Kanaheiのデンマーク生活

糖尿病の勉強をしたくてきたデンマークでの紆余曲折な生活を日記として残しています。

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死ぬかと思いました。

2016年11月02日 | 妊娠関係
 いやはや、大変な目に遭いました…。まさかの事態です。

 ホルモン補充療法を始めて、卵もすくすくと順調に育っていました。採卵の6日前には右側卵巣に7つ、左側に2つだったのが、採卵2日前にはなんと右側9つ、左側3つとさらに増え、採卵日には12個中、卵子が含まれていたのが11個と、なかなかの収穫高でした。

 採卵の日には、過去、モルヒネでめまいと吐き気でひどい目にあった経験から、看護師さんに最初は控えめなモルヒネ量でとお願いしていたのですが、それがいけなかったのかなんなのか、最初のひと突きがかなり痛く、「すいません、やっぱり痛み止め追加で…」と。処置をしてくれたドクターも私が痛がるものだから、急いで終わらせてくれて、無事にその時はおわりました。

 その後、診療台のような簡易ベッドに寝かされて休んでいたのですが、お腹の痛みが止まらないのです。処置後は生理痛のような鈍痛がある、と言われており、過去2度の時もそうだったし、でも普通の痛み止めで十分な程度でしたが、今回は明らかにもっと痛い。
 痛みで眠ることもじっとしていることもできず、唸っていると、看護師さんがボルタレン座薬を持ってきてくれたのですが、これも一瞬効いて5分ほど眠りに落ちたものの、また痛み復活。しかも今度は胃の締め付けられる痛みです。
 朝ごはんはしっかり食べたものの、この時点でもうお昼近く。緊張もあって胃酸がたくさん出ているところにボルタレンだったので、きっと胃を刺激したのでしょう。しかもお腹の痛みも痛みのスケール10のうち7か8くらいまで下がったものの、相変わらずです。でもとにかく寝心地の悪い診療台にいるよりも、家に帰って休みたい気持ちがあり、ドクターに確認のスキャンをしてもらったあと、帰宅しました。このときは、「通常採卵で起こる程度の出血はあるけど、問題はない」ということだったのですが…。

 帰宅してすぐにベッドで休んだものの、やっぱり痛い。うとうととしながら悶えつつ、頭に浮かんだのが「卵巣過敏刺激症候群」。いわゆるホルモン剤による合併症です。症状としては、お腹の痛み、そして腹水による膨満感。見れば私のお腹もみるみる膨らんでいき、腹痛も治るどころか、どんどん増していくばかりです。
 通常、卵巣過敏刺激症候群は妊娠確率時、もしくは受精卵を戻したあとに起こることが多いそうですが、最後にスキャンをしてくれたドクターは、「卵巣過敏刺激症候群リスクのボーダーラインね。慎重に経過を見ましょう」と言っていました。でもすでに症状的には似ているし、知り合いで2人、これになって(しかも重症の)しまった人がいるので、やっぱり受診することにしました。

 私は看護師で、普段から超健康体です。なので、救急(クリニックは公立病院なので夜は閉まる)に電話をするというのはかなり勇気がいります。というのも、「こんなの実は私が大げさに騒いでるだけなんじゃ…」とか、「たいしたことないのに救急かかって迷惑かけてしまうかも…」とか、他人事だったら「何言ってるの!すぐに電話しなさい!」と言えることが、自分ではなかなかできないのです…。でもさすがに、このまま夜を過ごす、しかも翌日仕事に行くとなると、「無理だな…」と判断し、首都リージョン(州)の緊急電話へかけることに。
 電話対応してくれたナースはイマイチ不妊治療や卵巣過敏刺激症候群についてわかっていないようでしたが、王立病院の婦人科に連絡をとって緊急受け入れの体制を整えてくれました。

 しかし、この緊急電話は、患者の待ち時間を減らすため、各地にある病院の中でもっとも順番の少ないところを選んで予約制にするシステムです。私がもらった予約時間は20時。この苦しんでいる時点から2時間半後です。H氏は膨らんでいく私のお腹と、苦しみようを見て、その王立病院の婦人科に電話し、「こんな状態ではとても家で待っていられない!」と説得し、すぐに王立病院へ。

 救急の婦人科では、一通りの手続きの後、ドクターの診察を待っていたのですが、あまりに苦しそうにしている私をみた看護師さんに、廊下にあったストレッチャーに横になるよう言われ、そのようにすると、途端に信じられない激痛が!!ちょうど横隔膜あたりに刺すような痛みが走り、びっくりして起き上がったものの、それはもう痛くて痛くて呼吸ができず、涙がボロボロ出て来るだけです。横になることで腹水が移動するのか、起き上がりしばらくするとやっと呼吸ができるようになる始末です。

 そこから椅子に座って、まるでお産をする妊婦さんのように口で浅い呼吸をしながら痛みをしのぎ、待つこと1時間ほど、やっとドクターがきて診察です。クールな女医さんがまずスキャンをしていくのですが、とにかくそれも痛い。最後にお腹を外からエコーで診るとき、診察台を倒さねばならず、また仰向けになったとき、例の激痛が!!!とにかく息ができないのです。悲鳴にもならない、嗚咽のような声で、痛みでパニックになって起き上がろうと必死になるのですが、痛くて痛くて起き上がれないし、地獄です…
 それまで何も言わずにエコーをみていた女医さんは、やっと起き上がってまだパニックの私に「お腹の中で出血しているみたいだから、手術をしなければいけない。今すぐに準備をするから」と冷静に説明すると、すぐに内線でオペ室と連絡を取り始めました。
 私はもう痛みのショックで血圧がどーんと下がったようで、意識朦朧(看護師さんの説明とかまったく耳に入らない)、全身冷や汗でぐっしょり、さらに気持ち悪くなって吐きまくる始末。

 その後あれよあれよという間に手術の準備がされ、オペ室へ入ったのが21時ごろでしょうか。ここでもまた、座っていれば大丈夫なのに、手術台に仰向けになった際、例の発作が起こり、何も知らない麻酔科医、麻酔科ナース、オペナースがびっくりして「落ち着いて!横になって!深呼吸して!」と4人がかりで押さえつける(手術台から転げ落ちる勢いだったので)のですが、痛みで息ができない私は説明することもできず、麻酔医が慌てて鎮静剤を投与するまで、たぶん5分くらいだったとは思うのですが、私には永遠と思える拷問のような仕打ちでした…。手術後2日経った今でも、首の周りが筋肉痛で痛むのは、押さえつけられて必死に起き上がろうと抵抗したからかと思われます…。

 手術が無事おわり、目が覚めたのは、麻酔科ナースが「起きて!しっかり目を開けて!」と荒手な感じでバシバシ顔を叩いたり体をぐわんぐわん揺すりつつリカバリー室へ向かう途中でした。相当鎮静剤を投与されたようで(術前の発作のため)、また出血のせいで血圧が下がっていたため、H氏曰く、移動中、眠りに落ちるとすぐに脈拍が下がってナースがヒヤヒヤしていたそうです。

 執刀してくれたのは、診察をしてくれた女医さんで、術後の説明では、約500mlの血液を腹腔内から吸引し、出血源である右側卵巣の穴には止血の処置がされたとのことでした。仰向けになったときの痛みは、横隔膜に血液が流れ込むことで染みるような痛みが発生していたのだとのこと。
 なんと恐ろしいことに、腹腔鏡オペでも経過がよければ即日退院もある、とのことでしたが、さすがに病棟に戻ったのが24時を過ぎていたこともあり、その日は休んでいくことに。ていうかさすがデンマーク…。

 初めての入院は、2人部屋に一人だったこともあり、また、この日の急患がほとんどいなかったこともあって、とても静かでした。術直後、全身が恐ろしく浮腫んだためでしょうか、体のあちこちが痒くて、それだけが睡眠を妨げていましたが、かなり快眠でした。

 翌日は血液検査(ヘモグロビン値はやはり低かった)と回診の後、じゃああとは適当に帰っていいから、とさっくり言われ、貧血マックス(ヘモグロビン5って…なんで輸血してくれなかったんだろう…)でグロッキーな中、歩いて病院出口まで行き、車で迎えに来てくれたH氏の運転で帰宅したものの、しばらくは会話するのにも苦しいし、めまいはひどいし、20時間くらいぶっ続けで眠りに眠りました。
 
