北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

「未来」02月号(2012)

2012-03-05 | 未来

蛇を濡らすひかりのあまやかな記憶の底に凝る、何度も   ※ルビ「蛇」くちなわ

まず兄が暮れて次第に弟がまみれるまでを弔いとして

濃紺の守衛の胸に伏せられて書物は冬に似たものになる

どこまでが往路でしたか咬みたがる牙をゆるめてねむる間際の

添付する遠景(錆びた鉄塔がていねいに自分を折りたたむ)

犬。呼べばすぐにみなぎり薄暗いわたしの土を今日も耕す

木のあばらあらわに見える坂道で犬が口火を切る冬の午後

あどけない雲を古びた雲が呑み雪をみごもるまでを見ている

肉体は脆い岬と告げにくる善良な善良な鳥たち

ふるまいをにぶらせて、雪、三角洲、桔梗を仮想記憶に移す

 

 

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蛇に詫びる

 

 ざらめ糖のような雪がそこここを悪路にかえている。風が強い。

ざっくざっくと前をゆく誰かの靴跡をたどりながら歩く。

 そういえば子どものころ、こうやって父親の長靴をにらみながら

裏山を登ったことがあった。コクワをとりに行ったのだったか。

大きな長靴が笹薮をわけ、木の根方を踏み、小さな花をよけて進む

のを見つめながら歩いた。

 父は無口な男だったが山歩きの時は少し饒舌になる。地面を這う

ように咲く地味な花や、木々の名前、鳥の声の聞きなしについて話

しながら歩いた。それは「教える」というよりは独り言に近いもの

だったが、妙に嬉しかったことを憶えている。

 それに気づいたのは足ばかり見ていたからだ。立ち止まった父が

方角を確かめていた時のこと。黒いゴム長の土踏まずのあたりに、

薄暗い色の、紐?…と思ったとたん、それは思いがけない角度に歪み、

足首に絡みついた。青大将だった。

 蛇は見慣れているとはいえ、いきなり現れれば足がすくむ。「ふ、

踏んでる」どうにか声をあげると「ああ、」と、まるでめずらしい

花でも見つけたように父は言った。それからゆっくり足を上げ、蛇

がほどけてしまうまで待ちながら、「これは大変失礼しました」と、

ひどくまじめな声で詫びたのだった。

 当時の父の年齢をとうに越えた今、改めてあの奇妙なふるまいの

根にあるもののことを、謎解きのように思い返している。

 

                  エッセイ「その日その日」