サイン
(ねむそうな世界に送るささやかなサインのように)鶏卵を割る
007:決
欠けたまま加わりましょう きさらぎの決議はどれも似たようなもの
008:南北
あたらしい死者のあなたと南北をわけあいたくて割る冬の瓜
009:菜
湯に放てばいよいよ菜花見苦しくとどのつまりの曇天にいる
010:かけら
拾っては捨てるかけらを目印にうんと傷つくまで待ちましょう
011:青
はりつめた青梅のようなおみなごののみどを落ちてゆく朝の水
012:穏
つくづくと不穏な夢のさめぎわに犬が来てわたしを引き上げる
013:元気
お元気で さいしょのゆきがしゅくふくのようにうれしく降りますように
014:接
変節の物語ならにこやかに挿し接いでゆくよりほかはなく
015:ガール
チアガールみたいに跳ねてきたらしいオレンジ色の息吐いている
016:館
閉館をしらせる文字のくきやかな黒を喪章として秋に入る
017:最近
そうですね、ここ最近はみずうみの悪い噂は耳にしません。
018:京
然然、と相槌をうち大叔父は北京ダックを器用にくるむ
019:押
押しもどすちからを美しきものとして波打ち際のきわのほつれは
020:まぐれ
訥々と打てばまぐれに響くことありてあなたのこころは難儀
021:狐
ブラウザを火狐と呼び真夜中の暗いあそびを呼びよせている
022:カレンダー
カレンダー・ガール誘拐計画の首謀者なればよいシャツを着る
023:魂
地に近きものにしたしむ稲魂にくまなくはらむ穂となりてより
024:相撲
あざとさの果てにみだれる髻(もとどり)も座を賑わせて旅の相撲は
025:環
循環のどこかが軽くとどこおる今日のわたしに白湯をふるまう
026:丸
しんねりと丸い和菓子を提げてゆく一度きりきれいに負けるため
027:そわそわ
そわそわと開いて閉じてわたくしの犬がなにかを打ち明けにくる
028:陰
品下るものをとりわけ愛でている花下陰の曇る狭庭に
029:利用
よく練って寝かせておいたわたくしをじょうずに利用してくださいな
030:秤
棹秤しずかに振れて青年の父は重きに傾いている
031:SF
フォルダ名【MISFIRE】に落としこむ未必の故意に似たあれこれを
032:苦
残秋のひとつところに鎮めがたき思い凝りて苦艾酒を干す ※ルビ 苦艾酒=アブサン
033:みかん
網棚に冬のみかんを香らせて帰るところがあるひとになる
034:孫
かなしみは尊いちから つれだって公孫樹の下をゆらゆらあるく
035:金
黄金比すこし崩して描きおえた画布に錯誤のような雲湧く
036:正義
少年に正義かすかにきざす日は消毒液の泡をさびしむ
037:奥
ゆきますね 遠くあなたが指し示す空の奥行きだけを頼りに
038:空耳
渾身のあれは空耳 信号を待ちながら聞くはらそうぎゃあてい
039:怠
うつくしく躓くひとよ来し方に舌怠い嘘ひとつ加えて
040:レンズ
こうふくであり続けます窓際のふるいレンズに光あつめて
041:鉛
つつむとは隔てることでありましょう葡萄の闇に添う鉛紙
042:学者
蘭学者ゆめに現れわたくしの心の臓など調べておりぬ
043:剥
剥がれゆく秋の本意を汲みかねて噴き上げの水はつか傾く
044:ペット
ピペットで吸い上げながら(十代はシロップ(ほんとはうんざりだった
045:群
佐藤二朗にかすかなねじれ兆すたび群像劇は暗くかがやく
046:じゃんけん
ぐずぐずとつなぐじゃんけん このひとに勝たせたい気持ちはなんだろう
047:蒸
ふゆやさい蒸しております。泣くほどのことではないと思っています。
048:来世
前世は葡萄、来世は鶺鴒をのぞむ少女と月をみている
049:袋
すずやかに白をきわめる夏足袋を秋の深みに匿っている
050:虹
こいびとのようにあばれる虹鱒をひらいて(とても好いております)
051:番号
つかのまの最後尾ゆえたくひれの番号札にしばし与する
052:婆
どこかしら婆娑羅を好む痴れ者に奪われにゆく冬の妹
053:ぽかん
