北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

題詠2008-100首

2009-02-05 | 題詠2008-100首
001:おはよう
さまざまに啼きわけながらおはようの小鳥が朝のひかりをほめる

002:次
次に来る波をむかえにゆきなさい尾を高くしてわたしのけもの

003:理由
それはもう春のあめゆき じゅくじゅくと理由を濡らす春の あめゆき

004:塩
かんたんに弱ってしまうポケットに塩キャラメルをさしあげました

005:放
奔放な風のことばを聞きながら岬は夏をみごもるだろう

006:ドラマ
メロドラマのメロの渚にふりしきるあまやかな雨(次週へつづく)

007:壁
禁色を壁にかかげて眠りつぐ十代という淡き器は

008:守
やくそくを守りきれずにうっかりと咲いてしまったさくら、きれいね

009:会話
さみどりに濡れる会話のなかほどにあなたが植えるいっぽんの楡

010:蝶
川底に蝶を沈めてどこまでもまずしいこころのままでいましょう

011:除
ぼくたちは荒れた裏庭 たくらみを除くすべてを繁らせながら

012:ダイヤ
たくさんの冬の足首ひやされて臨時ダイヤで運ばれてくる

013:優
ぬしさんのよこす優文うれしゅうて でたらめになるほどうれしゅうて

014:泉
ぜんぶみてほしい邪悪なこめかみも泉がわいているてのひらも

015:アジア
春の芽をゆがいてさらすおだやかでひどくさみしいアジアの水に

016:%
文字化けのメールの庭にてんてんとつづく%の水たまり

017:頭
むずかしい顔で竜頭を巻きながら父がだまっている 夏だった

018:集
だれよりも遠くの波をほしがった浮き輪に兄の息を集めて

019:豆腐
崩されてなおもとどまる実直も身上なれば木綿豆腐は

020:鳩
この街の余白を埋めるありふれた鳩鳩ベンチ鳩わたし鳩

021:サッカー
夏の子が夏の男になってゆくシアサッカーのシャツをはおって

022:低
低温で保存しましょうよいこからこぼれた水はきっとよい水

023:用紙
ふくらんだ春の用紙を噛んだまま深くねむってしまう複写機

024:岸
こちらからあちらの岸へ にくたいはすずしい舟とあなたは言った

025:あられ
揚げてゆくそばからつまむあられ餅 むつききさらぎさみしかったよ

026:基
基準値をはるかにこえる夕闇をからだにいれて持ち帰るひと

027:消毒
肉体は国土にも似て傷口に朝の消毒薬は泡立つ

028:供
ぎぃぎぃと啼く鳥がいて六月の供花はどれもこれもむらさき
                ※ルビ 供花=くうげ

029:杖
もう遠いこころになってわたしたち虎杖の茎くわえてあるく

030:湯気
やわらかな湯気をまとったいきものが息ととのえる地上と思う

031:忍
あれは蛇 あなたの森に忍びこみ深いみどりとまじわるいのち

032:ルージュ
ノワールとルージュだったね(八木くんとチカは(毀れて(夏をのろった

033:すいか
それは祖父の烈しさなればくろぐろと重きすいかは鉈をもて割る
                   ※ルビ 祖父=おじ

034:岡
ゆめにくるおとこの下駄にさそわれて時雨岡に庵をむすぶ
           ※ルビ 時雨岡=しぐれのおか

035:過去
過去というまるい時間をうちがわにおさめて眠るひだまりの猫

036:船
春の手が波をなだめる あと少し船のつもりでいていいですか 

037:V
朝帰りばかりしていたあのころの、チカの Vivienne Westwood

038:有
有り体に言えば泣きそう はつなつの風にいくつも結び目がある

039:王子
王子的資質そなえた三歳の会釈をのせてバスがゆきます

040:粘
繰るたびに粘る時間の先々をきれいに錆びてゆけ、沈丁花

041:存在
存在をぜんぶひらいて夕立を待っている 草もわたしも犬も
 
042:鱗
なにひとつ欠けることなく死んだのだ見事な鱗を持つこの魚は

043:宝くじ
炎天にカンナはげしく咲く夏の宝くじ売り場主任出奔

044:鈴
様々なみどりを抜けてきた風がさいごに触れる風鈴の舌

045:楽譜
濃紺の少女ときには泣きながら楽譜に記すつよいことばを

046:設
設定の異なる夏をそれぞれが水を湛えた器となって

047:ひまわり
みつみつと種子ふとらせるひまわりに見下ろされ(ごめんとてもくるしい)

