平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

天皇皇后両陛下の東南アジアご訪問(3)

2006年06月16日 | Weblog
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   (在日外国報道協会代表質問)

問4  まず,第1の質問なんですけれども,愛国心を促す方向で日本の教育基本法の改正が進められています。しかし,陛下がこの度訪問されます国も含めました近隣諸国では,そういった動きが戦前の国家主義的な教育への転換になるのではと恐れられています。陛下もそうした見解に共鳴されますでしょうか。

天皇陛下  教育基本法の改正は,現在国会で論議されている問題ですので,憲法上の私の立場からは,その内容について述べることは控えたいと思います。
 教育は,国の発展や社会の安定にとって極めて重要であり,日本の発展も,人々が教育に非常な努力を払ってきたことに負うところが大きかったと思います。
 これからの日本の教育の在り方についても,関係者が十分に議論を尽くして,日本の人々が,自分の国と自分の国の人々を大切にしながら,世界の国の人々の幸せについても心を寄せていくように育っていくことを願っています。
 なお,戦前のような状況になるのではないかということですが,戦前と今日の状況では大きく異なっている面があります。その原因については歴史家にゆだねられるべきことで,私が言うことは控えますが,事実としては,昭和5年から11年,1930年から36年の6年間に,要人に対する襲撃が相次ぎ,そのために内閣総理大臣あるいはその経験者4人が亡くなり,さらに内閣総理大臣1人がかろうじて襲撃から助かるという異常な事態が起こりました。帝国議会はその後も続きましたが,政党内閣はこの時期に終わりを告げました。そのような状況下では,議員や国民が自由に発言することは非常に難しかったと思います。
 先の大戦に先立ち,このような時代のあったことを多くの日本人が心にとどめ,そのようなことが二度と起こらないよう日本の今後の道を進めていくことを信じています。
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これはかなりきわどい質問です。このような政治的な質問に対して、天皇が憲法上、直接答えられないことは、天皇陛下のおっしゃるとおりです。

ただし、「日本の人々が,自分の国と自分の国の人々を大切にしながら,世界の国の人々の幸せについても心を寄せていくように育っていくことを願っています」というお答えの中に、天皇陛下のお気持ちが十分に出ていると思います。

日本人が日本を愛すること、つまり愛国心を持つことは、当然のことです。それはアメリカ人がアメリカを愛し、中国人が中国を愛するのと同じことです。しかし、愛国心は他国への敵対心や憎悪と同じではありません。ところが、愛国心が他国への憎悪と表裏一体の形で説かれている国があります。これは21世紀にそぐわない、まったく時代遅れの観念です。

しかし、他国がそうしているからといって、日本も同じことをする必要はありません。日本はそういう自他差別的・相対的愛国心を超え、自国を愛しながら、他国も尊重できる広い心になってこそ、真の「国家の品格」が生まれてくるのです。

今日の日本人に愛国心が不足していることは事実だと思います。しかし、だからといって、戦前のように、国のために滅私奉公を強調しても、そんな観念に若い人は誰もついてきません。それを教育の場を通して強制的に教え込もうとすると、様々な無理が生じます。

ここで思い出されるのは、2004年10月28日の園遊会での、天皇陛下と将棋の米長邦雄氏との対話です。東京都教育委員の米長氏が、「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と述べたところ、天皇陛下は、「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」とお答えになりました。

愛国心を重視する人々が、国旗・国歌を強制しようとするのは、まさにひいきの引き倒しで、かえって国旗・国歌への反発心を強めるだけです。天皇陛下は、そういう強制という形ではなく、国民一人一人が自国を大切にしながら、同時に世界平和を祈るような人間になってほしいと願っているのです。

天皇陛下が、「昭和5年から11年,1930年から36年の6年間に,要人に対する襲撃が相次ぎ,そのために内閣総理大臣あるいはその経験者4人が亡くなり,さらに内閣総理大臣1人がかろうじて襲撃から助かるという異常な事態」について触れているのは、きわめて重大です。天皇陛下は、今日の政治風潮の中に、5・15事件から2・26事件に至るまでの、あの暗い時代との類似性を感じとり、それに警告を発しているとも受け取れます。立憲君主制を破るこのようなテロに昭和天皇は激しく怒りましたが、憲法への忠誠は今上陛下にも引き継がれています。



