100:おやすみ（村上きわみ）

おやすみ、犬。
おやすみ、ふかみどりの帽子。
おやすみ、チチェン・イツァに降る雨。

099:勇（村上きわみ）

うつくしくゆがむひかりを知りなさい　できるだけ勇敢でいなさい

098:地下（村上きわみ）

あなたの、地下を流れるその水に手を浸してもかまいませんか

097:訴（村上きわみ）

砂浜にだらだらと訴えている波のほつれを見に行きましょう

096:複（村上きわみ）

地上から剥がれるように飛びたったあの複葉機どこへゆきたい

095:しっぽ（村上きわみ）

手放せばすぐにさざめき野の原をかきまぜている茶色のしっぽ

094:沈黙（村上きわみ）

それからは悲鳴のような沈黙のつづく静かなれんあいでした

093:周（村上きわみ）

くるしんでいるのでしょうね周縁の凍りはじめたこのみずうみも

092:生い立ち（村上きわみ）

長雨のつづく九月はしみじみとてんじくねずみの生い立ちを聞く

091:渇（村上きわみ）

どのように渇くだろうか失いを得てあらたまる朝のわたしは

090:メダル（村上きわみ）

ぞんぶんに閉じている日はいただいたふるいメダルを磨いています

089:減（村上きわみ）

片減りの靴だけが残されていて足首どこにいったのだろう

088:錯（村上きわみ）

であるならば錯誤のはてに横たわる野原のようなものになりたい

087:天使（村上きわみ）

もう埒があかなくなって僕たちは天使のことを語り始める

086:恵（村上きわみ）

ひとしきり雨を恵んでいく雲の形なんだかいたたまれない