ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

「もう一つの国」ジェームズ・ボールドウィン

2018-08-21 07:04:43 | 小説


私の読書歴年表を作るなら必ず入れなければならない本がこのボールドウィンの「もう一つの国」です。本を購入したのは15歳前後だったのではないでしょうか。子供の読書から青年期のそれに変わっていく頃の大切な一冊です。

それまでよく読んでいたヨーロッパの小説と違う粗暴とも思える筆致に惹かれました。筋立ても登場する人物たちの会話も雑駁であり、ぶっきらぼうであり、「よく練られた理知的な文章」とは逆の放り投げられたような書き方です。新大陸で雑多に生まれ落ちた様々な人種の男女は互いに求めるあまり互いを傷つけることしかできないように思えます。そしてその方法は性交と暴力でしかない、と彼らは言っているようです。
例えばジャン・ジュネは「花のノートルダム」「ブレストの乱暴者」「泥棒日記」などで同性愛・犯罪を描き、それまでのモラルを打ち砕く小説を書きましたがその本質は美しい詩を感じさせます。それに比較するとボールドウィン「もう一つの国」にはそういう煌めきがないのですが、それこそがこの国を描写する文体なのだとボールドウィンは表しているのです。

物語は奇妙な男女の組み合わせを試みます。黒人女性と白人男性、白人女性と黒人男性、そして黒人男性と白人男性。どの愛も複雑な思いを抱え、いらだち、しばしば残酷に歪むのです。

舞台は突如フランスに移ります。

アメリカ人俳優エリックは祖国で得られなかった愛情をこの国で見つけ幸せな生活を送っています。フランスの若者イーヴとの愛に満ちた生活はアメリカでの恋人たちと比較され皮肉にすら感じます。自由と幸福はアメリカにはない、と思えるほどに。
しかしエリックはアメリカ・ブロードウェイから俳優としての仕事を依頼を受けたことで再びアメリカへ戻ることになります。フランス人青年イーヴも彼の後に続きアメリカの地に入るのです。

さて本作のタイトル「もう一つの国」原題「Another Country」は何を示すのでしょうか。
エリックが祖国アメリカで求めても得ることができなかった愛を「もう一つの国」フランスで見つけることができました。作者ボールドウィンは黒人で同性愛であったと記されてます。彼も祖国アメリカからフランスへと渡り没した場所もフランスとされています。
小説の中の黒人青年ルーファスがハドソン川に身を投げたのは「もう一つの国」を目指すことができなかったからなのでしょうか。

あの時代の黒人青年だったルーファスには難しいことだったと思いますが、海を渡った「もう一つの国」でなくても自分を受け入れてくれる「もう一つの国」を見つけることができるなら、と考えさせられます。


そして残念なのはこの本が絶版になっていることです。アマゾンで見ると中古品のものは手に入るようですが。
手元にあるのは集英社文庫の第一刷昭和52年のものです。印刷が良いので字はまだきれいに読めますが、これを失ったらもう読めなくなるとは。
英語版だと読めるのでしょうけど、日本語訳の復刊を期待します。


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