天皇皇后両陛下の東南アジアご訪問(2)

2006年06月16日 | Weblog
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問2  天皇陛下に伺います。両陛下は,即位されてから初めての外国訪問でタイなどの東南アジア諸国を訪問されました。東南アジア諸国は,日本と貿易・投資などを中心に密接な関係がありますが,先の大戦によって,日本に対する複雑な思いも残る地でもあります。戦後60年を経て再び訪問されることに,どんな思いがおありでしょうか。

天皇陛下  戦後日本は東南アジア諸国との友好関係を大切にはぐくんできました。かつては経済協力が中心でしたが,近年では交流の分野が広がってきていることは非常にうれしいことです。この度訪れるシンガポール,マレーシア,タイには大勢の在留邦人がおり,それぞれの国との協力関係の増進に努めているということは心強いことです。この度の訪問が日本とそれぞれの国との相互理解と友好関係の増進に少しでも資するならば幸いに思います。
 先の大戦では日本人を含め多くの人々の命が失われました。そのことはかえすがえすも心の痛むことであります。私どもはこの歴史を決して忘れることなく,各国民が協力し合って争いの無い世界を築くために努力していかなければならないと思います。戦後60年を経,先の大戦を経験しない人々が多くなっている今日,このことが深く心にかかっています。
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この言葉は、天皇陛下がいまだ「先の大戦」を深く心にかけていることを示しています。そして、「各国民が協力し合って争いの無い世界を築くために努力」を求めています。このような努力が少し足りないのではないか、と陛下はお感じになっているようです。

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問3  両陛下に伺います。両陛下は,昭和天皇の名代としてのご訪問も含め,長年にわたり,各国の王室や人々と交流を重ねられ,培われた友情の大切さについて去年の会見でも触れられました。これまでにはぐくまれた友情や交流の積み重ねを,皇太子ご夫妻を始めとする次代の皇族方にどのように引き継いでいきたいとお考えでしょうか。

天皇陛下  私どもが皇太子,皇太子妃のころは,日本にいらっしゃった王族方をよく東宮御所にお招きし,子どもたちも小さい時からご挨拶に出るように努めてきました。ベルギーのボードワン国王王妃両陛下が外国訪問の帰途,一日を東宮御所で過ごしたいと言っていらっしゃった時には,子どもたちが植えた畑の芋堀りをして両陛下にお見せしたり,国王陛下が小さい秋篠宮のピンポンの相手をしてくださったりして,子どもたちとも遊んでくださいました。また,皇太子の高校時代,清子の大学時代にはスペインのご別邸に招いてくださいました。清子はまたボードワン国王崩御後間もない時に,ファビオラ王妃陛下にお招かれし,崩御になったそのスペインのご別邸で,王妃陛下とボードワン国王をおしのびしつつ心に残る時を過ごしています。翌年,清子はタイを旅行し,国王王妃両陛下にお目にかかっていますが,ちょうどその同じころに,両陛下の王女,シリントーン王女殿下が日本を訪ねておられ,私どもと夕食を共にしていたという楽しい偶然もありました。  皇太子も秋篠宮もオックスフォード大学留学中には各国の王室をお訪ねしています。ちょうど,皇太子が留学中に,私どもがノルウェーを昭和天皇の名代として訪問することになった時には,公式日程の始まる前の週末を当時ノルウェーの皇太子,皇太子妃であった現在の国王王妃両陛下のおもてなしで,留学中の皇太子も一緒に,ベルゲン付近を船で巡り,楽しい一時を過ごしました。また,私どもがベルギーに立ち寄った時には,国王王妃両陛下はオランダのベアトリクス女王陛下とクラウス王配殿下をお住まいのラーケン宮に招いてくださり,そこに留学中の皇太子も加えて,楽しい一夜を過ごしました。秋篠宮は留学中,研究の関係で何度かオランダに行っていますが,その都度女王陛下始め王室の方々から温かいおもてなしを受けました。王子方がライデン大学の学生街のお住まいに秋篠宮を招いてくださったこともありました。秋篠宮がオランダを離れた直後に,今,出発したところだと,その滞在がとても良かったことを意味するお手紙を女王陛下から頂いたことなど今でも懐かしく思い起こされます。
 このようにして,私どもと交流のあった王室とは,皇太子も秋篠宮もそれぞれが家庭を持った今日も,交流が続いています。3年前には小学生であった秋篠宮家の子どもたちが秋篠宮同妃と共に,タイを旅行し,国王王妃両陛下にお目にかかっています。交流は次の世代にも続いていくのではないかと思います。

