細越麟太郎 MOVIE DIARY

最新の映画情報や批評を掲載します。

●『YOUTH<原題>』ある高齢音楽家のシンプルな終焉のメロディ。

2015年12月31日 | Weblog

12月21日(月)13-00 外苑前<GAGA試写室>

M-159『YOUTH<シンプル・ソング>』" Youth " (2015) Indigo Films / Barbary Films / Pathe Productions / France2 英仏伊

監督・パオロ・ソレンティーノ 主演・マイケル・ケイン <118分> 配給・GAGA・クレストインターナショナル

耽美的な不思議な魅力のあった『グレート・ビューティ=追憶のローマ』は、かなりフェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」を意識した傑作だった。

いまのイタリアで、あれだけのイタリアン・デカダンスの映像美を駆使するタイプの映画人は、このソレンティーノ監督が筆頭で、他には見当たらない。

そのお気に入り監督の新作の内覧試写があるというFAXがあって、わたしとしては、もうウハウハと胸躍らせて試写室に走り込んだのだ。<師走>とは、これだ。

この作品は、まだ公開の邦題も決まっていなくて、一応、英語のタイトルが<YOUTH>というが、たしかに、確実に失われて行く<生命力の若さ>についての作品。

老優マイケル・ケインは、もう引退した80才の作曲家だが、親しい映画監督のハーヴェイ・カイテルと、のんびりとスイス・アルプスのリゾートで休暇を過ごしていた。

しかしイギリスの王室が、ぜひ生前の交響楽の名曲<シンプル・ソング>を、ロイアル・アルバート・ホールで、クイーンの前で演奏して欲しいというオファーがあった。

乗り気のしない彼はキャンセルを伝えるが、慇懃な王室のメンバーが、直接、ホテルまでやってきて、ぜひ、ぜひ、と迫ってくるので、友人と逃げ回っていたのだ。

一方、老映画監督のハーヴェイも、新作の構想中なのだが、古い友人の女優ジェーン・フォンダの来訪で、ハリウッドへの復帰を考えていたところ。

が、酔ったジェーンのショッキングな激白で、監督のキャリアはボロボロに罵倒されてしまい、彼は咄嗟に、高級ホテルの高いヴェランダから飛び降りた。

友人を失ったマイケル・ケインは、もう残り少ない人生のために、ロンドンのコンサートを承諾してステージに向かう・・・という、まさにジョン・ウェインの「ラスト・シューティスト」!!!

ま、イタリア的な美意識が、全体の流れとかテーマの<死期>を背負っていて、個人的には、あのヴィスコンティ監督の秀作「ベニスに死す』を思い出して、ごくご満悦だ。

しかし監督は、先輩フランチェスコ・ロージ監督に、この作品を捧げ、老女優で凄んだジェーンは、まさにあのノーマ・デスモンドの凄みを見せ、現在、ゴールデン・グローブにノミネートされている。

恐らく、来年になって、ちゃんとした邦題も決まって、マスコミの動きも、アカデミー賞を睨んで展開されるだろうが、死期を迎える男たちの<終り方>については、諸々、考えさせられる。

 

■右中間への大きなフライが風に流されて、ライン上に落ちて転々。 ★★★☆☆☆

●2016年4月16日より、シネスイッチ銀座他でロードショー

 

★という訳で、まだ書き込んでいない「スターウォーズ」も残しつつ、ひとまずは、良いお年を、皆様お迎えください。 


●『クリムゾン・ピーク』で鮮血のギルモア美学は、ピークに届かず。

2015年12月29日 | Weblog

12月18日(金)13-00 半蔵門<東宝東和試写室>

M-158『クリムゾン・ピーク』 Crimson Peak " (2015 ) Universal International Pictures / Legendary Pictures 

監督・ギレルモ・デル・トロ 主演・ミア・ワシコウスカ <119分> 配給・東宝東和

ユニヴァーサル映画のタイトルは、基本的に地球の彼方から陽が昇るヴィジュアルだが、このところ作品のテーマによって色彩やサウンドが面白く変わる。

あの「ミニオンズ」のときには、キャラクター達のアカペラで笑わせてくれたし、それぞれに凝っているのが映像が楽しみだが、この作品は深紅の血の色にマークが染まる。

俗に<ゴシック・ロマン>というのは、19世紀のイギリスの古城を舞台にした「ジェーン・エア」や「大いなる遺産」などで個性を作ったが、ヒッチコックの「レベッカ」が最高だった。

