大海神社の玉の井は自分でポンプで汲みあげる手水舎でした。
潮満珠を沈めたところだと伝えられています。
4時に閉扉、ギリギリ間に合いました。
さすが、海の神様、不要になった釣り具を奉納できるのですね。
北門から出ますと、やっぱり高低差あります。
北へ100mほど直進すると、生根神社です。
去年初夏に賜ったお守りをお返しして新しいのを賜りました。
スクナヒコナの神様にギズモの延命をお願いしたけど、寿命だったのでしょう。
生根神社西側も急な階段です。
タモリさん、ここ来られたらさぞかし興奮されることでしょう。
古代、上町台地の西側は海だった。
奥の天神とも呼ばれる生根神社は、住吉さん鎮座以前から祀られていたそうです。
阪堺線の踏切渡るとすぐ先に六道の辻、今は一つ道増えて七道らしいけど。
水撒いてる方がここのお地蔵さんをお守りされてる女性です。
もうすぐ地蔵盆、今晩から盆祭り飾りされるそうだ。
お参りできてよかった。
住吉区名所ガイドによれば
◆六道の辻閻魔地蔵 (ろくどうのつじ えんまじぞう)
場所:住吉区東粉浜3丁目
戦国時代、天文7年(1538)の作と伝えられています。地蔵が閻魔大王に化身したもので、難波の浜から背負って運んで来たところ、この地で急に重くなり、一歩も前へ進めなくなったといわれています。冥土の苦界六道の辻が、今では1本増えて七道の辻となっています。閻魔は地蔵菩薩の化身で、姿は怖いが心は優しいといわれています。
大阪市のサイトより
閻魔地蔵 法量:像高119.5cm
中世から近世にかけての住吉大社の周辺は、住吉大社やその神宮寺を中心とした神仏習合の宗教都市であった。その周縁は現世と死者の国の境界と重なるためか、特徴ある石造文化財が残されている。旧粉浜村の6本の道が交差する「六道の辻」と称されるところに立つ閻魔堂にまつられる閻魔地蔵はそのひとつで、現在も講組織によって護持されている。像は胸前正中で杓を執り結跏趺坐する閻魔像を半彫出したものだが、地蔵盆の行事なども行われ、六道救済の地蔵尊としての側面もあわせもつ。民俗文化財としてだけでなく、天文7年(1538)の銘があり、中世の石仏としても希少な史料である。