四人姉妹の中の、一人の女性が主人公の小説。
彼女は、上手く生きられない。
キレイでもないし、細かい事にこだわって、いったん気になったら口や態度に出して文句をつけなくては気がすまず、世の中とぶつかり、人とぶつかり、ぶつかることを回避できたとしても、それはそれで、思ったことを口にできなかった自分に腹が立ち、いつまでも、ぐちぐち思い出しては後悔している、そんな女性だ。
山崎ナオコーラの小説に出てくる主人公は、作者自身であることが多い気がする。
名前も違うし、職業も違う、性別すら違うのに、なぜか、すべての小説の主人公は、作者自身であるのだなと強く感じる。
山崎ナオコーラの小説は、純文学だ。
僕の解釈を言うと、純文学とは、ブログやエッセイのようなものの延長線上にあるものだ。
すべてが、作者の考えを言うために仕組まれた設定であり、ストーリーだ。
主人公の過去の体験は、作者の体験だし、主人公の人生観は、作者のものと重なると言っていい。
だから純文学を書く作家の小説を、何本も読むと、作者の考え方を、深く深く理解していくことになる。
僕は、そう考えている。
今回の『可愛い世の中』は、僕が読む、10作品目の山崎ナオコーラの小説だ。
最初に読んだ本は、『浮世でランチ』というタイトルだった。
タイトルは覚えているけど、内容は、もう完全に忘れてしまった。
『可愛い世の中』というタイトルを見て想像したのは、世の中の可愛いものをいろいろ上げていって、「こういうのって、可愛いね」って言っていくという内容の、ふんわかとしたエッセイのような小説だった。
だけど、実際読んでみるとまったく違っていた。
がっつり問題提起されたし、考えさせられた。
僕は、特に女性作家の小説を読むと、自分が恥ずかしくなる。
直接、作家本人と会う機会はないだろうが、もし顔をあわせる事になったら恐くなると思う。
「なんて薄っぺらな男!」
と、斬り捨てられそうで怖いんだ。
それくらい、僕が読む女性作家たちの小説には、しっかり重い芯がある。
僕はもう、考えないようにした。
僕が、浅薄な考えで生きている男だとしても、それはいいじゃないか、と思う。
僕は、無理やり、そう思うことにした。
世の中にある、たくさんの事を勉強し、苦しんでいる様々な人たちの事を考えたり、たくさんの事情を考慮したり、どうしようもない問題にまっこうから取り組むことがエライのか?
いや、エライんだろうけども……。
のほほんと生きている人が、いろいろ考えて生きている人に引け目を感じ必要は、これっぽっちもない。
僕は、のほほんでいい。堂々と、のほほんと生きていこうと思うことにした。
長文におつきあいくださいまして、
ありがとうございました!
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