 本当ならこのまま眠り続けて回復を待ちたいところですが、執刀してくれた女医さんは「子宮にはなにも影響はないし、不妊治療を続行できるわよ」と太鼓判を押してくれたので、今日は重い体を起こして、無理やり何か栄養になるものを食べ、がんばって水を飲み、少しでもお腹の空気(腹腔鏡で見通しをよくするため腹腔内に空気を入れるので、術後膨満感が残る)を排出するため、短時間ですがライカの散歩にも出かけました。

 クリニックの卵ラボに電話すると、11個もとれた卵子なのに、受精後分裂をしたのは6つのみ。それでも十分ではありますが、やはりあんな苦労(オペ)までしたのに感はぬぐえません…。まあしょうがないけど。
 採卵後に起こったことを軽くラボに説明し、正直まだ全然体調よくないっすと伝えると、とりあえず受精卵たちはあと3日は成長を見守らなきゃいけないし、金曜日にもう一度連絡して、どうするか決めましょうとのことでした。

 本来ならここまでストレスを受けたわけだし、受精卵を全部凍結して、私の回復を待ってもいいのでしょうが、私はなんてったってナースなので、そのへんタフにできてるし、ある意味卵を戻すという目標があることで、リハビリにも気合が入ります。女医さんの「子宮は大丈夫」というお墨付きでもあるし、これまた女医さんから「卵も戻すんだから、ゆっくり2週間は休みなさい」と、病欠の書類も書いてもらいました。
 それに卵は鮮度が命。凍結後解凍した卵は、やはり着床率ががくんと落ちるのだそうです。なので、金曜日には出来る限りのベストコンディションへもっていけるようにがんばります。

 これまで、いろんな現地在住日本人の方から、いかにデンマーク医療はひどいか、ということを聞かされていましたが、今回、自分が初めてデンマーク救急医療の患者になるという体験をして、まあ、もちろん後遺症も残ってないし、ある意味軽傷の類だったこともありますが、私個人の印象では「そんなに言うほど悪くない」という感じです。
 自分が医療者の一端だから言い訳をするわけではありませんが、医療は100%じゃありません。私が出血したことも(そしてそのまま帰宅させられたことも)、きっと日本人の目から見ればそれってどうなのよ?と見えることかもしれません。それでもこの限られたリソースの中で、デンマークの医療者、とくにドクターたちは本当にがんばって、その時にできることをしています。まあでも、王立病院の近所に住んでいるというのは、やはりデンマークで救急医療を受ける際の運を分けるところではありますが…。

 と、まあそんなわけで、死ぬかと思った出血騒ぎでしたが、あとはデンマーク流の「貧血にはステーキと赤ワイン」という食事療法も取り入れつつ、リハビリに励みたいと思います!
 
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家での音楽の聴き方

2016年10月08日 | 家族のこと
 長期ホルモン補充療法なるものをはじめて1週間が経ちますが、今のところとくに心配したような副作用が出ることもなく、穏やかに過ごしております(周りはどうだか知らないけど…)。

 カフェやバーが集まるエリアのど真ん中に住んでるので、ちょくちょくと仕事のあと、アペリティフとしてカフェでH氏と一杯飲みつつ、その日あったことなんかを話し、これといって出かける予定のない週末でも、浮かれた人々に混じってバーめぐりをしたり、ライブを聴きに行ったりしていましたが、お酒もコーヒーも飲んじゃいけないとなると、はっきり言って手持ち無沙汰です。犬の散歩で外に出ても、みんなが楽しそうに飲んでいるので、うらやましくなります。

 そんなわけで、持て余した時間に、家で読書と音楽鑑賞を意欲的にするようになったのですが、ここでちょっと問題、というかめんどくさいことが。

 うちのアパートの構造は、各両端に子供部屋、その真ん中に私たちの寝室、そしてワンルームのリビングダイニングキッチンがあります。手狭、1階で日当たりもそこまでよくないので、どかーんと一間にして共有スペースをオープンにしているのですが、つまり、いろんなことを共有せざるを得ない空間ということになります。
 特に音に関しての共有が大きく、TVを観る、音楽を聴く、ラジオを聴く、または静かに読書をするためには、H氏と常に合わせなければなりません。

 私は特にTV番組に関して固執するものがないし、H氏が観るものも基本的に趣味が似ている(ガヤガヤしてるのや、基本エンタメ系は観ない)ので障害はないのですが、問題は音楽です。

 子供の頃からバンドでドラムを叩き、高校は数学と音楽を専攻とする学校へ通っていたH氏にとって、音楽は鑑賞するより、自分で演奏する方がいいようです。そして彼は自他共に認める、聴覚優位の人です。

 聴覚優位の人の特徴はというと、
・時間を追って、段階的に理解するのが得意(経次処理)。
・全体よりも細かいことに関心を示す。(*会話全体の内容より、一つの単語や発音の違いが気になって先に進めないこと超多し)
・フレーズや歌詞を覚えるのが得意。
・リスニングが得意。
・BGMを思わず聴いてしまい、集中できない。
・自問自答、独り言をよく言う。
・言葉で伝えたことをそのまま、復唱をかんたんに出来る。
・音に敏感。雑音があると集中できない。
・論理的に話してもらわないと嫌がる。
・うんちくや有名人といった権威性に弱い。
・話に矛盾があるのを嫌う。
・聞いて学習することが得意。
・音楽を聞くことが好き。
・記憶に音(声)や音声がともなっていることが多い。
・話す時に、言葉に詰まったり、言葉が出なかったりすると過度に焦る。(*だから日本語学習にすごい苦手意識がある)

 男の人なのにけっこうマルチタスクというか、この聴覚優位のおかげで、何かをしながらでもラジオでごく普通に情報を吸収していたり、歌詞なんかみなくてもドライブしながら音楽を聴いてるだけでスラスラ歌えたりと、視覚優位の私とは正反対です。しかし、記憶メモリーのインプットとアウトプットも、いちいち声に出して言うので、結果、一人で自分のことばかり話しているようなこともあります。

 そんな人なので、私が音楽、特に彼にとってあまり興味のないジャンルである、ジャズとクラッシックをかけていると、苦痛以外のなにものでもないようで(まあ、大概の人がそうだろうけど)、「気が滅入る音楽」といって腹を立てています。
 では、彼が何をBGMにかけているかというと、午前中は基本的にデンマーク国民放送ラジオ(ポップス)、あとはストリーミングでインディーポップス、インディーロック、デニッシュポップスなんかを聴いており、私は最近、特にセレクティブに、集中して音楽を聴いていることもあってか、単なるBGMとして、常に音楽が流れている、耳に入る状況というのは、なかなかイライラします。

 もともとけっこうな寂しがり屋にもかかわらず、月の半分をひとりぼっちで長年過ごしていた彼なので、なにかを埋めるためにずっとラジオや音楽をかけていたのでしょう。音に囲まれているのは、もはや習慣なのでしょうが、二人で暮らし始めて5年も経つのですから、そろそろ習慣も変わってきていいはず…。

 新しいアパートに引っ越すにあたり、場所をとるCDステレオを捨て、新居にはリビングダイニングキッチン、寝室、子供部屋、さらにはバスルームにまで全部屋にWi-Fiスピーカーを設置し、すべての音楽はSpotifyや多種ネットのストリーミングで聴けるようにしました。
 場所をとらず、すべてのネット端末から操作でき、聴きたいものを聴きたいだけ、選びたい放題なのはいいのですが、CDのときのような「選ぶ」という行為をきちんとしないで、適当ないいとこ取りプレイリストをかけることが習慣化してしまい、音楽をじっくり聴いて「いいねえ〜」という体験が少なくなってきました。
 そして、各部屋にスピーカーを設置したはいいのですが、たとえば別の音楽を私が他の部屋で聴いていても、小さいアパートなのでH氏のいるリビングに音が漏れてしまい、それもまた聴覚優位で、嫌でも音を拾ってしまう彼には耐え難いことのようです。
 それだってひとつのライフスタイルの形だろうし、今までだって別にそこまで大きな問題ではなかったのだけど、私のホルモン治療によって少しだけライフスタイルが変わって、またじっくりと読書と音楽鑑賞をするという趣味が再燃し、でも家には常に音を共有したがる人が…(音がない、というのはそれはそれで耐えられないらしい)。

