ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「聖女の救済」

2008年11月20日 | 書籍関連
嘗て大ヒットした海外ドラマに「刑事コロンボ・シリーズ」が在る。この作品の特徴は「いきなり犯行の全容を視聴者に見せた上で、コロンボ刑事が関係者と遣り取りをし、様々な手掛かりを見付け出して行く事で、最終的に犯人を自供に追い込む。」という「倒叙形式」が採られている。つまり視聴者は「犯人」及び「犯行過程」が最初から判る訳で、「どうやって“探偵”が“犯人”を見抜くのか?」や「“探偵”は如何にして“犯人”を自供に追い込んで行くのか?」に関心が向かう事になる。最近で言えば、ドラマ「古畑任三郎シリーズ」もこのスタイルを採っていた。

今回読破した「聖女の救済」は東野圭吾氏の人気シリーズ「探偵ガリレオ・シリーズ」の長編第2弾だが、最初から犯人が示されている“と言っても良い”点では倒叙形式と似ているが、具体的な犯行トリックは判らない。「天才物理学者・湯川学が如何に犯行トリックを見破り、そして犯人を自供に追い込んで行くか。」を、読者は楽しむ事になる。

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冒頭に描かれているのは、IT企業社長の真柴義孝がキルト作家で妻の綾音に別れ話を切り出す場面。ドライな義孝にとって結婚は子供を持つ為の手段に過ぎず、綾音に結婚を申し入れる際にも「1年経っても子供が出来なかったら離婚する。」と伝えてあった。子供に恵まれないまま“期限”を迎えた事で、義孝は冷酷な通告をしたのだ。それを聞いた綾音は、心の中で義孝に呼び掛ける。「私はあなたを心の底から愛しています。それだけに今のあなたの言葉は私の心を殺しました。だからあなたも死んでください―。」と。

翌日は土曜日。その朝に綾音は実家の在る札幌へと向かう。父親の体調が良くなく、看病している母親の手伝いをする為という事だった。そして日曜日の夜、義孝が毒殺される。自宅でコーヒーを飲んでいて倒れたのだ。彼は土曜の夜及び日曜の朝にも同じコーヒーを飲んでいたにも拘わらず、全く無事だったと言うのに。

殺害動機の面で最も疑わしき綾音だったが、「確実なアリバイ」と「毒物混入方法が不明」という点で容疑者から外される方向に。しかし彼女に強い疑惑を持つ女性刑事・内海薫は、湯川に捜査協力を求め・・・。
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次の2つの湯川の言葉は、この作品を上手く暗示していると思う。

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恐竜の化石といえば骨だろうと君はいったが、その思い込みにこそ重大な落とし穴が潜んでいる。それにより多くの古生物学者たちは、貴重な資料を大量に無駄にしてしまったんだ。(中略)穴を掘っていたら恐竜の骨が見つかった。学者たちは喜び勇んで掘り出す。骨についた土をすべて綺麗に取り除き、巨大な恐竜の骸骨を作り上げる。なるほどティラノサウルスは、こんなを持っていたのか、こんなに腕は短かったのか、という考察を始める。だけど彼等は大きな過ちを犯していた。2000年、ある研究グループが、掘り出した化石の土を取り除かず、そのままCTスキャンし、内部構造を三次元画像にするということを試みた。するとそこに現れたのは、心臓そのものだった。それまで捨てていた骨格内部の土は、生きていた時の形をそっくり残した臓器などの組織にほかならなかったというわけだ。今では恐竜の化石をCTスキャンするのは、古生物学者たちのスタンダードな技術となっている。(中略)この話を初めて知った時、これは数千万年という時代が作りだした巧妙トリックだと思った。恐竜の骨を見つけた時、内部の土を取り除いた学者たちを非難することはできない。残っているのは骨だけと考えるのがふつうだし、その骨を露わにし、見事な標本を作ろうとするのは研究者として当然のことだ。ところが、無駄なものだと思って取り除かれた土にこそ、もっと重要な意味があった。

今日、君が帰った後も、あれこれ考えてみた。真柴夫人が毒を入れたと仮定して、どういう方法を用いたのかをね。だけどどうしてもわからない。僕が出した結論は、この方程式に解はない、というものだった。ただ一つを除いてね。(中略)ただし、虚数だ。(中略)理論的には考えられるが、現実的にはありえない、という意味だ。北海道にいる夫人が東京にいる夫に毒を飲ませる方法が一つだけある。だけどそれを実行した可能性は、限りなくゼロに近い。わかるかい?トリックは可能だが、実行することは不可能だということなんだ。
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後者の台詞、工学部出身の“理系作家”ならではの表現。上記した様に犯人は判っているし、「これは何等かの意味合いを持っているな。」と感じる“物”も判った。しかし、犯行の方法が判らなかった。と言うのも、方法論としては可能だが、“一般的な感覚”では考えられないトリックだから。湯川をして驚くべき執念、おそるべき意志の強さと言わせしめたトリックでも在る。世の中にはストーカーと呼ばれる人間が存在するが、一般的な人間にはその感性が全く理解出来ないのと同様、このトリックも「実際には在り得ない・・・。」と思ってしまう事は必定

