WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

"忘れられたピアニスト"

2011年03月05日 | 今日の一枚(C-D)

●今日の一枚 303●

Ceder Walton

Midnight Waltz

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 これもvenus の1500円シリーズで買った一枚。シダー・ウォルトンの2005年録音盤『ミッドナイト・ワルツ』である。シダー・ウォルトンは学生時代に、ロン・カーターとの共演盤などを中心に愛聴していたピアニストなのだが、その後の長い年月の中で、私の中で"忘れられたピアニスト"になってしまっていた。しばらくぶりにその名前を思い出したのは、村上春樹さんが快著『意味かなければスウィングはない』(2005) の冒頭で取り上げたのを読んでからだ。村上さんはこのシダー・ウォルトンについてのエッセイを、「年齢やスタイルを問わず、今現役で活躍しているジャズ・ピアニストのうちで、いちばん好きな人を一人あげてくれと言われると、まずシダー・ウォルトンの名前が頭に浮かんでくるわけだが、僕と熱烈に意見をともになさる方はたぶん(もし仮におられたとしても)かなり数少ないのではないかと推測する。」と、書き起こされている。村上さんがシダー・ウォルトンをここまで評価するのはやや意外だったが、彼の音楽的嗜好(といってももちろん書籍で知られる限りであるが)を想起すると、なるほどと納得できる気もしないでもない。

 さて、この『ミッドナイト・ワルツ』であるが、なかなか良く出来た作品ではないかと思う。私は、静かな感動すら憶えた程だ。軽快で、溌剌とした、小気味よいスウィング感である。しかもこれほど爽快にスウィングしながらも、そのタッチは知的で、非常に明解・明確な音である。venus のオンマイクの録音のせいだろうか。音の輪郭が際立ち、粒立ちのよいサウンドに仕上がっている。シダー・ウォルトンは1937年生まれというから、今年で77歳ということになる。1937年といえば盧溝橋事件のおこった年である。すごい……。それにしても何という若々しさ、溌剌さであろうか。こういうピアニストには是非長く元気に活躍してもらいたいものである。『ミッドナイト・ワルツ』、買ってよかったと思えるアルバムだ。

 村上さんは先のエッセイを次のような文章で閉じている。「いずれにせよ、僕はシダー・ウォルトンの知的で端正ではあるが、そのくせ鋼のように鋭い独特のタッチが好きであり、この人がときおりふっと奥から繰り出してくる執拗でオミナス(不吉)な音色(それはデモーニッシュなるものの誠実な残響のように、僕には聴こえる)を愛好する。自然で強靭な文体を持った誠実なマイナー・ポエト、それが僕にとってのシダー・ウォルトンというピアニストの一貫した姿であり、僕はたぶんそのような姿に、とても静かにではあるが、惹かれ続けてきたのだろう。」

 村上さんは、この個性的な録音のvenus 盤のシダー・ウォルトンをどう聴かれるであろうか。


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