Kanaheiのデンマーク生活

糖尿病の勉強をしたくてきたデンマークでの紆余曲折な生活を日記として残しています。

お姑さんいらっさ~い!

2006年11月14日 | おいしいもの
(↑もちろん三枝師匠風に手もつけて。まだ姑じゃないけどね)

 先週土曜日、ヨナス母とその新しい彼氏、ヨナス姉が我々のアパートに遊びに来ました。目的はたぶん、母の彼氏お披露目?だと思うのですが(ラブラブ)。
 オーデンセという町に住むヨナス母が、コペンハーゲンの我々のアパートへ訪ねて来たことは前にもあったのですが、今回初めてアパートで、しかも私の夕食でもてなしました。

 まあ、初めてと言ったらやっぱりお決まりは寿司だろうと思い、いつもだったらスモークサーモンや冷凍の小エビなどでなんちゃって寿司を作るのですが、今回は母だし、そのラブラブモードな彼氏までいるので、しっかりせな!ということで、街中の魚屋まで行ってサーモンとマグロを買ってきました。
 がっっっ!!!その高いこと!10cm?四方未満のマグロと、小さな切り身のサーモンだけでなんと2800円。混んでるお店だったし、土曜日で他にお店が開いてるか、もしくは刺身用の魚があるかわからないし、「ここを逃しては他で買えないかも…」と断念して買いましたが…高過ぎる~!!

 急いで家に帰って支度に取りかかったものの、来る前にメールすると言っていた母が、メールでの予告なしに突然早めの来訪!!おいおーい!そりゃラブラブで二人のことしか目に入らないかもだけど…。カオスなキッチンをもろに見られ、しかもお客が来るというのに性懲りも無くネットゲームで遊んでいたヨナスはテーブルセッティングなどもしてないし、怒りを通り越してパニックです。結局1時間ちょっと、ワインを飲みつつ待ってていただき、その間に頭からしゅうしゅうと煙を出しながら寿司を巻きまくりました。

 で、その日の料理ですが、カリフォルニアロール(サーモンとマグロ、もちろん裏巻きで)、蟹マヨネーズ巻き、マクロビオティックのような食事制限をしていて、白米が食べれない姉マリアさんのために、サーモン、マグロの豆乳クレープ巻き、Kanahei唐揚げ、〆に温かい蕎麦を出しました。

 今回のお寿司は酢飯が柔らかかったものの、久しぶりに日本米を使ったこともあってなかなかおいしく出来ました。やっぱり生の魚と日本米だと違うね~。唐揚げもすっかりきれいに売り切れ、まずまず好評だったようです。
 でも!若干ショックだったのが、母も彼氏も箸が使えず、ナイフとフォークで寿司を食べていたこと。あああ米が、中身が…。しかも!母の彼氏は最後の蕎麦をご丁寧にお椀から取り出し(汁がぽたぽたと…)、取り皿の上でこれまたナイフとフォークで切って食べてられました。ちゃんと説明しなかった私も悪かったし、箸が使えないのはしょうがない、おいしく食べてもらえればそれでオッケーなんだけど、でも、でもちょっとがっかりです…。
 
 本当にしょうがないことで責められることではないんだけど、でもやっぱり食文化ってその国の文化ととても密接なものだし、しかも心を込めてがんばって作ってるものなので、やっぱりその流儀に配慮した食べ方をしてくれるとうれしいものです(うちの母の前で、母の手料理でそんなことしたらきっと「二度と来なくて結構!」なんて怒りだしそうだわ)。
 
 まあ、とりあえずもう日本食はお披露目したので、今後は他のものでももういいや、と思ってます。和食作るの大変だし…。


 

英語もそろそろ?

