猫研究員の社会観察記

自民党中央政治大学院研究員である"猫研究員。"こと高峰康修とともに、日本国の舵取りについて考えましょう!

台湾の国家統一綱領と国家統一委員会廃止―米国の対応に若干疑問

2006-03-01 06:22:11 | 台湾・中国
 台湾の陳水扁総統は二十七日、国家統一綱領と国家統一委員会の運用を停止すると発表した。「停止」との言葉を用いているものの実態は廃止である。さて、国家統一綱領は、一般には中台統一を長期目標とする台湾側の基本指針と位置づけられるものであり、1991年、李登輝・国民党政権が策定したものである。中台を対等な政治実体として、「交流」や「敵対状態終結」など、統一に向けた段階的道筋を明記している。しかし、2000年の陳水扁政権発足後は死文化していた。というか、制定当時から既に空文であったといったほうがより正確かもしれない。国家統一委員会は、総統府直属の諮問機関である。
 今回の「綱領」及び「委員会」の廃止は妥当な判断であると思う。今般の判断の根拠として陳総統側は、「中国が台湾への武力行使に法的根拠を与える反国家分裂法などで軍事圧力を強めた」「台湾の自由、民主、人権と和平の現状を守る」という大義名分を挙げた。非の打ち所がないパーフェクトな論理付けである。これは、現状維持の変更でも何でもなく、機能していないものを実態に合わせて廃止するだけのことである。なおかつ、台湾人民の民意である。それに対して「陳水扁は選挙公約である『五つのノー』で綱領は廃止しないとしていたのだから公約違反である」との批判がある。これは的外れであって、その前提条件として「中国が武力放棄をするならば廃止しない」という一点が厳然として存在することを見逃すべきではない。台湾の国民党や、とりわけ中国が反発するのは織り込み済みであり、どうということはないが、台湾に綱領と委員会の廃止を思いとどまるよう強い圧力をかけた米国の対応は、民主主義の理念をアジア太平洋地域で広めることににより中国を封じ込めるという大戦略を侵食しかねない戦術的に拙劣なものであった。陳総統が、先にも述べたように「台湾の自由、民主、人権と和平の現状を守る」とその根拠を掲げているにもかかわらずである。これは自家撞着といえるのではないか。そもそも国家統一綱領と国家統一委員会を廃止しないという公約自体が米国の圧力によるものだったという指摘も聞くが、現在のアジア戦略を考えれば、そんなものに固執するのはやはり上策ではあるまい。最終的に台湾の決定を事実上追認したのは当然である。
 もちろん、国務省のエレリ副報道官が、定例会見で、「中台関係に関して政策(一方的な現状変更に反対する)に変更はない」とする米政府の立場を表明する一方で、廃止決定に関する談話で陳総統が台湾海峡の現状変更に踏み込まない考えを表明したことを米政府として歓迎したり、中国に対しても台湾との早期対話に応じるよう促すなど、それなりの配慮は見せている。結局のところ、現状維持に変化はなく当面は大きな問題にはならないと考えられる。しかし、このような、よくいえばバランスに配慮した穏健な対応、悪く言えばどっちつかずの対応を示すことは中国に誤ったシグナルを送ることになりかねず危険である。
 ブッシュ大統領は、今月上旬、インド、パキスタンを歴訪する。それに先立ち、ワシントンで講演を行い、自由と民主主義の拡大という理念を掲げて南アジアとの関係強化を訴えた。そして「二十一世紀はアジアの世紀というが、自由の世紀であるべきだ」と述べ、独裁を続ける中国の膨張を封じ込める戦略を明確にしている。こういう姿勢と台湾への対応が、整合性が取れているとは言えない。米国は、中国の軍拡が不透明でありその意図が明らかでなく周辺諸国への脅威となっているとしばしば指摘しているが、今回のような政策を続けるならば米国の意図こそ不明ととられかねない。
 台湾の対応について一つだけ難を言えば「米国は凍結ととらえているが、台湾は廃止と捉えている」とことさらに述べた点である。一言言いたくなるだろうけれども、結局米国は追認しているのだから、追い打ちをかけるのは得策ではなかろうと思う。もちろん、敢えてそこを衝くことで、台湾の自主性をアピールする意義のほうをより高く認める考え方もありえる。
 ここからは、半ば夢物語として読んでいただきたいのだが、我が国はせっかく昨年12月に「自由・人権・民主」の拡大を柱とするアジア太平洋政策を、東アジアサミットやAPECの場で発表したのだから、日本と台湾をこの地域における民主主義の二大拠点とするために、台湾の今回の決定は支持すべきである。米国に追随して台湾目立った圧力をかけなかったのは、結果的に最小限の評価は与えるべきかもしれない。米国の対中政策の足を引っ張っている原因に、日本の同盟国としての煮え切らない態度もあるように思われる。集団的自衛権の行使を認めないとか、在日米軍基地の再編問題をめぐる日本政府の当事者能力の欠如などである。我が国は、自らの安全を確保するために、日米同盟を強化せねばならないのである。強化と言うよりは質的に向上させると言うべきかも知れない。我が国が確固たるパートナーとなって初めてまともに「ものを申す」こともできるというものである。