048:凧
菱凧を空にあずけて棒立ちのあのひとがわたしの父である

049:礼
統べられて(いるふりをして)紺色のくるぶし尖る秋の朝礼

050:確率
とおい街の降水確率 あのひとの明日が七割も濡れている

051:熊
この森の湿りを踏んでゆきましょう灰色熊の息をたどって

052:考
柘榴割り虹を歪めてわたくしの男はついに長考に入る

053:キヨスク
つくづくと明るく淀むキヨスクで今日も購う外つ国の水

054:笛
しんと冷えた冬の縦笛 そのようなものに吹き込む息をもつひと

055:乾燥
カレーズを流れる水のやわらかな時間を啜る乾燥地帯

056:悩
くぐもりを帯びた異称もふさわしく煩悩鷺は沼田をあゆむ

057:パジャマ
はなはだしい色のパジャマがよく似合うこの男どうしてくれようか

058:帽
つつがなくふるびてゆこう夏帽に秋津しずかにとまらせたまま

059:ごはん
秋弛む夕べはきはき炊きあがる豆ごはんとはつよい食べ物
                 ※ルビ 弛=たゆ

060:郎
ありぎぬの財津一郎くきやかな櫛目保ちて下手へはける

061:@
十代はほころびひかる丸文字で@アンハッピぃと書きいる

062:浅
それでいてここを浅瀬と思わせるあなたの所作にときおりは倦む

063:スリッパ
じきにみんな忘れてしまうスリッパの奥にひろがる野原のことも

064:可憐
おそろしく可憐な水たまりがあって君がじょうずに飛び込んでいる

065:眩
花終えた藤の不穏を眩しがる一頭とひとりのゆうぐれは

066:ひとりごと
ひとりごとつなげて遊ぶ三歳のうぶ毛をなでるおだやかな風

067:葱
うちがわに保たれているあかるさを羨しみながら刻む白葱
                 ※ルビ 羨=とも

068:踊
あるいは父祖の声かもしれず薄闇にひくく流れくる踊り歌

069:呼吸
くるまって呼吸あわせて飛ぶもののおなか見上げてしあわせだった

070:籍
かなへびをくわえた猫が横切って あなたの本籍地はきれいだな 

071:メール
eメール振り分けながら一通は川の名前のフォルダに落とす

072:緑
うしないを急いていた日もこの海が花緑青の色だったこと

073:寄
ちぎってもちぎっても相寄るものを夜の油膜にただ見ておりぬ

074:銀行
某地方銀行勤続六年のあかがねいろのネクタイが来る

075:量
山の度量よくよく見える町に住みこわがりながらおとなになった

076:ジャンプ
ジャンプ・ブルースひときわ好むマスターの冗談みたいな髭 すきだった

077:横
どこかしら横柄に咲く芍薬の持ち重りするそのうつくしさ

078:合図
あけがたの舗道にのこる吐瀉物のような合図でかまわないから

079:児
結び目のすこしゆるんだ兵児帯が先へ先へとゆく夏でした

080:Lサイズ
もういないひとの背中はすずしくて2Lサイズの印画紙に焼く

081:嵐
みずからを吐き出すような気嵐をかさねて冬の深みにいたる
               ※ルビ 気嵐=けあらし

082:研
大いなるものに研がれし空なれば構えもひくく冬に入りゆく

083:名古屋
母と子と繰り言ゆるくかさねあう午後をおさめて解く名古屋帯

084:球
霜柱みつけては踏むしたしさで北半球をあなたとあるく

085:うがい
泣いたほうがいいよ さかさに挿してある背表紙ばかり見つめてないで

086:恵
ひとしきり雨を恵んでいく雲の形なんだかいたたまれない

087:天使
もう埒があかなくなって僕たちは天使のことを語り始める

088:錯
であるならば錯誤のはてに横たわる野原のようなものになりたい

089:減
片減りの靴だけが残されていて足首どこにいったのだろう

090:メダル
ぞんぶんに閉じている日はいただいたふるいメダルを磨いています

091:渇
どのように渇くだろうか失いを得てあらたまる朝のわたしは

092:生い立ち
長雨のつづく九月はしみじみとてんじくねずみの生い立ちを聞く

093:周
くるしんでいるのでしょうね周縁の凍りはじめたこのみずうみも

094:沈黙
それからは悲鳴のような沈黙のつづく静かなれんあいでした

095:しっぽ
手放せばすぐにさざめき野の原をかきまぜている茶色のしっぽ

096:複
地上から剥がれるように飛びたったあの複葉機どこへゆきたい

097:訴
砂浜にだらだらと訴えている波のほつれを見に行きましょう

098:地下
あなたの、地下を流れるその水に手を浸してもかまいませんか

099:勇
うつくしくゆがむひかりを知りなさい できるだけ勇敢でいなさい

100:おやすみ
おやすみ、犬。
おやすみ、ふかみどりの帽子。
おやすみ、チチェン・イツァに降る雨。