2006年11月14日 | デン語習得の道
 最近、わけあってとある店によく出入りしているのですが、そこのオーナーはタイ人、マネージャーはエクアドル人、職人はタイ人とカンボジア人、ウェイトレスの人達はデンマーク人だけどその中には、ベトナム系移民(70年代、ベトナムからの難民が沢山デンマークにやってきた)、コリアン系養子、さらに中国人留学生と、なんだかアジアンなんだけど複雑な人達です。

 だいたいみんなデン語がしゃべれるのですが、それぞれ母国語があったり、あとは中国人留学生がデン語がしゃべれないこともあって、みんな英語で話しています。最近そんな中に入り浸っていることもあって、必然的にこの”海外在住2年なのに英語からきし”な私でも英語を話さなくてはならず、しかしデンマーク人は私がデン語をしゃべるのでデン語で話しかけて来たりもするので、まったくもって私の頭の中はカオスです。
 私の頭の中では、デン語も英語も「外国語」の引き出しに入っているので、とっさに話しかけられたりすると、英語だかデン語だか分別つかずに出て来て、しかも話しながらも自分でしばらく気付かないし。

 この前日本へ帰省したとき、いつもデンマークからシンガポール経由で帰るので、日本に着いた時「すいません」の一言がとっさに出て来ず、「Undskyld…nej、Sorry…違う!すいません!」と航路をたどったようにやっと言葉が出てきました。今でさえこんなに頭の回転が遅くて、頭の中カオスなのに、一体おばあちゃんになってボケたらどうなるのでしょう…。

 しかし、英語を話していて思うのですが、英語を話している時にはデン語にはまるでない「インターナショナル~」な感じがします。いや、英語が下手な私なのでそう感じるだけかもしれませんが。
 例の店のように確かに面々もインターナショナルで、一つの言語でコミュニケーションが取れ、色んなことを知れるというのが、ちょっと面白い。当たり前だけど、デン語だとインターナショナルもなにも、デン人およびデンマーク在住の外人としかコミュニケートできないし。

 実はデンマークに来る前、まずイギリスに行って英語を勉強してからデンマークへ行くか、デンマークおよびスカンジナビアにダイレクトに行くか迷ってたのですが、今思うと結果デンマークが先で良かったような気がします。だって、英語が出来なかったからこそデン語でコミュニケーションをとるため必死に勉強したし(というか他に会話の手段がないというのが、崖っぷちに立たないと行動しない私にちょうどいい)、きっと英語のようにメジャーな言語から入ってそれに慣れてしまったら、デン語みたいな少数言語「あほくせー」と思って勉強する気が起きなかったかもだし…。

 でもこっちに来てから、さすがにデン人日本人以外の友達も増え(今はデン人より外国人の友達の方が多い)、生活する上で困らないものの、プライベートでは英語を話せないことでやや不便に感じることも増えてきました。ほとんどの友達はデンマークに住んでいるのでデン語で会話をしていますが、特に一番仲のいい友達というのが英語圏出身の人達だったりするし、デンマークの文句を言い合う時など(笑)やっぱりデン語でない言葉(となると英語しかないけど)じゃないと盛り上がらないし。

 デン語もまだまだなのにこんなこと言うのもなんですが、少しくらい英語も出来てた方がいいんじゃないか、と近頃思い始めています。いや、前から思ってたけど最近やっとそこまでの境地になったというか。もう少し脳みその硬化が進む前に、ヨナスにイギリス辺りで仕事探してもらって、何年か住んでみるのもいいかも知れません(ヨナスも海外に住むのは賛成してるので)。やっぱり言葉を学ぶにはその土地に行くのが一番いいし(特に私のように自主的に勉強できないものには)。看護師の免許を取って少し臨床経験をつんだ後、ちょうどヨナスのマスターも終わる頃にでもそんなことも視野に入れて二人で計画してみようかなーと思ってます。

クリストファーに似てます。

2006年11月10日 | おもしろい人・おもしろいもの
 最近、MTVなどでみかけ、主人公の男の子がとってもヘレさん家の次男クリストファーに似ていて、このビデオの雰囲気もまさに彼好みなので見せてあげたいな~と探していたのですが、ついに(ヨナスが)発見しました!(その節はruruちゃんありがとう!)

