トリップ 五回 「音の旅」 柳亭
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
川沿いに大きな柳の木があった。植物の名前をほとんど知らない僕でも柳は分かる。細い枝が地に向かって伸びている姿は僕に幽霊を連想させた。無数の細い枝が、冬のかすかな弱い光の中に垂れ下がっていた。女の幽霊の細い手のようだった。
柳のそばに農家の藁屋を改造したような小さな店があった。居酒屋「柳亭」。コーヒーの香りがする。営業しているようだ。一人で喫茶店に入るなんてことは一度もなかったのに、コーヒーの匂いに誘われるように僕は板張りの引き戸を開けた。
カウンターだけの店だった。四、五人の客がいた。誰も僕の方を見ない。新聞を読んでいる男、煙草を吹かしている女、テレビを見ている男。みんな勤め人のようだった。僕は一番端の席に腰を下ろした。その時、音を立てて、コーヒーと半分に切った分厚いトーストとゆで卵が目の前に置かれた。見上げると、老人の顔があった。「柳亭」の主人だ。僕はこの男を知っている。彼は何も言わずに行ってしまった。
客は一人二人と席を立った。そして、引き戸を開けて出ていった。終着駅からどこかに向かって。僕は黙って分厚いトーストを食べた。焼き加減は僕の好みだった。コーヒーを一口飲んだ。実においしいコーヒーだった。ゆで卵を一口囓った。完璧なゆで卵だった。モーニングサービスを食べること。それはいくつかの町の情景を僕の頭の中に浮かび上がらせた。最初は小さな美術館だった。
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
川沿いに大きな柳の木があった。植物の名前をほとんど知らない僕でも柳は分かる。細い枝が地に向かって伸びている姿は僕に幽霊を連想させた。無数の細い枝が、冬のかすかな弱い光の中に垂れ下がっていた。女の幽霊の細い手のようだった。
柳のそばに農家の藁屋を改造したような小さな店があった。居酒屋「柳亭」。コーヒーの香りがする。営業しているようだ。一人で喫茶店に入るなんてことは一度もなかったのに、コーヒーの匂いに誘われるように僕は板張りの引き戸を開けた。
カウンターだけの店だった。四、五人の客がいた。誰も僕の方を見ない。新聞を読んでいる男、煙草を吹かしている女、テレビを見ている男。みんな勤め人のようだった。僕は一番端の席に腰を下ろした。その時、音を立てて、コーヒーと半分に切った分厚いトーストとゆで卵が目の前に置かれた。見上げると、老人の顔があった。「柳亭」の主人だ。僕はこの男を知っている。彼は何も言わずに行ってしまった。
客は一人二人と席を立った。そして、引き戸を開けて出ていった。終着駅からどこかに向かって。僕は黙って分厚いトーストを食べた。焼き加減は僕の好みだった。コーヒーを一口飲んだ。実においしいコーヒーだった。ゆで卵を一口囓った。完璧なゆで卵だった。モーニングサービスを食べること。それはいくつかの町の情景を僕の頭の中に浮かび上がらせた。最初は小さな美術館だった。
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