真夜中の映画&写真帖 

渡部幻(ライター、編集者)
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ピータ・ボグダノヴィッチの新作『マイ・ファニィ・レディ』の自伝的な「突き抜け方」。

2015-11-17 | 試写
   

 ピーター・ボクダノヴィッチの『マイ・ファニー・レディ』が嬉しくなる出来栄えで、ちょっとビックリさせられる。『ラスト・ショー』『ペーパームーン』のボグダノヴィッチが、かのウディ・アレンの向こうを張り、ほとんど自虐的ともいえるユーモアを横溢させた――しかしアレンには不可能と思える――「スクリューボール」ならぬ「トルネード」コメディをつくりだした。

 

 彼のコメディ志向はむかしからのことで、『おかしなおかしな大追跡』や『ニッケルオデオン』などがあったが、『マイ・ファニー・レディ』はよりアンモラルかつエキセントリック。すっかりピカピカに元気なのである。今回ボグダノヴィッチを奮い立たせたのはイモージェン・プーツに違いない。彼女扮するチャーミングなコールガールを軸にもつれにもつれていく男女関係が愉快に実感を込めて描かれるが、ここで想起するのがボクダノヴィッチの女性関係。最初の妻で製作者のポリー・プラット、美人女優のシビル・シェパード、そして『プレイボーイ』誌のスター、プレイメイトのドロシー・ストラットンとの関係はことに有名だ。

 

 ドロシーはボグダノヴィッチに『ニューヨークの恋人たち』に出演(ベン・ギャザラ、オードリー・ヘップバーン共演)。しかし彼女の成功に嫉妬した狂気の夫に殺されてしまい、ボクダノヴィッチもまたスランプに陥ってしまった。その顛末はボブ・フォッシーの『スター80』に描かれているが、あれから30年以上のときを越えて彼はついに突き抜けたのだ。なんと本作の共同脚本はそのドロシーの妹で、ボクダノヴィッチの元妻のルイーズ・ストラットン。さらに彼の代表作『ラスト・ショー』の撮影時にポリー・プラットから彼を奪った主演女優シビル・シェパードも出ている。プラットはすでにこの世になく、出てこないのが寂しいけれど、生きていればきっと出ていただろう。近ごろ映画のドキュメンタリーで語る姿しか見かけなかったボグダノヴィッチだが、ここまで居直られてしまうと思わずこちらまで笑ってしまう。

  

 ボグダノヴィッチは60年代に「エスクァイア」誌のマニアックな映画ライターとして注目され、そのシネフィルは有名である。ゆえにファンを喜ばせる名作ネタが溢れ返る作品だが、僕にはそれよりもボグダノヴィッチの男女観、人生観が透けて見えるのがおもしろかった。
 「過去は捨てなければ、未来が乱れてしまう」というようなセリフが後半に出てくるが、この感慨のなかに、本作を貫く「居直りの哲学」がある。紆余曲折の映画人生を生きてきた「回顧派」の急先鋒ボグダノヴィッチのこれは「自伝的なセリフ」に違いない。(渡部幻)



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