ただぽかんとしているだけの休日に明朝体が沁みてくるねえ
054:戯
降るならば戯れ言めいた雪がいいひとりひとりをゆるく隔てて
055:アメリカ
アメリカを(どのアメリカを?)しゅくふくとじゅそで磨いてひかるシネコン
056:枯
青枯れの記憶の庭にいっぽんの樹木しずかに眠り続ける
057:台所
酢を蜜を棚にならべて台所をただしく乱すおんなともだち ※ルビ 台所=キッチン
058:脳
水音にノイズかさなる真夜中は脳内という異域へ降りる
059:病
臆病なさかなと暮らす 雨の日は「よい雨だねえ」とつぶやきながら
060:漫画
雪の日は漫画みたいにじゃれあった感嘆符まみれの恋だった
061:奴
愛い奴、とふざけて呼べばすこやかな尾を持つけもの我に寄り来る
062:ネクタイ
死者生者死者こもごもに並び立つ霜月真昼ネクタイ売り場
063:仏
装具店店主の美しき喉仏よるの玻璃越しに見ておりぬ
064:ふたご
驟雨得て鎮まる午後のふたごもり夏の記憶にしるくとどめて
065:骨
骨格のうつくしい雲あらわれて厳かに冬の到来を宣る
066:雛
雛衣を繕う叔母のうなじから胡乱な花が咲いております
067:匿名
あおぞらの匿名性を保証するだけの簡単なお仕事です
068:怒
冬水のかすかな怒り吸い上げて厚物菊は色濃ゆく咲く
069:島
半島を産む夢をみる あのひとを春のひなたで折りたたみたい
070:白衣
関節をはずす仕草もうつくしい白衣のひとと親しんでいる
071:褪
褪せ色のみどり浮かべた湖を午後の舳先が裂いてゆきます
072:コップ
握りつぶせばほどよく見苦しいものになれるぼくたちの紙コップ
073:弁
あざやかな春の詭弁に酔うているあなたのことは見限りましょう
074:あとがき
親密なあとがきになる よく眠るけもののそばで過ごす真冬は
075:微
いつになく微弱な揺れをみせながらおみなごが口にするひとりの名
076:スーパー
字幕スーパー消して眺める戦場に「shit」と「f」の台詞あふれて
077:対
シュヴァルツとヴァイスしずかに対をなす真冬の森であれば、深みへ
078:指紋
おたがいの指紋をまずは褒めあって少しずつ親しくなりました
079:第
大鍋に浮かんだ灰汁を引きながら店主が語る出奔の次第
080:夜
息荒くわたしをなじる夜嵐と思えば愉し 神無月尽
081:シェフ
革命家ニコライ・チェルヌイシェフスキー死後はその名を星に残せり
082:弾
(よく水を弾くこころだ)立ち漕ぎの背中とっくに見えなくなって
083:孤独
あたためた牛乳の膜もてあそぶ匙よ孤独は佳きものですよ
084:千
きびきびと千鳥格子のスカートがやってきてわたしをたしなめる
085:訛
喜々として横訛る日の父という奇妙なうつわ忘れがたかり
086:水たまり
三歳にかきまわされて水たまり空ごとゆがむ。きれいだ。拍手。
087:麗
粛々と麗句連ねる外つ国のえらいひとからこぼれる火薬
088:マニキュア
きみどりのマニキュアをきれいに塗っていつも何かになりたいおまえ
089:泡
海風にひどく背いた一日を胸泡立ててねむる鳥たち
090:恐怖
旧式の恐怖を好む先輩が締めのことばを吐くまでの、、、間
091:旅
はぐれながら眠ろう夢の枝先に無口な旅行鳩を招いて
092:烈
奇天烈なかたちの氷柱(ほしいほしい(冬のいっとうおいしいところ
093:全部
環境保全部長ヤマネ氏したたかに酔えばさびしき泥濘となる
094:底
「無為を為せ」などとおっしゃる糸底を撫でる翁にかさねて問えば
095:黒
記憶とは漆黒の土みずみずとふくらむ種子を深くとどめて
096:交差
かみさまの傷口を縫う錆色の刺繍糸(交差して(交差して
097:換
変換の果てに見つけたまぼろしの沼地を今日の場所とさだめて
098:腕
腕白な雪雲の下牙のある獣と息をかさねて歩く
099:イコール
欲ばりなお前がつなぐイコールのとりとめなさとして、桃と螺子
100:福
はりつめた雲をほどいてぎこちなく落ちてくる はつゆきは祝福