さいきんの流星光/2019
漫画アシスタント流星光(ながれぼしひかる)の日常雑記ブログ
 




タイムマシーン・ジャーナル



近況は、ツィッター流星光 か
あしたの流星光でどうぞ!


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手術の日程が決まってその二日前に入院することが決まっていたのだけれども、

どうやら僕のお腹の中の様子をお医者さんたちが勘違いしていたらしいという事が判明しました。




僕は、子供のころに胆のうの手術を受けたんです。

手術を受けた、という記憶はあったんですが、当時11歳だったため、
どこをどのように手術したのかという記憶はなく、
胆のうの管が詰まってしまったので、パイパスを通して腸に胆汁が流れるようにした
くらいの認識しかありませんでした。

手術を受けた北海道の病院に電話してみたけれども、

「40年も前の記録は残っていません」

と冷たく返されました。



なので、東京の病院で撮影したCTとかMRIとかの画像をもとに判断するしかなかったワケですね。

しかし、医療が進歩したといっても、実はいまだにCTとかMRIとかの画像を見ても、
白黒の不鮮明な画像を見て判断しなければならず。

まあ、医者っていうのも大変な仕事だなあと思ったワケなんですが、


とにかく僕の昔の手術の記録がまったく残っていないために、
非常に難航して苦労して担当医の先生が、他の先生にも相談したりしながら診断をしてくれたのです。


が、



結論を書くと、僕の胆のうや総胆管は子供のころに切除されていたんですね。

それを、切除されていないという前提で画像を見てみると、

通常細い管の総胆管と呼ばれる管は、実は下から小腸を引っ張ってきて肝臓にくっつけていたために太く腫れて見えるし、

たまたま偶然胆のうがある場所にあった肝膿瘍(肝臓の炎症)も胆のうだと思ってしまったワケですね。

しかし、胆のうにしては、肝臓との境目がハッキリしない。

待てよ、これ、ガンじゃないのか?

胆のうがガンに犯されていて、その上で肝臓に癒着をおこして肝臓にまでガンが進行しているのではないか?という疑いを先生は持ってしまった訳ですね。


しかし、手術直前に、そもそも胆のうと総胆管はないんじゃないか、という話になった訳です。

そういう前提で、あらためて画像を見てみると、

「あ、そうだ! ぜったいそうだ!」

となったという事です。



なんとも…。

つーか、手術が行われていたらどうなっていたことか…考えると怖いです。



余談ですが、全身麻酔の説明を受けたんですが、

最近は、背骨の中にカテーテルみたいのを差し入れるみたいですね。

それは手術後3日くらい入れっぱなしにしておいて、

痛みが出たときに麻酔液を チュッと出すことができるようになっているらしいです。


すごいですねー。

怖いけど。





オチンチンに管入れなくてもよくなったのも安心しました。

あれは…痛いからな~。

特に、抜いた後、最初にオシッコする時が激痛なんだよな。

以上。つらつら近況でした。







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長文におつきあいくださいまして、
ありがとうございました! <(_ _)>



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写真投稿テスト。

僕が買った座いすにっっかりと座るユニ。

それでは。

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スマホからの投稿テストをします。

これから入院する事になるので、
病院のベッドの上から投稿できるように。

入院は早くて2週間ほど、場合によっては延びるかも。

あ、テストだった。

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いつも大食いした時とかにくる肝臓あたりの痛みがまた来た。(9月)