 そんな中、飽きやすく、人に影響されやすい長男が、最近まわりの流行りにのってレコードを集めるようになったのですが(といっても「レコード屋にいって選んで買う」という行為が好きなだけで、買ったあとはあまり聴いていないという)、レコードを聴くならきちんとしたデッキを!と、私もH氏もずっと考えていたので、今、どんなのを買うか検討中です。ついでに一人がけの座り心地のいい椅子を買い、ヘッドフォンを買って、私は私の音楽の世界に浸れることを夢見ているのですが、共有スペースの問題は解決しないまま…。最終的には模様替え案まで出始め、なんだか壮大なプロジェクトに発展しそうな勢いです。

 
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最後の妊活

2016年10月03日 | 妊娠関係
 また最後の更新から、ずいぶんと時が経ってしまいました…。

 昨年の8月に王立病院の不妊治療クリニックへ面談にいき、その後やれH氏側の精密検査だの(結果異常なし)、私の方の代謝機能に問題があるだので、時間がかかったものの、やっと治療に踏み切れるとこまで来た12月、さて!と申し込んだら「今月分の患者さんはもう定員です」と…。
 でも実は過去2度の体外受精の、まあいわゆる後遺症的なものでしょうか。毎月、排卵日あたりに卵巣がめちゃくちゃ腫れるため(ある意味生理痛よりひどい)、「こんなしんどい後遺症までできて、またもう一回、しかも今度は長期ホルモン補充療法だなんて、やっていけるんだろうか、私…」と、かなり怖気付いておりました。
 
 子供はもちろん欲しいけど、だんだんと自分が妊娠するというイメージも薄れ、今の生活でも別に悪くないしとか、もしまた妊娠失敗して、さらにはまた後遺症がひどくなったりしたら、この先この体を抱えて毎月の痛みとともに生きていくのかとか、どんどんどんどん決意がくずれ…。
 でもせっかくあるチャンス、最後までやり遂げなかったら絶対後で後悔する!と、覚悟をきめ、今回最後の治療を受けることにしました。

 で、先週末、治療を受けるにあたって異常がないかどうかスキャンで確認後、以前の面談で相談した通り、今回はロングタームのホルモン治療でいくことに。
 これがいわゆる女性にとっても、パートナーや周りにとっても「しんどい」治療なのですが、その訳は、女性ホルモンを抑制する=更年期と同じ状態になる、からです。これまで私の中で順調に分泌されていた女性ホルモンが、ある日突然ゼロになるわけですから、そらー体も頭もびっくりするわけで。普通の更年期のようにじわじわくるものではないので、人によってはかーなーり荒れるそうです。
 普段から生理周期だけでもアップダウンの激しい私。末恐ろしいことこの上なく、H氏にいたっては「寝袋とテントを用意して、いつでも避難できるようにしなければ…」と半分ジョークのような、本気のようなことを言っています。

 そんな女性ホルモンゼロ期間突入から4日経ちましたが、今のところ、自覚症状としては、
・「眠い(いくらでも眠れる)」
・「ややむくむ」
・「生理痛のような下腹部に鈍痛がある」
・「ごくたまに偏頭痛がある(たまたま今日ヨガでブリッヂをしてたからか?)」
という程度で、まったく問題なしです。今のところ。これらの症状もカレンダー上もうすぐ生理なのでそのせいかもしれないし。
この調子で、最悪な時期をあっさり乗り切れたらいいな…と願うばかりです。

 まあ、ホルモン治療のことは専門家に任せるとして、私は私で、葉酸をしっかり摂り、適度に運動して(毎朝、午後とライカの散歩だけでもいい運動量です)、なるべくバランスよく食べるようにして、夜はしっかり眠る、ということを気をつけておりますが、ずばり、今回は今までと違う決意?がございます。

 それは、「どうしてもいろんなことでつらくなったりして、飲みたくなってしまったら、1日1杯はお酒を飲んでもいいことにする」というものです。

 わかってます、わかってます。妊娠したけりゃお酒くらい我慢しろ、という意見はわかってます。無事妊娠したあかつきには、もちろん胎児のために禁酒するわけですが、今、三度目の体外受精に当たって、私の中でいろんな考えをまとめた結果のことです。
 これは、不妊治療を(失敗)してきた人にしかわからないことですが、いくらがんばってもそれが結果に結びつくという確証もギャランティもなく、それでもと信じながら治療を受けていくことは、本当に体も心もしんどいことです。途中でいろんなことを見失って、パートナーとの関係そのものが壊れかけてしまうこともあります。
 不安も痛みも、全部自分で引き受けて続けていく治療の中で、自分の中で何か折り合いというか、フェアさを見出す代わりに、私は1杯のワインを許すことにします。たぶん、どこかで子供を授かることをあきらめているのもあるからかもしれない。たぶん、すべてが神のみぞ知る、運まかせな、ノーコントロールな中で、どこかひとつでも自分でコントロールしたいという願望の形なのかもしれない。とにかく、そんな感じです。
 
 前回、前々回は、飲みたいけど飲んじゃいけない、という制約のなかで、本当につらかった…。なにがストレスってそれが良好な結果をもたらすとはわからないのに、すっぱり断酒をしなければいけなかったことでした。
 しかし不思議なことに、こう決意してしてしまうと、飲みたいという気持ちもそこまで湧いてこず、「本当につらかったら飲んでもいい」という逃げ道があるとわかっていることで、精神的に以前のような追い込まれるようなストレスはまったく感じません。結局、なにが一番自分をつらくしてたかって、自分自身の追い込みだったんですね。

 最後の治療を始める、と、いきつけの足つぼ師?であるBettinaに話したところ、彼女も気合を入れて各ホルモン補充期に合わせて治療プログラムを組んでくれたので、もう、気楽に楽しんでいこうと思います。
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Laika

2016年02月21日 | 家族のこと
 小さい頃からずっと実家に犬がいて、デンマークで初めて猫を飼ってみて、あのフワフワ感にやられて「私は絶対猫派!」と思っていたのですが、ヘニングと一緒に住み始めてココを飼い始め、「やっぱり犬はいいね」と思っていたのですが。

 街中のアパートに引っ越しが決まったものの、アパートがペット禁止だったので、残念ながらココは一緒に引っ越しできないと判明し、そしたらヘニングの元奥さんが、私たちが住んでいた家(2階)に引っ越してくることが決まり(というか昔住んでいたので出戻り?)、息子たちは生まれ育った家で階下のお義姉さん家族やいとこ達と離れずに済み、ココも階下のベラと離れずに済むことになり、なんだかすごい話ですが、うまくいろんなことがピタッとはまって一件落着。
 最初は、アパートの管理組合を説得して、ペット可になったらココを迎えにいこうと思っていたのですが、階下の家族やベラのところを自由に行き来し、大きな庭を駆け回り、幸せに暮らしていたココ。さらには一時的に面倒をみてくれていた元奥さんも「ココが欲しい…」と言ってくれていたので、ココは養子に出されることになりました。

 と、そんな感じで前置きが長くなりましたが、ココがいなくなって、アパート管理組合も説き伏せた今、「やっぱり犬が欲しい!」となり、登場したのがライカです。

 ジャックラッセルテリアのライカは、生後2ヶ月でユトランド半島からやってきました。

生後1ヶ月くらいのライカ(左)。ブリーダーさんから送ってもらった写真です。

 「Laika」という名前は本当に思いつきなんですが、次男が「初の宇宙ドッグ!」というストーリーに興奮し、決定。その後ワクチン接種とヘルスチェックで行った獣医さんは、ライカという名前を聞いて「いい名前だね。人類はライカに新しい、いい人生を贈る義務があるからね。」と。
 打ち上げから7時間後、空調が故障して室温が50度まで上昇したスプートニク号の中で、恐怖と暑さの中で苦しみながら死んでいった初代ライカ。新しいライカには、うちでめいいっぱい幸せになってもらおうと思います。


うちにきた日のライカ。古い工具箱がしばらく彼女のベッドでした。


犬が大好きな次男。「tissemaskinen(おしっこマシーン)」とか「 pøllefabrik(ソーセージ工場)」という異名を次々獲得していったライカ(子犬のトイレは本当に大変です…)を辛抱強くしつけていました。


突然雪が降ってきたので、身長198cmの長男の古い靴下で、即席スウェットを作成。


その後アップグレードしてフリースに。子犬はすぐ成長して着れなくなっちゃうので、冬用ジャケットは来年買います。


数々の悪行を重ねてきた彼女ですが、ついにソファーを破壊。まったく悪びれる様子はありません。

 まあ、そんなわけで、小なライカに振り回される日々です。生後3ヶ月までは、夜中も2〜3回起こされ、雨でも雪でもトイレのために外へ連れて行くので不眠が続き、H氏は「赤ん坊のほうがオムツしてる分まだ楽だ…」と言ってましたが、生後5ヶ月の今は夜はぐっすり眠り、トイレもしっかり朝まで我慢できるようになり、日々成長しています。
 ジャックラッセルという犬種の特性上、身体的にも精神的にも毎日必ずアクティベートしていかねばならないのですが、幸いにもうちのすぐ近くには大きな芝生の公園がいくつもあるので、毎朝、午後と1時間以上散歩し、週末は車や自転車で森などに遠出し、なかなか街中の犬としては高待遇なのではないでしょうか。
 けっこう職場の既婚子持ちの同僚には「子供ができない代償的に、犬に母性をつぎ込むイタイ女」と見られがちですが、最近では近所に住む、シングル女子による愛犬お散歩グループに仲間入りもし、街中に住んでると色んなライフスタイルを持った色んな人と出会う機会があって、そんなんでもええやないの、と思えて助かります。
 

ゴムパッキン(byハムテル)。唇?が黒いので、ちょっとゴス系です。

 もうすぐ狂犬病のワクチンの免疫が出来上がるので、スウェーデンのサマーハウスに連れて行ってあげるつもりです。ライカ、牛と初めて出会いますよ。
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初のインシュリンポンプ患者さん…はグリーンランド人!