皇后陛下  住む国も違い,その国々もほとんどが距離を遠く隔て,お互いが出会う機会は決して多くはないのですが,それでも世界のあちこちに,自分たちと同じ立場で生きておられる方々の存在を思うことは心強いことであり,励まされることでもあります。
 私自身は20代の半ばに皇室の者となりましたので,昭和天皇をお始めとし,それまでに皇室の方々が既にお築きになってこられた外国王室とのご交流にあずかるところが多く,恵まれた形でこの世界に加えていただきました。とりわけ陛下が19歳のお若さで英国女王陛下の戴冠式(たいかんしき)にご列席になり,その後の欧米諸国ご訪問も加わって,多くの知己を得ていらしたことは,私が入内(じゅだい)後,各国王室の方々と交わっていく上で大きな助けになっていたと思います。
 近年各国において,私どもの次世代に当たる若い王族の方々が次々と成人され,またご結婚になり,そうした方々を御所にお迎えする機会が急速に増えてまいりました。このような時,かつて私どもの子どもたちが,お訪ねした国々で,王室の方々に優しく遇していただいていたことが改めて思い出され,そのご親切をお返しする気持ちでお迎えしております。子どもたちに関する幾つかの事例は,陛下がお話くださいましたので,私は重複を避けますが,親同士の親しい交わりが,このようにごく自然に次世代に受け継がれていく中,これからは,子ども同士の交わりが一層深まっていくことを,楽しみにしております。
 陛下の世代は,国や年齢で多少の差こそあれ,だれもが戦時及び戦後の社会変動を経験し,戦後の民主化の進む社会において,王室や皇室がどのような役割を果たしていけるかという,共通の課題を持った世代であったと思います。同時に,国家間の平和を不可欠なものと思い,二度と他国と戦を交えたくないという悲願もあり,こうした皆の間の共通の意識が,お互いを引き寄せ,友情を深める基盤になっていたように思います。
 時代は移り,王室や皇室の姿も少しずつ変化を見せるかもしれませんが,そこに生きる人々が,心を合わせて世界の平和を願い,また,それぞれの国において,自分たちの在り方を常に模索しつつ,国や国民に奉仕しようと努力している限り,お互いが出会う機会は少なくとも,王族皇族同士は同じ立場を生きる者として,これからも友情を分かち合っていくことができるのではないか,私どもの次の世代の人々も,きっとそうして絆(きずな)を深め合っていくのではないかと,考えています。
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第二次世界大戦を当事者として経験しなければならなかった昭和天皇、戦争の傷跡の残っている戦後の時代を生きてこられた今上天皇、そして戦争が歴史の一コマとなるであろう時代に生きる現皇太子――三者それぞれ役割の違いはありますが、「心を合わせて世界の平和を願い,また,それぞれの国において,自分たちの在り方を常に模索しつつ,国や国民に奉仕しようと努力」においてはかわりありません。

政治は、損得、勝ち負け、支配・被支配の生臭い世界です。しかし、政治に直接タッチしない皇族や王族は、そういうどろどろとした世界を離れ、純粋に世界の平和を願い、国際親善を促進することができる立場にあります。立憲君主制というシステムは、古くさいどころか、これからの時代に最も必要とされる制度であるのかもしれません。日本がそういうシステムをもっていること、そして皇室が常に高い理想を忘れていないことは、大変幸せなことです。日本の皇室は、いわば日本の道義性の中心に位置しているのです。