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彦次

2011年03月01日 | 言い伝え&伝承
近隣の山を歩いていると、途中小屋に出くわすことがあります。今はもう使われなくなっているものがほとんどですが、長期にわたって山に入り作業をしていた昔の生活がしのばれます。

そんな山の小屋を見つけると、見たいような怖いような、興味と恐怖がないまぜになった気持ちになるのは、こんな言い伝えも残されているからでしょうか?

特に、山に生えている松には霊力が宿ると聞いたこともあります。松や地名にこんな謂われがこめられているのですね。

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「彦次」

萩多和城跡より東北へ1.7粁程の所を「彦次」と言う。ある年の戦に敗れた「彦次」が、この山奥に逃れ、山小屋に身を潜めて、疲れを癒して何日か過ごしたが、空腹のため夜な夜な他の山小屋を襲い、食糧を奪い、人目を忍んで暮らしていた。又、一説には見つかって七人を殺したといわれ、これが七人塚
の由来とも伝えられる。一方、山作りする人々は、山小屋を見知らぬ人に奪われ、山畑に仕事にも行くことが出来ずに困り、密かに集って相談して、血判して秘密を誓い、決行の夜を迎えた。その人々が小屋の廻りに忍び寄ると「今夜はなんだか胸騒ぎがする。」と独り言を云っていたと伝えられる。小屋を囲んだ村人は、その時一斉に竹槍を突き出し「彦次」を刺し殺して逃げて帰って来た。翌朝、山に登り、小屋を覗いてみると、この前までこの村を治めていた「彦次郎殿」が串刺しになって死んでいたので手厚く葬り、この上に松を植えて墓印としたと伝えられる。これが「彦次」の地名の由来であります。

日向 森藤くに
   野中ふさ子

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「ふる里わら科八社~第二集~」
(大川寿大学講座受講生一同・静岡市中央公民館大川分館、1981)