いつもならバファリンで散らしたり、ひと晩寝ると治ってたんだけど、
今回はなかなかおさまってくれず、数日たつうちにその痛みはなんと背中のほうまで回ってきた。

これはマズイということで近所の診療所へ行ってみると、

「すぐCTスキャン撮ってきてください」

という事になってチャリを飛ばして行ってきた。

わが西荻窪という小さな町には総合病院がない。

その代わりに、○○診療所とか、○○内科、○○耳鼻科、○○皮膚科といった
それぞれの科に分かれた小さな個人病院がたくさんあるのだ。

それぞれが連携していて、総合病院のような役割を果たしている訳だが、本物の総合病院のように完全に連携がとれているかどうかはわからない。

ということで、最初に行った診療所にはCTはないので、指定されたCTが置いてある診療所へ行って撮影してきたのだった。

診断結果は、胆のう炎。

抗生物質の薬をもらって様子を見ることにした。

しかしこの薬がまったく効かない。

なので、診療所の先生に紹介状を書いてもらって大きな病院へ行くことに。

大きな病院で、エコー、CTを撮り直した。

診断は、胆のう炎、か腫瘍、ふたつの可能性がある。
どちらにせよ、手術で切除しなければならない、という事だった。

なので、まとまった休みを作って、入院・手術しなければならない。


で、現在は、検査検査の毎日。
あらゆる検査をして、それらを総合して医師に判断してもらうのだ。


以上、近況は、そんな感じかな。




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ありがとうございました! <(_ _)>



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えーと、久しぶりの更新です。

明日、大きな病院へ検査に行ってきます。

いきなり検査入院になるかも知れませんし、
緊急手術になるかもしれません。

一週間ほど前に

「一週間くらい検査入院してください」

っていきなり言われて、

「仕事があるので待ってください」

と断っていたのを、明日行ってきます。


まあ、病気は、胆のう炎なんですが…。

少し放置してたので、いまどうなってるかな…。

そんな感じです。

進捗は、ツィッターでつぶやいていきます。

よろしくお願いします。




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ありがとうございました! <(_ _)>



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とある刑事ドラマをみた。

年収650万円の市役所職員が、

給料があまりにも安いので

「こんなんでやってられるか!」

って犯罪に走る。


金銭感覚が…すごい。

これが世の中の常識なの?


扶養家族のいない僕の感覚が一般の人と違うのか?


「650万円だ…と…?」


ぼくの年収の3倍…

そんなにもらっても足りないのか。

この人は、たとえ年収一千万円もらっても足りないって言うんじゃないか?


       ◆


そもそも現代人は、カネカネ言い過ぎ。

「金がないと何もできない」

とかいう言葉に踊らされ過ぎじゃないか?