2015年11月04日 | デンナースのお仕事


 元気にもりもり仕事に出かけたにも関わらず、突如謎の腹痛(激痛!)と吐き気でタクシー早退というドラマを繰り広げた今日。家に帰って爆睡したらサラッと回復し、なんだったんだ…!?という。年をとると変な体調問題が浮上してきて、いやはや困ります。
 原因はおそらく2度の体外授精でのホルモン治療で、排卵時に卵巣が腫れるから、というものだと思うのですが、それにしても今回はひどかった…。これから閉経までこれが続くのかと思うと、気が重いっす…。婦人科で検査(というか軽い血液検査だけ)もしてもらいましたが、排卵時以外は別になんともないので、もちろん「異常なし」で終わっちゃいましたが。

 さて、仕事の上で色々と面白いことがあったので、久々にまたブログに残しておきたいと思います。

 私が務める王立病院は、一応デンマーク先端医療の中枢病院として機能しているため、デンマーク国内、いろんなところから患者さんが運ばれてきます。「国内」というと、そこにはボーンホルム島(スウェーデン南部に浮かぶ)はもちろんのこと、フェロー諸島(スコットランドの上、ノルウェーとアイスランドの間)、はたまたグリーンランドまでも王立病院の管轄なので、はるばるみなさん、飛行機に乗って受診してくるのです。
 
 王立病院に勤務し始めた1年前、「王立病院なのにインシュリンポンプ患者さんがいないなんて!」と憤慨し、ことある度に、「ポンプ外来立ち上げましょう!」とドクターや糖尿病エキスパートナースのシャーロッテに言って回っていたのですが、念願叶って(そして必要に迫られて)、先日ついに我が糖尿病外来初のインシュリンポンプ患者さんを受け入れることになりました。しかも、その初ポンプ患者さん、なんとグリーンランド在住!どひー。

 事の発端は、妊娠糖尿病のエキスパートであり、インシュリンポンプ治療にも経験豊富なドクター、エリザベスがある日「オーフス大学病院から転送されてきた若い女性患者さんの診察に付き合わないか」と声をかけてくれたのがきっかけ。(たぶん私がポンプポンプうるさかったから)
 患者さんは1型糖尿病のグリーンランド人で、教育の一環で一時的にオーフスに住んでいた時、インシュリンポンプの導入を始めたそう。でもグリーンランドに帰るに当たっては王立病院が管轄となるので、うちの外来に移ってきたのでした。

 オーフス大学病院での患者さんのポンプ設定は、超シンプル、というか最低限のことしか設定されておらず、よくこれで暮らせていたなあと…。エリザベスが設定をある程度変更し、その後私が引き継いで、低血糖時や運動時など、血糖変動に対しどうポンプの機能を活用していくか、ポンプ故障時など緊急時の対応の確認、グリーンランドでポンプに必要な物品をどう手配するか、そして定期検診をどう行っていくかなど話し合いました。

 特に普通のデンマーク国内にいる患者さんと違って、この患者さんは時差4時間、直行便で8時間弱のグリーンランド在住です。通院にかかる交通費は国が負担するのでかかりませんが、それでも「じゃあ1ヶ月後にまた来てください」というわけにはなかなかいきません。なので、王立病院に通院に来るのは1年に1度、それ以外は3ヶ月に1度、グリーンランド首都にある病院でHbA1c(過去2ヶ月の血糖の推移を見るための血液検査)のモニターや合併症のスクリーニングしていく、ということに決まったのですが、変更したばかりのポンプの設定の微調整や、その他もろもろのことをケアしていくのは担当ナースである私の役目です。

 そこで、このハイテクなご時世、ネット環境さえあればどうにかなるもので、患者さんにポンプと血糖測定器からデータをPCに転送して、その解析結果と治療プランをメールか電話で、ポンプが最適な設定に達するまで、およそ1〜4週間ごとにやりとりしていきましょう、と決定。患者さんも若者なので、その辺はすんなりオッケー。
 ポンプのメーカーに問い合わせたところ、この患者さんが使用している、Rubin社のアニマスポンプでは、Diasendというオンラインデータベースで患者さんのデータを共有できるそうで、患者さんは世界中どこにいても(ネット環境さえあれば)、このデータベースに血糖測定器とポンプのデータさえ送信し、担当医療スタッフと交信できるのです。ワンダホー!

 というわけで、ささやかながら突如スタートした、うちの外来でのインシュリンポンプ診療。いきなりグローバルな展開です。距離とか時差だけでなく、グリーンランドはエスキモーの土地。患者さんは首都ヌークに住む現代グリーンランド人の若者ですが、生活習慣がまるで違います。そんな患者さんを相手に、今後どうポンプチーム(現在メンバーは私とエリザベスのみ…)を発展させていくか、かなりワクワクです!
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まだ生きてます。

2015年08月08日 | ご報告
 もはや1年に一度、七夕並みにしか更新されない、完全放置ブログとなっております。

 またまた現状ステータスとしましては、

1、まだ妊娠してない
2、昨年10月に王立病院に転職、でもまだ契約社員。
3、春にコペンハーゲン街中に引っ越した


 1、まだ妊娠してない
 長らく不妊治療を休憩し、今年のはじめに「そろそろ王立病院に申し込みでもしてみますかね」と紹介状を送ったものの、さすが王立病院。なんと初回面談までの待ち時間が6ヶ月!
 しょうがないと待ち続け、ようやく6月に面談にいったものの、前回のHerlev病院からの書類がきちんと揃っていないこと、また王立病院の専門の科で男性側の生殖機能を徹底的に調べるということで、さらに3ヶ月待ち。そんなこんなしてるうちに、今年もう私36歳です。だんだんリミットが近づいておりますが、まあ、急いでも仕方のないことなので、のほほんと待ち続けています。
 治療から離れたこともあり、妊娠に対する焦りやストレスがなくなったので、「さりげに自然妊娠なんかしないもんかね」と密かに期待もしているのですが、なかなかそうもいかないようです。
 最近では自分と「妊娠」という言葉がだんだん結びつかなくなってきており、うっすらと、この先も子供ができないでH氏と二人、あるものでやっていくんだろう、という人生の方がリアリティーが増していっています。あきらめたわけじゃないけど、なんといっていいのでしょうか、「信憑性に乏しくなってきた」とでも言うのでしょうか…(自分に対する)。
 明後日には王立病院の不妊治療クリニックに、2度目の面談へ行くのですが、まあそこでどうプランニングがされるのか、ちょい楽しみです。が!なにも妊娠するにあたって良いと思われることをしてこなかったので、身体コンディションとしてはある意味最悪といってもいいほど…。月曜から気を引き締めて、断酒、週3ヨガなど復活させようと思います。