Bob sinclair ビデオ1

Bob sinclair ビデオ2

身軽な国

2006年11月10日 | デンマークっぽいもの
 今日の授業もITと医療の質に関して。
 
 今デンマークは2007年?に向かって、公立の病院すべてを電子カルテにしようとしているようで、あれこれ整備をすすめているとのこと。
 しかし思ったのが、デンマーク内ほとんどの病院が公立で、しかも住人はみんなCPRナンバーという個人IDナンバーで登録され、あらゆる手続きもその番号一つで済んでしまうという国、国民の数も少ないわけで、日本や他の国に比べてこういった新システム導入ということにも腰をあげるのが早いです。さらに先生は「こういったハイテクを入れるというのはメリットもあればデメリットもあるわけで、反対派やデメリットが多ければもちろん元のシステムに戻すことだってできます」と言っており、保守的なところもある国だけれど、こういう「やってみよう!」という新しいことに挑戦する姿勢など、改めてフットワークの軽い国だな~と思いました。
 日本だと病院側がたとえ公立であっても経営者、もとい、もっと悪ければ「贈賄上等」な政治家のようなものなので、企業との癒着だなんだでねっとりずっしり、フットワーク軽くなんて動けません。
 
 デンマーク医療現場でのEPJ戦略ビデオ

*もう一つ、「進んでる~!」なビデオを見たのですが、見つけられず。

 アメリカではこの手の医療情報、電子カルテなどに関しては看護学の中でも看護大学でマスターコースまであるほど、確立している分野だそうです。でもやはり国や医療の規模や範囲が広いと、スタンダードを作るのも難しいわけで、でもデンマークはその点、まとまりの良さが長所という感じで横にも縦にもうまい具合にまとまってシステムを動かせて来ているようです(デンマークは国としてのスタンダードを作るべく、法整備をしていってるし。法律を作りやすいのもこの国らしい)。
 そんな風に効率よく国を動かせるデンマーク、ちょっとうらやましいです。首都圏だけでデンマーク全土の病院数を遥かに上回る日本じゃー無理なのかなあ。

スイッチ

2006年11月08日 | ベビーシッターの話
 昨日ヘレさん家へ行くと、まだ保育園へ行ってる時間なのにヤコブが家に居ました。どうやらまた例の分離不安?で登園拒否をしたそうで…。うーん、元々「保育園より家でママにべったりが好き」なヤコブ、こうして休んでいるのはなんか悪循環な気がする…。

 この日はヘレさん、長男の新しい学校へ面談をしにいく用事があり、家を出なきゃいけないときヤコブは「こわいよ~」とすがりつつ泣いていたのですが、なんとなく直感で「あ、これは甘えてる泣き方だ」と思い、「ヤコブ、私もお母さんも携帯電話を持ってるでしょ?話したくなったら、どこにいるのか不安になったらいつでもこれでお母さんと話せるよ。試しにお母さんにかけてみようか?」とヘレさんの携帯番号を彼に押させ(ボタンものとか大好きだし)、通じることを確認し、それで少し落ち着いたので、ヘレさんに出掛けてもらいました。さすがにヘレさんがヤコブを振り切って家を出る時は大泣きしましたが、しかしドアがバタンとしまって1分後、ピタッと泣き止み、「じゃ~海まで散歩行ってアイスでも買いに行くか!」と誘うと、突然「ひゃっほ~う!」とはしゃぎだし…。ホラ見たことか。

 ヘレさんと一緒の時は「疲れた~お母さんと一緒にいたいの~」とぐずってたのに、「自転車でいくでしょ?海沿いのガソリンスタンドでアイス買おうよ、あそこならワッフルのアイスがあるから!早く!」などしゃきしゃきと行動し始め、途中道に迷って遠回りしたにもかかわらず、道中ぎゃーぎゃーわめきながらはしゃぎ過ぎたにも関わらず、始終元気でご機嫌でした。
 家に着いてからもまだヘレさん達が帰ってきておらず、暗い家でちょっと不安げになりましたが、「やったね、ヤコブ、私たち一番乗りだよ!お母さん帰って来たらどっかに隠れておどかしたろか!」と言うと生き生きしだし、一生懸命隠れ場所を探していました。(その他にもヤコブのフェイバリット電車音楽で電車ごっこを3回も繰り返し、私の方が疲労困憊)

