細越麟太郎 MOVIE DIARY

最新の映画情報や批評を掲載します。

●『母と暮らせば』は、感傷のゴースト・ファンタジーでした。

2015年11月30日 | Weblog

11月26日(木)12-30 築地<松竹映画試写室>

M-146『母と暮らせば』松竹映画・2015・協賛ーソフトバンク、日本郵便

監督・山田洋次 主演・吉永小百合 <132分> 配給・松竹映画

これも「日本のいちばん長い日」と同様に、太平洋戦争終結70周年を底辺にした作品だが、その部分がどうもシコリになっているようだ。

当時、長崎で生活していた吉永と息子の二宮和也は、あの二度目の原爆に被災して、ひとり息子は学校で授業中に亡くなって、母親の吉永だけが残された。

それから3年後の1948年、8月9日の夕食時のこと、突然ひょっこりと食卓に亡くなったはずの二宮が、母親の前にフラリと現れる。

もともとは、「父と暮らせば」の原作を書いた井上ひさしさんが、この原案を思案していたというシノプシスを、山田洋次監督が脚本化して、こうして映画化されたという。

だから、2008年に山田洋次監督で主演した吉永小百合の「母べえ」とは、ペアになるような設定なのだが、どうしても井上ひさし原案という意識が底辺に流れる作品。

見ている我々は、あああ、これもゴースト・ストーリーかあ・・。と思う瞬間から、母と息子の愛情ものがたり、というよりは、反戦意識の強いファンタジーだ、という見え方に戸惑う。

たしかに昭和の悲劇を背負った母と息子の設定は悲劇的なのだが、先日見たばかりの「岸辺の旅」のような、故人とのおとなの感傷にはほど遠く、どうしても母と息子の情愛に萎縮するのだ。

だからか、「岸辺の旅」で好演していた浅野忠信は、二宮がかつて憧れていた黒木華との結婚相手として、ひたすらジミに無言の存在だったのが笑えた。

ま、「ゴースト」や「天国から来たチャンピオン」、・・・古くは「幽霊と未亡人」やら「天国への階段」などなど・・・多くの故人との心情を描いた傑作は多いので、感傷は浅い。

後半は、その亡き息子と母親のホームドラマとなり、このまま息子の励ましで、母親も余生を力強く生きて行くのかな、と期待していたが、ラストでドラマは一転するのだ。

まさかミカエル・ハネケ監督の名作「愛、アムール」を意識したのではないだろうが、息子は母親を天国への旅路に連れて行く、という感傷的な展開となる。

そして、クリスチャンであった母の葬儀が、長崎の立派なカソリック教会で行われるというラストシーンでは、こちらも密かに黙祷するしかない。

山田洋次監督が「男はつらいよ」で、よく見せた隔世のユーモアは密封された作品は、やはり井上やすしさんへの敬意が込められていて、エンディング・クレジットでも明記されていた。

という訳で、母とひとり息子との情愛のドラマというよりは、どうしても<昭和の戦後>が根強く後を引きずった印象で、気持ちは後退してしまった。

 

■左中間への巧打だったが、後退したショートが好捕。 ★★★

●12月12日より、全国松竹系でロードショー 


●『オデッセイ』のマット宇宙飛行士の絶望的な状況に耐えられるか?

2015年11月28日 | Weblog

11月24日(火)12-30 六本木<FOX映画試写室>

M-145『オデッセイ・3D』 " Martian " (2015) Twenties Century Fox / Scott Free 

監督・リドリー・スコット 主演・マット・デイモン <142分> 配給・20世紀フォックス映画

つい先年、「ゼロ・グラビティ」が大変に好評だった、あの宇宙での遭難サスペンスの、同様の宇宙災難新作で、今回、絶望的な災難に遭うのはマット・デイモンひとり。

3度目の火星での有人探索ミッション中に、大気災害で操業中だった宇宙ロケットが、急遽離陸して地球への帰還を試みた際に、脱出準備中の作業員が突風にさらわれて行方不明になった。