 2、王立病院内分泌内科外来、糖尿病ナースとしてバリバリ勤務。でも契約社員。
 新しい外来勤務では、内分泌、糖尿病、NET(神経系内分泌腫瘍)と3チームに分かれているうちの、糖尿病チームでがんばっております。
 王立病院の糖尿病外来はもともとステノの分院として運営されていたので(4年前に分離、独立した)システム自体は似たところがあり、ステノ育ちの私としてはやりやすいのですが、なんというか、責任者不在でふわふわまとまりなし。
 というのも、チームリーダーのシャーロッテは首都リージョンが作成中の医療ガイドライン内の糖尿病分野でバリバリ働いていることもあり、週に1、2度病棟に顔を出すのみ。その忙しいシャーロッテの代理である、チームコーディネーターのメッテは、コミューンの健康管理センターに教育実習にでてしまい休職中(私はその休職代理として雇われた)。チームコーディネーター代理となったリーネは、経験はあるんだけどいきなり抜擢されたコーディネーターとして右往左往…。糖尿病チームの他の3人は経験に乏しい上、NETチームとの分業ということもあって、あまり糖尿病の方に全力を投入できない模様。
 さらに、コーディネーター代理のリーネが妊娠し、先日産休に入ってしまったので、事実上責任者不在の状態です。メッテは教育実習が終わったものの、今度はうちのクリニック内でプロジェクトナースとして1年働くことになったため、私の契約期間も延長されたのですが、なんだか彼女の進退で私の契約も変わるので、正直むかつきます。もう一人スティーネという産休中の糖尿病チームメンバーが9月に戻ってくるのですが、彼女は他の仕事を探し中という噂があり、もしその彼女が他に転職したら、私もようやく正規雇用がもらえそうなのですが…。
 「契約は来年6月まであるわけだし、それまでには決まるよ」と他の人は言ってくれるのですが、正規雇用にこだわる理由としてはやはり、秋に再開する不妊治療でもし万が一妊娠したら、契約社員の私としては産休前に契約が切られるなんてこともあるわけで。まあ私が担当しているチームの仕事量的に、そう簡単には切らないだろうとは思いますが…。
 あとはこの秋に採用される新しいドクター(実はステノで一緒に働いていた)が、インシュリンポンプチームを立ち上げるようで、なんとそこには私の名が。そんな大役預かるのに契約社員ってどうなのよ?という。
 その他にも、コーディネーター不在の中で、他のチームスタッフ(経験は少なく、仕事量などへの文句は多い…)とどう日々の糖尿病外来をまわしていくか…など課題は山積中。でも仕事内容自体はステノとも、他の病院とも全く違った、王立病院独自の疾患を対象にすることもあって、かなり面白いです。

 3、ノアブロに復活
 4年間の郊外生活、しかも泣く子も黙るいかついコペンハーゲン西部でひたすら耐え抜いてきましたが、やっと、やっと、コペンハーゲンに舞い戻ってきました…。郊外のいいところを探そうと、乗馬をしてみたり、ガーデニング(というか野良仕事)に精を出してみたり、マイカーを買ってみたり(郊外には必須)、いろいろしましたが、H氏とついに一念発起して郊外脱出!
 義母や義姉には散々文句を言われたり、新しいアパートの改装は噂に聞いていた通り、かなり肉体的にも精神的にもヘビーではありましたが、やっと「彼の家」ではなく、「私たちの家」を手に入れた感慨深さはハンパないっす。
 しかも引っ越した先はノアブロ!H氏も私もノアブロで若かりし頃を過ごしていたし、H氏はやんちゃなヒッピー、私はガイジンいっぱい、ちょいアウトローなこのエリアが大好き。さらには以前住んでいたノアブロの端っことは違い、カフェ、クラブ、バー、おされショップの多い街中ノアブロ。住人はヒップスターな若者、容赦なく筋金入りのヒッピーの中高年の方々、ミュージシャンや俳優など、かなり濃い人たちが多いのも特徴です。先日あった総選挙では、この街中ノアブロエリアの政党別支持率は全国ダントツでEnhedslisten(超左側)という、分かり易すぎる結果が…。
 そんなこんなで、新ノアブロ生活、毎日エンジョイしております。問題は外食が増えて食費が増え、なにかとショッピングの誘惑が多いし、しかもみんなおされ(一見だらっとしてるのにそこはかとなくおされな人が多い)なので西部エリアのように気の抜けた格好であまり外に出れないので、街中生活もそれはそれで大変ですが。

 ………と、ここまで書くのになんと1ヶ月くらいかかってしましました。なんかかんかと邪魔が入るので(H氏の)、集中できません。

 そしてこれは先週の話なのですが、ようやく契約ではなく、正規雇用がもらえそうです(まだ契約書にサインしてない)。週38時間勤務のうち、16時間を臨床検査技師と一緒に特殊検査を行うラボに勤務するという、変な条件付きなのですが、採血とか刺すのが意外と好き(しかもうまいぜ)なので、まあいいか、と。今後は内分泌系血液検査の鬼となって活躍していきたいと思います!
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生きてます

2014年09月24日 | ご報告
 お久しぶりでございます。前回更新したのが昨年の11月末。忘れかけた頃にまた復活するのが、近年のKanaheiブログです。


 現状ステータスから申し上げますと、

1、まだ妊娠していない

2、10月からまた転職

3、デンマークの家族は相変わらず

と、いう感じでいまだに進展があるようなないような人生です。


 まず1のプロジェクトですが、前回のブログによりますと2度目の体外受精で卵を2つ戻したところで終りましたが、双子の望みもはかなく、まんまと非妊娠確定。
 「もー、ちょっと疲れた。休憩!」ということで、3度目(公立病院で無料で受けられる最後のチャンス)に継続していく前に、タイムアウトをとったわけですが、まあこれは正解でした。というのも、この頃から冬本番、小児科が地獄の忙しさを迎える季節になったわけで、満床、重症、次々と襲うスタッフ病欠によるマンパワーの慢性的欠如、病棟からの度重なる緊急出勤要請、と、こんなときに不妊治療なんてしてる場合ではありません。
 他の妊婦さんスタッフのシフトをカバーするのまで安易に引き受けちゃったものだから、1月の夜勤回数が19回に上るなど、真冬だし、太陽を見ることもなく過ごした、もぐらの日々。精神が破綻しかけた頃にようやく「嫌ならノーと言えばいいのか!」と気付き(遅い)、事なきを得ましたが…。いやいや、きつかった。

 というわけで、冬が終るまで(なんだかんだで4月末まで激務は続いた)休憩の予定だった不妊治療ですが、夏は夏で、去年も私の不妊治療を理由にあきらめてもらった、H氏と息子達および義姉家族を連れた大家族日本ツアーを、今年こそは実現させてくれ!という義姉夫婦のアツい要望により、梅雨明けの蒸し暑い日本をツアコン、ガイド、通訳という3役をかってしまったため、不妊治療再開の目処はたたず。
 さあ、じゃあ夏も過ぎ、穏やかな秋に…と思ったら、今度は10月から転職で、生活がどう変わるかちょっと先行き不透明。「子供を持つのに、パーフェクトなタイミングなんてないんだ…」というのは、今や2人の子供を持つ友人S談。映画監督で常にプロジェクトを複数同時進行で抱えている彼に、「あなたにとってReadyな時を待ってたら、一生子供なんて作れない」という彼女からの、ある意味説得もあったようですが…。
 まあ、そんなわけで、確かに「なにが、いつが」パーフェクトかと言われますと、確かに難しい問題ですが、でも最後のチャンスと思うと、やっぱり万全を期して挑みたいもの。なので、新しい仕事が落ち着き、クリスマス休暇に入る直前、12月頃でしょうか。それまでに体調もばっちりに整えておく必要もあります。
 そして、過去2度の体外受精を行った、現在勤務中のHerlevではなく、次は王立病院の方にいってみようかと。治療に大きな違いがあるわけでもないのですが、まあなんとなく2度もだめだったし、3度目の正直ともうしますか、願掛けみたいな?新天地(大げさ)で気分リフレッシュみたいな?

