刻々と世界情勢、日本の政治状況などが変化している。その変化の実態を知り、その変化の意味を捉え考えることがなされなければならないと思う。
今夏は猛暑であったことから、その後の農作業が徹底的に遅れてしまった。9月下旬から夏草をとり、耕し、畝を作るという作業と並行して、野菜の種まきを行った。前者は、さつまいもを収穫しながらおこなったことから、今もってやり終えていない。とにかく、農作業が遅れている。農業は気候の影響を直接受けるので、ファーマーとしてはどうしようもない。
やり終えていないのに、急に寒くなり、畑は遮るものがなく、また遠州の空っ風が強く、夏の時期と同じように、畑に行く時間が減った。
そのために、読書の時間は増えたのだが、しかし今日、大学時代の後輩である高世仁さんのブログをみたら、彼とはほとんど年齢は変わらないのに、彼は国境を越えてとても活発に動いていて、その動きに応じた文や写真をアップしている。久しぶりにのぞいてみたら、私自身がいかに世界情勢をきちんと見つめていないかを反省させられた。
情勢をしっかりとつかみ、その意味を常に考えていないと、どうしても退嬰的になってしまう。何とかしようという意欲が減退してしまう。
今年は、担っていた静岡市での大杉栄・伊藤野枝・橘宗一墓前祭も虐殺から100年ということで、一応ピリオドを打つことにしたことから、精神的に余裕が生まれたのだが、その余裕が精神の弛緩へとつながったようだ。
自分自身、買い貯めた本をどんどん読んでいこうと思っていて、実際そうしているのだが、しかしそれらは現在の情勢とは直接つながってはいない。高世さんは、情勢のその中(現場)に飛び込んで、そこから発信している。そんなことを今の私ができるわけはない。ほんとうはそのような動きをしなければならないのだろうが、そこまでの意欲は持てない。20年ほど前までは、歴史調査の必要があれば、中国や韓国など国境を越えて何度も渡航したが、今はその元気がない。
「人の振り見て我が振り直せ」である。きちんと情勢の変化を追わなければならないと思った。