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細越麟太郎 MOVIE DIARY



●7月30日(火)13−00 渋谷<映画美学校B1試写室>
M−090『父の秘密』After Lucia (2012) pop films / stromboli films /Despues de lucia/メキシコ
監督/マイケル・フランコ 主演/テッサ・イア <103分> 配給/彩プロ ★★★☆☆
交通事故で妻を突然失ったシェフの夫は、一人娘とふたりでメキシコ・シティのアパートに転居した。
ベッドしかない新居。調理の器具をキッチンに無造作に並べた父の目には、涙が光っている。
娘も気丈に新しい学校に登校するが、当然のように周囲の雰囲気には、なかなか馴染めない。
ほとんど無口の父と娘は、それでも冷たい新生活につつましくも馴染もうと努力している。
まるでサイレント映画のように、ほとんど会話も音楽もないドラマは、こちらの想像力を刺激するのだ。
メキシコの映画というと、血気盛んなマリアッチで、色濃い過激なドラマがありがちだが、この作品はまったく違う。
ふと、3年ほど前に見たイラン映画、アスガー・ファルハディ監督の「彼女が消えた浜辺」のような知的な映像処理。
普段から孤立気味のテッサは、ヴェラ・クルスの海浜学校の夜、同級生たちから不当なセクハラと、異常なパワハラを受けてしまう。
学生達の暴力行為はエスカレートして、とうとう無力のテッサは荒れた海に投げ出され、その夜、行方不明になった。
ことの重大さに、学校側も、生徒たちから事情を聞き出したが、すべては手遅れだった。
無口な父は、妻の事故で鬱積していた憤懣が一気に爆発した。
その復讐にも似た行動は、妻の事故死から引きずっていた父親の感情の吐露として、無法だが共感が持てる。
この強烈な行動が、カンヌ映画祭「ある視点」部門では、大きな論議の対象になって話題になったという。
無口で暴力的ではないが、当然の父親の憤怒として、わたしは個人的に痛く共感した。
グレゴリー・ペックが主演した「レッドムーン」での、インディアンの父親の取った行動よりも独断で知的で野蛮である。
その決着が、静的で寡黙なこの作品の、意外で大胆な決着として、感動の余韻が後を引いた。

■平凡なレフトフライに見えた強打が、意外に伸びてフェンス直撃。
●11月2日より、渋谷ユーロスペースでロードショー



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●7月25日(木)13−00 内幸町<ワーナー・ブラザース映画試写室>
M−089『マン・オブ・スティール』Man of Steel (2013) warner brothers / legendary pictures 3D
監督/ザック・スナイダー 主演/ヘンリー・カビル <143分> 配給/ワーナー・ブラザース ★★★☆
あの懐かしい時代の「スーパーマン」の、誕生「ビギニング」篇かと思って見たら、これは別の新世代スーパーマンの登場だ。
だから、コミック・ヒーローの、あのパルプ・マガジンの感触を期待すると、みごとに裏切られる。
せめて007のように、ジョン・ウィリアムズのメロディでも聞けるかと思ったものの、その気配はない。
つまり「300」のザックと、「インセプション」のクリストファー・ノーランの机上の感性が、そのままブローアップされる。
この超音速のスピード感と、壮絶な破壊力は、たしかにいまのハリウッド・ディザスターのパターンだが、かなり疲れた。
ストーリーは、過剰の資源搾取で末期を迎えたクリプトン星から、赤児のクラーク・ケントは地球に送られる。
その父親、ラッセル・クロウは、あのマーロン・ブランドよりはグラディエイターで、まさに「300」である。
すでにマーヴェル・コミックスの風味はなく、もう50年代や70年代の趣味性はまったくないのだ。
あとは成人したクラークの秘密を奪還すべく、テレンス・スタンプの親戚のようなクリプトンの悪人たちが、派手な戦争を始める。
さすがに「ダークナイト」のノーランは、随所に新しい映像の破壊シーンを見せてくれるので、超高層ビルの崩壊シーンなどはスゴい。
でも、同じコミックでも「スーパーマン」はバットマンじゃない、ましてやアイアン・マンでもない。恋もするし親孝行もする。
ごくアメリカンなヒーローの筈で、その片鱗は見せるのだが、映画は派手な3Dの高速破壊シーンの連続だ。
結局は、あの懐かしいマーヴェル・コミックの明るく愉しい健全娯楽を期待すると、かなり痛い目にあってしまうので、ご用心。
ケビン・コスナーの老父も、この時代の落差に、ああミジメ。