どうせ先祖の呪いが忌まわしい城の中に棲みついて、その霊魂がヒロインのハートを狂わせるのが常套であって、ユニヴァーサル映画は「フランケンシュタイン」もので定評があった。

ギルモア監督は、もともとこのような古典的なお化け屋敷を、いまの感覚で美化するのが得意なジャンルであって、「パンズ・ラビリンス」は彼らしい美的感覚が集大成となった傑作だった。

たしかに、ティム・バートンとに共通的な独特の美意識があって、こうした特殊なクラシック・ロマンは、その監督のセンスが重要なポイントになるので、ギレルモの新作は、大いに期待された。

そのライバルのティムの「アリス・イン・ワンダーランド」で印象的だった、ミアが、ここではヒロインを演じて、意地悪な城の住人を「ゼロ・ダーク・サーティ」のジェシカ・チャスティンが演じる。

という設定では、あの「レベッカ」の狂気を、独特の美意識で魅せるギレルモが描くとなると、どうしても久しぶりのゴシック・ホラーには、独特のユーモアと新しい美的アングルを期待してしまう。

たしかに監督の狙いの<もっともダークなフェアリー・テイル>という設定は、この20世紀初頭のゴシック・ロマンの、あのオドロおどろした古城のセットを思いきり、お化け屋敷に仕立てている。

ま、ユニヴァーサル映画が得意としたドラキュラ伯爵の屋敷を、かなりデコラティブにブローアップしたセンスは、こうした怪奇童話の背景としては申し分ない不気味さは見ていて面白い。

しかし、どうも主人公の実業家の男爵や、気味の悪い眼科医師などの、肝心のストーリーの鍵を握る役者たちが存在感が弱くて、美的な恐怖感がなかなか盛り上がらなくて退屈してしまった。

というのも、監督のギレルモが、彼の美意識の映像を重視したのか、このヒーロー達に内面的な魅力がなく、せっかくのバックグラウンドが<美的な恐怖世界>には届かない、薄いドラマのままだった。

キューブリックの「シャイニング」や、ヒッチコックの「レベッカ」、ティム・バートンの同系列のゴシック・ホラーのようなレベルを期待するには、まだまだ・・・・な印象。

 

■渋い右中間狙いの当たりが、セカンドへの凡フライ。 ★★☆☆

●1月8日より、東宝洋画系ロードショー 


●『ザ・ガンマン』で炸裂させるショーン・ペンの役者根性。

2015年12月27日 | Weblog

12月18日(金)10-00 六本木<アスミック・エース試写室>

M-157『ザ・ガンマン』" The Gunman " (2015) Studio canal / Anton Capital Entertainment / A Silver Pictures

監督・ピエール・モレル 主演・ショーン・ペン <115分> 配給・クロックワーク

まさに「カメレオン・マン」のように、1作ごとに演じる役柄を変貌させるショーン・ペンの新作は、まさにタイトルのようにプロの<ガンマン>だ。

たしかにイーストウッド監督の「ミスティック・リバー」でアカデミー主演男優賞を受賞したり、「ミルク」や「21グラム」のような堅い印象から、演技派の面影がある。

が、待てよ・・・と、彼のキャリアをチェックしてみると、決してコチコチの演技派ではなく、ジャック・ニコルソンのように、何でもその役柄をこなせることが、よく判る。

だから、今回のように、まるで007のようにスパイ並みのガンマンを演じても、彼のキャリアの上では、今さら、とくにブレていないのもナットクできるようだ。

で、今回のショーン・ペンの役は、アフリカのコンゴでの特殊部隊でのベテラン狙撃手で、土地の政治的な利権にからむ要人を、政府の要請で移動中の車のターゲットを暗殺し、すぐに出国。