危機一髪で脱出した探索ロケットは、予想外の気流の悪条件で再度の着陸は不可能とみて、ジェシカ・チャスチィン機長は地球への帰還コースへのコースを飛行を決断。

突風に吹き飛ばされて、腹部に裂傷を負った作業員のマットは、気象の悪条件とロケットの着地が危険だったために捜索は断念したために、哀れ孤独なマット作業員は火星にひとり残された。

酸素はほとんどなくて外気はマイナス55度。水はないし食料も不足で、どうにか探索用のステーションには戻ったものの、腹部の外傷は自分で手術しないと患部は悪化する。

通信手段も絶望で、次の探索ミッション・ロケットの予定は4年後なのだから、マットは哀れにも無人の火星で、あと4年もの間、たった独りで生きなくては地球に帰還できないのだ。

あのトム・ハンクスが絶海の孤島でひとりきりのサバイバルをした映画があったが、こちらは厳寒で空気も食料もない火星でのサバイバルなのだから、これだけの悪条件って他にないだろう。

でも、一人芝居のマット・デイモンは悪条件にもメゲズに、まずは自分で腹部の手術をして殺菌してから、狭いステーションの中に、食用の野菜を栽培する工夫をして、自分の排泄物を肥料にする。

とにかく、考えられる最低の手段で生き延びるべく、学術的な知識と冷静な計算で、救出への希望をつなげていく勇気と知恵と実行力には呆れる程のポジティブ姿勢が持続されていく。

もちろん、とても信じられない苦難のなかでも、飛行中の宇宙船とのコンタクトに知恵をふるって、脱出への至難を繰り返しての2時間あまりは、途方もなくサスペンスが降りかかるから油断できない。

という密室サスペンスの宇宙版で、しかも3Dだから、見ている方も、マットくんだけとの付きあいで後半はお疲れ気味となるが、さすが「エイリアン」のリドリー監督は飽きさせない。

が、おそらく生理的な事情でか、試写室で同席されていた山岳冒険家の三浦雄一郎さんは、さすがに2時間すぎて退席された。

奇跡的にNASAとの交信が復活して、母船とのドッキングにためのミッションに向かうクライマックスは、あの「ブレイド・ランナー」の時代からは隔世のような映像技術の進歩に驚き呆れる。

という点では、またしても次回アカデミー賞では、多くのビジュアル・テクニック部門でノミネートされ、マットの独演会も、その対象になるだろう。

シリアスな宇宙サスペンスとしては、「2001年宇宙の旅」で行方不明になった宇宙飛行士の、その後の生還記録として見るのも、「スターウォーズ」に対抗して面白い筈だ。

 

■高く打ち上げたフライがドーム球場の天井の梁に入って落下せず、ツーベース。 ★★★☆☆

●2016年、2月全国ロードショー 


●『ドリーム ホーム*99%を操る男たち』悪徳不動産商法の裏ワザを覗く。

2015年11月25日 | Weblog

11月19日(木)13-00 六本木<アスミック・エース試写室>

M-144『ドリーム ホーム*99%を操る男たち』" 99 Homes " (2014) Broad Green Pictures / Hyde Park Entertainment

