のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

この笑顔の記憶がある限り、私は根本は間違えない気がする。

2016年04月05日 19時10分05秒 | Weblog
普段から
「超長生きを目指す」
「百歳超え」
のような大きいことを言っているわけですが。
目指すこと、強い希望とは別にね。
それが簡単じゃないことはよくわかっている。

五十を超えてしまいますとね。
逆のことも悟らざるを得ないわけですよ。
「フッといなくなる知り合い」
も決して珍しいことではなくなる。
「命儚し」
は現実のものとして迫ってくる。

いつも笑顔でとか健康感とか大きなことを言っていても。
自分だってその例外ではないわけで。
今健康だろうが何だろうがお構いなしに毎年やってくる自治体からの健康診断やガン検診の案内。
ああ、そういう歳なのだなと。

これで諦めるとか老け込むってことじゃなくて。
けれど、先の大きな夢ばかりは語っていられないこともわかってくる。
若い頃には決してなかった感覚。
目の前のこと、一日一日をたいせつにしよう。
それは常に考えて生きるようになった。

やりたいことを先延ばしにしない。
やりたいことをやらなかった後悔。
「もしものとき」は、それがどーんとのしかかってくるわけで。
今健康を実感していることと、それがずっと続く保証は、別ものなのだ。

今日、ぶっ倒れて病院に担ぎ込まれて、末期のなんとかです、余命かれこれです。
言われる可能性だってゼロじゃない。
年齢や健康状態のレベルは違うから同列には論じられないけれど。
母のときだってあと二カ月って宣告は「突然」でしたからね。

「遺伝子」という「現実」ものしかかる。
遺伝的に一回はガンになる可能性が高い。
母を含め、それで逝ってしまった「例」も多々ある。
それを乗り越えればそこそこ長生きするという「希望の現実」もあるけれど。
「都合の悪い方の可能性」を「都合よく考えない」脳天気な思考回路は持ち合わせていない。

だからやりたいことをやる。
やりたいことを先延ばしにしない。
なりたい自分になる。
#いつも笑顔と感謝を忘れずに
はそれで辿り着いた世界でもあったわけです。

いつもニコニコ。
それを良い方に捉えてくれる人ばかりじゃない。
それは人によっては警戒感を生む。
若い頃はそれを怖れていたな。
嫌われたくない、誤解されたくない。
無意識に笑顔をセーブしていた。
若い頃ならではの「格好つけたい」「モテたい」ってのもあって「へらへら笑ってばかりじゃダメだ」ってのもあっただろうな。

そういうのは一巡しちゃったよ。
今はもう無理をしたくない。
生きたいように生きたい。
誤解されること、誤解されることにビクビクして生きること、それで自分が生きたいように生きられないこと。
すげーつまんないことだなって。
やりたいことをやらないで、なりたい自分にならなくて。
それで「もしものとき」に抱え込む大きな後悔。
それにくらべたら、人に誤解される、そしてそれで生ずる「具体的困難や実害」なんて「ちっちゃいこと」だな、と。

【今日の写真】
もう二年半前にもなる。
母が太陽になった日の17日前、母が私にだけ見せてくれた顔。
住み慣れた自宅で看取るという決断。
主に介護を担った私にだけ見せてくれた笑顔。
知らない人には笑顔に見えないかもしれないけれど。
私にはわかる。私にだけ見せてくれた優しい母としての笑顔。

介護は楽なことばかりじゃない。
ってか、父の介護では楽なことの方が圧倒的に少ないのだけれど。
ちゃんと介護に、向き合ったからこそ得られること。
あの母の笑顔、私にだけ見せてくれた笑顔。
「ありがとう」と言えなくても「ありがとう」を言っている表情。
笑顔もありがとうもなくなっても、傍にいたからこそ感じることができた、愛する人の、表情、優しさ、強さ、気高さ、弱さ、生き様。
そういうものもあるって知っている。

何だかんだ愚痴りながら、へらへら笑って笑顔と感謝で介護を続けられる。
そういうことなのだろうな。
私は偉いわけでも何でもない。
目の前にそういう「美味しい餌をぶら下げられた」その餌が欲しいだけの「弱くて現金な人間」ってことでしょうね。(o^^o)

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