岩手山麓景観形成重点地域を守ろう ★『イーハトーブ通信』

野生サクラソウ大群落を潰し岩手山麓の環境を破壊してきた旧町政。産廃問題に端を発した岩手山麓『誘致公害』の記録

「活性化ってなんだのす?」講演会記録その2

2005年12月19日 | 現在の課題「九十九沢最終処分場」問題
「活性化ってなんだのす?」
記録その2:町に金は入ったが・・・


◆町に金は入ったが
ごみで町の活性化を考えた典型的な事例が東京都の日の出町です。
東京都というのは山手線を中心とした23区と、その西側に広がる多摩地域からできていまして、そこには26の市とひとつの町があります。人口は約365万人です。
80年代の終りまでは各市や町は独自に産廃業者と契約してごみ処理をしていたのですが、不法投棄問題が大きな社会問題になりました。
本来それは個々の自治体が責任を持って解決すべき問題なのですが、方向としてはどこか1ヶ所に大きな処分場を造り、公共の手で集中処理しようという話になりました。果たしてそんな場所があるのか、というときに手を挙げたのが西多摩の日の出町(人口1万6000人)だったのです。
そこで共同処理をする事業主体として「東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合(略称処分組合)」が設立されました。

ただちに処分場づくりがはじまって1984年に搬入が開始されました。面積は45ヘクタール、埋立て容量260立方メートルです。そこは98年の埋立て完了まで14年間使われたのですが、早くも92年ごろ、第二処分場の計画が浮上してきました。
この間、日の出町当局には毎年3億円が地域振興費の名目で入っており、それは町の一般会計の実に8.3%に相当します。これに味を占めた日の出町長は第二処分場の受入れもOKしてしまいました。規模はほぼ同じですから3億円の倍、つまり6億円が町に転げ込むことになったのです。

ところがその話が持ち上がったころ、第一処分場のゴムシートが破れ、そこからごみの汚水が漏れ出して地下水を汚染していることが発覚しました。
処分場には安定型と管理型があって、安定型処分場は有機物(厨芥など)が入らないという建前で、素掘り同然が許されていますが、管理型処分場は必ず底にゴムシートを張り巡らして汚水漏れを防ぎ、浸出水は別に取り出して浄化することが義務づけられています。

つまり管理型処分場の生命線がゴムシートなのですが、30年持つというふれこみにも関わらず、赤鉛筆1本で簡単に穴が開いてしまうシロモノなのです。それが破れた結果、地域にはたいへんな被害がもたらされました。
すなわち処分場から5キロ下流域の井戸水の水質が目立って悪化していたのです。BODとかCODという水の汚れを示す数値が規準値(1キロリットルあたり6ppm)の5倍から8倍にもなっていました。しかも井戸水からは界面活性剤、鉛、砒素、カドミウムが検出され、井戸水を飲んでいた猫7匹が死んでいます。
その周辺の住民はとなりの集落から貰い水をしていたのですが、長く続かず、次々と移転して行きました。

92年5月には専門機関の調査で因果関係が立証されたにも関わらず、処分組合は汚染の記録を隠し続け、裁判に持ち込まれましたが、資料の提出を命じた裁判官の命令には従いませんでした。
こんな場合、直接強制ではなく、間接強制といって、データを提出するまで金銭を支払わせる手段をとったため、処分組合は億単位で金を払い続けたのです。
そうした違法行為がありながら第二処分場づくりは当たり前のように進められていきました。
日の出町の住民運動は予定地の一部を住民が買いとるトラスト運動に発展しましたが、結局は第二処分場はできてしまったのです。
<次号へ続く>

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