監督・ラミン・バーラニ 主演・アンドリュー・ガーフィールド <112分> 配給・アルバトロス・フィルム

シングルファーザーのアンドリューは、幼い娘と母親との3人暮らしで、マイアミ郊外の新興住宅地で暮らしていたが、ある朝、突然に警察官から家の退去を命じられる。

彼自身も、その住宅地周辺での下請け新築現場作業をして暮らしていたが、収入が不安定で、家賃も滞りがちだったが、その突然の退去命令には驚いた。

地主の不動産屋は警官を同行しての、正式な裁判所からの退去命令書を持っていて、まったくの日時的な猶予もなく、即刻の退去なのでどうしょうもない。

恐らく、日本などの例でも、事前の通達はあったのだろうが、この不景気で、下請けの土木請負人には仕事は少なくて、お役所にも相談していた矢先のことだった。

路頭に迷った彼らは、ダウンタウンのモーテルに一旦はチェックインしたものの、生活環境としては惨めで騒々しくて、娘の通学には遠すぎるという不利な生活環境なのだった。

彼は不動産業者の強引なオーナーのマイケル・シャノンに掛け合うが、彼はいまの不動産業界の衰退を根拠にして、強引な追い立て業務の正当性を、警察の後ろ盾でぶちまける。

まさに、<アメリカン・ドリーム>の落とし穴というか、その逆説であって、この弱者に向けての論法は、非常に威圧的だが説得力があった、アメリカの庶民的現実の裏面を見せる。

という次第で、たしかに久しぶりに見る、アメリカの社会ドラマだが、そこはさすがに、かなりドラマティックに誇張しているが、あのエリア・カザンの「アレンジメント」ほど残酷ではない。

とうとうアンドリューは、同業者の下請けの関係で、鬼のようなシャノンに懇願するが、それでは、その取り立ての脅し屋のアルバイトをしないか、と誘われて、その助っ人を手伝うことになった。

そこから見えて来る、この新興住宅地の強引な商法には、現実の不動産業界よりは、ひどい横暴な悪徳商法が露骨になるが、たしかにカリカチュアライズしているが、リアルでもある。

映画の見どころは、この強引なアメリカン・ドリームの押し売り商法の現実であって、原題の<99ホームズ>という意味も、たしかに恐怖のリアリティは感じられる。

その落とし穴を、ふたりの男優が饒舌な口論で演じて行くという、ひとつの「恐喝漫才」の味わいは、エンターテイメントとしては迫力あるが、現実には、非常に恐ろしい現実だ。

これから新築物件を探している人は、ぜひ不動産業界の悪徳な商法のアドバイスとして、一度ご覧になってみるのも、おベンキョーになるかも。

 

■強引な初球ヒッティングが、ピッチャーのグラブを弾いて強襲ヒット。 ★★★☆

●2016年1月30日より、新宿シネマカリテなどでロードショー 


●『007:スペクター』ボンドには凶悪な異母兄弟がいたとは。

2015年11月23日 | Weblog

11月19日(木)10-00 神谷町<ソニー・ピクチャーズ試写室>

M-143『007・スペクター』" Spectre " (2015) MGM pictures / Columbia Pictures

監督・サム・メンデス 主演・ダニエル・クレイグ <148分> 配給・ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント

毎度のことだが、試写室仲間から、またも007の試写はかなり混雑していて、予約しないと門前でシャットアウトされるという。

ま、早朝10時の試写なら、多少は余裕があるだろうと、軽い気持ちで試写室に行ったが、30分前なのに、もう3席しかなく、かろうじて見られたので苦笑だ。

たしかに、またもタイトル前から、いきなりのアクションで度肝を抜くのは、さすが人気シリーズの最新作らしく、かなりド派手で気合いが入っている。

メキシコ・シティでの「死者の日」の骸骨の行列は、前にもジョン・ヒューストンの「火山の下で」でも見ていたが、さすがボンド映画となるとスケールがデカい。

この大掛かりなお祭りの路上で、まずはテロリストをボンドは追うのだが、敵はヘリコプターで逃げようとして、それを追うボンドは機上での格闘となり、それが広場の空を舞う。

そいつの指のリングを奪って、ヘリが墜落する間にもボンドは脱出するが、その墜落で大きなビルまでが倒壊してきて、間一発で彼は危機一髪で脱出して、何と20分くらいのオープニング。

やっと、タイトルが出たところで、大抵のアクション映画の一本分くらいの視聴覚的なサービスは圧倒的で、もうこちらは<めまい>を起こしそうな映像の衝撃を受けてしまうのだ。

そのリングというのが、実は「スペクター」の蜘蛛のデザインで、このシリーズを見ているファンには、どこか記憶があったのだが、思い出そうとしているうちに、次ぎなる任務で彼はローマに飛ぶ。

