本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

中田ヒデの「自分探し」=『幸せの青い鳥物語』。

2006-07-20 08:40:55 | web・メディア
*↓以下は昨日の記事を大幅に加筆・改稿して「どぎつく」したものです。w

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*さて、冒頭から話題はまたしても(いや突如としてか?)サッカーの中田ヒデである。

 しかしもうこれは既に「鮮度」というものがないかもしれない。あちゃ~っ。w

 引退以降の彼は殊更「自分史」なるものをショー・アップしようと努めているようで、私はこの件の一連の報道に関しては正直、不快な印象を抱いている。彼個人が不愉快というよりは、彼のビジネス界への「華麗なる転進」を敢て「美談という物語」に仕立て上げようとするメディアの姿勢が腹立たしい程不愉快なのである。
 当初どの局の女子アナもこぞって「俄かヒデファン」を演じていた。
 この状況はつい数ヶ月前、例の村上を「時代の寵児」と持て囃した経緯を髣髴とさせはしないか。

 メディアはまたしても何の反省も無く「直近の愚」を再演しているかのようである。
 「サッカーではどうも塩梅悪い」と判断して、「じゃあ一つ商売でもしてみるか」ということの、どこが美談なのか。
 彼は最終戦後ピッチに仰向けに倒れるという「自己演出・自己演技」を出発点に、ただひたすら自分で決めた既定の路線を突き進んでいるだけであって、「他の有名人による絶好のアシスト」の有る無しを除けば、そんなことは誰でもやっている別段どうということもない話だろう。

 この「アシスト」にしてもすこぶる付きで怪しいもんだと私は思う。

「私は彼の引退の話はずっと前に彼から直接聞いていました。」
「あ、あの野郎、あんなこと言ってやんの! ヒデの一番の親友は俺だぞ!」
「親友? ほほほ、そのレベル? 私は彼に信頼されてんのよね♪」
「だからどうした? 引退情報を掴んだのは俺が一番早かったに決まってるじゃんか? ヒデが情報を公開するのは待ってくれって俺に泣きながら頭を下げるから、俺はビジネスを度外視して待ってやったんだぜ!」
「へえ・・みんな聞いてるんだねえ」
「だから、あいうえお順にあちこち手配済みなんだよ。用意周到そのものサ。ぷいぷい。」
「そうさ、早手回しなんだからここで急いで1枚咬んでおかないと、俺たちの影が薄れちゃうぜ!」
「そう言ゃあ、あんた最近マスコミに出てないもんね。w」
「余計なお世話だいっ!」
「そうか、ヤバイッ! バスに乗り遅れる!」
「おおい、ちょっと待ってくれぇ~! 俺を置いて行かないでくれぇ~っ!」・・・。

 これは奴の「引退ショー」・「中田ヒデ劇場」じゃないか。
「話題性」が聞いて呆れる。彼らはそうやって日々「話題」を強引に作り上げてしまうのである。しかし、何のために?

 そう、昨今のメディアの狂乱ぶりには、目的もなければ行く末も見えない。勿論そんなものがもしあったらその方が大問題だけれど。

メディアはただ狂っている。
ただ単に暴走している。
それだけである。
従ってここにも処方箋は見つからない。


 ヒデ自身が一番良く知っているだろうが、彼は21歳でセリエAへ移籍し「王子様=トッティ」とポジションを争った極く短い一時期を除けば、とても世界レベルの実力と技術を兼ね備えた選手ではなかったのである。J・リーグ内でならいざ知らず、彼クラスの選手など世界には掃いて捨てる程いることは、みんなドイツ・ワールドカップを見ていてわかっただろう。

 つまりは「井の中の蛙」ってことだ。
 かっこつけんじゃないよ。
 オス孔雀じゃあるまいし、自分を飾ってそんなに嬉しいか?!

書く。流す。煽る。あと知らねえ。
それが報道さ♪
そんなに嫌なら見なけりゃいいじゃねえか?
読まなけりゃいいじゃねえか?
誰もお前の視聴など当てにしてないぜ♪
遊んで貰いたいのはお前の方じゃないか!


 とまあ、そう言われてしまうとグウの音もでないけれど、これは言ってしまえば「麻薬中毒」と一緒で(!)、こっちはいつの頃からか「ヤクが切れると禁断症状を起こしてしまう」という情けない体になってしまったのである。

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*そもそも「自分史」だとか「自分探し」だとかいったふやけ切った言葉は私の性に合わないから私は大嫌いだけど、でもいい歳をしたおっちゃんも結構これを使うので困ってしまう。w

「はぁ? 自分探しだとぉ? はったおすぞ、この野郎! そこにいるお前がお前の全てだ、このドアホが!」
「自己分析と言え、自己分析と! 何か『自分探し』と言えばロマンチックで美しい日本語物語になるとでも思ってるのか? このデコスケめ!」
「少女趣味もいいとこだ、オカマか、お前は!? チルチルミチルの青い鳥か!」


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 ・・・いやしかし、これに関連して、私には最近思い当たることがあるのである。
 それはM・フーコーの所謂「歴史(主義)の否定」である。

 これを簡単に言ってしまうと、例えば50代の人間が、ふと内省期に入って自分の前半生を象徴する個々の局面をスパスパッと輪切りにしてみるとする。

 10代はこうだった。20代にはこんなことがあった。30代はこんなふう、40代にはこれがあって、そして今の自分がこうだ・・と。

 これらはそれぞれ相互に関連付けることも出来るから、大抵の人は「ああしてああすりゃああなると、知りつつこうしてこうなった」のだと突然勝手にものわかりが良くなって納得してしまうわけだが、これって逆に「10代のことは10代のこと、20代に起こったことは20代に起こったことだ、全然相互関係なんてないよ!」と個々切断してしまうことも可能なわけで、先日の「実証主義」の話ではないけれど、後になって言う分にはそんなことはどうとでも言えるのではないかと・・・?

 だからね、何か考える際の材料というか、第一次・第一義の資料はまずは自分に求めるしかないのだとすれば、M・フーコーは我が身に照らして「歴史の連続性なんて信じられないよ」と思ったのかなぁと、私はふと思いついたという話です。つまり、ちょっくらお粗末ながら「哲学」してしまった私であります。ぐふふのふ。



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