7月13日19時00分付「NHK NEWS WEB」記事が、天皇が自身の位を生前に皇太子に譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示していたと伝えた。
この報道を受けて、他のマスコミも当初は「NHKが伝えた」という形で追随記事を書いた。
記事はその理由を様々な病歴を抱えた82歳という高齢に反して多忙な国事行為を強いられていることを挙げ、〈「憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」と考え、今後、年を重ねていくなかで、大きく公務を減らしたり代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていない〉、〈こうした意向は、皇后さまをはじめ皇太子さまや秋篠宮さまも受け入れられているということ〉だと解説している。
記事は皇室制度を定めた「皇室典範」には天皇の退位の規定がないために生前退位は皇室典範の改正が必要になると書いている。
問題はここからである。7月13日21時50分付の「asahi.com」記事が山本信一郎宮内庁次長の全面否定の発言を伝えている。
山本信一郎「報道されたような事実は一切ない。
(宮内庁としての生前退位の検討について)その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません。
(天皇陛下は)制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた」
風岡典之宮内庁長官「次長が言ったことがすべて」
山本信一郎宮内庁次長が「制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた」と言っていることは日本国憲法が天皇は「国政に関する権能を有しない」と規定していることに関してだろう。
要するに天皇は皇室制度に関して発言する権限を与えられていないから、本人がどう思っているのか、その気持を周囲が察して、その意向に添う動きをしなければ、事は始まらないことになる。
だとすると、生前退位の「大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません」の発言は、千里眼の持ち主であるかのように天皇はそのような気持は持っていないと断定していることになる。
気持は周囲が察することによって理解できる場合もあるが、常にそうであると決まっているわけではなく、気持を言葉に表現して初めて周囲に伝わるケースの方が多いはずで、それが自然な流れであろう。
それを「お気持ちがないわけだから」と、天皇にそのような意向はないと簡単に否定してしまうことは自然な流れに矛盾する感じを受けないわけにはいかない。
上記NHK記事は、「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示していると伝えている。天皇に皇室制度に関する発言権がいくらなくても、「体力の限界を感じているし、代行、代行では象徴としての務めを十分に果たすことはできない。生前退位できる制度への変更に国民の理解を得ることはできないだろうか」ぐらいは言葉にして周囲に伝達しない限り、結果はどうであれ、天皇が望む方向への議論すら始まらないことになる。
皇室制度の変更はあくまでも国民の理解を必要条件とすべきで、安倍晋三のような天皇を絶対的存在として祭り上げたい天皇主義者の理解を必要条件とすべきではない。
どうも宮内庁幹部に天皇の意向が伝えられていながら、それを否定しているように見えて仕方がない。
ところが7月15日15 01:49付「共同47NEWS」記事は風岡典之宮内庁長官と山本信一郎宮内庁次長の全面否定を否定する内容の記事となっている。
〈天皇陛下が皇太子さまに皇位を譲る生前退位の意向を周囲に示されたことから、宮内庁の風岡典之長官ら幹部数人は今春以降、水面下で皇室典範改正の是非について本格的に検討していたことが14日、政府関係者への取材で分かった。議論の進捗状況は官邸と共有し、両陛下にも報告されていたという。宮内庁関係者によると、同庁は近く、陛下に自ら気持ちを公表してもらう方向で検討している。〉・・・・・・・
記事冒頭はこのように解説している。
検討の発端は、〈両陛下が1月末のフィリピン訪問を終えた後の2月以降、今後の公務負担軽減策を話し合う過程で研究が進んだとしている。〉と書いているが、記事冒頭で伝えているようにあくまでも天皇自身が〈生前退位の意向を周囲に示〉したことが事の始まりであるはずである。
意向が議論を呼ぶ、極く極く自然な流れと言うことができる。
別の「NHK NEWS WEB」記事は、天皇が「生前退位」の意向を示したのは今から5年程前だと書いているが、家族といった内輪への意向伝達ではないだろうか。
そうでなければ、この5年間、国民に知らせることなく秘密に伏していたことになる。
〈議論の進捗状況は官邸と共有〉としている点についても、皇室制度に関係することだから、当然の極く自然な流れである。
7月14日付の「asahi.com」記事がこの件に関する安倍晋三の7月14日の発言を伝えている。
安倍晋三「様々な報道があることは承知をしている。そうした報道に対し、事柄の性格上、コメントすることは差し控えさせて頂きたい」
報道は承知しているが、事柄の性格上、報道に関してコメントはしない。
要するに報道が伝えている事実についてそれが現実に存在する事実なのかどうかは肯定も否定もしない。あくまでも不明の状態に置いておくということでなければならない。
この事実とは断るまでもなく、天皇自身の「生前退位」についての意向を指す。その意向が示されたのか示されなかったのか、その事実を国民に知らせないというのは、皇室制度の変更は政権の理解を前提とするのではなく、国民の理解を大前提とする以上、国民に対する情報隠蔽に他ならない。
いわば〈両陛下が1月末のフィリピン訪問を終えた後の2月以降〉、今日まで国民に知らされないままの状況が続いた。政府内でも皇族の減少にどう対応するかについての動きはあるが、「生前退位」についての議論の動きはない。
このままでは秘密に付されたままの状況が続くのではないかと疑い、天皇の「生前退位」の意向に理解を示す宮内庁関係者の誰かが業を煮やして報道機関であるNHKに対してリーク(情報漏洩)したということは考えられないだろうか。
国家権力がある事柄について国民に対する説明責任を回避し、その事柄を秘密に伏していた場合、その事柄についてのリーク(情報漏洩)は一種の内部告発の力を持ち、国家権力が責任を回避していた国民に対する説明(=情報伝達)となると同時に国民への情報伝達がある種の強制力を持って国家権力が説明責任を回避し、秘密に伏していた事柄についての解決を促す誘因ともなり得る。
安倍晋三は極度の天皇主義者という立場から天皇に絶対的存在者であることを求める余り、死の瞬間まで絶対的存在を全うして欲しいと願って「生前退位」の意向を無視、その結果、天皇の意向が国民に知らされない状況が長く続いた。
その状況を打ち破るべく、天皇の「生前退位」の意向に理解を示す宮内庁関係者の誰かがリーク(情報漏洩)という手を使って、天皇の意向を強制的に国民に知らしめた。
どうもそういった経緯を取っているマスコミの報道と報道に対する安倍晋三を筆頭とした政府の態度に思える。
マスコミが報道したことによって安倍政権としては否が応でも天皇の意向を検討せざるを得なくなるはずだ。天皇の意向が実現するか否かは偏に国民の理解に関係してくる。
安倍晋三みたいな戦前日本国家を理想の国家像とする国家主義者・天皇主義者の理解に任せてはならない。