とはいえ、ボンドが所属する英国秘密諜報機関は、前作の「スカイフォール」でテロリストのハビエル・バルデムに爆破されていて、地下に地味なオフィスを再開しているという哀れな非常事態。

あの「ミッション・インポッシブル」の組織もFBIから解体されそうな状況だったが、こちらのイギリス諜報機関のオフィスも弱体化していて、ボンドも前程羽振りはきかないのだ。

ローマでは殺したテロリストの葬式に出たあと、その背景にある国際的な秘密組織の解明を探しているうちに、古い写真のなかに、自分と父と死んだ筈の義理の兄弟の姿を発見して、謎は身辺に迫る。

という具合に、イアン・フレミングの原作から、ストーリーはその多くの謎めいたエッセンスを引き継いでいて、まさに<ボンド・シリーズ追試験>のように、過去の作品から謎を引き出して行く。

ま、この007シリーズを見続けているファンには、実に懐かしくも、過去の作品でのスペクターの存在を思い出さなくては、この複雑なストーリーをフォローしていくのはやっかいだ。

かくして、死んだ筈だった、義兄弟の怪優クリストフ・ヴァルツの登場となるのだが、後半は多少、過去の「スペクター」関連シリーズの復習となって、リズムがスローダウンしてしまう。

しかもボンド・ガールとの情事シーンにも、再三のラブシーンをからめるので、ま、ファン・サービスに、メンデス監督の演出ペースが躓きがちになるが、それでも飽きさせないのは、さすがブランドだ。

ダニエル<ボンド>クレイグも、「ブリット」の頃のスティーブ・マックイーンを思わせる精悍さと渋みが健在で、次作ボンドの予告宣言も期待が持てそうだ。

 

■散々ファールで粘ってからのセンターライナーが、野手のグラブを弾いて好走のスリーベース。★★★☆☆☆

●27日の先行のあと、12月4日より、全国お正月ロードショー 


●『ストレイト・アウタ・コンプトン』の圧倒的なラップ感覚に乗れるか?

2015年11月20日 | Weblog

11月17日(火)13-00 半蔵門<東宝東和映画試写室>

M-142『ストレイト・アウタ・コンプトン』" Straight Outta Compton " (2015) Universal International / Legendary Film

監督・F・ゲイリー・グレイ 主演・コーリー・ホーキンス <147分> 配給・シンカ・パルコ

世紀末にかけて登場して、全世界を圧倒した<ラップ>ミュージック現象は、やはりあのロック・ジェネレーションがベトナム戦争に反発したように、若者たちの社会現象だった。

白人ラッパーのエミネムによる『8mile』が、映画としては先行したので、われわれには彼がラップ・ミュージックのヒーローかと思っていたが、実はそのベースはこれだったのだ。

1986年には、ロサンゼルス南部の、所謂、サウス・セントラル・エリアの黒人居住地区が、警察の凶暴化する武力による暴力行使に抵抗して、一部のブラックパワーが抵抗した。

ローレンス・カスダン監督の「わが街」などでは、暴徒化してスラム状態に悪化していくストリート状況が描かれたが、その背景に隆起したのが、このラップのパワーだった。

この大ヒット作は、そうした時代背景と、黒人男性中心の若者達が<ラップ>というリズムに熱狂していく背景と、必然のような抵抗パワーが、熱っぽいリズムで耳を圧倒して描かれて行く。

ある種の社会音楽現象の実態再現映画だが、それ以上に「ポーギーとベス」から芽生えて来たブラック・ミュージックのアフリカン&カリビアン・リズムの強烈な低音が、ここで炸裂する。

まずは、この、まるでライブハウスのようなラップの強烈なサウンドについていけないと、この映画は苦痛な2時間半となってしまう。

クリント・イーストウッドの「ジャージー・ボーイズ」は、あのシナトラを生んだ、ニュージャージーが発祥地だったが、こちらは犯罪多発地区の<コンプトン>が温床となった。