現地で別れた恋人に、8年後にコンゴを訪れたショーンは、現地の飲料水の供給に関わる仕事をしていたが、突然、現地の武装グループに襲われたが、難を逃れて、その真相を探り出す。

監督は、リーアム・ニースンの「96時間」を演出したピエール・モレルなので、このような複雑に過去の絡むアクションものには手慣れていて、かなりテンポも早い。

やっとワケありの悪役ハビエル・バルデムが後半になって登場してからは、さすがにオスカー受賞の俳優同士の演技戦となり、この両者が合譲らずの腹芸の見せ場は、たしかにワクワクで面白い。

しかし、あの「ノー・カントリー」や「007・スカイフォール」での悪役ほどの凄みがハビエルに見られずに、どうしても監督がアクション系の演出で見せ場を作ろうとするので、不発。

おまけに、ショーンの8年越のラブストーリーもお粗末なので、作品としては、まさにあの「真夜中の銃声」のような、B級レベルのまま、ストーリーは屈折してくる。

ショーン・ペンとしても、どんな役でもコナせるキャリアを維持して、かなりマッチョな肉体も見せてアクション俳優としても、まだまだ生けるという気迫は見せるが、ま、ボンドは無理。

なぜ名優が、この役のオファーを受けたのかが、ワカラナイのだが、ここが、「Uターン」や「シーズ・ソー・ラブリー」から、自身で演出した「インディアン・ランナー」もコナす映画野郎なのだろう。

とにかく、アクション映画としては、B級の上なのだから、彼としてはレパートリーの拡大PRという狙いもあったのかも、その不屈の映画根性には恐れ入る。・・が・・・。

 

■フルカウントまでファールで粘っての、強引なサード・ライン上のヒット。 ★★★☆

●2月6日より、新宿バルト9などでロードショー 


●『母よ、』で描かれるイタリア人家庭のビターな悲喜劇。

2015年12月25日 | Weblog

12月16日(水)13-00 渋谷<ショウゲート試写室>

M-156『母よ、』" Mia Madre " ( 2015 ) Sacher Film Fandango, Le Pacte /ARTE france  Cinemas・伊・仏

製作・監督・脚本・共演・ナンニ・モレッティ 主演・マルゲリータ・ブイ <107分> 配給・キノフィルムズ

いまや、イタリアを代表する監督になったナンニ・モレッティは、まさに名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督のような庶民的な人情味のある作品が多い。

とくに「父・パードレ・パドローネ」や、「息子の部屋」など、ごく身近な家族のあり様を描く作風は、時にユーモラスでありながらも、非常に暖かい。

今回のヒロインは、老母そのもの、というよりは、女性監督役のマルゲリータが、社会映画の撮影中に、実の母親が病気で入院してしまい、病院と撮影現場を奔走する。

その撮影中の映画には、あの名優ジャン・タトゥーロが主演で扮しているが、ハリウッドでの仕事のあとにイタリア映画出演なのと、かなりの年齢で、芝居の台詞が忘れがちになるのだ。

ウディ・アレンのような、おかしくも哀しい現実に、監督はイライラして現場でスタッフに荒れるので、実際に母親の看護に奔走するのは、兄の役のモレッティなのだ。

その、ごくありがちな状況で、映画の撮影は俳優とのトラブルも多いし、母親の病状も気になっている監督は、この人生最大のピンチに日々対処奔走するという悲喜劇。

ま、ナンニ・モレッティ監督のテーマは、いつもこのような人生の曲折を、哀しくもおかしく描くのが個性であって、テーマはいつも家族の不具合を見つめて行く。

そうしたゴタゴタの人生模様のなかで、今回とくに注視しているのは、このご多忙の中で、少しずつ家族の情愛の実感が薄れて行く、・・その恐怖を感じさせる部分だろう。

人間はみな平等に年齢を重ねて行く上で、老婆は死期が近づいて、医師に余命を宣告されて、狼狽する娘も、忙しさのあまり、母との愛情生活の感覚を忘れがちになる。

これが現実なのよ。といえば、それっきりだが、その歪になっていく家族の情愛を、いかにもイタリアの庶民派監督は、おかしくもやさしく、哀しい視線で描いて行く。

ちょっと、ジャン・タトゥーロの騒ぎ過ぎの演技が気になったが、そこは役者としてもベテランの、ナンニ監督が冷静にまとめてみせた。

カンヌ国際映画祭の常連の監督は、この作品で審査員賞を受賞して、母子ともにダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞したというのも、さすがに手堅い。