(参考記事1)
[台湾が統一綱領停止 中国反発 陳総統、独立色強める]
【台北=佐々木理臣】台湾の陳水扁総統は二十七日、中台統一を長期目標とする台湾側の基本指針「国家統一綱領」と諮問委員会「国家統一委員会」の運用を停止すると表明した。陳総統は二〇〇〇年五月の就任時に、対中国政策の基本原則「五つのノー」で統一綱領を廃止しないとしていたが、事実上の廃止宣言で、独立色を強めることになる。 
 陳総統は、台湾の安全保障政策を決定する諮問機関「国家安全会議」の討議結果を受けて運用停止を決めた。中国は強く反発、中台関係の悪化は必至だ。
 陳総統は「停止」に踏み切った理由について、▽中国が台湾への武力行使に法的根拠を与える「反国家分裂法」などで軍事圧力を強めた▽台湾の自由、民主、人権と和平の現状を守る-などと主張。
 中台関係の緊張が続く中で、中国との統一交渉が台湾の唯一の選択肢とする統一綱領が現実にそぐわないと判断したものとみられる。
(東京新聞2006年2月28日)

(参考記事2)
[台湾の統一委廃止 米「政策変わらず」]
 【ワシントン=山本秀也】台湾の陳水扁総統が国家統一委員会などを廃止したことで、米国務省のエレリ副報道官は二十七日、定例会見で、「中台関係に関して政策に変更はない」とする米政府の立場を表明した。
 副報道官は「一つの中国」政策など既存の外交政策を維持する方針を重ねて表明。さらに「(台湾海峡の)現状を一方的に変更することに反対する」との考えを改めて強調した。
 台湾当局の決定については、「台湾独立は支持しない」とくぎをさす一方、廃止決定に関する談話で陳総統が台湾海峡の現状変更に踏み込まない考えを表明したことを米政府として歓迎した。
 同時に、中国側に対しては、選挙によって選出された台湾指導部との対話を再開するよう促した。
 同様の米政府の立場は、ホワイトハウスのマクレラン報道官も同日、表明した。
(産経新聞) - 2月28日16時19分更新

(参考記事3)
<国家統一綱領>事実上廃止の文書に署名 凍結は米国の見方
 台湾の陳水扁総統は28日、国家統一綱領と国家統一委員会の運用を事実上廃止することに同意する文書に署名した。台湾外交部(外務省)の呂慶龍報道官は28日、米国務省報道官が「凍結」と理解していると表明したことについて「米国自身の見方だ」と述べ、台湾側の解釈とは異なるとの見解を示した。
(毎日新聞) - 2月28日23時7分更新


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4 コメント

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この攻防は面白かった! (tsubamerailstar)
2006-03-02 00:20:50
陳総統も昨秋の京都でのブッシュ大統領の演説に謝意を評するなど「大人」でした。

民主主義国それなりの言い分をぶつけあってそれなりの妥協点に落ち着いたかなという感はありますが、陳総統の根底として、昨年の小泉首相みたいな「思いきったこと」をしてみたいという思いがあったという気がいたします。ただ、それは無謀な暴走という域ではなかったかなという気がいたしますね。

それにしても国務省の連中の交わし方は大したものですわ。(汗)

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tsubamerailstarさまへ (猫研究員。(高峰康修))
2006-03-02 01:23:17
まあ「公民投票」の時と比べたらかなりマシな対応になったとは言えるかもしれません。目先のことを考えれば、米国は中国にも見かけ上恩を売り、台湾にも決定的なダメージを与えたわけではないということになるのでしょうが、曖昧戦略も度が過ぎるといかがなもんかと思った次第です。収め方だけに着目すれば、うまくやったということになりますね。事実上台湾の言い分が通ったのは「台湾の自由、民主、人権と和平の現状を守る」というマジックワードによるところ大でしょう。これを持ち出されたら正面きって反対できないですからね。妄想ですが、今回の件、米台合作だったら傑作なんですけど…。
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ですねぇ・・・ (tsubamerailstar)
2006-03-02 02:34:06
>これを持ち出されたら正面きって反対できないですからね。



台北側は正論を正論のままに突きつけた感じではないかと思います。勿論何かしらブレイクスルーしたいという意図の下の行為ですが、李登輝総統が98年に「二国論」をぶち上げた際の影武者とされる蔡英文女史が今回も影武者だったんでしょう。その意味で03年と比較した場合台北側の「したたかさ」は際立っていたように思います。春節の発表から2月の攻防に228という日、さらには「反国家分裂法」が制定された昨年の3月14日。そして4月の米中首脳会談と・・・



>妄想ですが、今回の件、米台合作だったら傑作なんですけど…。



私が国務省のブリーフィング見る限りではそういう印象は受けませんでした。ネタにしようと思って放置したままのマイケルグリーン前NSC上級部長の対談から考えても実際そこまで余裕はないように思います。

外務省報道官(普段見ないから「国務省」とかで検索してしまいました!)の談話も特段どうこうはなかったのですが、日本の台湾問題に関する扱いとなると、大筋としては当面米国に連動して動くしかないでしょう。「日本としてはこうあるべきだ」といった偏狭なナショナリズムを振りかざす親台姿勢というのは逆に迷惑になる可能性が高いです。その間は文化・経済・通商関係の親密化を図ればいいと思います。

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tsubamerailstarさまへ (猫研究員。(高峰康修))
2006-03-02 23:06:27
>外務省報道官の談話も特段どうこうはなかったのですが、日本の台湾問題に関する扱いとなると、大筋としては当面米国に連動して動くしかないでしょう



基本的にはそうですね。案件によって濃淡をつけるという程度で十分でしょう。今回の「何もしない」という対応は、与えられた条件の下では実は適切だったりするんですよね。「最小限の評価は与えるべきかもしれない」なんて評価しか書かなかったけど…。日本政府としては「自由と民主主義の発展と和平の維持を望む」と大々的に言えればもっとよかったとは思います。
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