転勤族のいばらきブログ

全国住み歩いたサラリーマンの目から自分の趣味を紹介します

阿久悠さん逝去で

2007-08-04 23:26:58 | 歌謡曲
希代の作詞家、阿久悠さんが8月1日に亡くなられた。
1週間前、NHKで深夜「通~」という番組に出られて、歌謡曲を解説していたのでホント驚いた。70才、もうそんなお年だったのか、自分も年をとるものだと少し落ち込んだ。


私のあまり人に言わない趣味が70年代歌謡曲である。小、中、高校時代、毎月月刊明星を買っていた。付録の歌本には、人気アイドル歌手の発売前の新曲がのっていた。その歌は、ほどなく全盛だったテレビ、ラジオの歌謡番組で流れた。私は、お金がないので、レコードはほとんど買えず、FM雑誌でチェックしアイドルの新曲をラジカセで録音(エアチェック)したものだった。

その70年代歌謡曲シーンのど真ん中にいたのが、作曲家では筒美京平さん、三木たかしさん、森田公一さん、都倉俊一さんといった面々だったが、作詞家は断然、阿久悠さんだった。

昨日、NHKで阿久悠さんの追悼番組をやっていたが、改めて、作品の幅広さには驚かされる。
ペッパー警部、ジョニーへの伝言、北の宿から、君かわいいね、熱き心に、勝手にしやがれ、ざんげの値打もない、狼なんか怖くない、どうにも止まらない、あの鐘を鳴らすのはあなた、青春時代、思秋期、コーヒーショップで、個人授業、たそがれマイラブ、私の青い鳥、せんせい、津軽海峡冬景色、もしもピアノがひけたなら、雨の慕情・・・・・
これら全て別々の歌手の作品で、アイドルからど演歌まで何でもありだった。私は子供心に大量生産の阿久悠作品に抵抗感を抱いたりもしたが、やっぱりいい歌なので結局は好きになっていた。

実際70年代、阿久悠のアンチテーゼ的存在がいて、作詞家ではなかにし礼と阿木耀子、歌手では山口百恵とキャンディーズだった気がする。阿久悠作品を歌っていない山口百恵とキャンディーズが、引退がセンセーショナルだったため伝説のアイドルとして今でも言われるのは少し皮肉である。しかし阿久悠さんは80年代に入り急速にアイドル歌謡曲からは冷めていく。阿久悠作品を持たない松田聖子は1980年、中森明菜、小泉今日子は1982年デビューである。


自分のほろ苦い青春時代は阿久悠の歌謡曲とともに鮮明に脳裏に残っている。歌謡曲感についてはまた改めて書いてみたい。
コメント
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