しかし都市の劣化と、警察力による、異常な迄の黒人差別の状況は、ひとつのメッセージとしての<ラップ>が、まるで、呪文やお経にアフリカン・リズムを添えたような感覚で聴覚を圧倒。

製作で監督のF・ゲイリー・グレイも、「交渉人」などのエンターテイメント作品を作っていた黒人だが、アイス・キューブや、ドクター・ドレーなど、このコンプトン派のプロモも製作している。

だから、この映画の製作も、実は彼らの青春時代の鎮魂歌ともいえるような作品であって、まさに満を持しての企画だったのだろう。

デンゼル・ワシントンが、アカデミー主演男優賞を受賞した「トレーニング・デイ」も、たしかこの時代のコンプトン周辺の黒人困窮住宅地が舞台だった。

中心になっているラッパーの演技も、ごく自然な<ノリ>であって、ただひとり白人のプロモーターを演じるポール・ジアマッティが、相変わらずのサポートに味がある。

全米では「ミッション・インポッシブル」を圧するという大ヒットも、ただの映画ではなくて、多くの若い黒人たちの圧倒的な支持があったという実感が、このリズムで体感できる。

 

■豪快な左中間へのクリーン・ヒットがフェンスを転々のツーベース。 ★★★☆☆

●12月19日より、渋谷シネクイントなどでお正月ロードショー 


●『愛しき人生のつくりかた』と、その美しい終え方。

2015年11月17日 | Weblog

11月13日(金)13-00 六本木<アスミック・エース試写室>

M-141『愛しき人生のつくりかた』" Les Souvenirs " (2013) Nolita Cinema / UGC Images / TF1 Droits Audiovisuels

監督・ジャン=ポール・ルーヴ 主演・アニー・コルディ <93分> 配給・アルバトロス・フィルム

88才になる老優アニーが、晩年の祖母を演じていて、その不肖なバカ息子を「仕立て屋の恋」などの名優ミシェル・ブランが演じるという、典型的フレンチ・ホームドラマ。

いかにもフランス映画らしい、というか、まだフランソワ・トリュフォやリュック・ベッソンの出て来る前の、あのマルセル・カルネやルネ・クレール達が健在だった頃のタッチが懐かしい。

ボケと共に体力も落ちた老母のアニーは、ろくでもない息子たちの日常的なガタガタにウンザリして蒸発するのだが、これは人生最期のノルマンディへのひとり旅。

生まれ故郷への心の旅路であろうことは、孫の好青年のマチュー・スピノジが察して後を追うのだが、それは多難だった老婆の<姨捨山>への帰郷だったのは察しがついていた。

邦題が、いかにも甘い抽象的なタイトルなので困惑するのだが、原題は「スーべニール」だから、その方がニュアンスは伝わる。

人生には様々な思い出と共に、そのお土産が残るのだが、戦時を過ごしたアニーの人生は多難だったに違いないが、この作品では、そんな過去のフラッシュバックがないだけ好感が持てる。

フランスの北海岸のノルマンディは、非常に淡々とした海岸だが、あの「男と女」や「シェルブールの雨傘」、それにフランソワ・オゾンの秀作「まぼろし」の舞台になった寂れたビーチ。

これが、いかにも老嬢が最期に訪れたい景色として効果的なのだが、作品は映画的な情感はさして無くて、これは監督の意図なのだろうが、そこに大して気負いがないのが、好感だ。

主演の老嬢は、かつては「雨の訪問者」や「風にそよぐ草」などにも出演していた往年のスターだというが、あまり目立たない女優だったろう、記憶にない。

これがドヌーブや、ドモンジョが演じていたら、また別の感慨があっただろうが、この未知の老女という佇まいが、いかにもこの作品の香ばしい残り香をはなっているようにも見える。

ま、派手なドンパチやらスターウォーズが展開している新作たちの中にあって、こんなクラシックな年代物フレンチ・ワインの味わいがあってもいいあろう。

 