 

■巧みに右中間を狙い打ちしたゴロのヒットでツーベース。 ★★★☆☆

●2016年3月、Bunkamuraル・シネマなどでロードショー 


●『ブリッジ・オブ・スパイ』で再現された米ソの冷戦スパイ交換、虚々実々。

2015年12月23日 | Weblog

12月15日(火)12-30 六本木<FOX映画試写室>

M-155『ブリッジ・オブ・スパイ』" Bridge of Spy " (2015) Fox 2000 pictures / Dreamworks / Paticipant Media

製作+監督・スティーブン・スピルバーグ 脚本・イーサン・コーエン+ジョエル・コーエン 主演・トム・ハンクス <142分> 配給・20世紀フォックス映画

まさに現在のハリウッドのスーパー・クリエイター達が結集した必殺のスパイもので、とにかく曲者のコーエン兄弟がシナリオを書き上げた、冷戦時代の実話からの意欲作。

1957年というから、あの世界大戦が集結して12年ほどの冷戦時代のニューヨークで、ひとりの年老いた画家が、ソ連のスパイ容疑でFBIによって逮捕された。 

国選弁護人のトム・ハンクスは、ニュールンベルグ裁判でも手腕を発揮したことのあったエキスパートであり、実直な家庭人でもあり、現在はリタイア間近の存在だった。

スパイ容疑の老人は、裁判の結果、終身刑に匹敵する罪状で投獄されていたが、63年のこと、ソ連の領域を偵察飛行中のパイロットが撃墜されて逮捕されてしまった。

CIAは、その有能な若手パイロットを救出するために、獄中の老齢のソ連スパイ終身犯との人質交換の交渉を、またしてもトム・ハンクス国選弁護士に依頼してきたのだ。

たしかに実話というだけに、それまでの経緯は丁寧に描かれていて、あの冷戦時代の微妙な政治交渉が淡々と描かれるので、コーエン兄弟のシナリオにしては神妙な前半。

しかし、偵察機の撃墜シーンの凄まじい銃撃から墜落脱出、映画は突然、おおおスピルバーグが目覚めたか・・・というような迫力でテンポが早めて来る。

つい先日見た「完全なるチェックメイト」も、その米ソが緊迫していた冷戦時代が背景だったが、やはり水面下では、このような事件が両国間で頻発していたのだろう。

という訳で、やっとハンクス国選弁護士が東ベルリンに飛び、まさにあのベルリンの壁が市内に設置されているという緊迫したシーンが再現されて、さすがのスピルバーグのワザが光る。

あの「シンドラーのリスト」で経験済みの状況再現だが、こういうシーンの忠実な再現へのこだわりは、やはり入念な映像迫力を見せて、秀作「フランス組曲」に迫る再現力だ。

いろいろと米ソ両国の利害と戦略の混沌とした裏交渉の末に、とうとうクライマックスでは、米軍パイロットとソ連スパイとの人質交換が行われる事になり、あの<橋>が再現される。

というところで思い出した。そうか、あの73年に公開された、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『エスピオナージ』という渋い傑作があった。

そこで、FBIの諜報長官ヘンリー・フォンダが、ソ連から亡命していた要人ユル・ブリンナーを、この国境の橋に連れて行ったラストシーンは、これだったのか・・・。ナットク。

トム・ハンクスは適役だが、やはりスパイ容疑で逮捕されたマーク・ライアンスの演技には呑まれているし、スピルバーグもお疲れさんでした。

 

■大きな左中間への飛球を、レフトが後逸してツーベース ★★★☆☆

●2016年1月8日より、全国ロードショー 


●『サウルの息子』で明かされた<ゾンダーコマンド>の衝撃の使命。

2015年12月21日 | Weblog

12月11日(金)13-00 京橋<テアトル試写室>

M-154『サウルの息子』" Son of Saul " (2015) Laokoon Filmgroup / Hungarian National Film Fond / ハンガリー

