最近著者から送られてきた本である。
この本は、「青山学院春木教授事件 45年目の真実」という副題を持つ。1973年、青山学院大学の春木教授が同大学生の女性と性的関係をもった、それがきっかけとなり強姦で訴えられ大学を辞め、刑務所に送られたという事件である。
著者はその事件の報道に携わった。著者は当時毎日新聞記者。裁判では、春木教授の強制的な性的関係が認められ、春木は懲役3年の判決が下され、最高裁まで争われたが、結局刑は確定した。
そういうような事件があったなあと、わたしもかすかに記憶している。しかしそれは、この本を読んだから記憶から取り出されたのであって、読まなかったら記憶の底にしまいこまれたままだったはずだ。
著者は、その事件の一連の経過に納得しがたいものを感じていた。しかしその後大学の教員になったりしても、事件のことは忘れられなかった。そして著者は調べた。この事件を調べた者は、作家石川達三はじめ何人かいたが、最後まで調べたのは著者だけとなった。
本書を読み終わっても、事件の真実は明確になっていない。春木教授はすでに鬼籍に入り、みずからを被害者だと主張した女性も著者に直接話すことなく生きているから、真実は見えてこない。何となく状況証拠から、事件は単なる春木教授による女子大生強姦事件ではなく、大学内の勢力争い、関わった人びとそれぞれの欲望が重なり合いながら起こったことで、表面的には、事件は強姦事件として断罪され、そのままになっている。おそらくそれがくつがえることはないだろう。
著者は、この事件を執拗に調べる、そして事件を取り巻く時代状況を描く。読む者をして、そういう時代があったなあという感慨を持たせる。
いろいろな人の名が出て来る。わたしが知っているのは法学者や弁護士である。憲法学者である小林孝輔、この人の論文を読んだことがある。井上正治という九州大学の刑法学者、大谷恭子という弁護士。小林孝輔は、この本では大学内の争いの当事者として描かれている。そういう人だったのか。これらの人びとは、いわゆる左派系の法律関係者である。
この本では、事件の真実が明かされない、だからもやもやしたものが残る。しかし読みはじめると止まらない。それほど読む者を食いつかせる。その背後には、事件についての「どうにも割りきれない」感情が著者に纏わり付き、その纏わり付いてものを払いのけるために、執拗に調査をつづけたのだろう。
いろいろな人が出てくると書いたが、青山大学の教授として、気賀重躬がでてきた。気賀という苗字は珍しい。調べたら、やはり静岡県引佐郡出身であった。今は「平成の大合併」で浜松市に併合されたが、引佐郡には気賀という地名があるほどだ。