■止めたバットに当たったボールがセカンドベースに、という渋いヒット。 ★★★☆

●2016年、Bunkamuraル・シネマなどでロードショー 


●『MOZU・劇場版』は臓器移植密売組織との火ダルマ戦。

2015年11月15日 | Weblog

11月9日(月)13-30 二子玉川<109シネマズ・5スクリーン>

M-140『MOZU・劇場版』(2015)東宝映画・TBSテレビ・WOWOW・ROBOT

監督・羽住英一郎 主演・西島秀俊 <119分> 配給・東宝

ご存知テレビ発信映画<MOZU>の劇場版としては、あの「踊る大捜査線」以来のオリジナル・シアター用ブローアップ版としてのスケールは愉しんだ。

普段はスポーツ番組ばかり見ている心情なので、お恥ずかしながら、この連続テレビ番組は見ていなかったので、まったくのお上りさん気分なのだ。

テレビという家具は、ニュースやスポーツのような同時性には便利な文明機器なのだが、やはり<モーション・ピクチャー>という娯楽は、大きな劇場がいいのだ。

という身勝手な発想で、ごく近所にオープンしたシネコンは、その拡大される映像エンターテイメントとサウンドを体感するのには、ごくごく身近でありがたい存在となったのだ。

しかも対談したことが数回あった、あのウェスターン・マニアの逢坂剛さんの原作となると、やっぱり凄まじいほどのハリウッド映画知識をベースに発想しているので、危なげがない。

妻子の死のショックから、その死因の真相を探ろうという発想は、先日見たばかりの「グラスホッパー」にも共通しているが、こちらは背景のスケールが国際的犯罪なので、壮大で奥深い。

公安警察官の西島は、警察内部にも感染していると思われる<百舌>の組織を、チームの香川照之などと独自の捜査をしていくが、その実態は奥深く根を張っていたのだ。

<もず>というと、われわれクラシック・ムービー・ファンには、あのジューン・アリソンが悪妻を演じた、ドメスティック・サスペンスを思い出すが、これとは関係ない。

その個人的な捜査が、東京湾岸の超高層ビルの占拠爆破の派手なシーンから発展していくという特殊映像処理は、さすが<ロボット>チームのCGスペクタクルで、これは<劇場版>ならでは。

という具合に、事件の真相が、東南アジアのペナム現地でのロケーションとなると、テレビ番組では到底無理な映像スケールで迫力倍増で、まさにシネコンのビッグスクリーンでないと見られない景観だ。

その恐るべき背景には、<ダルマ>という謎の怪人の存在が見え隠れしてくる辺りは、あのジェームズ・ボンド氏の<ドクター・ノオ>との対決を思わせてニヤリとしてしまう。

ビート・たけしが怪演する、その男は、ペナムの少年少女の内蔵移植の密売や、自身の体躯の改造も実行しているという狂人で、あのフランス映画「ロスト・ボーイ」の様相となる。

そこにボディガードめいた補佐役の伊勢谷友介が絡んで来ると、いよいよストーリーは奇々怪々な奥深い組織犯罪の実態となり、特殊メイクのビート・たけしの<ダルマ>ぶりが真骨頂。

という訳で、ラストでは大掛かりな脱出作戦も、<ロボット>自慢の火遊びによる特殊映像で、スクリーンを花火大会にしてしまうのは、まさに<映画版>ならではのサービスだ。

それにしても、いかに不幸な個人状況とはいえ、全編をユーモアもない仏頂面で通すヒーローには、かなりウンザリしたのも事実だった。

 

■左中間へのフライは上がりすぎて失速。 ★★★☆

●全国東宝系で公開中 


●『起終点駅ターミナル』終電に遅れたから始発まで待とうか、の気分。

2015年11月13日 | Weblog

11月8日(日)14時20分 <109シネマズ二子玉川・3番スクリーン>

M-139『起終点駅・ターミナル』(2015)東映映画、<起終点駅・ターミナル製作委員会>

監督・篠原哲雄 主演・佐藤浩市 <111分> 配給・東映

ちょうど高倉健さんの一周忌だということも頭の中に大きくあって、勝手ながら佐藤浩市が好演している65才の壮年のダメ男の姿を健さんにダブらせて見ていた。

長男が生まれてから離婚して、家族とは無縁のまま恋人と生活していた弁護士の佐藤は、突然、目の前で恋人の投身自殺を見て以来、喧噪を避けて釧路の外れの一軒家で自活している。