■豪快な大フライだが、レフトのフェンス直前で失速。
●8月30日より、新宿ピカデリーほかでロードショー



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●7月23日(月)13−00 六本木<シネマートB1試写室>
M−88『天使の処刑人/バイオレット&デイジー』Violet & Daisy (2011) cinedigm entertainment group / magic violet films
監督/ジェフリー・フレッチャー 主演/シアーシャ・ローナン <88分>配給/コムストック・グループ ★★★☆
少女漫画のような発想の世界を、コミックにしかしセンチメントを込めて描いた異色作。
あの傑作「プレシャス」のシナリオでオスカーを受賞したジェフリーが、初の監督というのがまずは魅力だ。
ニューヨークで、おしゃれなファッションに憧れて、その資金のために、悪い男たちの暗殺請け負いの処刑業をしているティーンの二人。
怖そうな仕事はやらないで、なるべく楽な殺しだけを選んでいるという、おかしな二人である。
どうしても欲しいドレス欲しさに、ふたりが受けた仕事は、アパートの中年男殺し。
しかし踏み込むとそのおじさんは、末期がんで、早く殺してくれ、という。
この発想、あのヘミングウェイの「殺人者」のパロディのようだ。困っていると別の暗殺組織がやってきたので、ふたりは銃で応戦。
壮絶なアパートでの銃撃戦の末、なぜかふたりの少女と、おやじは生き残ってしまった。
ご本人も、この撮影時にガンだったという名優ジェームズ・ガンドルフィーニが、苦しそうに最期の名演を見せるのが迫力だ。
マンハッタンの美しい風景をスケッチしながら、このおかしな少女ふたりの殺し屋稼業は、意外な展開を見せて行く。
さすがは、オスカー受賞のライターの発想は随所に才気を見せて飽きさせない。
まさにウディ・アレンの初期の「泥棒野郎」のような、自由な展開はデタラメだが計算されていて、おかしいのだ。
タランティーノ一家のダニー・トレホが、殺しの手配人で登場するのも、うれしい。

■バントの振りをしたバスターが、前進したサードの頭上を超えてヒット。
●10月12日より、新宿シネマカリテ他でロードショー



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●7月21日(日)16−30 上野<東京文化会館大ホール>
M−087『サイコ/名作シネマとオーケストラ』Psycho (1960) paramount pictures / plus orchestra / fuji television
監督/アルフレッド・ヒッチコック 音楽/バーナード・ハーマン 指揮/ニール・トムソン 演奏/東京フィルハーモニー交響楽団
★★★★☆
まさに、自分がそこにいることが夢のような不思議な、おそろしく贅沢な体験だった。
「サイコ」は、ヒッチコック監督が来日にて帝国ホテルのパーティで会ってから、半年後の60年9月に、やっと試写で見た。
なぜ、完成記者会見から、半年後の試写になったのかは、今回の新作映画「ヒッチコック」で明かされた。
つまり、ストーリーを基本的に前倒しして編集を抜本的にやり直していたための遅延だったのだ。
だから、音楽もかなり修正されて、バーナード・ハーマンの作曲構成も、大幅に改正されたのだった。
「白い恐怖」のミクロス・ローザ以降、もっともヒッチコック・サスペンスを理解していたハーマンの、これは苦肉の作曲。
音楽大学の教材にもなっている、弦楽器のみの演奏構成は、さすがに異色である。
打楽器も管楽器もないステージには、50人ほどのヴァイオリンやチェロのみ、という異様な布陣だ。
映画は数十回は見ているので、見なくても場面は判るが、こうして生のオーケストラとなると、目は閉じていられない。
しかもデジタル・リマスターの映像は、このビッグスクリーンでも素晴らしくシャープ。
きっと、ヒッチコック自身も、パラマウントのスタジオでのダビングでは、このような戦慄の体験をしていたのだろう。
つまり、映画というのは、こうした音楽と映像の相乗効果が作品の資質を引き上げる。
昨年、フランク・シナトラの「カム・フライ・アウェイ」で、生オーケストラによる再現ステージに感動した。
今回の企画では「カサブランカ」と「雨に唄えば」もフィルムと生演奏の奇跡を再現したが、これは素晴らしい贅沢な至福の企画。
ぜひ、ハーマンも出演した「知りすぎていた男」や、秀作「めまい」「北北西に進路を取れ」なども生オ−ケストラで見てみたい。
場内には、意外に若い、恐らく「サイコ」は初めて見るだろうカップルも多いのが、妙に嬉しかった。