唯、シリーズ初の長編にして直木賞受賞作品でも在る「容疑者Xの献身」を読み終えた際に感じた、「この動機は現実的に在り得ない。」という思い程では無い。頭の何処かで「ああいった感情が生まれたとしたら、こういった方法論を採らないとは100%言えないかも・・・。」という思いも湧くからだ。

この作品、文芸雑誌オール讀物」の2006年11月号から2008年4月号にかけて連載された。ドラマ「ガリレオ」が放送開始となったのは2007年10月15日なので、この連載中という事になる。ドラマが大人気となった為だろうか、作品の最後の方で内海がiPodで聞いているのが福山雅治氏の曲という事になっている。こういった作者の遊び心が良い。

一般的には高評価だった「容疑者Xの献身」より、個人的には遥かに面白かった。総合評価は星4つ

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4 コメント

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Unknown (ハナムラ)
2008-11-20 13:48:01
ミステリーの感想を書く場合、ネタばれになるほどまでに、ストーリーの内容に踏み込んではならないという常識があります。その常識にかなり抵触しているように思われます。
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>ハナムラ様 (giants-55)
2008-11-20 20:06:58
初めまして。書き込み有難う御座いました。

ミステリーの感想を記す場合、「トリックや犯人が判ってしまう様な記述は避ける。」というのは確かに在ると思います。自分が読者の立場だったら、それ等が判ってしまうと読む楽しみが奪われてしまいますし、ハナムラ様の御指摘はごもっともだと思います。自分もその点は留意しているつもりですが、今回のケースは記事でも触れた様に「犯人は最初から示されている“と言っても良い。」というストーリー展開故、その点は敢えて記す事にしました。又、トリックに付いてですが、これも最初から「如何に毒を飲ませたか?」というのが重要な要素として記されているので、これも敢えて隠す必要が無いかなと。勿論、この「如何に毒を飲ませたか?」の詳細を書いてしまうのは、明らかに“ルール違反”なのは確かでしょうが。

以上の様に自分なりに配慮したつもりでは在るのですが、配慮不足が在りました事は心より御詫び申し上げます。

今後とも何卒宜しく御願い致します。
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Unknown (マヌケ)
2008-11-21 12:41:18
ジャイアンさんのおかげでこの作品は立ち読みで済まそうと思っています。 記事を読んで作品世界をほとんど堪能できました。 作品は膨大にあるのだから、中にはこんな形で消化してもいいと思います。 営利的なブックレビューではないのだし、個人の私的なサイトですから。 ありがたやと思ったくらいです。 刑事コロンボの手法は冒頭のつかみの部分で視聴者が頭を働かせる面白さと、犯人の事情によっては犯行が見破られないで欲しいというような感情移入が起こることもあります。 あの時代はおそらく倫理規定とかで、テレビ番組で完全犯罪が成立してはいけないというようなこともあったでしょうね。 映画だと、犯人が捕まらないまま、救いのない落ちというのが最近では結構ありますよね。 世の中が変わっていった証拠ですね。 「プレッジ」という映画で主演のジャック・ニコルソン演じる刑事が愛する人の子供までも利用して犯人をおびき出す画策をし、人間性までも罵られ、挙句に逮捕寸前で犯人がストーリーの本筋となんら関係のない交通事故に巻き込まれ焼死するという落ち。 真犯人が判明せぬまま、なんとも救いのない作品でした。 ちょっと、思い出しましたもので。
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>マヌケ様 (giants-55)
2008-11-21 15:33:41
書き込み有難う御座いました。

「或る程度とは言え、先が読めた上での読書はつまらない。」というのは確かに在りますし、その意味では「踏み込み過ぎたレヴューだったかなあ。」と反省。

中には御奨めしない物も在りますが、基本線として当ブログで紹介させて貰う物は「実際に読んで戴けたら。」という本ばかり。一人でも多くの方が実際に読んで下されば、本好きの自分としては嬉しいです。

東野作品の中には、最後迄犯人が明示されない物も在ります。未だにネット上で「自分の考えでは○○が犯人だと思うのですが、皆さんは如何ですか?」という書き込みが散見され、こういう完全な種明かしがされない作品というのも、実験的で面白いかなと思います。
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