要するに<世捨て人>で、友人知人とも縁を切り、たったひとりで沈黙の生活をしているが、身勝手で自堕落なのではなく、一応は国選弁護士として与えられた仕事はしている。

善良だがストイックな頑固者で、自活の為に、市場には出かけては新鮮な食材を一人分だけ買い、新聞のスクラップで覚えたレシピで料理は作って、それなりの清潔な生活をしている。

桜木紫乃の短編小説なそうだが、まさに健さんのタイプのキャラクターで、厳寒の吹雪く釧路の夜道を歩いているシーンなどは、まさにあの「駅・ステーション」を思い出す。

だからどうしても、網走を出所した前科者のような、あの「遥かなる山の呼び声」の健さんともダブってしまって、せっかくの佐藤浩市の好演も「愛を積む人」の後日談にも感じる。

とはいえ、篠原監督は、その孤高の男の暮らしに、やっかいな若い女性、本田翼を絡ませる事でストーリーにアクセントをつけて、そのことで氷結した男の心を癒して行くのが巧い。

必要最低限で、他人との関係を断っていた男の頑な心も、少しずつ和らいで来るのが、まるで北海道の魚介の食材や料理法にこだわる男の心にも、微妙な味わいが出てくるのだ。

地元の実力者の子分らしい中村獅童の誘いも断り、まったく他人との関係を疎外していたが、ある日、無縁だった息子の結婚式への招待状が遅配されて届く。

一度は断った話だが、ひとりハラコの丼を食べている最中に、男の目から涙が込み上げて来るシーンは、正に健さんがムショから出て、駅前食堂で食べるカレーとラーメンの思いがこみ上げる。

だからこれは、ただの男のドラマではなく、あのフーテンの寅も自覚していた日本の孤独な男たちの、共通な孤独感とかすかなプライドの古傷の疼きなのである。

その食事のシーンで、はからずもホロリとしたのは、やはり失われた健さんの後ろ姿が伺えたからなのだろう。終電と始発の電車の、あの酸っぱいようなセンチメントに酔った。

 

■ボテボテのセカンドゴロだが、イレギュラーして右中間に転々。 ★★★☆☆☆

●全国の東映系でロードショー中。 


●『キャロル』の<噂の二人>は、もっとアグレッシブなのだった。

2015年11月11日 | Weblog

11月4日(水)13-30 汐留<FSホール>

M-138『キャロル』" Carol " (2015) Film 4 / Studio Canal / Ingenios / Hunway films / Goldcrest

監督・トッド・ヘインズ 主演・ケイト・ブランシェット <118分> 配給・ファントム・フィルム

当然、このタイプの時代的なセンチメント濃厚な女性メロドラマには、かなり好き嫌いがあるだろうし、あの『エデンより彼方に』同様に、監督の趣味性が強い。

つまり、ハリウッド黄金時代の50年代を背景にして、やはり忠実な当時の人間関係のテイストを再現しているので、わたしなどは懐かしくて嬉しくなる。

ま、伝説の監督ダグラス・サークのようなメロウなタッチは、あの当時の曖昧な時代を背景に、非常にセンチメンタルな人の心の映ろいを見つめているが、相変わらずに執拗だ。

まさにケイト・ブランシェットは、当時のスーザン・ヘイワードや、ラナ・ターナーと同じ様に、夫との亀裂に悩みながらも、自分なりの幸せを模索している。

デパートガールの対応をきっかけにして、満たされぬケイトの心は急速にその美しい少女のようなルーニー・マーラの清純な従順さに惹かれて行く。

その辺の女性同士の心の触れ合いを、あの「太陽がいっぱい」や「見知らぬ乗客」「リプリー」のパトリシア・ハイスミスの原作は、独特な女性ならではの心の動揺を探って行く。

