本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

パクス・アメリカーナ。

2008-09-01 18:35:45 | 世界
今日の大阪は暑いとは言え一時のちりちり焼け付くような暑さとは違いあくまで「残暑としての猛暑」に見舞われているのであるが、さて、私は今日は「パクス・アメリカーナ」(←これは元々は「パクス・ロマーナ」から来ている)というテーマで格調高く(?)一席ぶつ予定なのである。あっそ。私がこの言葉と最初に出会ったのは高校生の頃で今から四十年以上前という計算になるから、私も随分長いこと生きて来たものである。「あの頃は良かった♪」なんちゃって、泣けて来るってか、とほほ。で、これは(スペルなんて知らないけど!あっちゃ)ラテン語であって文字通りには『アメリカの平和』という意味である。つまり事の善悪はさておいて『アメリカの覇権(ヘゲモニー)』があればこそ、曲りなりにも現在の世界は均衡を保ち得ているという意味だ。「なんや今も昔も一緒やんか!?」と言われればまさにその通りで、第二次世界大戦以降の世界は基本的にはアメリカ一国が牛耳っていると言っていい。『アメ様』こそが我々みんなの親分・親方様なのである。で、この言葉を「いいだもも=本名飯田桃」というさる偉いお方が私の田舎へ広めに来たと思って下され。この人は新日本文学会系を出自とする作家だが、私は自慢じゃないけど彼の小説は読んだことがない。あちゃ。共産党を除名になって以降はいわゆる『構改(構造改革)』系の論客として『思想の科学』とかで活動し『べ平連』(←『ベトナムに平和を!市民連合』の略)のバックボーンの一人になっていた人だ。ここに「構改派」とは革命で一気に世直しするのではなく、少しずつ少しずつ世の中の仕組みをいじってより良い社会へ変革して行こうという温厚な?思潮が当時からあったわけである。(やあしかし、昔を知らない人にいちいち言葉の定義から説明するのは大変だね。汗。)この人が夏休みの或る日、シンパに招かれて公民館かどこかにベトナム戦争の話をしに来た。集会のメインだった筈の講演の中身とかはすっかり忘れてしまったが「パンチカードで送り出されたアメリカの青年たちが・・」という片言隻句だけを私は今なお記憶しているのである。「パンチカード」というのは当時のコンピューターの唯一の記憶媒体で、ロール状の紙テープにポチポチ穴を開けてデータを記録し、無論後で読み出すことも可能というものだった。カセットテープを使った「データレコーダー」の出現する以前の話である。 . . . 本文を読む