 小さい子供って時間の感覚がまだわからないし(1分も1時間も)、「絶対にすぐに帰ってくるから」といくらヘレさんが説得しても聞き分けるのは難しい。そこに甘えも絡んで来ると余計にそうだと思います。で、私自身にも記憶がありますが、甘えてぐずっているうちに、それが長引くと本当に機嫌が悪くなって、しまいには何で自分がぐずってるのかもわからなくなってくるので、どこかで誰かがスイッチを切り替えてあげないと、自分では切り替えられないんだと思います。
 けっこうデンマークの保育園って、保母さんが子供に干渉しないと言うか、放任な感じです。遊び方も子供たちのしたいことを勝手にやらせるという感じで、日本のように子供たちをまとめあげて何かやらせる、ということはけっこう少ないです。ヤコブの保育園は特にその辺「のびのび勝手にやってちょうだい」なところなので、もしかしたらヤコブが嫌がって置いていかれた後も、保母さん達のスイッチを切り替える等のフォローが少ないのかも…。でもかと言ってヘレさんが面倒をみるべく保育園を休ませてしまうのも違う気がするし。私に時間と気力体力に余裕があれば、落ち着くまで送り迎えしてあげたいけど…。

 まあ、また様子を見つつ私は私で、彼が彼らしくご機嫌に過ごせるように関わっていきます。
 
 

ゲットー在住

2006年11月06日 | デンマークっぽいもの
 今まさに外でバンバンババババ!!という音が響いています。警察や救急車のサイレンも聞こえないので花火と思いたいところですが…。そういえば今日は昼から時々、このような発砲音がよく聞こえます。花火だとしたら、年末花火の試し打ちか、それともフセインの死刑判決に関するなにかなのでしょうか…。こえーよノアブロ。
 今朝もコペンハーゲン3大危険エリア(ヴェスタブロ、クリスチャニア、ノアブロおよびノアヴェスト)のうち、ヴェスタブロとノアブロで発砲事件があったようで、しかもまだ犯人は逃走中。犯行現場と時間を追っていくと、ヴェスタブロ方面からノアブロ方面へ移動していたようなので、この辺にいるんじゃね~の~?!と。今日は家に一人なのでちょっとした(どころじゃないけど)発砲音でもビクっとします。
 
 そろそろヨナスが仕事から帰ってきますが、無事帰って来てほしいです。

食べ物の話。

2006年11月06日 | おいしいもの
 表立っては言えない、とある闇のルートで(大げさ)、なんだかよくわからない種類の魚の頭を3つももらいました。刺身におろした残りだとは思うのですが、少し残った身の色から判断するにハマチ?っぽいのですが、平べったい顔(いや、魚はみんな平べったいんだけど、これは横に平)に目が斜めに並んでる感じの変わったやつです。
 刺身にするくらいのものだからとても新鮮なわけで、「いる?」と聞かれたとき二つ返事で「ぜひ!」と言ってもらったわけですが、ヨナスも食べないのに(今晩は仕事)さすがに3つは多過ぎました。あら汁にして1つ半を食べてお腹いっぱいです。明日は残りで雑炊でも作ろうかな…。でもとってもおいしかったです。

 今日は他に、先週中華食材屋で買って来た里芋で煮っころがしを作りました。鳥ひき肉が良かったんだけど、買いに行くのが億劫だったので冷凍してあった牛ひき肉を入れて作ったのですが、思いのほかおいしくできました。ほくほく。
 さらに調子に乗って「HOKKAIDO」というきれいなオレンジ色のカボチャ(長いこと飾っていた)で煮物も作ったのですが、圧力釜でガンガン煮たのがよくなかったのか、蓋を開けた時には煮崩れ、ちょっとかき混ぜたらたやすくペースト状になってしまいました…。しょうがないので今度これでスープでも作ろうかな。

