●今日の一枚 411●
Art Pepper
The Trip
「『ゆ』 沸いてます」
風呂屋の前の国道沿いに、こう書かれたのぼりが数本立っている。これには何とも抗しがたい・・・。すごい宣伝文句である。直截的で、明快で、これほど人の心を穏やかならざるものにする言葉があろうか。けれども、行き過ぎはよくないと、今週はずっと、その魅惑的な宣伝文句に抗して我慢した。しかし今日は別だ。一週間我慢したのだし、土曜日だし、妻は友だちに会うとかで東京に行ってしまったし・・・。次男と2人きりである。チャンスである。次男はあまり乗り気ではないようだが、もう一度説得してみよう。がっちりと時間をかけて風呂とサウナを楽しみ、風呂屋で晩飯を喰うというプランはどうだろう。ちよっと高いメニューを奮発しようか。ジュースもつけようか。
今日の一枚は、アート・ペッパーの1976年録音作、『ザ・トリップ』である。1975年に約15年ぶりに復帰して以降の、いわゆる後期ペッパーは概して評価が高くはない。例えば、「いーぐる」の後藤雅洋さんは、70年代以降のアルバムは、前期ペッパーを全部購入してから、「気が向いたら誰かに借りて、一度試してみるとよいだろう」と語り、次のように続ける。
やけに力強くなったペッパーの変身ぶりに驚かれるだろうが、僕はそれらのアルバムを聴いて面白いと思ったことはなかった。ペッパーの長所、陰影の美が失われてしまっているからだ。(後藤雅洋『新 ジャズの名演・名盤』講談社現代新書)
そうなのかもしれない、と思う反面、やはり私は後期ペッパーにものすごい吸引力でひきつけられる。時々、無性に聴きたくなるのだ。『ザ・トリップ』は、中でも好きな作品だ。コルトレーンの影響を受けて、より内省的で、暗く、シリアスになったペッパーを、エルビン・ジョーンズのドラムが激しくまくしたてる。デビッド・ウィリアムスの柔らかい音のベースと、ジョージ・ケイブルスの瑞々しいピアノが絶好のサポートでペッパーのアルトを補完する。そんな構図が目に浮かぶ。
1950年代のペッパーの輝かしいフレーズをひとつの卓越した「芸」とするなら、後期の生々しいペッパーは「私小説」的だといえるかもしれない。それが虚構の物語かもしれないと思いつつも、人は時々、そこに真実の「物語」を求めてしまう。後期のペッパーは、抗しがたい、魅惑的な吸引力で、時々私をひきつける。
今、私の傍らでは③ A Song For Richard が流れている。最高だ。いいサウンドだ。
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