■文句なしの豪快なレフトへのホームラン。
●キョードー東京の企画した東京公演は終了したが、同企画の地方公演は不明。



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●7月19日(金)13−00 神谷町<ソニー・ピクチャーズ試写室>
M−086『ホワイトハウス・ダウン』White House Down (2013) sony pictures / columbia pictures / mythology entertainment
監督/ローランド・エメリッヒ 主演/チャニング・テイタム <132分>配給/ソニー・ピクチャーズ ★★★☆
つい先日、「エンド・オブ・ホワイトハウス」を見たばかりなのに、またもホワイトハウス崩壊だ。
しかもこちらはあの「インデペンデンス・デイ」(96)のローランド監督の、またも首都ディザスター大作。
よほどハリウッドにはアイデアがないのか、よくも同じネタで作りたがる。これって、自虐趣味なのかしら。
今回の敵はエイリアンでもテロリストでもなく、政府首脳部が武装軍を密入して、一種の武力クーデターを起こす。
フランケンハイマーの「5月の7日間」やキューブリックの「博士の異常な愛情」のような、内部発狂ものだ。
しかもホワイトハウス・ツアーの少女と、別居中のオヤジの再就職をめぐっての、背景がそもそも混迷しているからややこしい。
チャニングはそのダメ親父で、大統領のSPに志願していた、その日に、偶然に爆破事件が起きる。
あとは「ダイ・ハード」の第一作と同様に、壊滅状態のホワイトハウスで孤軍奮闘して大統領を救うのだ。
その大統領は、オバマをイメージしたのか、黒人名優のジェイミー・フォックス。
逃走アクションが多いので、モーガン・フリーマンでは対応できまい。
あれやこれやと、クーデター主犯の高官ジェームズ・ウッズは罠をしかけるが、派手な破壊工作だけは前代未聞の壮絶さだ。
しかしヴィジュアル・エフェクトの爆破映像も、度がすぎるので、後半はもう飽きてしまって、どうでもいい。
しかも恒例の、一件落着のあとの大統領の感動のスピーチもなく、逃げるようにクレジットが流れる。
たしかに、これだけ似たようなディザスター作品が多くては、もうスピーチの意味もないのかもしれない。

■大きなファールフライを連発したものの、フルカウントでファールチップ。
●8月16日より、丸の内ルーブルなどでロードショー



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●7月17日(水)15−30 築地<松竹映画3F試写室>
M−085『私が愛した大統領』Hyde Park on Hudson (2012) focus features / film 4 / daybreak pictures
監督/ロジャー・ミッチェル 主演/ビル・マーレイ <94分>配給/キノ・フィルムズ ★★★☆
大不況と第二次世界大戦の板挟みにも、長い政権を維持したアメリカ32代大統領ルーズベルト。
そのプライバシーは、当時から報道規制で謎に包まれていた。
むしろ悪妻賢女のエレノア・ルーズベルトの存在のほうが、当時はクローズアップされて、映画にもなっていた程だ。
この映画は政治とは関係なく、ニューヨーク郊外のハイドパークでの、夏の休暇の日々をスケッチしている。
持病の小児麻痺で、病弱で孤独な大統領の心を癒すために、老母は親戚の娘デイジーを呼び寄せて、切手趣味の大統領の話し相手を頼む。
ストーリーは、そのデイジーが99歳で亡くなった際に見つかった彼女の日記から構想されたという。
まだプライバシーや秘密が、公然と明かしてはいけないという、暗黙のルールのあった、いい時代。
わたしだって子供の頃だが、敵国アメリカ大統領の持病のことなどは知らなかった、という、暗黙の時代だった。
その日、あの「英国王のスピーチ」で有名になったイギリス国王のジョージ6世が、別荘を訪問した。
大戦勃発の非常時に、アメリカの軍事援助を頼むための重要な訪問だったが、病人同士のふたりは歓談した。
おかしいのは、翌日の昼食会に、ホットドッグと先住民の踊りでもてなした際の、イギリス国王側の反応だ。
日本なら、おにぎりと鹿踊りのような庶民性でもてなしたようで、本来なら国賓には失礼なところ。
そこをデリケートなユーモアで流したというエピソードは、いちばんアメリカっぽくて面白かった。
クーパーの名作「秘めたる情事」のように、高齢者のささやかな恋情というのは、とくに当時は多かった筈。
ゲレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」を流すだけで、オールドタイマーにはジーンとくる心情が伺われた。
カクテル「オールド・ファッション」の、あの枯れた上品な美味である。