 昨日、家に帰ると家に入る前からなにやら香ばしい、というか焦げ臭いにおいが。嫌な予感がして家に入るとさらに強烈な焦げ臭さ。前にヨナスが素敵なレストランで生豆と知らずに買って来たコーヒー豆を、彼は姉マリアさんにレシピを聞いて自宅でローストしたのだそうです。キッチンにはロースト、というより黒こげのコーヒー豆が…。だーかーら、豆を買ったレストランに持っていってローストしてもらえと言ったのに!!普通、いくら家が臭くても、だんだんにおいに慣れて臭さを感じなくなるものですが、こればかりは寝ても覚めても臭かったです。
 で、今朝、その黒こげコーヒー豆でコーヒーを煎れてみましたが、想像に反してコーヒーの味でした。でもさすがに色が「焦げたものを濾した」色で、発ガン作用抜群な感じです。ああもう、餅は餅屋、素人は余計なことしない方がいいです(健康のために)。

 もう冬ですが、秋になるとこのデンマークにも少しおいしいものがでてきます。例えば根菜。実は一年中出回ってますが、やっぱり秋はおいしい気がします。じゃがいもとか、セロリの根(丸くてメロンくらいの大きさ)、ビート、パスティナックという白い人参のような見た目だけどフルーティな味のものとか。
 これらはスープにしてもおいしいのですが、私は適当な大きさに切ってオリーブオイル、チミン、塩こしょうで混ぜ、オーブンで焼いたものが好きです。お肉との相性も最高です。
 そしてなんといってもクリスマスビール!今年もやってきました。と言っても実はヨナスがカールスバーグのクリスマス、イースターの限定ビールが大好きで、いつも販売が終わる頃に買いだめして、夏の間もちびちび備蓄してあるそれらを飲んでいるのですが、やっぱり季節ものを季節のうちに飲むというのは格別です(いつもじゃん!って?)。
 クリスマスビールが出回る頃になると、スーパーは売り場を確保するためかカールスバーグなど普通のビールを安売りしだします。となると我々は「買っておかな!」となるわけで、なんだかんだいって節酒なんてできないのでした…。あ~忘年会シーズンが来る~。

食うか食われるかでなく

2006年11月05日 | デンマークっぽいもの
 デンマークには沢山の中東系移民がおり、宗教も文化も違うそれらの人々が、どうやったらデンマーク社会に馴染んでいけるのかと、毎日のようにTVや新聞で取り上げられていますが、看護業界でもどうやってムスリム患者を受け入れていくか(看護の質)、また人手不足な医療福祉業界で、移民および移民2世(デンマーク育ちだが、母国の文化および両親の影響を濃く受け継いでいるため、デンマーク社会に馴染みきれてない人も多い)などの雇用を増やすために、どう現場を整備していくか議論されています。

 その中でもユニフォームについてですが、イスラム系移民の中でも、けっこう柔軟にデン社会や習慣に対応している人なら問題もないのですが、敬虔な信者の場合、特にムスリムの女性では頭にかぶるスカーフや、肌を隠す洋服(身体の線が見えてもいけないので、タイトなズボンもダメ)が絶対であり、雇用する側と職を求めるムスリム女性との間でユニフォームについて議論が起こっています。



 写真はデンマークの看護雑誌でこのテーマについて取り上げられた時のものですが、右はデンナース白衣、で、左がムスリムナースが求める白衣です。頭のスカーフと身体のラインが見えないダボッとしたワンピース、腕までしっかり隠れるようなデザイン(まるで修道女のよう)ですが、これでは衛生第一な病院では不衛生、かつ動きにくいという問題が。
 デンマーク側としては移民の人にも仕事を得てどんどん社会参加していって欲しいし、ましてや医療福祉現場では人材が足りなくて仕方ないので(景気のいいデンマーク、最近のデン若者にはビジネスの方が人気)なんとかこの辺、折り合いをつけていきたいところなのですが…なかなか話し合いが進みません。
 

