岩手山麓景観形成重点地域を守ろう ★『イーハトーブ通信』

野生サクラソウ大群落を潰し岩手山麓の環境を破壊してきた旧町政。産廃問題に端を発した岩手山麓『誘致公害』の記録

公開討論会と町づくりーその3:賢者の直感と町長の「構想」

2009年04月04日 | 「しずくいし銀河の森」
(写真は、雫石町南西部の南畑地域 女助山付近からの遠望 )

2002年10月の町長選の4年前1998年秋、二期目現職と元町長、それに中屋敷十氏の三つ巴の選挙戦が行われたときのこと。町内在住のある賢者が、町にふさわしいリーダーを捜し求め、年齢が三人のうちで一番若い中屋敷事務所に彼を訪ねた。帰り道、一息入れに立ち寄って下さったとき私は聞いた。
「いかがでしたか、推挙できる人でしたか?」
その方は首を横に振りながら言った。『いやいや、年が若いから夢があるとかじゃないんだねえ。日本の政治の世界は世襲や親戚が多いとか業界がついているとかの票集め基盤がないと立候補さえも難しいことなのか。がっかりしましたねえ。』そしてこの時は現職だった町長が二期目の当選を果たし、残る二人は岩手県議会選挙に出て二人とも当選した。
賢者の面談感想はその後、随所で脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かんでくることになったのだが。


それから4年後の2002年の秋、公開討論会を行うに当り、私の家に立候補予定者四人を一人づつ招き、主催者の会員4~5名ほどで公開討論会の趣旨を説明したり立候補を決めた動機などを直接伺う機会を持ったときのこと。

中屋敷氏は大きなカラー図面をテーブルに広げ、自分が当選したらこの「構想」を実現したいと話し出した。それは雫石町南西部の南畑(みなみはた)にあるコテージ村周辺開発の図面だった。当時、岩手県農業公社(理事長は天下り)がコンサルタント会社に委託して作成した構想図面だった。都会から農業をするために移り住んだ10世帯ほどの住民がいる地域の隣接地を区画整理して農地付き分譲地に、奥まった場所には老人施設、その隣接地にはなんと墓地公園といった「開発構想」の図面だった。県職員、県議員時代を通して県土整備部とつながりがあった彼は、自分が雫石町長になったら岩手県や公社と連携してこれを実現させたいと意気込み、素晴らしい構想だと思ってわたし達に披露したのだったろう。

私たちから即座に意見が出された。
「いま 町では町立病院の接遇を改善して患者を大切にするような地域医療機関のあり方を模索している最中。近い将来迎える高齢化社会の中で、医療と福祉の連携構想は必須である。当会でもそれに町民として取り組んでいる。構想は、見れば老人施設の隣に墓地公園…老後を農地付き分譲地で野菜作りを楽しみ、弱ってきたら施設、そして墓地まで用意する。これは町民にとって望ましい医療福祉のあり方なのか。南畑がそれにふさわしい用地選定なのか疑問である。こういった構想を策定するときは住んでいる人たちの意見も聞いたりしたうえで決定までのプロセスを大事にすることが必要だ。この構想は唐突すぎる。」

図面をたたみ、中屋敷氏が拙宅から帰る際の細かな成り行きはにはふれない。玄関先まで見送りに出たわたしが、ちょうどその夏頃に建設された道路向かいの大きな牛飼料倉庫が見事な岩手山の景観を塞ぐ形で建てられたときだったので、わたしはその倉庫を指差して言った。「お客様も配達の人も折角素晴らしい景色の場所だったんだから、場所とかデザインをもう少し配慮してほしかったと話して下さる。わたしもそう思う。中屋敷さんから見ていかが思いますか?」と聞いてみた。彼の答えは「あ・・これね、これ仕方ないんだよねえ」
仕方ないのかもしれない、法律的には確かに。
しかし、こういうことには鈍感な感性の持ち主なんだなあ…と感じたことははっきりと記憶している。

彼が広げた「構想」は町長当選後に「株式会社生活科学運営」という東京の民間企業が名乗り出て住民説明会などを行い、企業の社長は『町に引っ越して町民となって皆さんと共にこの構想実現に取り組みたい』と新聞報道された。しかし、コテージ村住民の皆さんは、押し付ける形ではなく住民の意向を汲んだプロセス重視の方法で再検討してほしい考えを行政に申し出たのだった。芸術やもの作りの人などが移住しやすい村になることが夢なのだとも。
「住民参加」「協働」といった看板を打ちたてていた町長一年生の中屋敷氏と企業は、採算性の面からもこの構想を断念するに至ったのは当然の結末だったといえる。

彼の「構想」とは、どこから出てくるものだったのだろうか。
町がその時点で抱えている町民生活の改善ポイントや農業と観光の町を標榜している雫石の未来像(ヴィジョン)を土台に考えられ、住民と十分に検討し合う余地をもって提案されたものだったのだろうか。残念ながら違うようであった。
そしてこのような「構想」は、町長在任が長くなるにつれ、そして「協働」とか「官治から共治へ」といったトレンディな用語に隠されながら、わたし達町民はある日突然降って湧いたように唐突に知らされることになる。


最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
思うこと (おせっかい)
2009-04-06 21:39:25
政治とは何?人々の暮らしが豊かであるように社会的環境を整えること?かの選ばれた公僕が何を求めてその立場を手にしたのかはなはだ理解しかねる。名声?金?両方?結局目立ちたがりの自己満足を得るためとしか考えられず。そんな人物を選んでしまう選挙自体が純粋な個人の考えを超越してしがらみの中で決定される手段に過ぎないとすれば・・・。でも現実は全国に氾濫する状況でもありそれは田舎ほど顕著なのかもしれない。私の暮らす生まれ故郷も雫石ほどの規模の田舎町。農業と観光を売りにするありふれた町だ。でも雫石みたいにブナやダケカンバや朴や白樺、水芭蕉やカタクリやアズマイチゲそんな森も沢もなく川には山女や岩魚も住んでいないし、ましてや鮭の溯上なんかありえない。ただ山には杉とヒノキが荒れ放題に広がりそれを豊かな自然とアピールし企業誘致や観光収入の確保に尽力する。でも必要なのはそんな愚かさの生み出す金ではなくただ安らかに暮らすという本当の豊かさを産む知恵と行動なんだと看過する人材がなぜ政治を司らないんだろう。未来を想うその想像力の欠如さに心から身震いしてしまう。
返信する
誤記訂正 (おせっかい)
2009-04-06 21:44:20
投稿文中、「看破」とするところを「看過」と記載してしまいました。ここに訂正させていただきます。
返信する
思うこと… (発行人より)
2009-04-07 10:11:22
コメントありがとうございます。
この「記録」でお伝えすることは、日本国中の至るところで行われてしまっている出来事とも言えます。とても残念でなりません。権力を握ると人間は愚かさが丸出しになる例でしょう。
我が町の町長の最もよろしくない点は、表看板の活性化、雇用確保、安心・安全、協働…といった美辞麗句の陰で破壊活動を指揮していることです。被害を受けている近隣住民の前に出て来れない、是非の議論ができない(する気がない)「公約詐欺」という犯罪が刑法にあったら、殆どの政治屋は捕まるのでしょうか。現行法でも「あっせん利得罪」はありますが、「権力」はそれさえもすり抜ける術を知っているでしょう。
この記録が美しい山、川、町、民の暮らしの大切さと蝕むものの本質に気づいていただける芥子粒ほどの働きとして記憶されることを祈りながら、段ボール9箱分の調査資料をもとに記録していきたいと思っております。
また覗きにいらしてくださいませ。ありがとうございました。
返信する