監督・ネメシュ・ラースロー 主演・ルーリグ・ゲーザ <107分> 配給・ファインフィルムズ

またしても、悪夢のホロコースト映画で、たしかに最近になって製作された反ナチス関連映画の中では、もっともユニークで残酷な、しかし凄い映画だ。

「顔のないヒトラーたち」や「ヒトラー暗殺、13分の誤算」などは、今だから明かされるヒトラー関連の意外なポイントの傑作だったが、ホロコーストの地獄を描いた本作には震えた。

というのも、多くの<アンネの日記>傾向の被害談や、先日見たばかりの秀作「フランス組曲」とは違って、この作品では、あの捕虜収容所での残虐行為を直視した鋭さが凄まじい。

ハンガリーのユダヤ人、サウルは<ゾンダーコマンド>という、多くの殺害されたユダヤ人捕虜の死体処理のための作業員で、毎日のように大量にガス室で殺される死体を始末していた。

老若男女を問わずに、すべてのユダヤ人はこの収容所に連れられて来て、シャワーを浴びるという命令で裸にされて、数百人単位で日夜のようにガスで殺害されていたことは多くの映画で語られた。

しかし、その累々とした多くの裸体死体を、土葬処理していたのが、やはりユダヤ人捕虜で、いずれは殺される彼ら<ゾンダーコマンド>の使命だったというのは、この映画で鮮明に明かされる。

日夜、多くのユダヤ人たちの素裸の男女無差別遺体を搬送処分していたルーリグ・ゲーザ演じるサウルは、ある時、そこに横たわる少年の死体が、実は彼のひとり息子だったのを知った。

彼は悲しみと同時に、その愛するひとり息子の遺骸を、集団埋葬の最中に隠してしまい、どうにかして手厚く埋葬しようと奔走するのだが、完全に監視されている収容所の中では不可能だ。

それでもサウルは、10才位の息子の裸の亡骸を背負って、しかるべき埋葬の場所を探すのだったが、その行動を察知したナチスの軍人たちは、彼のあとを追いかける。

あまりにも衝動的な映像と、そのリアリティには感覚を麻痺されそうになるが、これもまた実際に起こっていた70年前のホロコーストの事実だったことに、とにかく衝撃を感じる。

第68回のカンヌ国際映画祭で、最高賞のグランプリを受賞したという快挙も凄いが、あれから30年もあとに生まれたネメシュ・ラスロー監督の、冷血なまでのリアリティと演出力には脱帽。

多くのナチスによる蛮行を描いた映画は多く見たが、このような<ゾンダーコマンド>の実態と、父親と亡くなった息子の悲劇は、まさに初めて見る衝撃だったし、その勇気には拍手する。

まったく色彩感を押さえこんだフィルムの質感も凄いが、あくまで誠実に、怒りを押し込んだサスペンス演出、そして主演の無表情には、テーマの深い憤りを感じて緊張し、大いに心を痛めた。

 

■ガツンと初球狙いの痛打がレフトスタンドに刺さる。 ★★★★

●2016年、1月23日より、新宿シネマカリテ他でロードショー 


●『白鯨との闘い』からエイハブ船長が生まれる秘話。

2015年12月19日 | Weblog

12月10日(木)13-00 内幸町<ワーナー・ブラザース映画試写室>

M-153『白鯨との闘い』<3D> " In the Heart of the Sea " (2015) Warner Brothers / Village Road Show Pictures / Cott Productions

監督・ロン・ハワード 主演・クリス・ヘムズワース <122分> 配給・ワーナー・ブラザース映画

名プロデューサーのブライアン・グレイザーと、<イマジン・エンターテイメント>でチームを組むロン・ハワード監督は、多くのヒット作品を生んだ。

ところが「ダヴィンチ・コード」と「天使と悪魔」のヒットのあとは鳴りを潜めていたが、つい先年にレーシング・チームのドラマ「ラッシュ」で変貌した。

つまりハリウッド・ヒット・メイカーのリーダーのような派手なエンターテイメントから、かなり地味ながら、本来の男たちの人間ドラマを作るようになったのだ。

この新作は、あのハーマン・メルビルが『白鯨』を書く為に、実際に捕鯨船の格闘と遭難の実態、その裏の秘密をリサーチして、ついに名作を書くに到るエピソードを追って行く。

