北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

題詠マラソン2004

2004-12-31 | 題詠2004-100首
001:空
一枚の陰画(ネガ)にひろがる夏空の昏きところを終章として

002:安心
安心をたばねあぐねて食卓の醤油差しからしたたるしょうゆ

003:運
外つ国の干しいちじくを運ぶため腕(かいな)清めている男です

004:ぬくもり
その声のぬくもりなども厭わしいもののひとつであれば、捨ておけ

005:名前
ほんとうの名前を呼べばあっけなくとける呪いのようにお前は

006:土
イワンさんの大きな足が踏みしめる永久凍土というとこしえよ

007:数学
エヴァリスト・ガロアの一生(ひとよ)思いつつ数学教師とかわすあやとり

008:姫
飛翔はや断念となる春空に姫雛鳥という名やさしき

009:圏外
圏内と圏外わかつひとすじの川を抱きてねむる家族(うから)は

010:チーズ
サルバドール・ダリ的ゆがみ見せながら今盛大にとけゆくチーズ

011:犬
犬狼のあわいほどける夕暮れにわたしあなたをはめつさせたい

012:裸足
パレードを見下ろしている屋上にお前の裸足だけがまぶしい

013:彩
いつになく杉本彩に目がいってこまる真昼のくまざわ書店

014:オルゴール
みずうみの深いところを塚としてしらほねは抱く朱のオルゴール

015:蜜柑
びょうどうに蜜柑をわける わたくしは由緒ただしき bitch だからね

016:乱
映像が乱れています(後ろ手の)(砂の)しばらくお待ちください
 
017:免許
ややこしい手順をふんで手に入れたドラゴン飼育係の免許

018:ロビー
ささやきはさざ波となり今日もまたロビーに満ちる帝都奇譚は

019:沸
湯を沸かし待っております はつなつのこむらがえりのような恋です
 
020:遊
よくできた遊具のようなものだからもっとわたしを漕いでください

021:胃
胃液まで吐き出しながら佐野くんはまだ「いいよ」って言おうとしてる

022:上野
殴られたことさえなくて上野まで上野の空を確かめにゆく

023:望
望まれて、雲雀になって、黄金の、どうしようもないわたくしである

024:ミニ
箱庭のくらいところに配置するおんなねずみの名前はミニー

025:怪談
げんげんと咳き込みながら読み返す怪談の古い井戸のくだりを

026:芝
よく濡れた芝生の上で僕たちは礼儀正しくぼうりょくをふるう

027:天国
“heat”でも“heavy”でもなく天国(heaven)まで スクラブルならたやすいけれど

028:着
とてもえらいひとの着座を待っている蒲公英繁茂対策会議

029:太鼓
父と聴く「火焔太鼓」はさみしくてほつほつ笑うよりほかなくて

030:捨て台詞
(捨て台詞なのだおそらく)文末にどっと置かれたアスキーアート

031:肌
にんげんのこどもが二人あたらしい肌をさらして近づいてくる

032:薬
もうきっと戻ってこない恋人のふるい薬缶をどういたしましょう 

033:半
半分はあなたにあげる約束のシオカラトンボじょうずに裂いた

034:ゴンドラ
空の底ばかり歩いていたらしい恋人はついにゴンドラになる

035:二重
強情な虹の二重を見せたくて添付する〈今日の空.jpg〉

036:流
よく振って流しておいた ひとりへの水のにおいの挨拶でした
 
037:愛嬌
なつやすみ最後の夜に知らされる「愛嬌食堂」店主出奔
 
038:連
早朝の連絡網にマラルメを紛れ込ませたのは誰ですか?

039:モザイク
頬張っている口元のモザイクの、あるいは空の侵しがたさは

040:ねずみ
漕ぎ出せばたちまち遠い川岸のねずみの寝屋のようなつましさ

041:血
血のようなものを流した殴られていたでもそれは好きとはちがう

042:映画
ブロンドとブロンドがもつれあう映画みているらしい電話のむこう

043:濃
夏雲の濃淡を塗り分けている少女よそれはかみさまの舌

044:ダンス
緋の色のデカダンスなど遠く置きしたたかに詩をきこしめすひと

045:家元
家元のうつくしすぎる背景に白い芙蓉はややぼんやりと

046:練
わかってるつもりでしたよ あなたから練り羊羹をいただくまでは

047:機械
おとうとの機械のようによく動く舌や手足をめでる真夏日

048:熱
とてもひどい発熱でしたとりいそぎラムネを二本いただけますか?