 そうそう、初の体外受精で妊娠した同僚のおすすめで、春から夏にかけて、けっこう集中的に針治療に通ったりもしました。1回400kr(幸い民間保健に入っているものの)と、決してお安くはないですが、不妊治療に効果があるという、その業界?では有名な中国人の先生の治療院です。
 結論から言いますと、まあ治療を2ヶ月集中して受けてもミラクル自然妊娠なんてことはなかったのですが、はじめの2回ほどの治療と漢方薬の後、毎月くる(そして体外受精後なぜかひどくなった)PMS症状がその月はなかった、その後も生理痛もほとんどなく、Kanahei史上初、鎮痛剤ほぼ無しで過ごせたという、脅威の効果。
 すごい!きっともっと続ければ身体のバランスもよくなって、自然妊娠も夢じゃない!と喜んだものの、2度目3度目と効果は徐々にフェイドアウト。費用もだいぶかさむので、治療を止めた今は、すっかり元の状態に戻ったようです。
 治療には個人差がだいぶあるのであれですが、なんとなく私の経験だと、針治療は即効性はある、けど持続性はない、という感じです。なので次回最後の体外受精をする際には、タイミングを合わせて(生理後排卵期にいたるまでがベストらしい)、短期集中で挑戦してみたいと思います。そしてH氏と息子達曰く「Kanaheiだんだんヒッピーっぽくなっていってる…」だそうですが、Zoneterapi(足ツボ)、さらに足ツボのBettinaさんおすすめの、Healingという、なにやら確かにヒッピーぽい治療もすべてまとめてトライしてみようかと(カウンセリングでオーラ?をみて、それに合わせたハーブオイル?を調合してくれたりするらしい…魔女?)。
 職業一応ナースですし、こういったAltanativな治療を100%信じているというわけではありません。でもカップルのどちらにも医学的に妊娠するにあたって何の問題も無い、と診断されている場合、もうこれは「運」だな、と思っているので、じゃあ目に見えるもの(医学)ではない、目に見えないものの力を利用してみてもよかろう、というのが私の考えです。なんてたって、針も足ツボも気持ちいいし、言うことなしです。


 さて、2、の転職に関してです。
 ステノのリストラ以来、まさしく新天地で心機一転と始めた小児科ですが、転職の一番の動機は、やっぱり「糖尿病看護が恋しい」です。
 小児科でも糖尿病の子供に接する機会は決してゼロなわけでもなかったし、新規発症の子供を受け持ったこともありました。でも、小児糖尿病を専門に受け入れてるのは、10階にある「Social pediatrien(社会的家族的背景によって体調に影響があったり、入院による観察、治療が必要な小児を対象とする)」で、20階の通常の小児科の私は、なかなかチャンスがありませんでした。
 この1年の間に、10階の小児科と小児糖尿病外来とハーフ&ハーフの勤務ポジションと、10階の専属ナースのポジションと、2度面接を受けてみましたが、ワンマン婦長で知られる10階の婦長には、「糖尿病にフォーカスを当て過ぎている。精神看護の経験がない」という理由ではねられてきました。(インシュリンポンプも扱える私のキャリアを、糖尿病外来の医長はとても買ってくれていたんだけど)
 どうやらこの10階の婦長にとっては糖尿病とSocial pediatrienとの優先度は2:8くらいの割合。そして私に「Social pediatrienや精神科の経験がないから」と言っていたくせに、10階で実習(半年)をしただけの新卒ナースを雇った、というのが、何より決定打。こちらにもプライドというものがあります。

 で、新たに見つけたところは、王立病院の内分泌内科の外来、10ヶ月の産休代理です。
 デンマークでは日本と違い、外来ナースは独立してカウンセリングや看護を行うなど高い専門性が要求され、現場経験を積み、科によってはその専門教育を受けたナースが勤務しています。
 その中でも、王立病院は首都の大学病院ということもあり、オーフス大学病院、オーデンセ大学病院とともに、難病な複雑な症例を集めて治療する中枢的医療研究施設でもあるわけで、その内分泌科は国内最大の科となります。
 私が勤務する内分泌外来では、糖尿病チーム、内分泌系チーム(甲状腺ホルモン異常など)、NETチーム(神経系内分泌腫瘍)と、主に3つのチームに分かれており、まだそのどこに配属になるかはわかりませんが、面接での雰囲気ではどこに回されてもおかしくはなさそうな…。NETなんて、面接受けるまで病名聞いたこともなかったし、外来抗ガン剤治療も見たことないけど…。10ヶ月、みっちり集中してがんばります。きっとすごくいい経験になるはず。
 
 10階の婦長にプライドを傷つけられ、なんとなく「私って実は自分で思ってるより、かなりだめなのかも…」と、またしてもステノリストラのトラウマと自信喪失のループに陥りそうでしたが、王立病院の外来部長には「あなたの申し分ないキャリアと、目標に向って突き進む野心的なエネルギーをすごく気に入ったわ。面接後ほとんど満場一致で即決だった」と言われ、長い長いトラウマからようやく抜け出せそうです。
 一時はこのトラウマのせいでカウンセラーのところへ行ったりもしましたが、やはり失った自信はまた勝ち取ることでしか、本当の意味でトラウマ克服することはできないんだな、と。目には目を、歯には歯を、ですよ(?)。

 毎日ベビーやおもしろい子供達と戯れて、忙しいけど超ヒュゲリだった小児科を去るのは、自分で決めたこととは言え、かなり淋しいですが、まあ、王立病院も産休代理だし、10ヶ月後また小児科に舞い戻ってたりして。


 そんなわけで、ここまでの報告でだいぶ長くなってしまったので、3の家族は割愛させていただきますが、みんな元気です。H氏は相変わらず尻に火が点いており、長男はティーンエイジャーでのっそりしてるし、次男は相変わらずあちこちで問題をまき散らしてますが。ココは相変わらず太めで、階下のベラのおやつを盗んでばかりいます。年末は息子達抜きで、初H氏と二人でお正月帰省します。楽しみ!


京都の宿坊での(彼らにとって)想像を絶する過酷な修行から解放された直後、憔悴しきったデンマーク人と別の意味で憔悴した私。

 ではでは、また1年以内にブログを更新できたらいいなー(遠い目)。


*トップ写真は、Herlevの小児科。カラフルな70年代デザインの病院にマッチした、小児科の壁イラスト。
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ベイベープロジェクト10~2度目の体外受精!双子妊娠なるか?!~

2013年11月28日 | 妊娠関係
 またしても放置してましたブログ!Facebookとかで日々の細々としたことをつぶやいていると、まとまった記事をブログで書くのがどうしてもおっくうになってしまいます…。

 さて、9月初旬にダメだった初の体外受精、その後月経1周期分の休憩をとった後、冷凍庫で待機していた卵で2度目のトライ。
 この卵を戻すだけの場合は、戻す前にエストラジオールというエストロゲンホルモンの錠剤を飲み、戻した後はエストラジオールに加え、またプロゲステロンの経膣ジェルを血液検査で妊娠判定するまで(2週間)続けます。

 さて、この2個目の卵を戻す日、ラボの方が残念そうに「解凍した卵にその後分裂がみられず、残念ながらこの卵を戻すことはできません。分裂がみられないのを確認した直後に3つ目(最後)の卵をすぐに解凍したんですが、この卵はまだ解凍したてなので、分裂するかどうか見届けられていませんが、あなたの身体の準備は整っているし、今日しかもうタイミングがないので、一か八か戻してみましょう。」と。

 スウェーデン人のおっちゃんドクターは「まあ、出来の悪かった卵を取り除いたわけで、最後の1個はきっといい卵だ、と希望を持ちましょう」とさっくり。ま、そう前向きに考えるしかないよね。
 前回戻す時にも、その前に通っていたクリニックでも、私の子宮口探しはドクター泣かせだったらしく、ちくちくちくちくと時間がかかり、さらにその後、処置でつつき回すせいか、じわじわ出血が止まらず、トホホだったのですが、このスウェーデンおっちゃんドクター、はじめにスキャンで子宮口への道を確かめ、すいすいとあっさり見つけ、1分ほどで卵戻し完了。その後出血も痛みも一切ありませんでした。やるな。


 そんなわけで、期待の微妙に薄い2度目の体外受精だったわけですが、そのせいか結果を待っている間もほとんど自分が卵を持っているということを忘れて生活し、「気にし過ぎるのもかえって良くないから、これくらいの方がむしろいいかも」とのほほんとおりました。

 が、やっぱりというか、人生甘くはないものです。血液検査の4日前くらいからお馴染みのアゴニキビ。生理前にどかんと出る男性ホルモンの影響?らしいのですが、毎月生理前の悪しき予告として、巨大なニキビ(吹き出物)がアゴにできるのです。あー今回もやっぱりー。血液検査でもばっちり陰性が出て、正真正銘の非妊娠です。まあ、期待も最初から少なかったので、ショックも最小で済みましたが。

 さて、今後どうしますか?すぐに次の体外受精に行きますか?(ホルモン注射+採卵)と病院で聞かれ、どうしようかなとも思ったのですが、12月はクリスマスなどみんなが取りたがらないシフトを取ったために、意外に休日が多く、実はまた治療をするにはいいかも、ということで、11月、またしてもホルモン治療スタート。前回と全く同じ薬とプランです。

