北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

「未来」04月号(2013)

2013-04-29 | 未来

目に見えぬ手に揺すられて雪雲が困ったようにこぼす粉雪

ごめんね、と何度も思う 真冬日の犬はすっかりたいらになった

欠けませんようにお前のよいところよくないところ増えますように

塩の味ばかり際立つあけがたの夢でふたたび命をおとす

そのように鎮まる こころをモスクワにあそばせたまま皿を磨いて

骨格を筋肉を照らし合うようにあいしていたさ それはほんとう

隅ばかり見ておりましたどこまでも近似値でしかない一日を

祈らなくなって久しい 淹れたての妙に分厚いコーヒーを飲む

挨拶のかわりに刻む青いもの ななくさなずなとんどのとりと

火の重さたしかめながらゆく日々の篝火はひとりにひとつきり

 


「未来」03月号(2013)

2013-04-08 | 未来

稜線が今日はきれいに見えていてそうか遠くはあんなに遠い

ゆきがきて、毛羽立つひかり。あのひとの踵のことばかり思い出す

獣肉を煮込むのにふさわしい午後をさびしがらずにいるかあなたも

剣呑な会話のおよそ中ほどに配られている脆い焼き菓子

心臓はにがいだろうか ふかぶかと頭をさげて真冬を帰る

そんなふうに死んだひとを摑んではだめ いなくならない なりようがない

核心にふれずに終える一生のところどころに置くあんず飴

甘酒のつぶつぶ残る舌のままありがとうって言う はずかしい 

育てたいものをいくつも挙げながら銅貨をこぼすおんなともだち

ミミズクを愛するように父さんがわたしをあいしたのでこんなふう

 


 

  息を残す(未来年間賞 受賞第一作)

 

ふゆごとに雪のかけらを髪にのせ十代という瀞をゆくひと

濃紺の時間にくるぶしまで浸りスナック菓子をまた食べている

唇はときおり淀み かんたいへいようせんりゃくてきけい、なんだっけ

わたくしの十代よりはおだやかな迂回の術を知るうすい胸

夕刻の所作をゆるめてははそはの銀のボビンをきしきし磨く

トテモガッカリシマシタと言われるたびにしずかに増える水かさがある

てのひらで確かめてみる金槌の重さ冷たさ ひとにあいたい

雪の下はぬくい 球菜を埋めながら土の黒さをほめる祖母   ※ルビ「祖母」おおはは 

引き揚げのはなし幾度も湿らせて畳の上に茶殻をこぼす

祖父の胡座であそぶ真冬日の煙管の羅宇がまだあたたかい   ※ルビ「祖父」おおちち

気をつけて持てと手渡される鉈の暗い刃紋を目にうつしとる

これは海を生まれて初めて見たときの顔、へびはなび、シオカラトンボ

肩車されておびえる三歳のわたしを剥がす 連れて帰ろう

そしてすべてが父につながる悔しさを補遺とさだめて飲むふゆの水

なぜ歌に倚るのかと問うふしあわせなのかと静かに問う父のひと

餅網にさびしい餅をならべたいあなたを貶したい支えたい

死ぬのかと問えば少しく愉しげにまあそうですね、おそらくはね、と

もうだいじょうぶでしょうと言って少しずつあなたは森に似たものになる

そうでした 最後に見せてくれたのはこの世のへりをつかむ足指

そのようにいなくなりたい明るさを保つからだに息を残して