本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

テレビが壊れた。

2006-07-19 11:50:04 | web・メディア
*事情があって最近TVを見ていない、と書き出そうと思ったがその事情を既にタイトルにしてしまった。あちゃ~っ!w

*実はもう数ヶ月前から、これはチューニングの不具合だろうか、一部の局を除いて我が家ではテレビが映らなくなっていた。
 お気づきの方もあるかと思うが、私のTV番組の話題が最近「TV朝日」系と「TBS」系に偏っていたのは日テレやフジが映らなくなっていたからであって、別に私の嗜好が偏向していたのではなく、偏向していたのは我が家のTVであり、彼が私にこの一種「片肺飛行」を強いていたわけである。日テレやフジにも、見たい番組は沢山あるが、不可能だった。

*自他共に認める「テレビ人間」たる私だが、まあ人間「ないものねだり」というか「隣の芝生はいつも青々としている」というか、反面テレビのない生活に対する憧れ(?)も常に心のどこかに住まわせているように思う。

 よく「テレビなんて部屋には置かない」という偏屈な(?)人がいるけど、私は内心「あれってかっこいい」と思っている。幾ら私が貧しいと言っても、幸い安物のTVならいつでも買えるわけで、ここは一つどこまで我慢できるか、暫くテレビのない生活をしてみてもいいかなと考えているのである。(ほんとかな?)

 で、今何をしているかと言うと、昼間はCDも聴くが、深夜放送はNHKの「ラジオ深夜便」を聴いている。これが非常にいいのだ!w
 私が若かったら、恐らく民放かFM大阪くらいを聞くのだと思うが、今は迸る無内容な会話にとても付いて行けない。

「五月蝿い、お前ら、少し黙っていろ!」と、そう言いたい感じである。

 せめて昔のように、もっと頻繁に何か音楽を流して欲しい。ジャンルは問わない。民謡だろうとフォークロアだろうとヒップホップ系だろうとハードロックだろうとクラッシックだろうとジャズだろうとフュージョンだろうと・・もぉっ、おじさんてば何でも聴いちゃうのだっ!

 高校3年の頃私はラジオ深夜族で、勉強もしないで「みどりぶた」の「パック・イン・ミュージック」とか「ゴーゴーゴーのイトイゴローですよ♪」の「オールナイト・ニッポン」とか「コーヒーはモカが好き」という落合恵子の「セイ・ヤング」とかを聴いていた。それらが終わればそのまま『唄うヘッドライト』とか『走れ、歌謡曲』とかへ流れ込んでしまうこともしばしばだった。その後は朝のニュースの時間であるからそろそろ登校の時間、結果必然的に学校で授業中に寝ることになる。

 最近ホリエモンとの暗闘でしばしばマスコミの表舞台に出ていたニッポン放送の「カメ」社長は、あの頃はまだ新人アナウンサーだった。世渡り上手なのか元々そういう才覚があったのか(←恐らくその両方だろうけど)随分出世したものである。w   フォーク・クルーセダ-ズの「オラは死んじまっただぁ♪」とかが大ヒットした頃である。パック・イン・ミュージックの「なっちゃん・ちゃこちゃん」とかも好きだった。TVを付ければ「今日はxxの戦闘でxx人死にました」と流れる「ベトナム戦争真っ盛り」という時代だった。これは私も含めての話だが、今の人は中東で何人死のうと「そんなのへっちゃらさ、ぷいぷい」ということなのだろうか。他所の国の戦闘状態なんて、知らないで済むに越したことはないという、今はそういう時代なのだろうか。この問題は長くなりそうなので今日は止めておきます。

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 で、最後にまた一つ今日の暴論を:

 NHKはテレビなんか止めてラジオに全面撤退した方がいいように思う。
ラジオオンリーになれば利権も減って(?)不正をすることも少なくなるだろう。
 せいぜいタクシー代をちょろまかす程度で納まるってね。w
 そうなれば視聴料の徴収も順調に行くから、余った金は全て民放へ回すのだ。
 大河だって民放の方がうまく作るに決まっている。これって、NHK不要論かな。
 まあ、昨今は有害な部分の方が断然目立っているからね。謝罪会見にはこっちは馴れっこになっているから、『7時のニュース』の最後にでも「今日は私どもの謝罪はありません。ぶひひ」くらいのことは言って欲しいもんだわさ。

 森繁の『日曜名作座』を今もやっているのには驚いた。あのテーマ音楽は好きだ。
 アーカイブでは宮田輝司会の『3つの唄』なんて最高だね♪

 NHKは優秀なスタッフはみんなラジオへ飛ばされてしまったのだろうか?w



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