 仕事上、企業戦略なんかを専門としているH氏は「うまくいかなかった前回とまったく同じ薬で、同じプランなの?そのやり方で前回うまくいかなかったのに?前回なにが原因でうまくいかなかったのかとか、調べたりしないの?仕事だったらもし部下が、前回失敗したのと同じプランのものをまた持ってきたら、間違いなくやり直しさせるか、それ以上のアイデアがないならクビにするところだ!」と、不満そうでしたが、いやいや、言いたいこともわかるけど、妊娠は仕事と違ってほとんど運任せ(とりあえず今のデンマークで無料で受けられる治療の範囲では)なので、仕方ないと思うのだけど…。H氏、なかなか納得いかず。

 まあ、そんな尻に火の点いた男は放っておいて、2度目の採卵のためのホルモン注射も、これまたまっっっっったく副作用とかなく、快適に滞りなく済み、採卵も例のスウェーデンおっちゃんドクターのゴッドハンドのおかげで、今回は卵巣痛も2日間のみ、出血もほっとんど無し、そして施術中のモルヒネ投与量を少なくしてもらったお陰で、ふらふらになることなく、「前回のあれはなんだったんだ?」というくらい、超快調楽勝で帰宅しました。
 2日前のスキャンでは1~2個を除いてみんな発育が遅い、ということだったのですが、なんと採卵できたのは計11個。うちの雌鳥マダム達もびっくりな収穫量です。

 で、本日、卵リターン日。朝ラボに電話し、試験管受精した卵達の発育具合を聞くと、11個中受精に適したものは5個、さらにその中で受精し細胞分裂が見られたものが1個、もう一個は受精したものの細胞分裂まではまだ見られないので様子見中とのこと。とりあえず1個は確実に育ってるからと、戻すことを決定し、病院へ。

 H氏は仕事でオールボーへと飛んでいたので、病院へは私一人でいったのですが、卵リターンの前に電話で話したラボの方が来て「電話でお話したように今回確実に細胞分裂が確認できたのは1個だけで、様子を見ようといったもう一つですが、まだ分裂が見られません。で、提案なのですが、一か八かの可能性にかけて、両方戻すということもできますが、どうしますか?その場合、もしも両方とも順調に育って妊娠した場合、双子ということになりますし、まあこの卵はもともとポテンシャルが高くないので、賭けみたいなものですが…。」と、また”一か八か”かい!と突っ込みたいところを落ち着け、「私はもちろん双子でも構いませんが、夫がなんと言うか…もし細胞分裂の確認できた卵だけ戻すとしたら、その卵(一か八かちゃん)はどうなるんですか?」と聞くと、「まあこれは冷凍できないので、捨てることになりますね」と。

 H氏は「双子が生まれたら困る!ワゴンみたいなファミリーカーに替えなきゃいけなくなるし(ここ重要)、君は双子育児でやつれ果てて離婚の危機になるかもしれないし、Far til fire(デンマークの人気子供映画。やんちゃな4人の子供の頼りないお父さんの話)だなんて、僕には無理だ!」と前々から言っており、「でもそんなのは不妊治療をするに当たって戯言だわ。治療するなら覚悟しときなさい」と、双子を持つ義姉にぴしゃりと言われて納得したものの、それでも子供は欲しいけど双子は困る、というのがH氏の本音でした。

 H氏には申し訳ないですが、私はどうしてもその一か八かちゃんを捨てることができず、ほとんどゼロのその可能性に賭けてみることにしました。だってもしかしたら確実と言われた卵がだめで、一か八かちゃんが生き残る可能性だってあるわけで。メークミラクル(長嶋節で)ですよ。

 そんなわけで、2つの希望という名の卵ちゃん達を、無事おなかに戻してきました。ひひひー。

 帰宅後H氏に電話で上記のことを報告すると、想像以上の狼狽っぷり…。まだ妊娠したとも、ましてや双子が生まれるとも決まったわけではないのに、きっと彼の頭にはBilbasen(中古車売買サイト)に載せられた、愛車のメルセデスが浮かんだのでしょう…。まっ、そうなったら仕方ないよねっ(るんるん)。

 あー、もう今回は2度目だし冷凍庫に卵のストックもできなかったし、本当に上手くいって欲しいです…。双子が授かったらこの上なく幸せだけど(H氏には言えないけど)、一人でも十分。無事に育ってくださいー。
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Kanahei的人生テク

2013年09月11日 | 妊娠関係
 教育という名のいじめだったり、リストラだったり、けっこう身体も心もしんどい不妊治療で、葛藤やらなんやら、苦境を乗り越えるための心のトレーニングが続いた、この2年弱。私なりに学んだことがあったので、ここでメモメモ。


 ーつらいことがあった時、心が砕けそうなことがあったとき、どうしたらそこから立ち直れるか?

 1、自分に誇りをもつこと。
 よく言うように、乗り越えられない苦難は来ない。そんなんいらないよーとも思いたくなるけど、苦難は人を選んで、その人の魂が強くなるために、やってくる。その場しのぎでもいい、その場でできる限りのことはしているか?それが大事。
 不可抗力や納得できないアンフェアなことなんて世の中たくさんあるわけで、「でもあの時は~だったから…」みたいな言い訳をしているうちは、自分を誇ることなんてできっこない。「しょうがない」は使ってもいい。自分ができる限りのことをしたと言い切れるんなら。
 自分が誇れないと、次の「感謝をする」につながれないから、まずはできたことをみつけて、「よくやった、自分。これでいいんだ」と、どんなことでもいいから誇りに思うこと。

 2、感謝する。
 色んなことが失われたり、損なわれたりしたように感じたり、落ち込んでしまうときは、なにはともあれ色んなことに感謝してみる。角度を変えて見てみる。誰か話を聞いてくれる人をみつけて、まずはその人に自分がなにに恵まれているか話してみる。そしてその話を聞いてくれる人に、そんな人がいることに感謝してみる。本当に心からありがたい、私ラッキーだな、と思ってみる。
 だいたいのことは感謝することで受け入れられたり、許せたりできるけど、それでもたまにどうしても許せないこともある。なかなか怒りのループから抜け出せないこともある。けど、感謝をし続けていく、感謝していることの認識を増やしていく、そうすると許すことはできなくても、前に進まないわけにはいかなくなる。

 
 たしか3度目の人工授精がだめだったとき、H氏に話を聞いてもらっていたら、今まで考えたことなかった考えが、するすると自然に口から出てきて、うん、そうなんだ、と自分で納得。
「世の中にはたぶん、妊娠する才能と子供を愛する才能がある。ほとんどの女性は両方を兼ね備えているか、妊娠すると自然と後者の方も育っていくんだと思う。私はもしかしたら妊娠する才能はないのかもしれない。
でも私には間違いなく、子供を愛する才能がある。じゃないとこんなに息子達のことも、人の子も愛しいとは思わないもの。」
 これを口にした瞬間から(大げさでなく、ほんとに)、私の中で不妊治療のつらさとか、自分の子供を一生持てないかもしれないとか、そういう悩んでいたことがふーっと消えて、その影響もあるのでしょうか、新しい職場は小児科を選んでいました。

 あと、先週末、デンマーク最北端の町、スケーエンにH氏と二人で旅行し、これまた最北端の砂浜に座って二人で話していたときのこと。
 障害者の兄と一緒に育った私と違って、健康で、頭も良く、(ティーンエイジャーで怠け者という以外)文句のつけようのない息子達を持つH氏にとって、もし今おなかの中で育っている(と思われた)私達の子供がなにか重い障害を持っていたら、どうするか。
 H氏にとっては考えたことのなかったことだったそうだけど、十分あり得ることです。そして、話し合って、お互い納得したことは、
「卵ちゃんはミリオネアーや、もっと恵まれた両親のところにいくことだってできたはず。でもあえて私達のところに来たからには、なにかしらの希望なりが見えたか、その力がある、と判断したからで、私達は選ばれた親なんだよ。その子の判断には、なにか意味があるはず」

 そして昨日、ずーっと楽しみにしていて、毎日おなかに話しかけていたH氏は、今回もだめだった結果に相当落ち込んでいたのですが、
「卵ちゃんはベストのタイミングで来たかったんだよ。なにかが彼女(彼)の中で準備が整ってなかった。私達はできることをしたし、彼女もした。でもきっと彼女は私達のためにこうすることを選んだのかもしれない。今生まれてきても、お父さんお母さんにつらい思いをさせるかもしれないって。やさしい子だったんだよ」と、私も自分で話しているうちに、どんどん強くなっていくように感じました。どんどん前向きになっていきました。