確かに、所持金ゼロ、貯蓄額ゼロっていうのはさすがに厳しいかもしれないけど、

ひと月 10万円くらいあればなんとかなると思うぞ。

とにかく極限まで使わないようにすることで、
利益を最大限に増やすことができる。

一カ月3万円節約できれば、収入が3万円アップするのと同じ事だからね。

そのことに早く気づきましょうってハナシよ。


       ◆


そういう僕だって、こないだまで実感できてなかったけどね。

なかなかその事にピンときてなかった。

「いま、普通に節約してるんだから、これ以上やりようない」

って思ってた。

でも今から考えると、もっと出来てたね。



んで、節約生活のいいところは、

「お金が減らない!」

「だから、困らない!」

そう。

「やべ、口座の残高足りないじゃん、どうしよう…」

そう思うことが、なくなりました。

皆無ですね。

そのことによって労働時間が減っても全然焦らなくなったし
心に余裕が生まれました。


「お金なくても平気」

って思うことが、心の平安につながり、社会の平和につながるんですね。


       ◆


とにかく、遊び感覚でもいいから、

いっぺん、どれだけお金使わずに生活できるかやってみるといいです。

お金が必要ないって事は、仕事しなくていいって事ですからね。

今までの暮らしがばかばかしくなりますよ。




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裏の空き地に家が建つことになった。

僕は、バルコニーの窓から一部始終を観察することとなった。

        ◇

■まず軽く穴が掘られ、クンクリートで土台が作られる。
 型枠大工と呼ばれる人たちが来て作業をする。

■土台の上に、鉄筋を張り巡らせる作業をする人たちが来る。
 型枠大工とは違う人たちだ。

■足場を組む業者が来る
 家の周囲を取り囲んで素早く足場を組み立てていく。

■大工さんが来る
 柱を立てて屋根を作る。

 屋根が先にできる。
 屋根ができることで、雨の中でも作業できるようにするためだ。

        ◇      

途中にも、素人目にはぜんぜん分からんけど、
いろんな専門業者の人が入れ替わり立ち代わりやってくる。

ガスの配管、電気の配線、おそらくインターネットのLANケーブル刺すジャックとかも。

で、大工さんが本格的に建築する期間がしばらく続き、

内装業者、外壁塗装など、またいろいろな人達がやってきて
作業をする。

        ◇   

■聴こえてくる音楽も違う

AMラジオを聴きながら作業する人たちもいれば、

FMだったり、ラップ音楽だったりクラシックだったり…

その現場で

「初めまして」

という出会いもあり、

作業中に雑談したり、仲良くなったり。

一軒の家の建築現場には、たくさんの出会いがあって、
たくさんの人間関係が形成されていく。



近所の建築現場の騒音に腹が立つ時は、

「この現場で、たくさんの業者さん同士の関係が作られ世界が広がっている」

そう考えると、広い心で許せるようになるかも知れません。



家を建てるって、すごいことです。

一大事業です。

お祭りです。





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Photo by Bianca Sbircea-Constantin on Unsplash

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わが家は、小さいながらも一戸建てです。

妻が家を買ったので、夫である僕も同居することになりました。

20年以上前の話です。

         ◇

うちの玄関の前に小さな花壇があります。

「細い」と表現するのが正しいかと。

家を購入した当初は、花壇の先端に一本の木が生えていたのですが、

毎年、伸びすぎてぼーぼーになった枝を切らなくてはいけませんでした。

それが面倒で、ある時、飛び込み営業の造園業者さんに根本からずっぱり引っこ抜いてもらいました。

その時も、作業費用のことでちょっと揉めたのですが、
何とかおさまったのでまあいいです。

皆さまも、飛び込み営業にはご注意を。



それ以来、その細っこい花壇には雑草以外何も生えていません。

ぶっちゃけ、放置しているだけなので、
春になるとどこかから種子が飛んできて着地して根づき、
植物へと成長しているようです。

だいたい生命力の強いドクダミとかがびっしりと生い茂ってきます。

雑草とはいえ初夏になると真っ白なキレイな花を咲かせます。

そんな雑草で、うちの花壇はびっしりおおわれているのです。

         ◇

で、ここからが本題なのですが、

業者の人たちが、まあ、この花壇の花をないがしろにするのです。


数年前に呼んだエアコンの取り付け業者の人なんかは、

花壇のヘリに乗らなければ、隣の家との狭いすきまに入ることができないため、

生えているドクダミを思いっきり踏みつけて作業をしていました。


現在、外壁塗装のために組んでいる足場にしたって、もうモロにドクダミをぐちゃっと潰す形で組んであります。


これはどういう事でしょう。

ドクダミは、誰が見ても雑草だからどうでもいいという事なのでしょうか?



まあ、僕も雑草だしどうでもいいかとは思っているのですが、

一言くらい

「この花壇の植物、潰しちゃっていいですか?」

とか何かあってもいいんじゃないか? という考えが頭をかすめます。



その、ないがしろにされたドクダミが、

大して世の中に役立っていない自分と重なって、

「ああ、自分も、しょせんは世間からはこんな扱いを受けているのだろうな」

なんて思う、今日このごろです。


以上。




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僕はいつも時間に追われている。

いや正確に表現すると、

毎日まいにち 自分で何かしらやる事を決めて、

その課題をクリアするために時間に追われる結果になっている。


休日だってそうだ。

僕の仕事柄、休みの日も、本当の休日ではない。

一日に何回もツイッターに投稿したり、ブログを更新するために記事を書いたり、

仕事以外にもノルマを決めて、それらをクリアすることで一日を過ごしている。

いつからこんな生活になったのだろうと考えてみる。


なんだか無意味の集積に思えてくる。

僕たち人間が、地面を忙しくはいまわる蟻んこを見ているような、

そんな気持ちになる。


蟻だって、ちゃんとやっている。

毎日 仕事をしているし、ノルマだって、たぶんある。

それをクリアするために時間に追われて いずれ死ぬ。

人間と何も変わらない。


僕は、自分を頭の上から見る視点を得た。





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