■沈黙の終わり 上/堂場瞬一 2021.7.26
『 沈黙の終わり 上 』 を読みました。
警察や新聞社の内情がよく分かる興味深いミステリでした。
松島慶太 東日新聞柏支局長
野田市今上の江戸川近くの森の中で7歳の女児の遺体が発見される。
千葉県警は、野田署に捜査本部を設置し、殺人・死体遺棄事件として捜査を開始する。
松島は、早速取材に乗り出す。
古山孝弘 東日新聞埼玉支局の記者
「週間ジャパン」の記事を二度読みした。
読んでいるうちに、気になるのは事件の内容そのものではなく、添付された地図だと気づいた。
古山は、2017年に起きた小学二年女児が行方不明になった事件を思い出す。
事件が起きたのは、埼玉県吉川市上内川、江戸川に近い住宅地。野田とは県こそ違うが直線距離にすれば近い。
松島と古山は、過去に起きた同様の事件の洗い出しを始める。
過去33年間に7件の小学女児の殺害・行方不明事件が起きていることをつき止める。
7件ともすべてが、未解決事件となっていた。
不審に思ったふたりの記者は、過去の事件の取材を開始。
早速、警察から圧力がかかる。なぜか、この事件に触れるなと。
「いや、今週、千葉で七歳の女の子が殺される事件があったじゃないですか」
「そうだな」
「現場が近いんですよね」
「おいおい」宮脇の声が平常に戻った。「行方不明と殺しじゃまったく違うよ。それに、千葉と埼玉----別の県の話じゃないか」
「でも、橋を渡ればすぐでしょう」
「いやいや、県境っていうのは、結構大きな壁なんだぜ」
「考え過ぎですかね」
「だと思うよ」
「同じ犯人が、川を挟んで千葉と埼玉で事件を起こしているとは考えられませんか」
「推理小説の読み過ぎじゃないの?」宮脇が声を上げて笑う。「古山さん、記者よりも小説家になった方がいいかもしれないよ」
「もしかしたらそちらの事件は、君にとっては『刺』なのか?」
「ホウレンソウは警察官の基本だよ」
「それは分かっていますが……」報告、連絡、相談。警察官だけでなく、どんな仕事でも大事と教えられるが、どんなに些細なことでも上に報告を上げていたら、いつかはパンクしてしまう。その辺を差配できる人間が、優秀な警察官、記者になれる。
「調べれば必ず分かります。県警は一枚岩ではありません」
「あなたの狙いは……正義の実現ですか」あまりにも正面からぶつかり過ぎたかもしれないと思いながら、松島は質した。
「警察官は正義の味方であるべきです。ただ、長い間警察官をやっていると、初心を忘れて、正義感以外にも重視することが出てくる。それは自然かもしれませんが、それではいけないんです。マスコミなら、まだ正義だけで勝負できるんじゃないですか」
朽木がネックウォーマーを引き上げた。これで会談は終わりの合図と松島は判断して、慌てて言った。
「あなたの連絡先が知りたい」
「ああ」
「フルさん、でかい荷物を置いてきましたよね」
「でかい荷物?」
「気まずさ」
「それはしょうがないだろう」古山は文句を言った。「サッとはいつでも仲良く、ウィン----ウィンの関係とはいかないんだぜ。そんなの、単なる癒着だ」
そういう風に、先輩にも聞かされてきた。新聞の最大の仕事は権力の監視。粗探しばかりしているわけにはいかないが、不祥事があったら迷わず書く。今回は、はっきり「不祥事だ」と指摘したわけではない。しかし、実質的には「警察が見逃していた」と書いているし、取材過程では多くの人と衝突した。この後、石川たちが苦労するのは目に見えている。
「ま、お前には申し訳ないけど、頑張ってくれ」
「報復されるんじゃないですかね」石川は心底心配そうだった。
「報復?」
「うちだけ特オチさせるとか」
「特オチしないように頑張るしかないだろう。県警だって一枚岩じゃないんだから、いざという時には情報を耳に入れてくれる人がいるさ。そういう人を確保しておかないと」
「いなくなる人は気楽でいいですねえ」
「警察は、わざとまともに捜査しなかったんですよね」
「それは俺も知ってた。それぞれの事件を担当したことは一度もないけど、話としてはな」
「いい刑事は、他の刑事の事件もチェックしている、ですか」
「お、覚えてたか」森が嬉しそうに言った。
「覚えてますよ。森さんの格言は、なかなか身に染みます」
「あれは、自分の自慢をしただけだけどな」森が鼻の横をこすり、煙草をパッケージに戻した。「ただ、越谷の行方不明事件については知らなかった」
「古い案件ですから。二十二年も前ですよ」
「当時は俺もまだ三十歳だったが……しかし、覚えていないのは情けない。俺もいい刑事じやないってことだな」
「いえ……」
「当時の記録をひっくり返してみたんだ。昔越谷署にいた刑事を探して話してもみた。
どうも、捜索は早々に縮小されて、まともに探していた形跡がない」
「ああ」どこでも同じような話が出てくる。間違いなく警察は犯人を把握していた、と古山は確信した。
誰の指示で、県警は松島と古山に圧力をかけてきたのか。
捜索は、なぜ早々に縮小され、まともになされなかったのか。
県警に圧力をかけたのは、誰か。
『 沈黙の終わり(上・下)/堂場瞬一/角川春樹事務所 』