049:潮騒
海の家のよごれた床にねころんで潮騒なんてうるさいだけだ

050:おんな
ジュリエット・ビノシュ似のおんなともだちに抱きしめられている炎天下

051:痛
球根を深くうずめて疼痛のような未来をなおわかちもつ

052:部屋
この部屋のどこかでまわる桃色のフラフープ もう抜け出ておいで

053:墨
前世は墨でしたって言いながら青年はすこしくるしそうです

054:リスク
リスクというリスクを順に挙げているあなたなんだか愉しそうだね

055:日記
ふるいふるい父の日記に咲いていた蓮(はちす)の花を盗んでしまう

056:磨
降ってくるものの淡さに泣きながら空を磨いてばかりいました

057:表情
すぐに困った表情をする夕暮れの散歩に誘いたいだけなのに

058:八
八日目に墓石を倒し十日目に骨を砕いて食べてあげよう

059:矛盾
靴下が矛盾しているユキちゃんにつくってあげたい杏仁豆腐

060:とかげ
望まれて壊すのぞまれてはこわす とかげのようにひくく構えて

061:高台
鳩を飼う少年だったあのひととすこしくるっている高台へ

062:胸元
なんてことない顔をして胸元に名刺をしまうように忘れる

063:雷
迅雷にふたり裂かれてどこまでがわたしどこまであなたでしょうか

064:イニシャル
イニシャルのかたちに抜いた焼き菓子を焚火にくべてお別れします

065:水色
かみさまによく似たものに漁(すなど)られ水色になってゆくお父様

066:鋼
せんそうとせんそうに似たしんりゃくと鋼のようなせっくすでしょう?  

067:ビデオ
ビデオからテロル溶け出す真夜中にフェラチオは膝をついてなされる

068:傘
したたる喩、喩としての雨、ずぶ濡れた傘となりゆくひとりであれば

069:奴隷
ねむれない夜にそなえて奴隷しか登場しない本をえらんだ

070:にせもの
にせものの絶顛として引き寄せるあかがねいろの空いちまいを

071:追
追うことはもうしない(でも)ていねいに死んでいくから見ていてほしい

072:海老
おがくずにまみれて眠る海老たちのやさしさなども思うゆうぐれ

073:廊
(回廊にひかりを招き入れているしずかな歩幅)あなたでしたか

074:キリン
キリンではなくてきりんでありました。きれいに脱臼しておりました。

075:あさがお
「おはよう」と「あさがお」を取り替えたままうすむらさきに咲いていました

076:降
豪勢に降っているからなんなのかわからなかった(雨だったのか)

077:坩堝
このまんま坩堝へ きっとあのひとはわたしをこわすのが上手です

078:洋
肉体のうすいくぼみに東洋の水をたたえて会いにくるひと

079:整形
榊原整形外科の中庭で紅茶のようにねむる猫です

080:縫い目
ゆっくりとほどいてもらうためにあるここの縫い目を見てくださいな

081:イラク
ふぞろいのイラク産茶葉ゆれながらおしひらかれるまでのむごさは

082:軟
軟骨に沿ってしずめる刃先から伝わりくるはなんのちからか

083:皮
古書店のうすくらがりにひとすじの深き傷もつ羊皮紙よあれ

084:抱き枕
ちきゅうにはにんげんがいてとりどりの抱き枕などかかえてねむる

085:再会
再会をのぞまれるほどていねいな僕じゃなかったけれど、ありがと。

086:チョーク
遺言はチョークで書いておいたから消えないうちに読んでおくこと

087:混沌
本日の混沌としてわかちあう土鍋に滾るけものの肉を

088:句
「おはよう」を発句のように投げあってそれぞれ朝をつなぎはじめる

089:歩
歩めばしきり水音のしてなんべんも川の名前で呼ばれてしまう

090:木琴
前列に木琴係ならばせてうんとしずかに叱ってあげる

091:埋
ゆるく手をつないだままで埋み火を見ていようずっとふたりでいよう

092:家族
好ましき屈託として記憶する「家族ゲーム」のなかの優作

093:列
葬送の列にまじわる 冬蝶のふるえる翅をあたためながら 

094:遠
遠景にひかりの梯子たてかけて(もうだいじょうぶ)すこし眠ろう

095:油
あらびあの油井戸から汲みあげたあかいあぶらで燃やす恋文

096:類 
胸底にふかいみどりの羊歯類を繁らせたままここに来ました

097:曖昧
輪郭を曖昧にして待っている川のほとりで足を濡らして

098:溺
うっすらと血のついている犬の歯をおまもりにして溺れにゆくよ

099:絶唱
  父に
ゆっくりと世界に別れを告げていた とても静かな絶唱でした

100:ネット
少しずつさみしいものを持ち寄ってインターネット・カフェ「AKATOKI」へ