つい、あの『白鯨』の謎めいたエイハブ船長の実態が描かれると思って見たが、まったく映画は別のアングルから、あのクレイジーな船長が創作されるという構想を探るのだ。

まだ西部が開拓されている時代のアメリカ東海岸は、多くの移民に溢れていて、ボストンなどの都市が近代化されつつあったが、まだ電力がなくてエネルギーは石炭や灯油などに依存していた。

だから、漁師たちは大西洋に現れるクジラを捕鯨しては、その巨体の油による生活の基盤がつくられていた時代なので、荒海に出てクジラを捕獲して来る男たちはヒーローだったのだ。

西部では砂金の掘削がブームだったが、東部の港では食用としてだけではなくて、クジラから取れる油によって、夜の生活も活性化していたから、漁師は日夜の大西洋でクジラを追った。

噂の巨大クジラは、漁師たちの宿敵であって、多くの漁船が被害に遭っていたが、この映画は白鯨と格闘して遭難して絶海をさまよって帰還した漁師のエピソードを再現していく。

さすがに映画術に手慣れた監督とプロデューサーのチームは、この作品でも、まったく海に生きる男たちだけの凄まじい格闘を描いていて、3Dによる映像の迫力は凄まじい。

という点ではペーターゼンの「パーフェクト・ストーム」の洋上ハリケーンの再現であり、先日見た「エベレスト3D」と同様の、大自然の驚異と死闘する男たちのドラマが息詰まる迫力。

しかし、本来のテーマは、遭難事件の真相の陰から、インタビュアーの作家ハーマン・メルビルが、どうしてここから<エイハブ船長>のイメージを作ったか、だ。

あのジョン・ヒューストン監督が、グレゴリー・ペックをエイハブ船長に仕立てて映画化した傑作の原点が、実は、この男たちの狂気に似た巨大クジラとの格闘から生まれたのか。

その興味に繋がるエッセンスが、このド迫力の捕鯨サスペンスから充分に見て取れるし、とにかく10メートルを超える白鯨の<芝居>には恐れ入ってしまうのだ。

 

■パワー打法でレフトのグラブを弾いた豪快なツーベース。 ★★★☆☆

●2016年1月16日より、新宿ピカデリーなどでロードショー 


●『マイ・ファニー・レディ』は実にファニーな失笑ドラマ。

2015年12月16日 | Weblog

12月4日(金)13-00 京橋<テアトル試写室>

M-152『マイ・ファニー・レディ』" She' s Funny That Way " (2014) ATA Production / Lagniappe Films 

監督・ピーター・ボグダノヴィッチ 主演・オーウェン・ウィルソン <93分> 配給・彩プロ

何しろ、「グランド・ブダペスト・ホテル」の監督ウェス・アンダースンと、「フランシス・ハ」の監督が共同でプロデュースした新作コメディ。

しかも監督が「ペイパー・ムーン」「ラスト・ショー」などのピーター・ボグダノヴィッチが久しぶりのメガホンを取ったというマンハッタンが舞台の新作となると、見ずにいられない。

原題が、あのフランク・シナトラが名盤「ナイス・ン・イージー」で唄っていた名曲「シーズ・ファニー・ザット・ウェイ」・・・・となると大変。

主演はウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」のオーウェン・ウィルソンだし・・・テレビ喜劇「フレンズ」のジェニファー・アニストンが共演なのだ。・・・。