■ボテボテだが、セカンド塁上をゴロで抜けたシングル・ヒット。
●9月、TOHOシネマズ・シャンテなどでロードショー



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●7月16日(火)13−00 六本木<シネマートB1試写室>
M−084『カイロ・タイム/異邦人』Cairo Times (2009) foundry films / samson  films /カナダ+アイルランド
監督/ルパ・ナッダ 主演/パトリシア・クラークソン <90分>配給/エデン ★★★☆
争乱直前のエジプト、カイロでのオール現地撮影が美しい。
ニューヨークで女性誌の編集をしているパトリシアは、娘が恋人と駆け落ちをしたショックと、
ダンナが国連の職員としてエジプトに単身赴任をしているので、お互いの休暇を利用してカイロで落ち合うことにした。
ところがガザの争乱で、夫は多忙となり、空港に迎えてくれたのは夫の警備担当のアシスタントだった。
という、ま、これも好都合の「カイロの休日」という次第。
監督はカナダの女性で、主演はこれまでウディ・アレンの映画などでバイ・アクトレスがメインだった、ベテランのパトリシア。
とくれば、これはあの名作「旅情」や「旅愁」、「終着駅」などのカイロ版。
案の上、ダンナは多忙な電話ばかりなので、現地のアシスタントが当面のケアをすることになった。
このオバマ風の好青年、いやナイス・ミドルは、もちろんバイリンガルで、なかなかのジェントルマン。
旅の不安と人生の休憩時間で、当然のように、パトリシアの孤独感は、そのオバマ氏に傾いて来る。
多くの中年女性の、旅先でのアヴァンチュール映画の定石通りに、美しくロマンティックな映像はエキゾチックな魅力がある。
それはそれでいいのだが、結局は、ラストでダンナが突然現れて、あれれ・・・のオバマ氏の苦笑は、まさにこちらの気分。
せっかく、秘められた灼熱の恋のメロドラマが加熱すると思いきや、エコノミーなセンチメントに終わってしまった。
でも、やはり「ナイル殺人事件」じゃないが、ピラミッドのサンセットは美しい。

■素直なジャスト・ミートで、ごく平凡なレフト前ヒット。
●9月、新宿武蔵野館などでロードショー



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●7月10日(水)13−00 半蔵門<東宝東和試写室>
M−083『ワールド・ウォーZ』World War Z (2013) paramount pictures / plan B /sky dance production
監督/マーク・フォースター 主演/ブラッド・ピット 3D上映<116分> 配給/東宝東和 ★★★☆☆
2年前に「マネーボール」の来日記者会見で「いま、ゾンビ映画を撮っているんだ」とブラッド・ピットが言ったのが、これ。
ま、エイリアン、ヴァンパイア、テロリストに次いでの、政治的に無害な外敵といえば、ゾンビ、となる。
恐らくは、「イングロリアス・バスターズ」のときに、タランティーノから直接の入れ知恵があったのだろう。
彼のプロダクション<プラン・B>が、この制作を先導しているので、ブラッドは役者よりもプロデューサーとしてのポジションだ。
話しはスピルバーグの「宇宙戦争」と同様に、ある日、突然、ゾンビのウィールスが世界中に広がってしまう。
それはパソコン・ウィールスのように、あっという間に世界各地を襲い、感染した人間はたちまちゾンビと化して人間に襲いかかる。
映画は冒頭からこの大パニックなので、さっぱり何が何なのかワカラナイまま、ブラッドの家族は車で逃げ回る。
やっと、ニューアークのアパートの屋上まで逃げて、国連のヘリで救われた。
というのも、ブラッドは元国連の特殊捜査官で、この事件の真相究明の鍵を探し出すエキスパートらしいのだ。
ソダーバーグの「コンテイジョン」のように、映画はこちらの思惑よりもハイペースでパニックとなるから、息つくヒマもない展開だ。
それは「ウォーキング・デッド」のエスカレート版のようで、とにかくゾンビは周囲に群がって行く。
人間の思考のテンポを遥かに凌ぐ悪夢の展開が、このスーパー・ディザスターの持ち味だろうが、難点はスケールが後半になって萎むところ。
ジョン・スタージェス監督の細菌戦争「サタンバグ」の広がりと明快さが乏しく、ラストはブラッドのひとり芝居となるのが、どうも惜しまれた。
映画と野球は、最終回での意外な展開が魅力なのだが、この作品は前半に頑張りすぎたパワーが、ラストで萎むのが惜しまれた。
脚本の弱さであろう。3Dにしたのも、逆にこちらが疲労するだけの、お疲れさん、である。

