今日、沖縄で、沖縄総支部の濱本委員長と雑談をしていた時に、沖縄の伊江島(人口は約5千人だそうです)で始まった「民泊」についてお話を伺いました。
民泊とは、そもそも2002年から試験的に、修学旅行生を島に受け入れたのが始まりだとか。修学旅行生が3~4名のグループで個人の家庭に泊まり、農業、漁業、商店、食堂などの家業を家族と共に実体験するそうです。初年度、わずか3校約400名の受け入れで始められたのが、口コミでその良さが広がり、今では年間2万人以上となっているそうで、伊江島の皆さんの貴重な収入源になっているとのことです。
そもそも、なぜ伊江島の皆さんが「民泊」を始めたのか、興味のあるところですが、ネット上の情報によると、島に大きなリゾートを誘致するのではなく、普段の島民の生活を共にすることによって、環境を大切にしながら、島民と(都会の)若者たちがお互いを理解して行く道を選んだ、ということのようです。濱本委員長のお話では、学校で不良のレッテルを貼られた子どもたちや、学生生活に行き詰まって自殺を考えた生徒などが、この民泊に参加して立ち直った、というお話がたくさんあるそうです。初年度が終わった後、多くの島民の皆さんが「(子どもたちの世話が大変なので)もう来年はやりたくない!」とおっしゃったそうですが、学校側の強い要望で継続して、その後、安定して拡大していった、ということでした。
今では、伊江島以外の沖縄の島々にも広がりつつあるこの民泊、とってもいい取り組みだと思いました。沖縄の離島経済の振興にもなりますが、何にもまして、地元の皆さんと、都会の子どもたちが触れあって、共生しながら、自然と環境を考え、そして生き方を考える、それがとってもいいと思うのです。こういう取り組みがどんどん広がって、人と人、沖縄と他の地域とのつながりが強まっていくといいですね。
民泊とは、そもそも2002年から試験的に、修学旅行生を島に受け入れたのが始まりだとか。修学旅行生が3~4名のグループで個人の家庭に泊まり、農業、漁業、商店、食堂などの家業を家族と共に実体験するそうです。初年度、わずか3校約400名の受け入れで始められたのが、口コミでその良さが広がり、今では年間2万人以上となっているそうで、伊江島の皆さんの貴重な収入源になっているとのことです。
そもそも、なぜ伊江島の皆さんが「民泊」を始めたのか、興味のあるところですが、ネット上の情報によると、島に大きなリゾートを誘致するのではなく、普段の島民の生活を共にすることによって、環境を大切にしながら、島民と(都会の)若者たちがお互いを理解して行く道を選んだ、ということのようです。濱本委員長のお話では、学校で不良のレッテルを貼られた子どもたちや、学生生活に行き詰まって自殺を考えた生徒などが、この民泊に参加して立ち直った、というお話がたくさんあるそうです。初年度が終わった後、多くの島民の皆さんが「(子どもたちの世話が大変なので)もう来年はやりたくない!」とおっしゃったそうですが、学校側の強い要望で継続して、その後、安定して拡大していった、ということでした。
今では、伊江島以外の沖縄の島々にも広がりつつあるこの民泊、とってもいい取り組みだと思いました。沖縄の離島経済の振興にもなりますが、何にもまして、地元の皆さんと、都会の子どもたちが触れあって、共生しながら、自然と環境を考え、そして生き方を考える、それがとってもいいと思うのです。こういう取り組みがどんどん広がって、人と人、沖縄と他の地域とのつながりが強まっていくといいですね。