この10数年、筍は薪を置かせてもらった“地主さん”からいただいていた。



くださる、というより出過ぎた筍の整理を頼まれた、と言った方が的確。

筍の出がけに、親戚、知人に筍を取らせた後に声がかかる。
5、6本抜いて終わりにしようとすると、
「10本ぐらい抜いていってよ。」

剥いた皮が、大きいゴミ袋2つにもなる。

セッセと茹でで、セッセと配りまくる。
この時とばかり、筍料理を楽しみむ。

その一つが定番の筍ご飯。

長男の好物。

昨日、母の日のプレゼントを手に長男がやってきた。
が、今年は地主さんからお声がかからなかった。

「今日帰る」のラインに筍を買いに走った。

毎年、筍とその後に山椒の実をもらっていた。
が、今年は・・・

長女ががっかりするだろうなぁ。






を一通り味わいます。
私にとっても、筍は頂く物となっています。でも、頂ける家が少なくなり、貴重な品となりつつあります。
新緑の眺めは日々変わり楽しませてくれました
が庭も畑も土手も緑で一杯で、何処から手を付けたら良いのか……千里の道も一歩から
4月の末は筍で溢れかいります。
地主さんから以外にも回ってきたことがありますが、お断りしているうちに声が掛からなくなりました。
2合のご飯分の筍で500円超えでビックリしました。
季節のものですから迷わず買いましたが。