 数ヶ月前、イスラムとの問題をとりあげる番組の中で、ムスリム側のコメンテーターとしてある若いムスリム女性がよくTVに出演していました。彼女はムスリムのスカーフを巻いて堂々とハキハキとコメントし、その当時は何をくわしく話しているのか聞き取れませんでしたが、でもその話しっぷりはとても知的な感じでした。きれいな人だったし、ハキハキ答えるし、その当時のTVやニュースでは本当によく見かけたのですが、その後「ムスリムのTVキャスターがスカーフを巻いてTVに出演するのはどうか」というテーマ(だったと思う)が囃されだしたあたりから姿を見なくなってきました。
 この議論に関しても賛成派は「メディアに携わる人であっても、その人個人の宗教などには敬意が払われるべきだ」と、そして反対派は「メディアから得る情報、イメージというのは大きなものなので、ある宗教のシンボル的なものを流すのはよくない」として議論されましたが、結局そのムスリムな彼女の姿がメディアから遠のいていったことから、反対派の意見が勝ったように見受けます(詳しい事情はわかりませんが)。

 しかしこの手の「他文化をどこまで受け入れていくか」という問題でのデン人達の反応を見るたび(白衣の問題はまた別として)、ああ本当にこの小さな国の人達は、他文化に飲み込まれてしまうんじゃないかということに神経質になっているなあと感じます。


 デンマーク人が愛する言葉で「Hygge(心地いい、気持ちいい、温かい、和やか)」というものがあり、大切な家族や友達、恋人などとまったり楽しく過ごす時などによく使う言葉なのですが、デン人はこのHyggeのために生活しているといってもいいほど、Hyggeは彼らにとっては大切な状況、空間です。
 しかしこのHygge、取りようによっては「慣れ合っているもの同士が作り上げられる空間」でもあり、デンマークで同じような文化習慣伝統の中で育ち、それを分かち合える人が使える、というニュアンスもある気がします。
 もちろん、最近の人ではそんなことは関係なく「へ~いい感じだね」みたいに軽く言う時にでもHyggeを使いますが、高齢の方やちょっと保守的な感覚のデン人と話すとき、「これが本当のデンマークのHyggeというものよ、わかる?(って言ってもあなたにはわからないだろうけどね)」と”教えられる”ことや、私がHyggeという言葉を使うと「へ~Hyggeがわかるの?」と若干驚いたようにリアクションをとる人もいます(なので私自身がデン人の前でHyggeという言葉を使うとき、自分で若干空々しさを感じます)。
 外国人にとってこのデンマーク人のHyggeがわかり、自然に使えるようになるまで、そしてそれをデンマーク人も自然に受け取るようになるまでは、思った以上に長いのかな、なんて思ったり。きっとその時というのはデンマーク社会と文化に溶け込んだ時なのでしょう。

 そんなこんなで話は戻りますが、みんなそんなこと言わないけど、きっとデンマーク人、ムスリムの女性がTVでニュースを読んだり、そういうことはHyggelig(Heggeの形容詞)じゃないんだろうな、なんて。若い世代の中でそういうことも今後変わっていくんだろうけど。

 ナースの白衣もお互い歩み寄りつつ、擦り合わせて、いいものが出来るといいなあ、と思います。

母を想ふ

2006年11月04日 | わたくしごと
 とある方のブログで、振り込め詐欺についての記事を読み、不安になって母に電話してみました。母はびっくりして「甘く見るんじゃないわよ、お母さんこれでもお金には厳しいからね!大丈夫よ」と胸を張っていましたが、いや、絶対、うちの母のような人は間違いなくそういう電話がかかってきたらパニックになって振り込んじゃうタイプです。
 だって、航空会社のマイレージカード(英語の手紙が入ってた)が送られて来ただけでパニックになっちゃったくらいだもの…(「なにこれ?!読めない!重要書類?!」と、そしてなぜかその手紙を「怖い!」と捨ててしまったという…)。とにかく危なっかしいのでこれからはちょくちょく電話しなきゃ…と思いました。