犯罪映画ではないが、その女性心理の底に疼く同性愛への気配は、当時はまだ一般的に<カミングアウト>していない秘め事だったので、この時代背景では犯罪心理のようなものが匂う。

その辺に漂うデリケイトな動きを、つい最近「ブルー・ジャスミン」でアカデミー女優賞受賞のケイトが繊細に演じて見せているが、もう、まさに独壇場な演技の巧さでドラマを引っ張るのだ。

もちろん、相手役のルーニーも、あの「ドラゴン・タトゥーの女」でのノミネートに匹敵するリアクションで、終始ブランシェットを圧倒するような絡みを見せるのが素晴らしい。

監督は、あのダグラス・サークのタッチを多用しているようだが、この作品では、むしろデヴィッド・リーン監督の「逢びき」からヒントを吸収したという。

あれは要するに不倫ものなのだが、わたしなどはデボラ・カーの「お茶と同情」やオードリーの「噂の二人」の関係を思い出して見ていたが、とにかくそのセンチメントはスリリングにドラマを引っ張って行く。

早くも、この二人の名演技は次回のアカデミー賞ノミネートの噂だというが、たしかにこのケイトとルーニーの細やかな感情表現は、さすがに女優同士ならではの迫力があった。

この手のテーマは、どうも陰湿になりがちなのを、ちゃんとハッピーエンドの着地にしてみせるのが、さすがは監督のセンスの良さだろう。

 

■ヒット・エンド・ランの作戦が的中して、一気に2、3塁。 ★★★☆☆☆

●2016年2月11日より、日比谷みゆき座他で全国ロードショー 


●『レベッカ』の死因の真相は?ーー10月のニコタマ・サンセット傑作座ベスト。

2015年11月09日 | Weblog

10月のニコタマ・サンセット傑作座<自宅>上映ベストテン

 

*1・『レベッカ』40(アルフレッド・ヒッチコック)ジョーン・フォンティーン <DVD> ★★★★☆

   何とオリビエを苦しめた、謎めいた<レベッカ>の死因は、末期がんを苦にした入水自殺だったことが判り、さすがはヒッチの謎解きの妙味に唸った。

 

*2・『とまどい』95(クロード・ソーテ)ミッシェル・セロー <LD> ★★★★

   元外交官で引退した初老のセローは、パリの自宅にある膨大な蔵書などを整理して、人生の終幕に向けて身支度をする計算と英知の決断こそが、お見事。

 

*3・『三人の妻への手紙』49(ジョセフ・L・マンキウィッツ)ジーン・クレイン <DVD> ★★★★

   若い恋人との駆け落ちを予告した手紙が、別々の妻たちに届けられたが、差出人とその本当の相手と、その妻とは一体誰なのかが徐々に語られて行く話術。

 

*4・『いつも二人で』67(スタンリー・ドネン)オードリー・ヘプバーン <DVD> ★★★☆☆☆

   夫の浮気と妻の反動の行方を、かれらの出会いから長かった結婚生活のスケッチを通じて異色のレトリックで綴った、ああー滑稽な結婚という生活の意味。

 

*5・『ねずみの競走』60(ロバート・マリガン)トニー・カーティス <VHS> ★★★☆☆

   ジャズ・プレイヤーを夢見てマンハッタンに出て来た若者は、オーディションのスキに楽器を盗まれてしまって、はじめて都会生活の苦しみと欺瞞を味わう。

 

*6・『生きるべきか死ぬべきか』42(エルンスト・ルビッチ)LD

*7・『昭和残侠伝・破れ傘』72(高倉健)DVD

*8・『アナライズ・ミー』99(ロバート・デ・ニーロ)DVD

*9・『拾った女』53(サミュエル・フラー)VHS

*10・『ファー・ノース』88(サム・シェパード)LD・・・・といった異色ノスタルジー・プログラムでした。