ところがどうだ。名産地の新鮮な食材を豊富に集めて、名だたるシェフが作った定番三ツ星料理が必ずおいしいとは、・・・限らない。

たしかに舞台はブロードウェイで、演出家のオーウェンは、新作ステージの主役に、かつてコールガールで俳優志望の新人を起用することにした。

バーバラ・ストライサンドが奇跡的なデビュをした「ファニー・ガール」は、名曲を歌唱した彼女の才能が圧倒的に素晴らしかった。

このようなラッキー・ガールのサクセス談という発想は、たしかにブロードウェイでは起こりうる奇跡なのだ。

シドニー・ルメットの「女優志願」から、ニール・サイモンの「グッバイ・ガール」やウディ・アレンの「ブロードウェイ・ダニー・ローズ」のような傑作の発想を思い出すのだが・・。

なぜか、さっぱりリズムが乗れないままに、当然のように、この訳ありの新人起用に関しては、周囲のカミサンや、業界の評論家や、そのヤジウマたちが愚痴るのもわかる。

その関係者たちのドタバタな騒動を、ルビッチやワイルダーのように巧妙に描くという狙いは判るのだが、キャスティングと演出がガタガタで、ドタバタもマルクス兄弟よりも惨状となるのだ。

こうしたブロードウェイを舞台にしたコメディというのは、かなりのベテランでないとマトマリがつかないことになり、正に、つまらないパーティに出てしまったような、冷めた料理となった。

むしろ、過去の傑作コメディのことなど、まったく知らないで見た方が、これって・・・面白い、の・・・かも????

 

■変化球に3球三振。 ★★

●12月19日より、ヒューマントラストシネマ有楽町などで正月ロードショー 


●『ディーン、君がいた瞬間』で再現される故郷へにジミーの心の放浪。

2015年12月14日 | Weblog

12月4日(金)10-00 外苑前<GAGA試写室>

M-151『ディーン、君がいた瞬間』" LIFE" (2015) Telefilm Canada / Film 4 / Filmnation Entertainment カナダ

監督・アントン・コービン 主演・デイン・デハーン <112分> 配給・ギャガ+マグナム・フォト

ジェームス・ディーンって俳優のこと、知っていますか? というのは愚問だが、もう亡くなって60年も経っているというから、知らない人の方が多いだろう。

もちろん、映画ファンや評論家にとっては、彼が交通事故で急死してから公開された3本の映画は、それぞれに重要な作品として記憶には残っているのだが・・・。

この作品は、彼がエリア・カザン監督の「エデンの東」を撮り終えてから、次の作品の「理由なき反抗」の出演が決まるまでの数週間の時間を、たまたま取材していたカメラマンとの交流を描いている。

 つまり、まだ映画スターとしてはデヴュ前で、契約会社のワーナー・ブラザースも、どう扱うかには思惑中の時期であって、LIFE誌のカメラマンだったデニス・ストックも無名時代。

一応、編集部からの命令で、風来坊のジェームズ・ディーンとマンハッタンで会ってはみたものの、彼を被写体として撮影するには、その魅力を掴まなくてはならなくて、実際参っていたのだった。

さすがにカメラマンとしても、多くの写真集を出しているアントン・コービン監督は、大先輩でもある同業先輩デニス・ストックの、その当時の困惑と、ディーンの素顔を撮るという発想を描くのは興味深い筈。

だから、この映画は、あのジェームズ・ディーンという新人のドキュメントでも、その秘話を再現する映画でもなく、ただ無名だった迷える二人の青年が、人生のチャンスを掴もうとしている日々を追う。

演出家というよりは、映像カメラマンのアントン・コービンは、ジョージ・クルーニーの「ラスト・ターゲット」でも「誰よりも狙われた男」でも、独特の映像感覚を見せてくれた。

という具合なので、映画はデニス・ストックという新人カメラマンが、どうにかしてテーマである変人のディーンを、迷えるアクターとしてフィルムに定着できるのかが、映画の魅力となる。

まだジャック・ワーナー社長も「エデンの東」のプレミアの前で、次の企画を変人のディーンに決めていいものか、という決め手がない時期で、それぞれに感性が浮遊しているのが、面白いのだ。

で、その休暇の間に、無名の新人ジェームズ・ディーンは、実家のあるインディアナにある田舎で、心のリセットをしようとして、結局はデニスもその帰郷につきあってしまうことになる。

