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豪州原潜導入決定【3】オーストラリア建造艦はヴァージニア級攻撃型原潜独自仕様型か

2021-09-22 20:08:29 | 国際・政治
■ASU,技術的課題と政治的課題
 原潜を導入するという突然の発表から日を置くごとに、果たしてこの決定はオーストラリアの安全保障にとり大丈夫なのかという素朴な疑問が大きくなる。

 アタック級潜水艦建造中止、そして原子力潜水艦導入発表、これはAUKUS,アメリカイギリスオーストラリア防衛協力枠組の一環として実施されるかたちであり、1959年にアメリカがイギリスへ原子力潜水艦技術を提供して以来、二例目であるとしてAUKUS,アメリカイギリスオーストラリア防衛協力枠組の深化を強調したかたちですが、如何に進むのか。

 ヴァージニア級攻撃型原潜、オーストラリアが導入するとしましたら、アメリカが現在、ロスアンゼルス級攻撃型原潜の後継として量産を進めるヴァージニア級のオーストラリア海軍仕様とするか、若しくは独自の潜水艦を計画するほかありませんが、独自潜水艦建造については難題が多すぎる為、コリンズ級潜水艦の後継はとてもではないが間に合わない。

 アスチュート級攻撃型原潜、イギリス製の最新鋭攻撃型原潜をドウニュする事は無いのでしょうか。オーストラリアは今回の潜水艦導入をAUKUS枠組により導入する事となり、イギリス製も候補の一つに登りそうに見えますが、実は米英原子力技術については1958年米英相互防衛協定により、アメリカが供与した原子力技術の譲渡制限があり不可能です。

 ロールスロイスPWRシリーズ、これはイギリスがヴァリアント級原子力潜水艦を建造して以来、改良型が採用され続けている潜水艦用原子炉ですが、この原型の開発にアメリカのウェスティングハウス社がアメリカ政府の決定により大量の技術情報を供与し設計されている為、この延長線上にあるロールスロイスPWR-2を搭載する原潜も輸出はできません。

 ヴァージニア級攻撃型原潜が一択となります。2004年からアメリカ海軍い導入されている最新の攻撃型原潜で水中排水量7800t、全長は114.8mありGE-S9G加圧水型原子炉を搭載しています、魚雷とハープーンミサイル及びトマホークミサイルを38発搭載可能、更にトマホークVLSを12基分有し、後期型はVLSを増強搭載するVPM改修が予定される。

 ただ、オーストラリア海軍はヴァージニア級をそのまま導入するのではなく、トマホークミサイルの搭載数など、オーストラリア海軍仕様となるのでしょう。もっとも、原子力潜水艦導入はアタック級潜水艦よりも大きな課題もいくつか考えられ、これで大幅遅延しているコリンズ級潜水艦後継建造計画が一挙に進む、というほど簡単なものでもありません。

 ASU豪州潜水艦公社での建造は出来るのか。最大の課題の一つはこの部分です、そもそもコリンズ級後継艦は勿論、コリンズ級を含めて難題に突き当たる要因は海軍が求める潜水艦ではなく、ASU豪州潜水艦公社の雇用ありきという大前提が計画を遅延し、複雑としている為です、当然ながら原子力潜水艦建造技術は有りません、すると雇用を断念するのか。

 ASU豪州潜水艦公社を維持する場合は、アメリカでブロック建造された船体を接合するという、恰も日本がF-35戦闘機を三菱小牧FACOでの最終組立を行っているような水準が考えられますが、F-35に臨む三菱重工は1954年以来一貫して戦闘機生産を継続し2011年までF-2戦闘機を製造していましたが、一方ASUは2003年以降建造の経験がありません。

 コリンズ級潜水艦の最終艦ランキンが竣工したのは2003年、起工は1995年ですので、起工に20歳で参加した若者も46歳となっていますが、この期間に潜水艦を建造していないのですからヴァージニア級に採用されているHY-80高張鋼の溶接技術一つとっても、工員の養成から取り組まねばなりません、アタック級を建造していたナーバル社協力も難しい。

 GE-S9G加圧水型原子炉の炉心交換はオーストラリアで可能なのか、という問題は残ります。原子力潜水艦は核燃料の交換が必要ですから。しかしGE-S9G加圧水型原子炉についてはそれほど心配する必要がありません、新設計により33年間は燃料交換の必要はなく、運用期間中に行う必要はありません。問題は廃艦時に処理の必要があるだけという。

 GE-S9G加圧水型原子炉を取り扱える人材はいるのか、オーストラリア海軍にとりこの点は問題以外何物でもありません。アメリカ海軍へOJT方式により原子力潜水艦での要員養成を行う事が考えられますが、なにしろラロトンガ条約と核実験による核汚染を受け原子力発電所さえ無い非核大陸というべきオーストラリアです、まさにゼロからスタートだ。

 GE-S9G加圧水型原子炉、考えれば商用原子炉を含めてオーストラリア初の原子炉となる訳ですが、オーストラリア国内のマラリンガ核実験場でのイギリス核実験による核汚染の影響からオーストラリアでは平和利用を含めた原子力への懐疑的な機運が強く、特に南半球非核化条約であるラロトンガ条約を牽引の盟主でもあります、この整合性をどうするか。

 日本の非核三原則とラロトンガ条約の違いは、条約か宣言かということです。加盟国は、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、クック諸島、ツバル、ニウエ、サモア、キリバス、ナウル、ソロモン諸島、パプアニューギニア、バヌアツ、トンガで、原子力潜水艦を例外とする規定を盛り込むのか、条約を牽引した国の方針転換には驚くところです。

 ラロトンガ条約は厳密には原子力発電の商用利用を禁止していません、主として核爆発を伴う核兵器と核廃棄物の海洋投棄を禁止したものです。ただ、問題は核廃棄物の海洋投棄を禁止した点で、これは原子力潜水艦の原子炉から一次冷却水も漏洩すれば、含むものと見做されます、もちろん一次冷却水は隔離され外部の海水と循環するものではありません。

 ラロトンガ条約に抵触し得るのは、ECCS非常用炉心冷却装置を作動させる緊急時で、海水が汚染され得ます。そもそも条約をオーストラリアが発起した時点でオーストラリアに原子力発電所や原子力潜水艦の構想は無く、そもそも次の総選挙により自由党からラロトンガ条約を成立させた労働党政権となった場合も継続されるのかは、疑問にも思えます。

 オーストラリア潜水艦計画は二転三転しただけに、今回の原子力潜水艦導入についても、今後オーストラリア政府は17カ月間に渡るアメリカとの技術移転交渉に入りますが、一変しないのか、という事です。何よりも骨子はAUKUSの協力強化、その一環としての原子力潜水艦なのですから、特にフランスとオーストラリアの関係悪化は無視できません。

 ナーバルグループが進めるアタック級潜水艦は400億ドル規模の契約であるだけに、これを突如として反故にされたフランス政府の怒りは凄まじいもので、駐豪大使と駐米大使を召還しましたが、続いてEU欧州連合とオーストラリアの通商交渉についてもマクロン大統領はオーストラリアを信用できない相手国として制裁措置の盛り込みに着手する方針だ。

 EUオーストラリアFTA交渉、マクロン大統領はアタック級潜水艦建造中止に対してフランスのEU欧州連合における立ち位置から、信頼のできない通商相手国としてオーストラリアを位置づけ、EUとの距離を置く方針を示唆しました。欧州連合はオーストラリアにとり、中国とアメリカに次ぐ通商相手、オーストラリアは決断を迫られる事になりそうです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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