■大きなセンターフライだが、途中で失速してフェンスにあたるヒット。
●8月10日より、日劇ほかで全国ロードショー



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●7月9日(火)13−00 六本木<シネマートB2試写室>
M−082『共喰い』(2013)スタイルジャム/集英社/ミッドシップ/日
監督/青山真治 主演/菅田将暉 <102分> 配給/ビターズエンド ★★★☆☆
あの傑作「サッド・ヴァケーション」などで強烈な映像感覚を見せた監督の、またも下関郊外を舞台にした衝撃作。
昭和の最後の夏。田中慎弥の原作を、より鮮烈なエンディングで締めた血と汗と精液にぬり込められたドラマだ。
監督は、ある種、あの時代の「日活ロマンポルノ」が貪っていた情欲の地獄を、異色のホームドラマにしている。
父親の異常なまでの性欲と暴力癖を自分の内心に感じた青年は、その妄執から脱皮しようとするが、現実は泥沼の日々だ。
それは、古びた魚屋で日々ナマ魚を解体している片手の元妻が凝視していた。田中裕子が好演している。
ちょっと「エデンの東」のような家族構成だが、シェークスピアの家族悲劇のスタイルも感じさせる。
哀しいのは、そのセックスと暴力に翻弄されていく、歪んだ愛情の救いようのない惨状。
タッチは、今村昌平の作品や、園子温監督の「ヒミズ」にも似通っているが、この情欲の地獄もまた、あまりにも哀しい。
汚れた廃液と精液と唾液の河口で、青年はセックスのイメージにも似た「うなぎ」の捕獲を待っている。
その不気味なうなぎを、ひとりウマそうに食べている父親。これって戦後の昭和の象徴なのだろうか。
全編、不快な風景と、もっと不快な人間達の殺し合いを見せる映画のエネルギーは、またしても強かに圧倒する。
日本映画のタイプとしては大嫌いだが、これもわれわれの住む日本に塗り込められた狂気の現実なのだ。

■強烈なサードへのゴロがイレギュラーして、グラブを弾いてブルペンへのツーベース。
●9月7日より、新宿ピカデリーなどでロードショー



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●7月9日(火)10−00 六本木<シネマート第2試写室>
M−081『夏の終り』(2013)スローラーナー/バップ/松竹/日本
監督/熊切和嘉 主演/満島ひかり <114分> 配給/クロックワークス ★★★☆
瀬戸内寂聴の40歳代の原作を、昭和三十年代初期という時代設定で映画化。
妻のいる年上の、自称作家の中年男性と、同時に若い元カレとの三角関係を気怠く描く。
モノトーンの昭和の家屋で、密かに展開する情欲の日々を、いかにも陰湿に、繊細な感性で見つめて行く。
どうもあの小津映画の同じ時代なのだが、こちらはとことん暗ーいのだ。
それは日陰者を自覚した人々の日々なので、あの小津映画の明るく幸福な人種たちとは対照的に陰湿なのは、ま、原作の重みなのだろうか。
それとも監督の、あの昭和への思い入れのせいなのか、それはそれは寡黙でデリケート。
向田邦子の「あ・うん」も同様の三角関係を描いていたが、徹頭徹尾あれは明るかった。
つまりこれが、瀬戸内寂聴の文章から見える、監督のメンタルな昭和的視線なのだろう。
その時代考証に見られる「わが谷は緑なりき」や「カルメン故郷に帰る」の看板が、どうも異質に見えてしまう。
それだけ、あの昭和という時代は、清楚ながらも貧しかった。その映像の静止観が、あまりにも平面的に感じられた。
それは女性の視線から描いた情欲の三角関係の、どこかヨソヨソしい文面に対しての遠慮があったのだろうか。
おそらく大島渚やミゾグチが撮っていたら、もっと鋭利な切り口を見せてくれたろう。と残念に見えた。
瀬戸内寂聴のファンの方なら、その陰の部分も、見分けられるだろうか。

■レフトのライン際に飛んだヒット性の当たりだが失速。
●8月31日より、有楽町スバル座などでロードショー



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