『 沈黙の終わり 上 』 を読みました。
警察や新聞社の内情がよく分かる興味深いミステリでした。
松島慶太 東日新聞柏支局長
野田市今上の江戸川近くの森の中で7歳の女児の遺体が発見される。
千葉県警は、野田署に捜査本部を設置し、殺人・死体遺棄事件として捜査を開始する。
松島は、早速取材に乗り出す。
古山孝弘 東日新聞埼玉支局の記者
「週間ジャパン」の記事を二度読みした。
読んでいるうちに、気になるのは事件の内容そのものではなく、添付された地図だと気づいた。
古山は、2017年に起きた小学二年女児が行方不明になった事件を思い出す。
事件が起きたのは、埼玉県吉川市上内川、江戸川に近い住宅地。野田とは県こそ違うが直線距離にすれば近い。
松島と古山は、過去に起きた同様の事件の洗い出しを始める。
過去33年間に7件の小学女児の殺害・行方不明事件が起きていることをつき止める。
7件ともすべてが、未解決事件となっていた。
不審に思ったふたりの記者は、過去の事件の取材を開始。
早速、警察から圧力がかかる。なぜか、この事件に触れるなと。
「いや、今週、千葉で七歳の女の子が殺される事件があったじゃないですか」
「そうだな」
「現場が近いんですよね」
「おいおい」宮脇の声が平常に戻った。「行方不明と殺しじゃまったく違うよ。それに、千葉と埼玉----別の県の話じゃないか」
「でも、橋を渡ればすぐでしょう」
「いやいや、県境っていうのは、結構大きな壁なんだぜ」
「考え過ぎですかね」
「だと思うよ」
「同じ犯人が、川を挟んで千葉と埼玉で事件を起こしているとは考えられませんか」
「推理小説の読み過ぎじゃないの?」宮脇が声を上げて笑う。「古山さん、記者よりも小説家になった方がいいかもしれないよ」
「もしかしたらそちらの事件は、君にとっては『刺』なのか?」
「ホウレンソウは警察官の基本だよ」
「それは分かっていますが……」報告、連絡、相談。警察官だけでなく、どんな仕事でも大事と教えられるが、どんなに些細なことでも上に報告を上げていたら、いつかはパンクしてしまう。その辺を差配できる人間が、優秀な警察官、記者になれる。
「調べれば必ず分かります。県警は一枚岩ではありません」
「あなたの狙いは……正義の実現ですか」あまりにも正面からぶつかり過ぎたかもしれないと思いながら、松島は質した。
「警察官は正義の味方であるべきです。ただ、長い間警察官をやっていると、初心を忘れて、正義感以外にも重視することが出てくる。それは自然かもしれませんが、それではいけないんです。マスコミなら、まだ正義だけで勝負できるんじゃないですか」
朽木がネックウォーマーを引き上げた。これで会談は終わりの合図と松島は判断して、慌てて言った。
「あなたの連絡先が知りたい」
「ああ」
「フルさん、でかい荷物を置いてきましたよね」
「でかい荷物?」
「気まずさ」
「それはしょうがないだろう」古山は文句を言った。「サッとはいつでも仲良く、ウィン----ウィンの関係とはいかないんだぜ。そんなの、単なる癒着だ」
そういう風に、先輩にも聞かされてきた。新聞の最大の仕事は権力の監視。粗探しばかりしているわけにはいかないが、不祥事があったら迷わず書く。今回は、はっきり「不祥事だ」と指摘したわけではない。しかし、実質的には「警察が見逃していた」と書いているし、取材過程では多くの人と衝突した。この後、石川たちが苦労するのは目に見えている。
「ま、お前には申し訳ないけど、頑張ってくれ」
「報復されるんじゃないですかね」石川は心底心配そうだった。
「報復?」
「うちだけ特オチさせるとか」
「特オチしないように頑張るしかないだろう。県警だって一枚岩じゃないんだから、いざという時には情報を耳に入れてくれる人がいるさ。そういう人を確保しておかないと」
「いなくなる人は気楽でいいですねえ」
「警察は、わざとまともに捜査しなかったんですよね」
「それは俺も知ってた。それぞれの事件を担当したことは一度もないけど、話としてはな」
「いい刑事は、他の刑事の事件もチェックしている、ですか」
「お、覚えてたか」森が嬉しそうに言った。
「覚えてますよ。森さんの格言は、なかなか身に染みます」
「あれは、自分の自慢をしただけだけどな」森が鼻の横をこすり、煙草をパッケージに戻した。「ただ、越谷の行方不明事件については知らなかった」
「古い案件ですから。二十二年も前ですよ」
「当時は俺もまだ三十歳だったが……しかし、覚えていないのは情けない。俺もいい刑事じやないってことだな」
「いえ……」
「当時の記録をひっくり返してみたんだ。昔越谷署にいた刑事を探して話してもみた。
どうも、捜索は早々に縮小されて、まともに探していた形跡がない」
「ああ」どこでも同じような話が出てくる。間違いなく警察は犯人を把握していた、と古山は確信した。
誰の指示で、県警は松島と古山に圧力をかけてきたのか。
捜索は、なぜ早々に縮小され、まともになされなかったのか。
県警に圧力をかけたのは、誰か。
『 沈黙の終わり(上・下)/堂場瞬一/角川春樹事務所 』