 受精卵を子宮に戻す日の朝、「もうこれで引き返せない。ここから一生、心配し続ける人生に突入だわ」と実感したのを覚えています。
 ちゃんと着床するか、ちゃんと育つか、ちゃんと生まれてこれるか、障害はないか、病気はしないか、怪我はしないか、この子が大人になったって、鬱になったり、離婚したり、人に裏切られたり、死にそうになることもあるかもしれない。目の前からある日突然いなくなってしまうこともあるかもしれない。心配し続けです。一緒にいる時間が長くなればなるほど、もっとずっと心配が大きくなって、恐怖心は深まるばかりです。

 人生なにが起こるかわからないし、だからこそ、今できることをして、つらいことが起こったときのために、心を鍛えておかなきゃいけません。子供がいたりしたら、尚のこと、卑屈になったり、落ち込んでる暇なんてないので、次に進む訓練をしておかなければなりません。とりあえず、自分に誇りを持つこと、そして常に感謝をしていくこと。34年間のうちのとくにこの2年で覚えた、私の生き方テクです。

 って、基本的だな!”テク”とかいって、サプライズとかなしっすよ!うーん、40代の目標は、もっとすごいこと(?)言えるようになる、です。
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ベイベープロジェクト9~初の体外受精!~

2013年09月11日 | 妊娠関係
 仕事がなくなり、まだ次の就職先も決まっていなかった7月。リストラの直前に予約を入れていた公立病院の不妊治療クリニックから連絡があり、「やることないし、仕事でのストレスもなくなったし、ちょうどいいね」と、受診してきました。
 普通だったら仕事もないし、次の仕事もいつ始まるかわからないのに…って躊躇されるとこかもしれませんが、ここはなんて言ったってデンマーク。その後今の職場の面接でも、妊娠計画のことなど一切触れられることもなく(法律で雇用に関して妊娠が理由になってはいけないと決まっているので、面接などでも絶対に聞かれない)、デンマーク人のだれに聞いても「看護師の働く場なんて、生み頃(?)の女性ばかりなんだから、そんなの気にしちゃだめよ」と。

 まずはH氏も一緒に、公立病院のクリニックで医師と看護師との面談。ここでこれまでの不妊治療の経過や、病歴などの聴取が行われ、私は各種ホルモン系の血液検査へ。すでに前に通っていたクリニックからの紹介状に、色々と経過やデータは書かれているようですが、改めて血液検査をし、結果が出るまで1週間~10日ほど待機。その後夏休みにも入ってしまったので、1ヶ月くらいクリニックには遠ざかっていましたが、8月中旬からいよいよ治療スタートです。

 私は必要なホルモン分泌も正常、自然排卵もあるので、スキャン&診察後、短期コースのホルモン治療を生理後3日目からスタート。(以下表を参照)
Herlev hospital fertilitetklinik skema4

 以前の人工授精でも卵胞の成長を促すホルモン剤(Gonal-F)を使用していましたが、今回はその投与量にびっくり。人工授精の時よりも5倍量くらいです。しかも生理5日目からはさらにもう一種類のホルモン剤(排卵を食い止める)もスタート。
 ホルモン治療でなにが一番恐ろしかったって、副作用なわけで、特に精神的に荒れたという人の話をよく聞いていたので、その辺がとても心配でした。でもこの短期コースのホルモン治療では、もっとも身体に副作用の影響が出にくい量に設定してあるようで、私も今回、まっっっったくと言っていいほど、なんの症状もありませんでした。普段PMSで精神的にも荒れる私なのに、ホルモン治療に耐えられたというのは、かなりラッキーというか、本当にホッとしました。

 そして卵達の育ち具合をみるために、1週間後にもう一度スキャン。若干取り出すまでには小さいとのことで、さらにホルモン剤を継続し、3日後再受診。そこでは順調に14個もの卵が育っていることが確認できたので、そこからさらに2日後、いよいよ採卵のため、その晩に排卵誘発剤を投与。

 採卵は局所麻酔で行われますが、まあ、内診みないな感じで進みます。採卵針が付属されたプローベで、腹部エコーと内診のエコー画面を見つつ、膣の最上部、左右の壁を針で卵巣まで貫通させ、そこから卵胞も貫通し、卵子を内容液ごと吸い取っていきます。
 痛みという痛みはほとんどなく、処置自体も10分足らずくらいでしょうか。「歯医者と一緒で、局部麻酔するときが一番痛いだけ」とあらかじめナースに言われていましたが、まさにその通り。ただ、あんなにお酒に強い私が、麻酔で気持ち悪くなり、施行後休憩室で横になるものの、30分経っても立ち上がれず…。結局普通の人の倍以上時間をかけてやっと回復し、H氏に支えてもらいつつ帰りました…。

 その日は一日安静にしていましたが、麻酔が切れる夕方頃から左右の卵巣が痛みだし、その後も卵巣痛は続き、3日くらい鎮痛剤を飲んでも、身体を伸ばしたり、飛び跳ねたりの衝撃で痛みがあったり。

 で、私が前屈みでソロリソロリと歩いて卵巣痛と闘い、その姿勢のせいでぎっくり腰を再びやってしまったりした間にも、卵達(計9個採卵)はすくすくと育ったようで、卵リターンの日には9個中4個が無事に4分裂ほどまで自然に育ちました。
(このクリニックによると、初回採卵で卵子と精子が試験管内で自然受精、その後分裂が見られる確率は25%。私の場合9個中3個が自然に受精したので、約33%という好成績だったそう。よしよしいい子達だ)

 卵リターンは人工授精と同じ要領で、細長いカテーテルにを挿入し、子宮内に戻します。そして後は毎日プロゲステロンという子宮内膜の成長を促すホルモン剤(経膣ジェル)を毎日投与し、普通に生活。毎日腹巻きを一日中つけ、寝るときも靴下、絶対冷えないように色々工夫をして過ごしてきました。
 
 が…。先週末頃から、例のPMS症状で生理痛のような下腹部痛、気分の沈みなどが現れ、でもそれも週末を過ぎると治まったり。そして昨日一昨日は昼間ちょっと胸焼けやめまいもあったので、「妊娠初期症状?!」と完全に舞い上がって、H氏に「今日フライングチェックする!」と浮かれ過ぎてSMSしたり…。
 でもその直後に出血。いつもの生理と違って薄い鮮血だったので、またしても「もしや着床出血!?」と希望を捨てきれず、家に帰って妊娠チェック。結果は陰性。

 今日は生理28日目で、着床出血なんてかわいいもんじゃーなく、いよいよ本格出血スタートな感じです。一応金曜日の血液検査まではプロゲステロンも続けますが、残念極まりないです。
 毎日私のお腹に向って「タマゴチャン」と話しかけていたH氏は、そりゃーもう落ち込んでおります。尻に火がつき、行動派な彼は「解決できない、何も手出しできない問題というのが、一番つらい」と。男の人は確かに見守るだけしかできないので、つらいのかも。

 人工授精失敗4回、その前からも毎月のがっくりで、かなり割り切れている私は、あまり悲しまない、落ち込まないテクもだいぶ身についています。公立病院では無料で体外受精をできるチャンスは3回。この前採卵し、無事に成長した卵は3つ。そのうち1つは今回だめになってしまったけど、まだ冷凍庫には2つ残っています。
 不妊治療を始める前に、H氏とは「いつ不妊治療を打ち切るか」ということを話し合っていました。というのも、なかなか諦めきれず、あちこち病院を変えては、身体も心もボロボロになるまで治療を続け、最終的には夫婦関係までおかしくなってしまったカップルというのも少なからずいて、H氏の周りにもそういう女性がいたので、私達は「公立病院でできるところまでやって、だめだったら、それはそれとして受け入れよう」ということで同意していました。

 1つめのチャンスはだめだったけど、なんだか私の周りには、1度目は流産してしまったり、体外受精も2度目のチャンスで授かったという「2度目さん」が多いので、なんとなく私の中でも1度目への期待が薄かったこともあり、今は「さ。次よ次」な気分です。とはいえ、すべてを諦めるまでのカウントダウンでもあり、そのための準備期間でもあるのは事実で、深く考え出したらキリが無いんですけどね。

 とりあえず、次回が本命の卵ちゃんだとすると、今から準備もしなければなりません。前回以上に保温、そして前回は採卵後の痛みだったりのせいでうまく運動できずにいましたが、代謝をあげて妊娠力アップ!のために、今日から毎日ウォーキングなど欠かさずしていきます!
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