真夜中の映画&写真帖 

渡部幻(ライター、編集者)
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NY派の職人硬派シドニー・ルメット・・・都市型リアリズム作家の死。

2011-04-10 | 映画作家



未知への飛行



蛇皮の服を着た男

シドニー・ルメットが亡くなったという。
『12人の怒れる男』『質屋』『蛇皮の服を着た男』『未知への飛行』『丘』『グループ』『オリエント急行殺人事件』『セルピコ』『狼たちの午後』『ネットワーク』『プリンス・オブ・シティ』『評決』『デストラップ』『Q&A』『旅立ちの時』、そして最晩年の超絶倫的傑作『その土曜日、7時58分』などなど・・・俳優から名演技を引き出す達人で、特にNYが舞台の作品でのロケーションが見事な監督だった。
特に『プリンス・オブ・シティ』は凄まじくヘビィで、警察の汚職問題を告発する(『セルピコ』『Q&A』『NY検事局』でも同様の主題を追及している)。ノンスターで描かれたイタリア系刑事たちの姿を描く3時間弱。
この作品は82年の初頭に雨の歌舞伎町で見た。寒々とした都市の風景と主人公の陥る孤独の心情が胸に重く響き、映画と現実の景色が溶け合うような強烈な体験であった。
一番繰り返し見たのは『狼たちの午後』だが、一番の傑作は『プリンス・オブ・シティ』だと思っている。妥協のない作品だ。




セルピコ



狼たちの午後



ネットワーク





評決





プリンス・オブ・シティ






映像の天才ニコラス・ローグが生みだす痛みの記憶。その超絶技巧を2010年代に観る

2011-04-10 | 映画作家








ニコラス・ローグという天才監督がいた。その、キャリアを重ねるごとに鈍ってゆく切れ味を見ていくと、「天才」というのはいつまでも「天才」であるわけじゃないのだと知る。

全盛期の作品はいま観ても衝撃的であり、まさしく天才の仕事である。このすごさはスチールなどいくら眺めても分かりはしない。ローグは撮影する。そしてそのフィルムを編集すると、そのとき、映画に魔法がかかるのである。冴えに冴えたローグの頭脳は人間の深層をえぐり、フィルムのなかに切り取る。鋭利な剃刀のごときフラッシュバックをたたみかけ、その「イメージ」を観る者の脳裏に焼きつけたのである。彼のメスの刃は鋭く、その手際は鮮やかで、切り口の痛みがすぐに訪れることはないが、奥底の記憶に刻まれて、やがてじくじくと痛みだすのである。
記憶は選べない。良い記憶、悪い記憶の選別を許さない。それはふいに襲ってくる。記憶とは生き地獄なのである。人は記憶によって人格を形成する。記憶は経験であり、「生きる」という行為は、その囚われの身となることを意味している。人は「忘れたくない」と「忘れたい」の狭間を揺れ動きながら生きていく。この事実が地獄なのである。ローグは、そんな人間の地獄を描き続けた。彼がなぜこのような「地獄」にこだわり、自身のアートのなかに表現しようとしたのか知らない。しかしローグの頭脳から生まれたのは、苦く厳しく衝撃的であると同時に甘美かつ恍惚的な作品群であった。80年代以降のローグその切っ先を鈍らせていき、その理由もまた分からないが、残された傑作は、時を越えていまもフラッシュバックを繰り返し、中毒患者はあとを絶たない。

『赤い影』は、ヒッチコックの『レベッカ』『鳥』の原作者ダフネ・デュ・モーリアの小説の映像化である。主演はドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティ。二人が失った娘の記憶に囚われながら演じるセックスシーンの優しさと官能性もまた、映画史の「記憶」である。内に孤独を抱えた夫婦が、久しぶりの性的な高揚を覚え、求め合い、愛の交歓に昇華されていくさまの美しさ。『赤い影』は真の恐ろしいスリラーだが、同時に、哀しい愛のドラマなのである。











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↓『赤い影』



















↓『ジェラシー』













↓『マリリンとアインシュタイン』