 しかし元からすっとんきょうな母ではあったのですが、年をとってますます飛んでる感じになってきて、この前も「防虫剤の無臭タイプのを送って」と言ってるのに、かたくなに「いや、強烈なにおいの方が効き目がいいんだ!」と言い張り、超強力なやつを送ってくれたり、「愛犬のはなちゃん(御高齢で心臓病あり)が死んだように眠ってたので、びっくりして心臓マッサージをしてみた」とか…(寝てただけだったはなちゃん、かわいそうに…)。ハラハラさせられる母です。

 そしてさらに、もう20年くらい移動にはスクーターを愛用しているのですが、昔は2~3年に一回は事故に遭って骨を折ったり顔を縫ったりし、大きな事故でなくとも毎年必ず転んだり打ったりしている母。最近体重が昔に比べて20kgくらい減ったのに、相変わらずスクーターを飛ばして転けて、胸を強打したとか。幸い骨折などはなかったのですが、もう勘弁してよ…という感じです。

 それでも「あはは~香苗が帰ってくるまではなんとか生きてるかな~」と、陽気とそんなことも話しており、私が12月に帰省するのを実はすごく楽しみにしているようです。あんなに「帰って来てもまた行っちゃうと思うと淋しくなるから、帰ってくるな!」と言ってたくせに…。

 今は鬱もいい頃なようですが、まったく心配です。

分離不安?

2006年11月03日 | ベビーシッターの話
 実に久しぶりな夜の子守りの今日、いつもだったら私が寝かしつけるのを喜んでくれるヤコブですが、今日はお母さんのヘレさんのもとを離れず、ヘレさんが無理矢理出掛けた後もいつもと違って「お母さんが恋しい~」といって泣くのです。今まで「お母さ~ん!」と言って泣いても、けっこうすぐに諦めて泣き止み、ころっと態度を変えて「じゃあこの本読もう!」なんてゲンキンなくらいなのですが、今日はなにかが違う。
 寝かしつける前に本を読んであげていても、突然「お母さんがいなくなるのが怖い~お父さんも家にいないし(トーマスは今アメリカでコンサート)、怖いよ~」と泣き出すのです。甘えてぐずぐずしているのとは違い、ぼろぼろ涙を流して泣くので、私もびっくりで、一体どうしたのかと。
 なんとかなだめすかしていると、また突然泣き止んでご機嫌になったり、かと思えばまた突然「こわい」と言い出します。いつもなら小さい時から躾けられているので、本を1~2冊読み、音楽をかけてあげて「おやすみ」といって電気を消すとすんなり一人でも寝に入るのですが、結局今日は「ヤコブが眠るまで一緒にいるから」と約束し、次男達の寝る準備を手伝うのを口実に少し離れたのですが、様子をチラチラ見てたのでそれに安心してようやく寝付きました。

 ヘレさん曰く、それは1週間前くらいから突然始まり、今日もヘレさんが長男トビアスの学校へ面談へ行ったとき、「先生とトビアスと一緒にお話してくるから、クリストファー(次男)と一緒に遊んで待ってなさい」と言われ、ヤコブも納得したものの、ヘレさんが歩いて教室に向かうと突然、「行っちゃ嫌だーーーー!!」と号泣しながら走って追いかけて来たのだそうです。そしてヘレさんが「どこにも行かないし、すぐに帰ってくるから」となだめるも聞かず、じゃあ絶対に大人しくしていられるって約束できるなら付いて来てもいいと許すと、普段の彼なら絶対できないのに大人しく邪魔もせず、そばでじっと座って待っていたのだそうです。

