北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

「未来」12月号(2013)

2013-12-29 | 未来

よく噛んでやわらかくした感情を吐きもどす犬、よわくなったね

そのかみは夏野の王であったろう草穂の海を薙ぐようにゆく

子は犬に、犬は子に護られながら汀のような夜道をわたる

弱まってゆくことの佳さ それぞれの体にかなう声を出し合い 

忖度の手つきが見えてさびしいと子は言いつのる 晩夏なのだよ

ぞんぶんに夏の地面を碾き終えてサンダルのまま帰っていった  

湯で割れば梅酒が見せる逡巡のどうしているか父だったひと

日曜の午後を費やし教わったコンツェントラツィオンス・ラーガー

せんそうのこと。底隠る父の声。火。痩せている。こんなに。こんなに。

ばかみたいだったと最後につけ加え餌壺の粟に指をうずめる

 


「未来」11月号(2013)

2013-12-02 | 未来

日盛りにからだを薄く差し入れて葉脈をくまなくお見せする

植物であったとてそれが何でしょう背伸びしてひかりを浴びている

ずむずむとひげ根をくぐり土を食むももいろの蚯蚓たち、よく来たね

吸い上げるちからを恃み八月を質素な管として生きのびる

濃いみどり薄いみどりをかさねあう仕草ばかりを好まれていて

茎を見てほしい小さな水の玉ふたつみつ縋らせているから

これ以上吸えないところまできたとある日きれいにわかるのだろう

人知れず繁茂しているだけなのに風がなぶりにくる なぶられる

あれは羽毛、これは蜻蛉羽、地を統べる蟻に粛々と運ばれて 

いきものが朽ちこぼしゆくさまざまな life  幾度でも会いましょう

 



「今月の一人」 川


いただいた暗い硬貨を外つ国の水に換えてはまた歩き出す

どなたでもかまわなかった椅子として座ってもらえるならそれだけで

ほどこしのように明るいくさはらに招かれたまま帰らないひと

大鹿の胸の豊かなふくらみよ苦しかろうね秋の和解は

手をふりなさい手をふりなさいこの岸はおまえのために闌けているから

川に適うものでありたい橋脚をまねてあしくびまで浸しゆく

尾びれまで泥にまみれてありがたくなる兄の魚、兄は魚

ときどきは世界をゆるす木に草に終の作法をおそわりながら

ほんとうは何になりたい裳裾から蟻をほろほろこぼし続けて