創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#332

2012-03-01 08:55:46 | 読書
【本文】
二百七十五段
 常に文おこする人の、
 常に文おこする人の
「何かは。言ふにもかひなし。いまは」
と言ひて、またの日、音もせねば、さすがに、「明けたてば、さし出づる文の見えぬこそ、さうざうしけれ」と思ひて、
「さても、端々(きはぎは)しかりける心かな」
と言ひて、暮らしつ。
 またの日、雨のいたく降る。昼まで音もせねば、
「無下に思ひ絶えにけり」
など言ひて、端のかたにゐたる夕暮れに、笠さしたる者の持て来たる文を、常よりも疾くあけて見れば、ただ、
「水増す雨の」
とある、いと多くよみ出だしつる歌どもよりも、をかし。
 今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかき暗し降るに、いと心細く見出だすほどもなく、白う積もりて、なほいみじう降るに、随身めきて細やかなる郎等(をのこ)の、笠さして、そばの方なる塀の外(と)より入りて、文をさし入れたるこそ、をかしけれ。いと白き陸奥(みちのくに)紙(がみ)・白き色紙の、結びたる上に引きわたしける墨の、ふと凍りにければ、裾(すそ)薄(うす)になりたるを、開けたれば、いと細く巻きて結びたる巻目は、こまごまと窪みたるに、墨の、いと黒う、薄く、行(くだ)り狭(せ)ばに、うらうへ書き乱りたるを、うち返し、久しう見るこそ、「何事ならむ」と、よそに見やりたるも、をかしけれ。まいて、うちほほゑむところは、いとゆかしけれど、遠うゐたるは、黒き文字などばかりぞ、「さなめり」とおぼゆるかし。
 額(ひたひ)髪(がみ)長やかに、面(おも)様(やう)よき人の、暗きほどに文を得て、火ともすほども心もとなきにや、火桶の火をはさみあげて、たどたどしげに見ゐたるこそ、をかしけれ。

【読書ノート】
 おこす=よこす。文=後朝(きぬぎぬ)の手紙。後朝(きぬぎぬ)は共寝をした朝。
 何かは=いや、なに。言ふにもかひなし=お話にならない。いまは=今はもう。
 明けたてば=夜が明けると。さし出づる=(召使いが)。さうざうし=あるべきものがないという、心が満足しない様を意味する。物足りない。心さびしい。
 さても=それにしても。端々(きはぎは)し=はっきりしている。暮らしつ=その日は暮れた。また、雨の日の連想です。
「水増す雨の」=引歌不明。雨に通い路を妨げられて。
 かき曇りて=「かき」(動詞に冠して)意味を強めたり、語調を整えたりする。見出だすほどもなく=外を眺めている間もなく。
 白き色紙=(または)白き色紙。引きわたしける墨の=長く引いた封〆の墨。ふと=たちまち。裾(すそ)薄(うす)=下の方が薄く。巻目=折り目。行(くだ)り狭(せ)ばに=行頭の行間は広く、行末の行間は狭く。→萩谷朴校注。うらうへ上下に。
 よそに見やりたる=第三者の立場に立っています。ゆかし=知りたい。「さなめり」=そんな文面らしい。
 心もとなき=じれったい。もどかしい。

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