だから、われわれの知る、「ジャイアンツ」の出演とか、エリザベス・テイラーとのトラブルのあとの、スポーツカーでも事故死などは、この作品では触れることもない。

デイン・デハーンという初めて見る俳優も、あのアクセントが曖昧なジェームズ・ディーンの、独特な喋り具合をよく真似ていて、これなら小森のオバちゃまが見てもナットクするだろう。

ただ、駆け出しフォトグラファーのデニス・ストックが、「エデンの東」のプレミアも欠席するという問題児新人との<心の旅路>で共感したものを描こうとしている。それが心地いいのだ。

 

■ファールで粘って、降り損ないの打球がライトのラインを転々のツーベース。 ★★★☆☆

●12月19日より、ヒューマントラストシネマ渋谷他でロードショー 


●『ザ・ウォーク』の綱渡りは、偉業なのか、奇行なのか?

2015年12月12日 | Weblog

12月3日(木)10-00 神谷町<ソニー・ピクチャーズ試写室>

M-150『ザ・ウォーク・3D』 "The Walk " (2015) Tristar Pictures / The Imagemovies / Lstar Capital

監督・ロバート・ゼメキス 主演・ジョセフ・ゴードン=レヴィット <123分> 配給・ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント

1974年には、ほぼ完成していたニューヨークのツインタワー、ビルは、ワールド・トレード・センターとして、世界一の超高層ビルとして地上411メートルの高さで誕生目前。

フランスの大道芸人のジョゼフは、パリの街頭に出てささやかな綱渡りなどの曲芸をして、日銭を稼いでいたが、もっともっと高い場所での曲芸を夢見ていた。

いよいよ完成間近のツイン・タワー・ビルのニュースを知った彼は、どうしてもその世界一の超高層ビルの間をひとりで綱渡りをしたいという夢で、ガールフレンドと渡米。

ビルが完成して、オフィスにビジネスマンが入ってからでは、とても警備やら作業が困難だと判断した彼は、もう最終的なビルの内装が追い込みの最中を狙って実行にかかったのだ。

というニュースは当時も、聞いたものだが、まさか、それをこうして本気に映画に、しかも3Dで、メジャーの作品にするとは、これもまた呆れた発想だ。

2001年の9-11に、その世界一のツイン・タワー・ビルは、奇想天外なジェット旅客機によるテロによって悲劇的に崩壊して、いまではそれに変わったシンボルタワーも出来ている。

だから、今になって、あの幻のタワーをセット撮影で建築再現することは不可能だが、なにしろ恐竜の大群や、金星での冒険活劇も作ってしまうハリウッドのテクニックは、この過去のタワーも再現。

とにかく、ビルの外装から内装や、当時の工事中の状況も見事に再現していることに、まずはタマゲてしまうのだが、その緻密な再現テクニックには呆れてしまうしかない。

わたしも90年代の後半に、あのツイン・タワーの屋上には登って写真を撮ったことが2度あるが、警察のヘリコプターが目の下を通過して行くという状況には、不思議に感動したものだ。

で、映画は、そのフランスの軽業師が、かなり緻密な情報と、ニューヨークでのアシスタントも使って、オープン直前のビルの屋上に僣入して、前夜から入念なスタンバイをする様子を見せる。

それは正に「華麗なる賭け」や「男の争い」のような銀行強盗の作業と同様に、計画と実行は緻密な作業で進められて、まさに犯罪サスペンス映画のような緊張感が維持していく。

さすがにゼメキス演出は、「フォレスト・ガンプ」のように、エモーションよりも、夢や理想をやり遂げて行く男の情熱に集中していく、そのエネルギーは凄まじい。

彼らしく、フィルムワークのディテイルには緻密な計算と演出力が充分にあるので、実行日の日の出前の決行までは、かなり3D効果のあるパワーで圧倒的。

しかし、一旦、綱渡りが成功したあとに、数回も綱渡りを往復する映像は、どうもクドい気がして、せっかくの初心の感動が薄れてしまったのが残念。奇跡は一度でいい。

 

■巧妙な狙い撃ちのセンター・オーバーのヒットでツーベースを狙う。 ★★★☆☆

●2016年1月23日より、全国ロードショー