 またこれも突然だったのですが、ある日ヤコブがヘレさんに「空き巣ってなに?家に入って来て何するの?何を持っていくの?空き巣にも家族がいるの?」などなど聞いてきたのだそうです。TVで何か観たのか(ヘレさん家の子供は子供番組以外みないけど)、誰かからそんな話を聞いたのか(でも保育園の保母さん達にそんな心当たりはないそう)、なんでそんなことを突然ヤコブが言い出したのか…。

 子供の分離不安というのは、自然な成長発達の過程でみられるものですが、でもそれにしてもヤコブはもう4才4ヶ月なわけで遅過ぎる。でも分離不安の症状・状況にはぴたりと当てはまります。何かショックなものを見たとか、成長に伴って突然なにかをクリアに捉えられるようになったとか(もしものイメージとか)、視野が広がって色んな考えが出て来るようになったとか、色々理由は考えられますが、今のところヤコブがなぜ突然そうなったかの正確な理由はわかっていません。

 元々ヤコブ、保育園へ行くよりはお母さんと一緒に家にいる方が大好きだったのですが、朝送り届ける時も嫌がってずっと離れず、何度もお母さんにキスをして、泣いて嫌がるのをほぼ無理矢理置いていくのだそうです。何がそんなに不安なのかわからないし、いつもと違う嫌がり方、というか怖がり方をするので(でも迎えに行く時には普通にみんなと遊んでる)そばにいて安心させてあげたい、でもそこでと保育園へ通うのを止めてしまったりするのは、せっかくこの1年で築いて来た彼の社会性を振り出しに戻してしまうんじゃないか、さらにこれを機に逃げることに慣れてしまうんじゃないか、という懸念もあってヘレさんは悩んでいます。対策としてとりあえず保育園には行かせる、でも早めに迎えにいくというのをしていこうか、ということになりましたが。

 あともう一つ彼が最近おかしいのは、父トーマスが家に一緒にいる時は普通なのに、今のように彼が海外で仕事をしていて電話などしてくるとき、一言もしゃべらないのです。元々シャイではあるのですが、でも何か質問したりすると答えるし、そこから話し始めるのですが、今日もトーマスが電話して来たとき彼は一言もしゃべらず、1分くらいで「お母さ~ん」と逃げてしまいました。

 もしかしたらトーマスが不在がちなことには慣れていたけど、”じゃあもし”お母さんもいなくなったらどうするのか?と心配し始めたのでしょうか?こう言ってはなんですが、父は居ないのがほぼ当たり前、でもお母さんというのは唯一の存在だということに今更気付いたのか…。兄弟たちも当てにはならないし、と。

 ヘレさんも初めてのヤコブのこういった精神面でも問題(発達過程でのものだと思うけど)に悩みつつ、でもどうやって彼のそういうことに取り組んでいくか、かなり積極的に考えています(むしろちょっと楽しんでるかのようにもみえるほど。さすが3人目だし)。
 でも私は、自分がもし子供が出来てこんな風に変化があったとき、それをヘレさんのようにしっかり捉えてあげられるか、もしくはみつけてあげられるか。もし見つけられたとしてもしっかり向き合う時間があるか。こう言ってはなんだけど、やっぱりヘレさんは専業主婦なのでそこまでしっかり向き合えるのだろうな、とも思います。だってそうじゃなきゃ熱も無いのに保育園を早くお迎えに行ってあげよう、なんてできないだろうし…。
 この変化の時期をどう向き合うかでどこがどう変わるかもわからないし(時間があればあったでかまい過ぎちゃうかもしれないし)、もしかしたら放っておいても自然に消えるかもしれない、発達上でのことならむしろあまりかまい過ぎない方がいいのかもしれないし、でもそれは本当にその子にもよるし何が正解なのかわからない。将来間違いなく共働きな我々は、こういうときどうするのがいいんだろう、とちょっと不安にもなります。